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能楽スクランブル!  作者: 夜宵氷雨
第2章 黒い助っ人
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最強の助っ人

「ええ、そうね。結構、多い方だと思うわ」

 能には、『平家物語』を元にした曲が多い。能の曲のジャンルの一つである修羅物など、坂上田村麻呂を扱った『田村』一つを除けば、他は全て、平家か源氏の武将の話である。

「だからです」

「えっ、」

 能に『平家物語』の曲があることと、城之内の入部希望にどんな因果関係があるというのか。しかし城之内は、佳織の疑問に答えることなく、形ばかり頭を下げると、さっと踵を返した。

「そういうわけなので、これからよろしくお願いします、榛木先輩」

「あ、待って」

 佳織は思わず、城之内を呼び止めた。振り返った城之内の顔には、何の表情も浮かんではいない。

「まだ、何か」

「ありがとう、城之内君。すごく、助かるわ」

 佳織が笑顔で礼を言うと、透はフイと顔を背けて、そのまま階段を降りた。背けた顔の耳の辺りが、ほんのり朱く染まっていたような気がした。


 教室に戻った佳織は、待ち構えていたとばかりに、鮎那に捕まった。

「もしかして、告白。佳織、やるじゃん」

「違うわよ、よく分からない入部希望」

 根掘り葉掘り問い詰める気満々の鮎那だったが、その期待と事実とは、かなりかけ離れている。佳織は、期待に添えないことを承知で、ありのままを伝えた。

「よく分からないって何よ」

「う~ん、何だろう。分からないから分からないのよ」

 佳織は何となく、城之内との会話の全てを、鮎那に伝える気になれなかった。佳織自身、よく整理できてない所為かもしれないが、何より、城之内が稽古と舞台を拒否したことは、当人のために、あまり口外しない方がいいような気がしたのだ。

「じゃあ、やっぱり告白だ」

「何でそうなるのよ。だいたい、鮎那の方こそどうなってるのよ。あれだけ、人に紹介しろってうるさく言っておいて……」

「まあまあ、私のことはいいから。それより、城之内君の方が大ニュースよっ」

 しかし、既に「城之内による佳織への告白」が既定路線になっている鮎那の脳内には、曖昧な佳織の答えこそ、それを裏付ける情報としてインプットされたようである。

 話を逸らそうと、鮎那自身に話を振るも、あっさりと流される。

「だって、二年生が入部希望だなんて。し、か、も、二年K組の城之内透。我が校始まって以来の天才と名高く、IT関連の知識は海野先生を凌ぐほど。それを生かして起業して、今や高校生社長として、ちょっとした有名人よ。当然、情報処理部の次期部長候補。本当なら、生徒会長になったっておかしくないわ。まあ、社長業があるから立候補はしてないし、推薦も辞退したって話だけど」

 城之内情報を披露する鮎那は、饒舌だった。よく一気に、これだけ語れるものだ。

「さすが鮎那、詳しいわね」

「このくらい、常識よ、常識。っていうか、中学から一緒なのに、何で知らないのよ。で、その城之内透が、わざわざ能楽部に入りたい、なんて佳織に興味があるとしか思えないわ」

「興味ねぇ……」

 佳織の脳裏に、ほんのりと朱く染まった耳が浮かぶ。しかしそれまで城之内は、何一つ動揺することがなかった。だからあれは、恋愛感情ではなく、単純な照れのはずだ。

「なあに、好みじゃないとか贅沢なこと言うの。そりゃあ年下だけど、一個だけだしいいじゃない。眼鏡が似合うイケメンで、体育と音楽以外は成績トップ。理系コースのK組にも関わらず、国語や日本史だって、学年トップなのよ。まあ、K組は国公立狙いだから、文系科目も馬鹿にはできないけどさ」

 峰雀高校は、A~Lまである十二クラスのうち、A~Hまでは、高校から入学した外部進学組である。I~Lの四クラスが、中学からの持ち上がりである内部進学組。A~Hは二年生から、I~Lは一年生からカリキュラム別のクラス編成となる。

 それぞれ、A、BとIは国公立文系、C,DとJは私立文系、E,FとKが国公立理系、G,HとLが私立理系を目指すコースで、「私立」には、系列の峰雀大学も含まれる。

「国語と日本史ができて、体育と音楽が苦手なの?」

「そうよ。もちろん、数学も物理もできるわよ。でも、完璧すぎても可愛げがないから、ちょうどいいでしょ。しかも社長よ、社長」

 得意な文系科目と苦手な科目……佳織は、城之内の出した条件を、頭の中で反芻した。そのため鮎那の言葉は、全く耳に入って来なかった。


 その日の放課後、佳織は能楽部の部室に城之内を迎えた。活動自粛中の能楽部は、本来、新入部員の受け入れすら難しい。その辺りは、城之内が何やら細工し、「自粛処分前に、入部希望を表明していた」ことにしたらしい。

「大丈夫なの、そんなことして」

「全く問題ありません。先生方も、あれで結構、脛に傷を持つ方々ばかりですから。丁重にお願いしたら、快く聞き入れてくださいましたよ」

 城之内には、悪びれる様子が一切ない。一見、差し障りのなさそうな言葉だが、どう考えても、先生達の弱みを握り、それを元に脅したとしか取れない。佳織は、それ以上深入りするの避け、追求を諦める。同時に、城之内を入部させて本当によかったのかと、少々頭を抱えたくなった。

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