103話 白虎
西方の戦場では討伐部隊側が押され気味になっていた。
「ちっ…きついな」
もともと、この戦場には他と比べて人数が投入されていない。
100人程度の戦力では狩りを得意とする獣たちをとめることができず、後退しながら戦線を維持するので精一杯。
「隊長、味方殺しが出てくるそうです」
「そうか、だったら、さらに後退して巻き込まれないようにしておけ」
「普段なら迷惑ですが、こういう場なら頼りになりますね」
「そうだな」
味方殺しとはとある少女の異名。
彼女がパーティを組んで難易度の高いクエストに挑戦していたとき、敵どころか味方であるパーティにも攻撃をして敵味方を全滅させたことがある。
しかもそれが一度や二度ではない。
パーティだったものが来訪者だったので笑い話で済んでいるが現地人からすれば恐怖でしかない。
しかし、実力は申し分なく強力なモンスターを倒してくれているのも事実。
そんな狂った彼女に畏敬の念を込めてつけられた異名が味方殺し。
味方殺しが戦場に来ると噂が広がり、この西の戦場は人が少なかった。
「隊長、後方部隊に遅れが出て白い獣に襲われそうです」
「それは仕方ない、ほっておこう」
普段であれば難しい決断を迫られるところだが、今は難ることができる。
とはいっても捨て駒にはできない。
蘇ったとしても一時的に戦闘能力が著しく落ちてしまう。
そうなってはこの局面を乗り越えた後に王国を守る存在がいなくなってしまう。
だが、この状況なら仕方ないとターニャは判断して他の騎士も同じ考えだった。
白い獣たちが騎士団に追いつこうとしたとき、横から黒い獣が何匹も走ってきて白い獣に噛みついて追撃をやめさせる。
「いい感じに網にかかってくれたな。あとはここでちっとばかし足止めすれば完壁だろ。まぁ、白虎とかいうのがしょぼけりゃ犬どもの餌にしてやる」
ハザルは影からヘルハウンドを召喚して白い獣の足を止める。
そして自らは白虎の隙を窺ってヘルハウンドよりも上位のモンスターを召喚した。
ケルベロス、体長は5メートルほどで白い獣と同じくらい。
影で作られているため全身真っ黒。
三つ首の地獄の番犬は白い獣を軽々と倒していき、白虎の元まで一直線に歩みを進める。
そのままの勢いで白虎に噛みつこうとするが、白虎とは体格が違いすぎた。
白虎の一噛みで頭二つ喰いつぶされる。
それでも影を媒介にして召喚されたケルベロスは簡単に頭を再生させて三つの口から闇のブレスを放つ。
白虎はその巨体ながら高速で移動してブレスを躱す。
咆哮と共に風の刃がケルベロスの体を斬り刻む。
それでも回復するケルベロスだったが、徐々に回復速度が落ちていき、 まず頭一つが落とされて回復しなくなった。
二つの頭で飛びかかるも白虎の手に振り払われ、ケルベロスは影へと戻った。
「ハア、ふざけんじゃんえよ。 バケモンじゃねぇか。やっぱ無理だわ、俺らも時間稼ぎに徹してから撤退するぞ。バケモンはバケモンにやってもらわねぇと」
ハザルはギルドメンバーの数だけヘルハウンドを影から出して撤退の指示を出す。
全員がヘルハウンドに乗ってその場を後にする。
ハザルを中心に時間稼ぎをしているギルドはヘルハウンドではない。
いろいろな事情があって、ヘルハウンドは味方殺しのギルドに吸収合併されていた。
そもそも味方殺しの異名がつくことになったときの犠牲者が元ヘルハウン ドのギルドのメンバーたちである。
「ユキちゃん、そろそろいいかな?」
「そうだね、騎士団も後退してくれたみたいだし、ハザルは…… 大丈夫なんじゃない。やっちゃってよミズキ」
「じゃあやりますか」
味方殺しのメイン武器は巨大な斧。
柄は短く刃の部分が異様に大きい。それだけで自身の身長に匹敵する。
色は血で染めたような紅色で味方殺しの異名に負けない禍々しさを放っている。
非常に扱いずらそうな形の上に重量もかなりある。
地面に軽く置いただけで深く刺さる。
彼女はこれをどう扱うか?
軽々と持ち上げて思い切り振りかぶって投げる。
斧は縦に回転しながら後退する騎士団に向かって飛んでいく。
騎士団の速度があと少し遅ければ直撃だっただろう。
斧が地面に触れた瞬間、 大爆発を起こして爆炎が騎士団とハザル達、そして白い獣に襲い掛かる。
ぎりぎり獣たちの方がダメージを負っただろうかというところ。
味方殺しは気にせずに2投目に移った。
「くそがっ!! 早く逃げろ、 巻き込まれるぞ。 なんで狙いやすいようにしてやったのにこっちに飛んでくんだよ」
ハザルは愚痴を溢しながら全力で逃げる。
それは敵である白虎たちではなく、味方であるはずの自分のギルドマスターの攻撃から。
西方戦場は1人の少女によって敵味方関係なく終わろうとしていた。