恋する戦国武将たち
「オ、オトメゲーム?カブセン?」
初めて聞く単語の羅列に、佳織は城之内の説明が、全く頭に入らなかった。目を白黒させる佳織に、城之内は、「知らなければ知らない方がいいかもしれませんが、」と前置きして、解説を始めた。
まず恋愛ゲームとは、登場するキャラクター達との、「疑似恋愛」を目的とするゲームである。プレイヤーキャラが男性で、女性キャラとの恋愛を目的とするものならば、男性向けで、いわゆる「ギャルゲー」と言われるものになる。プレイヤーキャラが女性で、相手が男性キャラである場合に、女性向けの「乙女ゲーム」と言われる。女性向けの中には、プレイヤーキャラ、攻略キャラ共に男性の「BLゲーム」も存在する。ゲームジャンルとしては、シミュレーションゲームとアドベンチャーゲームがほとんどを占める。
シミュレーションゲームの場合、多くはゲーム内で期間が決まっており、その期間中に、決められた行動を、ゲーム内時間でいう「毎日」繰り返し行うことで、目的を達成する。ゲーム内の行動を行う際、相手となるキャラクターを選ぶことになり、その選択によって、各キャラクターからの好感度や親密度などが変化する。好感度や親密度は、ゲージなどで表示され、数値が可視化される。
アドベンチャーゲームは、シミュレーションゲームに比べ、ストーリー性が高くなる。ストーリーが進むに従って、途中に何度か、プレイヤーキャラの行動を選ぶ選択肢が表示される。その選択によってストーリーが変化し、どのキャラクターと恋愛関係になるかが決まっていく。一度選択を誤っても後で取り戻せる場合もあれば、その選択がキーとなり、恋愛対象となるキャラクター、いわゆる「ルート」が決まってしまう場合もある。その後も選択肢によって、ハッピーエンドになったり、バッドエンドになったりするのだ。
ゲームによっては、この二つの要素が組み合わさったものもある。どちらがメインかによって、そのゲームの「ジャンル」が決まるのだ。
カブセンこと『歌舞いて(ハート)SENGOKU』の場合は、純然たるアドベンチャーゲームである。
プレイヤーは下級公家の娘として、戦国時代を生きる。最初の選択肢によって、生まれる世代を選ぶことができ、次の選択肢で、在京の貴族であったり、応仁の乱で京を離れた貴族の娘になったりする。始まりの二つの選択肢によってある程度絞られるものの、様々な武将と知り合い、親交を深めるうちに、最も好感度と親密度の高い武将と恋に落ちることになる。その後(史実に則った)然るべき家に、養女に迎えられることになる。相手が細川忠興であれば、明智家の養女となって玉という名をもらう。更なる試練を越えればハッピーエンドとなり、試練が越えられなければ、バッドエンドとなる。
「そ、そう……そんな世界があるのね」
女性向けだという割に、妙に詳しく饒舌に語る城之内に、佳織は何と言えばいいのか、頭を悩ませた。追い打ちをかけるように、由梨がいらない補足を加える。
「ちなみに、トラリンこと上杉謙信様がお相手の場合、養女イベントはないのです。侍女としてお側に上がるのです。ノブノブ……あ、信長様なんですけど、その場合は、斎藤家の帰蝶ルートか、生駒家の吉乃ルートに分岐するのです。それぞれ、殿毎のルートを全て攻略すると、ボーナスステージがあるのです。ここでは、ヒロインが実は女装の男子だったという選択肢が出てきて、小姓として殿達にお仕えできるのですっ」
「こ、小姓って……つまり……」
「はい、男色ですぅ。でも、ハルブーだけは、あっ武田信玄様なんですけど、最初から、小姓ルートがあるのです。小姓ルートに入ると、女の子として育てられた男の子ってことになって、春日家の養子になれるんですよ。もちろん普通の女の子ルートもあって、そっちだと、京の三条家か、信濃の諏訪家の養女になるのです」
「ごめん、そこまで行くと、本当に分からない世界だわ」
聞けば聞くほど、益々分からなくなる佳織は、それ以上の理解を諦めた。
「カブセンは、乙女ゲームにできる限り史実を組み合わせ、かつ女性の心を捕らえるよう、かなり作り込まれています。例えば、細川忠興の趣味は、茶の湯に能楽、和歌、絵画など全般的な教養と設定され、それらの知識が必要な選択肢がクイズ形式で現れます。その上、正解しても不正解でも、甘い言葉が聞けるのです。イラストも、現代の美意識に反しない程度に、極力時代考証に努めています。それに、追加パッケージを購入すると、他の側室ルートが追加されます。忠興にもいますし、信長なら著名なところでお鍋の方ですね。他社のものですと、乙女ゲームではないジャンルですが、史実を全く無視した上、戦国武将の名前だけで売れるからと、ほとんど作り込まれていないようなものもあるくらいで……」
城之内は、何故か得意げな顔をした。延々と、宣伝のような城之内のカブセン解説が続くかと思われた時、右手の襖、渡り廊下へ続く扉が開いた。途端に室内の空気が変わり、張り詰めたような静寂が訪れる。