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お母ちゃん  作者: satoaki maruyama
3/4

お母ちゃん第3回

「タカアキィ、タカアキィー」


振り返ると、お母ちゃんが自転車を漕ぎながら僕たちのほうに向かってきていました。僕たち二人は立ち止り、お母ちゃんが来るのを待っていました。


「タカアキ、お父ちゃんがもう1回話すっていうから家においで。ね、ね、来たほうがいいから」


僕は彼女と顔を見合わせました。彼女も納得しているようすです。僕たちは家に戻ることにしました。


家に戻り、お父ちゃんが座っている部屋に入ると、お父ちゃんはなにかを思い出したかのように急に席を立ち、台所のほうに行ってしまいました。おそらく、お父ちゃんにしてみますと、照れ臭かったのかもしれません。


少ししてお父ちゃんは台所から戻ってきますと、なにごともなかったかのように「タカアキ、お父ちゃんも一緒に実家まで行ってあげるよ」と言いました。


こうして僕はお母ちゃんの取り成しでお父ちゃんとの仲違いを解消することができました。やはり、いざというとき、お母ちゃんは偉くて、凄いのです。


しかし、それから17年後、僕はそのお母ちゃんを見捨てることをするのです。



結婚を機にお父ちゃんは「一緒に住もう」と言ってきました。「一緒に住む」と言ってもお父ちゃんたちが住んでいたのは2DKの借家です。ちなみに、妻の実家は青森の田舎とはいえ、それなりの広さのある家でした。妻も驚いたでしょうが、そこは集団就職で上京してきた人間です。少しくらいの不便・苦痛は意に介さない性格です。


僕が進学していた大学のお嬢様たちでは、間違っても受け入れられない結婚後の生活状況だったはずです。


こうして僕の新婚生活ははじまるのですが、そうした環境、状況が僕を脱サラへと導いた側面もあります。普通にサラリーマンをやっていては「広い家になど住めない」と考えたからです。


そして、独立をしてラーメン店を開業し、なんとか3DKの団地から4LDKの戸建てへと階段をひとつひとつ上って行ってしばらく経ったときの出来事です。



僕には姉と妹がおり、男は僕だけという家族構成でした。一人息子ですから、親の面倒をみるのは僕と思っていました。そのために広い家へとひとつひとつ進んできたのです。ところが、あることが原因で、僕は姉妹と大げんかをしてしまいました。


そして、そのことが影響して僕と両親との関係もギクシャクすることになり、家の中に暗い雰囲気が流れるようになってきました。




僕が大学1年生、倫理学の授業を受けているときです。倫理学を教えていたのは和田教授という60代後半の穏やかで優しさを滲みさせた先生でした。教授は学生の机の周りを歩きながら、教科書を左手に持ち、内容を解説していました。


しばらくして解説がひと段落したところで、和田教授は手にしていた教科書を閉じながら腰のあたりまで下げ、世間話をはじめました。


「兄弟げんかは、小さいうちは仲直りできるけど、大きくなってからの兄弟喧嘩は仲直りできないねぇ」


教授はなにかを思い出しているかのように、話しつづけました。


「僕には3人の子どもがいるんだけど、大人になってからの喧嘩は傷が深くて溝が大きくなるから、仲直りは難しいよねぇ。皆さんは大人になったら兄弟げんかはしないように注意してください」




僕は、和田教授の教えを守ることができませんでした。


ある日とうとう、僕はお父ちゃんと「姉妹との関係」のことで大喧嘩をしてしまいました。お互いが怒鳴り合い、罵り合ったのです。僕はお父ちゃんに向かって「そんな人間は『クズだ!』」とまで叫んでいました。


我が家が崩壊した瞬間です。家の時間がとまりました。お母ちゃんは立ち尽くし、妻はうつむき、娘は泣いていました。(息子はまだ仕事から帰ってきていませんでした)


翌日、お父ちゃんは朝早く出かけ、お母ちゃんは自分の部屋で縫い物をしていました。僕はその部屋に入り、言いました。


「お母ちゃん…、悪いけど、もう一緒に住めないよ…」


僕は年老いた親を追い出したのです。しかし、僕の心の中は、もう限界でした。これ以上一緒にいたなら、事件を起こしそうなほど心理的に追い詰められていたのです。そんな僕の心情を理解したかのように、お母ちゃんは言葉を返してきました。


「わかった。。。」


たった一言でした。


その日の夜、僕が部屋で新聞を読んでいるとお母ちゃんが入ってきました。

「今日、アパートを決めてきたからね。引っ越し業者も決めてきた」

お母ちゃんはお父ちゃんに相談することもなく、一人ですべて決めてきたのでした。「わかった」というあの一言には、これだけの覚悟が込められていたのです。なんと重みのある一言だったでしょう。


それから1年~2年ほど、アパートに住んでいたお父ちゃんとお母ちゃんですが、その後妹夫婦の家の近くの公営住宅に入居することができました。公営住宅は家賃も格段に安く、住居の広さも約50平方メートルもあり、老夫婦二人が生活するには最適な環境です。


僕の正直な気持ちとしては、お父ちゃんとの喧嘩のもともとの原因は僕と女姉妹との喧嘩です。ですから妹夫婦の近くに住むのが最もよい選択と思っていました。そうした経緯もあり、僕は両親が公営住宅に行ってから一度も会っていませんでした。



それから2年ほど過ぎた頃、時折我が家の電話に奇妙な電話がかかるようになりました。数回、呼び出し音が鳴ったあとにすぐ切れるのです。最初は、どこかの業者がセールスの電話をしているかとも思っていました。しかし、言葉を発する気配が全くしないのです。セールスであるなら、言葉を発しないはずはありません。


現在、我が家の電話は常に留守電に設定しています。しかも、呼び出し音がなってすぐに留守電の応答テープがはじまる設定にしています。ですから、電話をかけてくる相手からしますと、呼び出し音が2回鳴るとすぐに「ただ今、留守にしております。御用のある方は、ピーっという音のあとにお話しください」という応答テープの声を聞くことになります。ちなみに、応答テープは妻の声で録音しています。


そうしたことが幾度かあったあと、ある日の留守電から聞き覚えのある声が聞こえてきました。応答テープが流れている最中に


「リカちゃん、リカちゃん…、タカアキィ、タカアキィ…」(リカは妻の愛称です)。


そう言うと電話は切れてしまいました。


お母ちゃんの声です。懐かしいお母ちゃんの声が電話から流れてきました。これまでの奇妙な電話はお母ちゃんからだったのです。



つづく。

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