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能楽スクランブル!  作者: 夜宵氷雨
第3章 夜の謡い手
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秘密の写真

 放課後、校長室に呼び出された佳織は、貴子に問い詰められた原因を知ることになる。ホームルーム後に校長室を訪れると、田原も同じく呼び出されていた。部屋の奥にある席には校長の楠木時雄がふんぞり返るように座り、その隣に教頭である新藤が立っている。

「これは、どういうことかね」

 そう言って時雄は、近隣の住民から寄せられた抗議の手紙を、机に叩き付ける。

 その内容は、能楽部の練習場所である花鏡庵付近から、深夜、唸るような声が聞こえるというものであった。住民の中には峰雀高校の卒業生もいるため、その建物が能楽部の練習場所であることを知っていて、唸るような声は練習の声ではないかという問い合わせもあったのだ。

「動画の件はともかく、岡上先生の件は、完全に疑いが晴れているわけではない。また、問題を起こしてくれるとは……能楽部の今後に関して、厳正な処分も考える必要がある、そうですよね、理事長代理」

「うむ。教頭先生の仰る通りですな」

 新藤から「校長」ではなく「理事長代理」と呼ばれたことに気をよくしたのか、時雄は満足そうな顔で頷いた。

「今年に入ってから、花鏡庵での練習はしていません」

「鍵を貸し出した記録があるようだが」

「それは、話し合いのために使用しただけです。それに、夕方には返却しています」

 佳織は怯むことなくきっぱりと否定するが、新藤はなおも食い下がった。

「確かに、記録ではそうなっておるが……確か、田原先生は合い鍵をお持ちだったかと」

「はあ……ですが、全く使用していませんし、合宿の届け出でもあればともかく、通常、夜間の使用を許可するようなことはありません」

 話を振られた田原は、何とも頼りない様子で答える。

「では、これをどう説明なさるのかな。実際に苦情が殺到しておるというに」

「そうそう、この間、榛木さんは個人的に舞台に出たそうがだ……そのために、花鏡庵とやらを使ったのではないかね」

 田原の回答が全く頼りにならず、佳織は内心呆れながら、隙を見せないよう注意する。

「いいえ。幸い自宅には、亡き曽祖父が曽祖母のために作った練習場所がありますので。私個人の稽古なら、自宅でできます」

「だが、それはお曽祖母様のものだろう」

「榛木さんの家なら、帰宅にタクシーを使用してもおかしくはなかろう。それとも、田原先生の車か」

 新藤が、下卑た笑いを浮かべる。事の重大性をようやく認識した田原は、今度ははっきりとした口調で返した。

「そういったことはありません」

 なおも時雄と新藤が、半信半疑、というより、どう考えても二人して言い掛かりをつけているとしか思えない様子で、佳織と田原に迫ると、校長室の扉が開いた。

「失礼致します」

 現れたのは、城之内であった。

「これは、城之内君ではないか。どうしたのだかね」

 時雄が一瞬目を見開き、相好を崩す。

「能楽部部長の榛木先輩が、呼び出されたと伺いまして」

「誰だね、そのようなことを……」

 城之内の返事に、時雄は悔しそうに顔を歪ませる。

「生徒は皆、知っております。私も能楽部の部員ですので、何かあればと思いまして」

「そうか。見上げた心がけだな。だがこの件は、田原先生と榛木さんに聞いている。君は、下がっていてくれて構わんよ」

 非の打ち所のない答えをする城之内に、言葉を失った時雄に代わり、新藤が退室を促す。しかし城之内は、礼だけ述べると、用件を話し始めた。

「ありがとうございます。ただ、今回の件でお願いがありまして……」

「ほう、何かね」

「我々に、調査する猶予を頂けませんか」

「調査だと」

「はい。花鏡庵から謡が聞こえるという話は初耳で、全く身に覚えのないことです。近隣の方々からの声は重要ですが、まずは、実際にどういった声が聞こえているのか、確認したいと思います」

 そう言って城之内は、時雄と新藤の前に、一枚の写真を差し出した。

「それは……ど、どうかね。新藤教頭」

「はい。城之内君がそこまで言うのなら……一週間ほどでどうでしょう」

「そのくらいなら……まあ、いいのではないかな」

 写真を見た二人は、しどろもどろになりながらも、城之内の提案を受け入れた。佳織は、視線を動かして机上の写真を見たが、全体的に薄暗く、何の写真なのかわからなかった。何故写真一枚で、校長と教頭の二人を動かせるのか、佳織は城之内の存在が少し怖くなる。

「ありがとうございます。つきましては、一つ、お願いがございます」

 城之内の交渉により、能楽部は辛うじて一週間の猶予を得た。


「佳織、聞いたわよ。あなたも大変ね、次から次へと」

 まだ少し話があるという城之内と田原を残して校長室を出た佳織は、ほとんど歩かないうちに鮎那に捕まった。相変わらず、彼女の情報網は侮れない。

「鮎那……」

「何かできることがあったら言ってよ。協力するわ」

 驚いた佳織が、思わず友人の顔を見つめると、鮎那は笑顔で協力を申し出る。

「ありがとう」

「これでも心配してるのよ、親友じゃない。学校内の情報収集なら任せてよね」

 これから部活だからと去っていく鮎那の背を見ながら、もし、城之内では調べ切れないことがあれば、彼女に協力を依頼するのも、方法の一つかもしれないと、佳織は考えた。

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