108話 風と糸
戦いの火蓋は切って落とされた。
王都だとかは関係なく大規模な戦闘があちらこちらで行われる。
その間にも市民は出来る限り避難をする。
比較的逃げやすかったのはイーブルが市民に対して興味を失っていたからだ。
国を落とすということは王を殺して神具である神の救いを破壊すればいい。
それがイーブルたち犯罪者に課せられたクエスト。
イーブルたちには王国を守るクエストは発生しておらず逆に王国を守られればデスペナルティ、王国を落とせば報酬がもらえる状態だった。
王国を落とすための力が十分に溜まった今、市民に構う必要はない。
邪魔さえされなければ問題がなかった。
逃げる者は積極的に追わずに攻撃を仕掛けてくる者に集中する。
「結構な数がいるな。とりあえず数を減らすか」
スクアロはやる気に満ち溢れて攻撃をしてこようとする集団を見る。
下された命令は雑魚片づけ。
多くは武器を持った市民だ。
やる気はあっても所詮は戦闘経験の浅い者たちで敵にはならない。
剣を握ってひたすらに斬りまくる。
槍を突いてくる男の腕を斬り、首を落とす。
走ってくる大斧を持った男は足を斬り落として転ばせて後ろの連中の勢いを殺す。
面倒なのは死んでも問題ないと特攻してくるので油断はできない。
それで何人も仲間が殺されている。
裏切りの騎士は神の救いの対象外になっていて恩恵はない。
つまり死ねば終わりだ。
指揮をとっているアメノマヒトツの会長スメラギを見つける。
スメラギの指揮で烏合の衆が少し面倒になっているため、スメラギがいなくなれば楽になるはずだと考えて一直線にスメラギの元へと斬り進む。
§
無数の風の刃と微かに見える数本の糸がぶつかり合う。
その衝撃でカマイタチが起きて周りの家屋が斬り倒れる。
「面倒だな」
PX441は愚痴を溢す。
範囲攻撃の風では糸で相殺される。
かといって貫通力を上げると簡単に避けられてしまう。
ジャックは速度重視の戦闘スタイル。
素早く動きながら隙を窺ってくる。
糸の数本が関係のない上空へ流れている。
上を見ると瓦礫の山が降り注いでくる。
倒れた家屋の瓦礫を糸で上へ持ち上げて落としている。
風の盾で瓦礫から身を守るがジャックの姿を見失った。
背後から嫌な雰囲気を感じて、全方位に風を発生させる。
よし、弾き飛ばした。
ジャックは数メートル吹き飛んで地面に倒れている。
ここが好機だ。
「踏みつぶせ、『風象の足跡』」
上空からジャックを中心に広範囲でダウンバーストが襲う。
その風圧は尋常ではなく、家屋は押し潰れ地面も数センチへこんでジャックは立つことも難しい。
なんとか腕をこちらへ向けて指を動かす。
指先から糸がこちらの首を狙ってくるが先ほどまでの洗練さはなく簡単に風で弾ける。
右手をジャックに向けて止めの魔法を唱える。
「風の矢」
初歩的な風の魔法で貫通力が高いのが特徴。
大技の風象の足跡を使ったせいで魔力が底をつきかけていた。
それにもう今のジャックならこれで十分だと思い矢を放つ。
しかし、急に矢がかき消える。
それとほぼ同時に右腕が地面に落ちた。
……!?
何が起こった。
いや、これはまさか……
既に身体中に糸が巻きついている。
首にもきっちりとかかっていた。
だが今までの糸と比べてほぼ視認ができない。
最後の最後で騙されたのだと気づいた。
今までは見えやすい糸を使って、あえて意識づけをして隙を狙ってこの見えない糸で命を刈り取る。
この状態を返すことは不可能だ。
諦めて体の力を抜く。
ジャックとPX441の戦闘が終わった頃、すぐ近くでも激戦が行われていた。
複数の忍者に対して巨人が拳を振るう。
どれだけ潰しても次から次へと湧いてくる。
鉄壁を誇るオウカにいるかのとった戦法は耐久戦。
その性能の高さから長期戦はできないと分かる。
よってひたすらに逃げ続ける。
そして他の戦闘には行かさないようなチクチクと攻撃をする。
いるかにとって属性の噛み合いがいいのもよかった。
オウカの顕現させた巨人は炎を纏っている。
普通なら炎でダメージを受けるところだが、いるかの得意忍術は火遁だ。
同じ炎属性で耐性がついているためほぼダメージを受けなかった。
逆に言えばこちらの攻撃も通らないがそんな気ははなからなく、時間さえ稼げれば問題がない。
オウカもそれが分かってか、炎を纏わせることはなく物理的な攻撃ばかりをしていた。
「うーん、困った……」
オウカの声を聞いているかは安心する。
やはり自分の考えは間違っていなかったのだと。
「悪いがこのまま時間を稼がせてもらうぞ」
「あれを試してみるしかないか」
何かあるのか?
いるかは警戒する。
巨人が消えてオウカが中から出てきた。
しかし、油断はしない。
ブラフの可能性もあるが警戒をして損はない。
例えばこの状態から急に腕だけを顕現させての攻撃もあり得るし。
胴体を出して囲って、逃げ場をなくすことも出来るはずだ。
どれも一瞬のタイムラグが存在するので、集中していれば躱せるはず。
油断はしていなかった。
しかし、あまりにも予想外の攻撃に咄嗟に後ろに避けた瞬間、背中に激痛が走る。
そして前からの攻撃が腹部を貫いた。




