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能楽スクランブル!  作者: 夜宵氷雨
第2章 黒い助っ人
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仮入部の行方

「それで、結局由梨ちゃんはどうするの」

「あ、そうでしたぁ。でも、どうして、活動自粛中なのですか」

 佳織が簡単に、能楽部の置かれている状況を説明する。

「そんなの、かおりん先輩のせいじゃないのに。先生達も、風紀委員長さんも酷いですぅ」

「仕方ないわ。風紀委員長の松波さんは、箏曲部の部長だもの」

 佳織の説明に、頬を膨らませて憤る由梨であったが、箏曲部の名前が出ると、一瞬、表情を無くした。しかし、佳織はそれに気付かず、城之内は気付かない振りをした。

「軽い公私混同ですね。動画だけで活動自粛とは、処分が重すぎると思いましたが……」

 城之内にだけは言われたくないだろうと、佳織は、珍しく貴子に同情した。

「最終的には、学校が決めたことよ。とにかく、どちらも犯人を捜すしかないわね」

「じゃあ、私にも協力させてくださいなのです」

 由梨が、右手を挙手する。佳織は、そのオーバーリアクションは何とかならないのかと思いながら、やんわりと断りを入れる。

「気持ちはありがたいけど……部員以外が動くわけにはいかないのよ。それに、仮入部はどうするの。帰宅部は原則禁止でしょう」


 一年生は、五月までの二週間ほど、仮入部期間が設けられている。その間は、最低でも一つ以上のクラブに参加しなくてはいけないのだ。やむを得ない事情があれば、申請して帰宅部、名目上は進学部に所属することができる。しかし、それはあくまで仮入部期間が終わった後のことであり、また、その手続きもややこしい。

「では、こうしてはいかがでしょう。ゆりりんさんには、どこか手掛かりになりそうなクラブに仮入部して頂く。同時に、祥鏡会のメンバーとして、能楽部に関わる」

「簡単に言うわね……祥鏡会は大変よ。会費は高いし、お稽古は厳しいし、年配の人が多いから、気も遣うわ。会費は、月三回のお稽古で、謡曲か仕舞のどちらかなら一万円で、両方なら一万五千円。舞台ともなれば、一人最低十万円はかかるのよ」

 佳織は、城之内の提案に驚く。祥鏡会は、一介の女子高生が簡単に入れるものではない。入るのは簡単だが、費用を考えると、続けるのは難しい。

 佳織の場合は、曽祖母であるシズが、娘時代から祥鏡会の会員で、その影響で幼い頃から通っているだけだ。

 シズは準師範の資格があって自身でもお稽古会を持っている上、自身が父、つまり佳織には高祖父に当たる人物の遺産で、かなりの不労所得があるのだ。それで、自身の稽古代だけでなく、佳織の分も出している。舞台にかかる費用も、シズが出るものに佳織を付き合わせる、という形で佳織の分もシズが出してくれる。実際佳織は、祥鏡会ではシズの付き人のようなものなのだ。

 もし佳織が、自分の小遣いやアルバイト代で通えと言われたら、とても続けることはできないし、例え両親が出してくれるにしても、日頃の稽古はともかく、舞台は辞退せざるを得ないだろう。

「そのくらい、どうということはありません。僕のポケットマネーでもまかなえますし、必要経費として会社の方から出してもいい。舞台には、出る必要がないでしょうし」

「必要経費って……」

「あ、これは失言でしたね。別に、不正を働くわけではありませんよ。その気になれば、会社の正当な仕事にできる、というだけですから」

「そこまでしてもらう理由がないわ。と、とりあえず……活動自粛中の能楽部の代替ってことで、部費程度で何とかならないか、聞いてみるから。祥央先生のお稽古でなければ、そこまでかからないと思うし」

 城之内の提案に、甘えるわけにはいかない。もちろん由梨がどうしても、というのなら反対する理由はないが、それは城之内と由梨が二人で話すべきことである。「能楽部のため」に、城之内が必要以上に負担をするのいうのは、例え本人にとってどうということのない額であっても、話の筋が通らない。

 それに、悪くない、正当であることと、公明正大であることは違う。例え城之内が自身の会社の「正当な仕事」にしたとしても、その課程まで、正当である保証はどこにもなく、これ以上、城之内のよからぬ企みに、巻き込まれたくはなかった。

 だから佳織は、より現実的な案を考えた。祥鏡会を主宰する新川祥央の指導を受ければ、それなりの謝礼が必要だが、謝礼の額は、能楽師のキャリアによって違ってくる。

 能楽部と同じく若手の瀬川に指導を仰ぐなら、何とかなるかもしれない。ただその場合、祥鏡会の正式会員というわけにはいかない。何か、別の名目が必要だろう。

「初めから言ってくださいよ、榛木先輩」

 佳織の提案に、城之内が口角を上げる。その表情に佳織は、「鬼畜ではなく腹黒」という意味を理解した。分からないままの方が、幸せかもしれない。

「しょーきょーかい、ですかぁ」

「ええ、お能のお稽古会よ。学校の部活ではなくて、外の習い事として習うの。もちろん、由梨ちゃんさえよければ、だけど」

「わかりましたなのです。がんばりますなのです」

 佳織の説明に、由梨は目を輝かせ、張り切って返事をした。

「ありがとう、由梨ちゃん」

 佳織はようやく、心からの笑顔を由梨に向けることができた。佳織が、祥鏡会についての簡単な説明を終えると、由梨が三度目の挙手をした。

「それと、仮入部はどうするのですか」

 確かに、どこかに仮入部して調査する、という役目がなければ、由梨が無理をして祥鏡会に入る理由はない。費用面での心配無しに能の稽古がしたいだけならば、祥鏡会系列の、若手の能楽師、それこそ瀬川辺りに、直接師事すればいいのだ。

「妥当なのは、やはり箏曲部ですね」

 城之内の発言に、佳織は当然のことながら、由梨もまた顔色を変える。城之内の視線が、顔色を変えた由梨を捕らえる。佳織はそれに気付かず、城之内は再び、気付かない振りをした。

「そ、箏曲部ですって。ほんとに取られたらどうするのよ。あそこだけはダメ、絶対」

「ですが……動画の件は、全く見当が付きませんし、岡上先生の件なら箏曲部でしょう。動画を調べて、他のクラブが候補に挙がったら、もちろんそちらにも行って頂きます」

 佳織が反対するのは、箏曲部と松波貴子への対抗意識からだ。だが、由梨が箏曲部以外に潜入するとして、どこに入ればいいというのか。

「そ、それはそうだけど……」

「はい、私にお任せくださいなのです。箏曲部だろうとどこだろうと、潜入するのです」

 佳織が煮え切らないでいるうちに、すっかりテンションを取り戻した由梨が、箏曲部への仮入部を宣言する。

「では、決まりですね」

「由梨ちゃんがいいなら……無理はしないでね」

 城之内は満足そうに微笑み、佳織は心配そうに言った。

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