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能楽スクランブル!  作者: 夜宵氷雨
第1章 能面は踊る
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期待と不安の入学式

 改札を出た越野由梨は、左の手首を返して腕時計を確認した。ちょうど八時を回ったところ。集合時刻が八時半で、駅からは徒歩五分とかからないから、いい時刻だった。

 バンドはピンクゴールドのメタルで、トノー型の文字盤の周囲に、クリスタルガラスがはめ込まれている。高校生にはやや高価だが、不相応とまではいかない。テーマカラーの鮮やかなオレンジが特徴的な、ギリシャ発祥のブランドのそれは、入学祝いにと母の妹から贈られたものだ。

――叔母様、早くよくなって……

 愛おしそうに腕時計を撫でると、その瞳に強い決意を宿し、新たな学校生活への一歩を踏み出した。


 うららかな春の日差しが、桜並木を一層鮮やかに見せる。満開の花はソメイヨシノで、さして珍しいわけではないが、最寄り駅から校門まで続く道なりに植えられ、一斉に花を咲かすその様には、誰もが感嘆の声を禁じ得ない。

 真新しい制服に身を包み、黒い通学鞄を手にした集団が、次々と通り抜ける。

 やや明るめの臙脂色の生地に、深いワインレッドのパイピングが施されたブレザーは女子生徒のもの。ボックスプリーツのスカートは、臙脂色を基調にしたタータンチェックで、皆一様に、膝が見え隠れする長さを保っている。校章の入ったワインレッドのハイソックスに、濃いブラウンのローファー。首元には、モスグリーンのリボンが揺れる。

 男子生徒の制服は、淡いグレーのブレザーで、黒に近いほど濃いグレーでパイピングされている。スラックスは、パイピング部分と同じ色の濃いグレーで、黒いソックスも女子と同じように校章入りだが、裾に隠れて見えない。ローファーの色は黒で、ネクタイの色だけが、女子のリボンと同じモスグリーンであった。

 よく見れば、ほとんどの生徒が着けている無地のリボンやネクタイに混じり、ゴールドのボーダーが入ったものがある。ボーダー入りを着けた生徒の大半は、ブレザーの下に同色のベストを着、数人程度の集団にまとまり、リラックスした表情でお喋りに興じている。

 一方、無地のリボンやネクタイを着けた生徒達の中には、ベストを着ている者は少なく、また、ほとんどが一人で歩いている。たまに、二人三人のグループもあるが、いずれにしても皆、少しぎこちなく、明るい表情の中にも、緊張が見える。。

 ボーダー入りのリボンとネクタイは、隣接する中学校の制服と同じもので、内部進学者の証である。内部進学者が無地のリボンを使用するのは問題がないが、それを選ぶ生徒はほとんどいない。中学校からの進学者は、中高一貫のカリキュラムに基づいて授業が行われる。そのためクラスも、外部進学者と同じになることはなく、進学と言うより進級という感覚だ。校舎は移るし、女子生徒の制服はスカートは共通だがセーラー服からブレザーへ、男子生徒もスラックスが共通で地とパイピング部分の色が逆転したブレザーに変わる。だからこそリボンやネクタイも、スカートやスラックス同様、中学と同じものを使いたい、と願う生徒が多いのだ。

 ちなみにリボンもネクタイも、今年度の一年生はモスグリーンで、二年生は紺、三年生は臙脂色で、進級と共に持ち上がる。来年度は、一年生が臙脂色を使うことになる。

 その中を由梨は、平均よりやや丈の長い、本来の学校指定の丈を頑なに守ったスカートを、軽くはためかせている。この長さだと、足を踏み出しても膝は見えない。満開の桜を見上げながら、周囲と同じように校門を目指した。首元のリボンは、モスグリーンの無地。由梨は、市内の公立中学から進学した。

――あの日、叔母様に何があったというの。答えを、見つけなければ……

 そのために由梨は、辛うじて合格した公立高校を蹴って、滑り止めであったはずの、この学校を選んだのだ。

 授業料が免除される、特待生として受験していたのは幸いであった。とはいえ、公立高校の合格発表後に入学願書を提出したため、本来、全額免除であったものが、半額免除となってしまった。それでも両親、特に母親は、自分の妹に関わることでもあったこと、そして二人の関係が、通常の叔母と姪以上に親しいことを承知していたから、由梨の希望を快く受け入れてくれた。ただし、深入りしすぎて、由梨自身が危険に晒されることのないよう、それだけは強く言い聞かせられた。

 私立高校では、半額免除となった授業料以外にも、施設整備費などといった名目で費用がかかるものの、父が上場企業の課長職である越野家にとって、由梨の希望は決して無理なものではなかった。何より弟が、奨学生として中高一貫の中学に通っていることが、両親の私立高校への理解を深めてもいた。

 桜並木の先に、古びた煉瓦造りの門が見える。学校案内によれば、創立当時から建て替えられていないらしい。学校名が掘られた石版だけが比較的新しく、掛け替えられているのだと分かる。門を通るとすぐに来客用の正門があり、高い塔を持つ、瀟洒な作りの校舎が聳えている。

 私立峰雀高等学校。今日はその、入学式である。

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