ソース・コード
「佳織、お客さんかね」
現れたのは、矍鑠とした一人の老婦人であった。黒地に紋付の着物に、桜鼠の袴。右手には、金地の扇が握られている。小柄ながら、背筋がピンと伸び、舞台へ向かう足取りもしっかりしている。
「曽祖母の静子よ。こちらは、能楽部に入ってくれた二年の城之内君と、入部希望の一年生、越野さんです」
佳織は、まず二人に老婦人シズを紹介し、その後シズに向かって二人を紹介した。
「不肖のひ孫で至らぬこともあろうが、どうぞ、よろしゅうお願い致します。儂のことは、シズと呼んでくれれば結構じゃ」
「お邪魔しております、城之内透と申します。僕の方こそ、教わることばかりです」
「越野由梨です。よろしくお願いしますなのですっ」
シズが二人の客人に頭を下げると、城之内はいつになく謙虚な様子で、由梨は相変わらずのテンションで、それぞれ自己紹介をした。
「シズさんはこれからお稽古ですか。お邪魔なら離れに移動しますが」
「構わんよ。ちぃと、身体を動かすだけや」
佳織の言葉に、シズは三人の存在にそれ以上構う様子はなく、すり足、舞の基本となる足の運びの稽古を始めた。
三人は、シズの邪魔にならないよう、部屋の片隅に集まり、小声で相談を開始した。
「まずは、ソースを見てみます」
城之内が、持参したノートパソコンを広げる。佳織が、コンセントとインターネット回線を貸そうかと気を利かせ、城之内は電源だけ借りることにする。モバイルバッテリーがあるとはいえ、どれだけ時間がかかるか読めないため、電源が借りられる方がありがたいのだ。インターネット回線と言われて指し示されたのは有線ＬＡＮの端末で、パソコンに差し込むだけではあるが、そちらは断った。パソコンには、個人的な情報も入っている。自分自身で、セキュリティ契約も確認済みのモバイルデータ通信の方が安心できるのだ。
「ソースって？」
「ソースって言っても、お料理に使うソースじゃないのです。えっと……なんて言うか、このページの設計図みたいなものなのです」
首を傾げる佳織に、由梨がわかりやすい言葉を選んで解説した。その間に城之内は、能楽部のウェブページを開き、次の瞬間には、アルファベットと日本語が混在する文字の羅列を表示させた。
「うわぁ、すごいです。今のどうやったのですか」
「Ｃｔｒｌ＋Ｕですよ」
マウスを使って画面上部に表示されるメニューから「ソース」を選ぶのではなく、キーボードを使った操作、ショートカットキーを使用した城之内の操作に、由梨が感動を表す。マウスへの持ち替えがない分この方が効率的で、城之内にとっては当然の作業であった。
「こ、これは何……」
「これがソースです。ゆりりんさんの言葉を借りれば、このページの設計図ですね。例えばこの部分、『峰雀高校能楽部』という文字の前に、文字の大きさと色を指定する命令が書かれているんです。そして、その命令を有効にする範囲の終わりを示す指示が、『能楽部』という文字の後ろに書かれています。だからこの部分だけ、文字に色がつき、大きく表示されているのです」
つまり、日本語の部分だけを拾えば、それは、能楽部のウェブページに書かれた内容と同じものなのだ。アルファベットの部分は、ＨＴＭＬと呼ばれるコンピューター言語で、タグと呼ばれる記法によって構成されている。タグを使用することにより、ページ内でのレイアウトや文字の大きさ、色など表示方法を指定することができる。それだけではなく、画像を表示する指示や、別のページに移動するための「リンク」指定などもある。
城之内はその中から、問題の動画部分を拾い出した。動画は、ページのファイルとは別に動画ファイルがサーバー上にアップロードされており、その動画ファイルのアドレスを指定し、この位置に表示する、という命令がなされている。動画のアドレスに注目する。それは、峰雀高校のサイト内ではなく、別の動画投稿サイトのものであったのだ。
城之内が、その動画のアドレスをコピー＆ペーストして、動画投稿サイトに直接アクセスする。すると、動画投稿サイトの中で、能楽部のページに表示されるものと、同じ動画が現れた。
動画の情報として表示されるアップロード日は三月三十一日で、投稿者名はＪＮ３。この人物が投稿した動画は、この一本のみであった。
「少なくとも、能楽部のページは、三月三十一日以降に改変された可能性が高いですね。こういった投稿サイトは、動画をアップロードしなければ、動画のアドレスが分かりませんし、同じ動画を別の日にアップロードすれば、アドレスが変更になるはずです」
「だったら、卒業生の関与はあり得ないというわけね」
卒業生が使用していたＩＤとパスワードは、卒業式が行われた三月一日の前日、つまり二月二十八日までしか使えない。
「少なくとも、学校側のサイトに関しては、ですが」
動画そのものについては、学外の投稿サイトのため、事実、何とも言えないのだ。もちろん、学校とは何の関わりもない人物の可能性もあるし、確率で言えばその方が高い。しかし、動画が投稿されたタイミングを考えれば、動画の投稿者と能楽部のページ改変を行った人物は、同一であるか共犯である可能性が高いとも言える。
「それと……他のページは、初心者向けのウェブページ作成ソフトで作られているようですが、このページだけは、違うようですね」
能楽部の、他のページを確認していた城之内が呟く。
