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能楽スクランブル!  作者: 夜宵氷雨
第2章 黒い助っ人
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腹黒眼鏡の条件

「佳織、お客さんよ」

 次の日の昼休み。佳織のクラス、三年J組の教室に来客があった。鮎那に呼ばれた佳織が廊下に出ると、待っていたのは、情報処理部の男子生徒であった。

「昨日は、結城部長が失礼致しました」

 佳織は、あの結城という部長より、この眼鏡男子の方が余程失礼なことを言っていた気がすると思ったが、言われたことは事実だったので、あえて触れないことにする。

「確か……城之内君、だったけ」

「はい。二年K組の城之内透と申します。少し、ご相談がありまして。お時間を頂きたいのですが」

 昼休みの廊下は、何だかんだと行き交う生徒が多く、騒がしい。落ち着いて話しをするには不向きな場所であり、二人は、教室の隣にある階段へ移動することにした。

 三年J組の教室のすぐ脇にある階段は、屋上へと続く、昇り階段のみ設置されている。屋上は、普段は立ち入り禁止となっているため、その階段が使われることはほとんどない。踊り場を過ぎれば、廊下からも死角になる。

「動画の件に関して、情報処理部としては、何もできません。ですが、能楽部の人間なら、自由に動く権利がある」

 屋上へ出る扉の前に着くと、城之内が用件を切り出した。声が響かないよう注意してるのか、かなりの小声である。

「そうね、でも私にはどうしていいのか……先生達も、全然頼りにならないし」

 佳織は、自身の知識の無さに加え、田原と瀬川の、それぞれにベクトルの異なるマイペース振りを思い、溜め息を吐く。

「別に、榛木先輩に動いて頂くつもりはありません」

「え、それじゃあ……」

 動画の件で動けるのは能楽部の部員のみで、それは佳織ただ一人である。佳織が動かずにどうするというのか。城之内の次の言葉に、佳織は耳を疑った。

「僕を、能楽部に入れてください」

「ほ、本気なの」

「あいにく、冗談を言うために、他のクラスまで来るほど暇ではありませんので」

 佳織の驚きをよそに、城之内は淡々と話を続ける。

「それは、とても助かるけど……情報処理部の方はどうするの。それに、活動自粛中だし」

「問題ありません。文化部は、一部を除いて兼部が認められています。自粛中の件に関しては、何とかします」

 ほぼ毎日練習のある運動部は、やむを得ない事情で助っ人に入る場合以外、基本的に兼部はできない。文化部も、例えば吹奏楽部など、学校行事に深く関わり、ほぼ毎日練習のあるクラブは無理だが、それ以外は、大抵週に二~三日の活動であり、活動日が重ならなければ、兼部することができる。

「本当に、いいの」

 願ってもない話である。しかし、城之内が完全なる善意で協力してくれると思える程、佳織は楽観的な考えの持ち主ではなかった。

「はい。ただし一つだけ条件があります」

「条件?」

 佳織は、やはり、と思い表情を硬くした。何を言われるのか、緊張の面持ちで相手の言葉を待った。しかし、城之内の出した「条件」は、意外なものであった。

「練習や舞台は免除してください」

「め、免除って……どうして。能楽部の意味がないじゃない。一応、先生に相談はしてみるけど……」

 練習をせず、舞台に出ないとなれば、何のために能楽部に入るのか。佳織には、城之内の考えが益々分からなくなる。

「田原先生ですか、それなら僕から話します」

「ううん、能の先生。多分、難しいと思う。お稽古のこととなると、人の話聞かないし」

「活動できないのであれば、その先生が来る理由はないでしょう。問題ありませんね」

「お稽古じゃなくても、しょっちゅう顔出すわよ、瀬川先生。それにお稽古できないのは、学校内だけだし」

 佳織は、自分が能楽部員というだけなく、祥鏡会という会に入っていることや、田原もその会員であること、コーチの瀬川も祥鏡会所属のプロであり、田原の友人であること、田原の姉がその祥鏡会を主宰する新川家に嫁いでいることなど、簡単に話した。

「いざとなれば、断固拒否します。僕が、練習しなければいいだけですので」

 瀬川の性格を考えると、能楽部に所属しながら、稽古もせず、舞台も出ないなど、言語道断だろう。活動が自粛中とはいえ、稽古自体は、個人練習の名目で祥鏡会の稽古場でもできるため、瀬川は、問答無用で練習させるだろう。

 本気になった瀬川を止める自信など、佳織には全くない。おそらく、城之内が断固拒否するなど、不可能ではないかと思われた。瀬川の前に姿を見せなければ、あるいは何とかなるのかもしれないが、それで、能楽部に入る意味があるのだろうか。

「それでいいなら、いいけど……だったらどうして、そこまでして協力してくれるの」

「能は……能には、『平家物語』が元になった曲があるんですよね」

 気のせいか、城之内の眼鏡がキラリと光ったような気がする。

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