ツインテール少女、登場
「失礼しま~す。こちらは、能楽部さんなのですかぁ」
扉が開き、少々舌っ足らずで、鼻にかかった甘い声がした。真新しい制服に、やや長く膝が隠れる程のスカート丈。ツインテールの黒髪を外巻きにし、結び目を大きめのチャームの付いたカラフルなゴムで飾った髪型が、やや幼めの顔立ちによく似合っている。
「ええ、私が部長の榛木佳織よ」
「うわぁ、そのリボン可愛いですぅ。私も、エンジのリボンがよかったですぅ。それに、中学から峰雀生でいらっしゃるんですね」
「まあ、そうだけど……あなたは、新入生かしら」
「はい、申し遅れましたぁ。一年E組の越野由梨っていいます。ゆりりんって呼んでくださいなのです」
越野由梨と名乗った新入生は、右腕を挙手したポーズで満面の笑みを浮かべると、両手を胸の前で合わせて小首を傾げた。左の手首に、ピンクゴールドのメタルバンドが見える。佳織は、できれば関わりたくないタイプの人種だと、内心ため息を吐いた。
「そ、それは遠慮しとくわ……越野さん」
「え~苗字呼びなんて淋しいですぅ。先輩になる方と仲良くしたいだけなのに……」
「じゃ、じゃあ由梨ちゃん。って、私が先輩ってことは、入部希望なの」
「はい。よろしくお願いしますです、かおりん先輩」
目を輝かせる一年生に対し、佳織は罪悪感と安堵との入り交じった複雑な感情を抱えながら、彼女にとっては残念な事実を伝えた。
「『ん』はいらないから……それに、本当に申し訳ないのだけれど、今、能楽部は活動自粛中で、新入生の受け入れができないの。ごめんなさい」
「そんなぁ……能楽部入るの楽しみにしてたのに、酷いですぅ。これじゃオッキーに……」
由梨は、瞳をうるませて抗議した。しかし、いくら「自主的」に活動を自粛しているとはいえ、ほとんど学校側から通達された処分のようなものだ。泣かれたところで、佳織にどうこうできるものではない。
「中学からの持ち上がりなら、何とかなるのですが……ああ、失礼。僕は二年の城之内透と申します。よろしくお願いします、ゆりりんさん」
口を出した城之内は、顔色一つ変えず、由梨のことを、本人の希望通り「ゆりりん」と呼んだ。それに気をよくしたのか、泣いていたはずの由梨は、いつの間にか笑顔になり、マイワールドを展開する。よく見れば、涙の痕など全くない。
「よろしくですぅ。イケメンさんで眼鏡に敬語なんて、絶対鬼畜ですよね、とーる先輩」
「どこ情報ですか、それ」
由梨の勝手な理屈に対し、城之内は突っ込みを入れながらも呆れた様子はなく、むしろ満更でもなさそうな顔をしてる。
「当たらずとも遠からず、って気がしないでもないけど……って、そうじゃなくて、城之内君。いたいけな一年生を、悪巧みに巻き込んじゃだめよ。全く、何考えてるのよ」
由梨の言葉に、うっかり同意してしまった佳織は、慌てて、よからぬ企みに巻き込まれる被害者は自分一人で充分だと、城之内を窘めた。
「ゆりりんさんのことを……泣いてる女性を、放っておくわけにはいきませんので。女性が困っていたら、助けるのが男の義務です」
一見、真面目な堅物に見える城之内だが、その内実は祥平と大差ないのかもしれない。そう考えた佳織は、これからのことを思い、今度は隠さずに、大きな溜め息を吐いた。
やや沈黙の後、始めに口を開いたのは由梨であった。
「あの……中学から峰雀生だったらぁ、能楽部に入れるんですかぁ」
「この状況では、普通は入れません。ですが、方法がないわけではありません。先生方にお願いして、少々辻褄を合わせます。ただ、残念ながら、高校からの入学ですと、辻褄を合わせる余地がないんですよ」
「だから、その『お願い』方法が問題なのよ……」
佳織の呟きに、由梨の目が見開かれる。裏の意味を、理解したようだ。必要以上に幼い話し方と雰囲気だが、頭の回転は速いのかもしれない。
「なるほどぉ、とーる先輩は、鬼畜じゃなくて腹黒さんでしたかぁ」
「ふっ、見抜かれてしまいましたか」
何故か嬉しそうな反応をする由梨と、それに対して、またもや満更でもない表情を見せる城之内。二人の感覚についていけない佳織は、疲れた声で呟いた。
「鬼畜と腹黒って、どう違うのよ……」
「それはですねぇ……鬼畜っていうのは、非道いことを言ったりやったりしちゃうタイプで、腹黒っていうのは、人前ではと~っても紳士で、でも裏では、非道いことを言ったりやったりしちゃうタイプのことですぅ。ちなみに、どちらも愛情がないとダメなのですっ」
嬉々として語る由梨に、佳織は自身の失言を悔いながら、とりあえず一言でまとめた。
「結局、酷いってことなのね」
佳織が目を離した隙に、城之内が由梨の耳元で囁いている。
「ところでゆりりんさん、先ほどのオッキーというのは、カブセンの細川忠興ですか」
「あはっ、わかっちゃいましたか。みんなには、内緒にしてくださいなのです」
二人とも声をひそめてはいるが、狭い部室のこと。全て佳織の耳にも届いている。
「僕も人のことは言えませんが、随分不純な動機ですね。まあいいでしょう。代わりに、僕の言うことを聞いてくださいね」
「うわぁ~、早速腹黒モード発動なのです。萌え萌えなのですぅ」
細川忠興はともかく、それ以外は全く理解できない会話に、佳織はそれ以上突っ込むことを諦め、話を元に戻すことにした。