1話 ルキファナス・オンラインの世界へ
思えばこれまでの人生、裏方に徹して脚光など得ることのない人生だった。
30歳元社畜、黒月影也、今日から第二の人生を自由に派手に生きます!!
朝一のインターホンの音で心臓が高鳴る。
社畜時代のおかげで朝には滅法強い。
日が昇る前には目が覚め、身支度を整えてこの時がくるのを待ちに待っていた。
玄関を開けると巨大な荷物と共に配送業者の方が朝から元気に挨拶をしてくる。
「お届けに上がりました。どちらに設置されますでしょうか?」
「こちらへお願いします」
俺はリビングへ案内する。
ものの数分で設置されたそのカプセル型の機体を目に鳥肌が止まらない。
完全没入型VRカプセル、中に入ると余裕を感じられる広々としたデザイン。
最近流行のVRゲームの最新機種である。
昨今のゲーム事情でいうとVRMMO戦国時代と言われるほど多数のタイトルが発売され、現在もサービスが継続されている。
その理由の大半を占めるのはゲームでお金が稼げる時代ということが関係している。
技術革新目まぐるしく、法整備も進み、リアルマネートレードは合法化された。
さらに人気ゲーム実況者ともなればスポンサーがつき、ゲーマーは稼げる職業になっていた。
そんな中、ゲーム会社でもない会社がVRMMOのタイトルを発表した。
このご時世では特段珍しいわけでもなかったので誰も注目をしていなかったのだが、βテストが開始されるとその注目度は跳ね上がる。
これまでのものとは次元が違うほど作り込まれた世界観とリアリティ、そして自由度の高さ。
曰く、第二の世界。もう一つの人生。
謳い文句は「お好きなように」、ただそれだけ。
何をするかはプレイヤーの自由、敵を倒すも、商売を始めるも、ただ寝るなど、何をしてもいいと、それだけの器は用意してますという自信の現れ。
彗星の如く現れたゲームの名前は『ルキファナス・オンライン』。
βテストを終え、満を侍して今日からサービスが開始される。
§
『ルキファナス・オンライン』を起動すると、辺り一面真っ白な空間が広がっていた。
目の前には透明な球体がぷかぷかと浮いている。
「ようこそ初めまして、ルキファナスの世界へ、名前と容姿を作成してください」
球体から機械の声が流れてくる。
ゲーム開始時のテンプレだな。
名前は捻りも何もないが苗字そのままで『クロツキ』にした。
容姿はかなり悩む。というのも、人間以外も選択できてしまうのだ。
エルフやドワーフといった亜人の他にもスライムやスケルトン、ゴブリンなどのモンスターも選べてしまう。
しかし、性別を変えることはできないし、多少外見を変える程度しかクリエイトは許されていない。
悩みに悩んだが人間を選択し、容姿はお恥ずかしながら自身の姿を少し若くしたものにした。
「この後、いくつかの質問をしますが、どうしますか?」
「どうしますか?」
「答えても答えなくても結構です。答えないを選択した場合はすぐにゲームが開始されます。回答によって多少ゲームに影響が出ます。本当に多少ですのでお気軽にお答えください」
そんなことを言われては、印象の良さそうな答えるを選択して真摯に質問に回答していく。
内容はこれまでのゲーム歴や、ルキファナス・オンラインではどのようなプレイをしたいですかなど、会社のマーケティングに使われそうな質問だった。
「ここからあなた自身の物語が紡がれていかれます。何をするもあなたの自由、ルキファナスの世界を楽しんでください」
球体がそういうと眩い光に包まれる。
目を開くとそこには広大な街並みが広がっていた。
目に映る景色も、耳に入る音も仮想世界とは思えない程のリアリティ、さらに匂いも感じるし、風が肌を撫でているのも分かる。
気になって自分の指を噛んでみる。
痛みを感じるし、味覚もある。
これが完全没入型と言われる所以かと納得してしまう。
ゲームにそこまで詳しいわけではないけど、前にやったことあるものとは雲泥の差を感じるな。
さてと、ステータス画面でも確認してみるか。
名前:クロツキ
種族:人間
称号:なし
職業:なし(Lv0)
Lv:0
HP:100
MP:10
STR:1
VIT:1
INT:1
DEX:1
AGI:1
SP:10
ステータスはもちろん初期値で装備、スキル、魔法もなし。
スキルと魔法は似ているが微妙に違うらしく、スキルは基本的にチャージ時間が存在する。
魔法はMPを使用して発動し、MPさえあれば連発することができる。
SPはステータスの上昇に使用できる。
振るのは職業が決まってからでも遅くはないだろう。
後は隠しステータスというものがあってこれはSPでは上げることができず、実績や職業によって増減するらしいが基本的にプレイヤーには確認ができない。
ステータス画面にチュートリアルの文字があったので押してみる。
-チュートリアルクエスト-
『職業訓練所へ行ってみよう』を開始しますか?
もちろん、イエスを選択する。
すると、職業訓練所へのマップが表示されたのでマップの通りに進んでいく。
というか、ほぼ列になっているのでマップがなくても大丈夫な気がするが……
進んでいくと大勢の人でごった返しになっている建物が見えてきた。
サービス開始初日だし、こんなもんだよな……
人を掻き分けてまで前に進む気力は30のおっさんには残っていない。
もう少し待ってから来てみるか、それまで街の探索でもしようかな。
街を探索して、その精巧な作りに改めて驚嘆してしまう。
NPCと不自然なく会話ができる。
ちなみにルキファナス・オンラインの世界ではNPCは現地人と呼ばれる。
それに対して俺のようなプレイヤーは来訪者と呼ばれるが、主にこっち側はプレイヤーと呼ぶことが多くて、来訪者というのは現地人がこちらのことを指す名称のようだ。
その辺に落ちている小石も触れることができる。
これらのクオリティが広大なマップ全てに施されていると考えるとどれだけの時間と手間をかけて作り込んだのか……
人混みを避けていると、裏道へと辿り着く。
何か怪しげな人がゴミを漁っている。
高級そうなスーツに身を包み、佇まいからも身分のしっかりとした人のような気がするが何故ゴミ漁りをしているのだろうか?
不思議に思い、観察しているとゴミを漁っていた老人と目が合う。
白髪で背筋は伸び、眼鏡をかけた老人はこちらに近寄ってくる。
「これはお見苦しいところをお見せいたしました。実は探し物をしているのですが、お手伝いを願えないでしょうか?」
これはクエストの依頼だろうか、まだ職業すら決まってないが探し物なら大丈夫かな。
職業訓練所へ続く道は今も人で溢れている。
まだまだ時間もかかりそうだし受けてみるか。
「分かりました、お手伝いします」
-クエスト-
『老執事の探し物』を受注しました。
「ありがとうございます。探し物というのはお嬢様の落とした人形なんですよ」
そう言って老執事は少女と人形の映った写真を見せてくれた。
「見つかりましたら、ご連絡ください。それではよろしくお願いします」
-連絡先交換-
セバスチャンの連絡先を受け取りました。
セバスチャンとはまんまの名前だな。
しかし、よろしくと言われても手がかりは写真一つでどこら辺に落ちているか皆目検討もつかない。
老執事に質問をしようとしたが既に人混みに溶けた後だった。
とりあえず、適当に街を歩いていくしかないか。
うーん……
全く見つからない。
あれから街中を探したけど見つからなかった。
-チュートリアルクエスト-
『職業訓練所へ行ってみよう』が破棄されました。
えっ……!?
どうして急に、もしかして時間経過でダメになってしまったのか。
これは困ったことになった。
制限時間があるなら教えといてくれないと、分かんないよ。
チュートリアルなのに、なんて不親切なんだ……
もしくはバグ?
まぁ、リリース初日でサーバーダウンやバグが起きるなんて世の常といってもいいだろう。
一応運営へ問い合わせのメールを送る。
しかし、問い合わせメールが帰ってくるのがいつになるか分からないし、今はどうしようもない。
とにかく老執事のクエストをクリアする方向で動くことにするか。
このそこそこ大きな街で手がかりなしに人形を探すのだから、もしかしたらクリア報酬が凄くいいのかもしれない。
俺の第二の人生は落とし物探しから始まりそうだ……
※ステータスについて
【名前】
変更することはできません。
【種族】
キャラメイク時に選択できる種族は大きく分けて「人種」「魔族」「魔物」の3種類あります。
さらにそこから細かく分類されます。
種族はプレイ内容により変更される可能性があります。
選択した種族により選べる初期値が異なります。
【職業】
様々な職業があり、職業毎にステータスに補正がかけられる。
職業には職業Lvがあり、職業毎に上限が異なる。
【Lv】
レベルの略。
職業Lvの合計値。
(例)戦士系LV10で上位職の剣士へ転職して剣士のLvが5になればステータスのLvは15となる。
【HP】
ヒットポイントの略。
これが0になると死亡扱いとなる。
動作を止めリラックス状態を維持すれば自動回復していく。
【MP】
マジックポイントの略。
スキルを使用する際などに必要となる。
動作を止めリラックス状態を維持すれば自動回復していく。
【STR】
ストレングスの略。
物理的な攻撃力に影響を与える。
装備できる重量にも影響を与える。
【VIT】
バイタリティの略。
防御力に影響を与える。
【INT】
インテリジェンスの略。
魔法に影響を与える。
【DEX】
デクステリティの略。
器用さ、命中率に影響を与える。
【AGI】
アジリティの略。
回避率、素早さに影響を与える。
【SP】
スキルポイントの略。
ステータスを上げたり、スキル獲得に必要となる。