悪夢の研究所<デーモンラボ> 第11話
お風呂から上がると。
・・・・外は雪国だった・・・
てナ訳で。
ルビ達は雪の中、研究所へと迫る。
盆地の中ほどに建つ研究所が、遠く霞んで観えていた。
朝からの雪が降り積もり、視界に飛び込んで来るのは一面の白い世界。
その中で目立つ建物群は、塀に囲まれ静けさに包まれている。
噂の巨大戦車も、配備されている筈の防衛部隊の影も見当たらない。
白い雪の中で、研究所は墓場の様に静まり返っていたのだ。
3人の双眼鏡が日の光を反射させていた。
今朝からの雪も治まり、銀世界に潜んで偵察を強行しているのだが。
「研究所にはこれと言った動きは見られないな?」
ぼそぼそとレンズを覗きながら呟いた。
「どうやら巨大戦車って奴も居ないみたいだしな」
情報に因れば、研究所に配備されたという巨大戦車<ギガンテス>がある筈だったが、
何処を探してもそれらしいモノは見当たらない。
「うん、居ないよね?どこかの建物の中にでも納められているのかしら?」
相槌を打って来たロゼが、寒さに耐えながら見張りを続けている。
「それは無いと思うぞ。建物の中に納められる代物じゃないって事だけは確かだぜ?」
割って入ったレオンが、情報を元に考えて俺達に忠告して来る。
「襲撃を加えた者に対して、遠方から砲撃する気なのかもしれない。
なにせ巨大戦車は、接近戦には滅法弱い筈だからな」
そうなのかもしれないが、倍率をどれだけ上げても付近には存在していないと観れるが。
「まともな軍との遭遇戦に備えているのか、それともルビの言ったように居なくなったか?」
盆地の境界線、つまり山々の稜線迄捜索範囲を拡げたのだが。
雪に埋もれている筈もない巨大戦車の影すら掴めなかった。
「ねぇ二人共。
これだけ探しても見当たらないんじゃ、その戦車はこの辺りには居ないんじゃないの?」
カチカチ奥歯を鳴らしながら、寒がりのロゼが訊いた。
「そうだよなぁ、敵状からも判断して、眉唾物だったかもしれないぜ。
もう、捜索を辞めて本題に掛かろうぜ?」
ロゼの言う通りだと思った。
これだけ辺りを探して見当たらないんじゃ、
巨大な戦車とかいうモノは存在していないと観るのが妥当だろう。
「そうだな・・・よしっ、ルビナスとロゼッタは予定の行動にかかってくれ」
慎重派のレオンが重い腰を上げた。
研究所の偵察と、辺りの警戒網の探索。
レオンは主だった進入路を、俺とロゼは裏側を。
「ルビ良いか?!裏側はロッソア本土に近い主要道路があるんだ。
間違っても近寄り過ぎないようにな・・・背後にも注意してくれよ?」
真っ直ぐ下るレオンに対し、俺とロゼは搦手を受け持つ。
「そっちこそ。独りなんだから十分注意してよねレオン」
雪だるまか白熊みたいに着ぶくれたロゼが、逆に喚起すると。
「ロゼ・・・そのままの格好で行く気じゃないだろうな?」
眉を顰めるレオンに停められる。
「ばっ?!馬鹿ねぇ、動くんだから脱ぐに決まってるじゃない!」
本当に脱ぐ気があったのかは知らないが、慌てて防寒コートの1枚を脱ぎ捨てるロゼ。
「これで良いでしょ?!」
脱いだ瞬間に、ロゼがぶるっと震えやがった。
「・・・もう一枚着てたのかよ?!」
コートの下にはコートが羽織られていた。
どんだけ寒がりなんだ・・・呆れたレオンが、もう良いとばかりに手を振る。
「アタシは寒がり屋さんなのよぉ・・・」
いいや・・・と、俺は茶々を入れたくなる。
熱さにも弱かったじゃないのか?・・・ってね。
レオンは肩を竦めて俺を観ると。
「じゃあルビ、時間厳守で。
きっかり2時間後にはここまで帰って来る事。いいわね?!」
「了解した。そっちも気を付けてくれよな?」
グローブの隙間から覗く腕時計を確認して、2時間後を頭に叩き入れる。
「今、午前7時。集合は9時だぜ?!」
「ああ、間違いなく・・・な」
時間を整合し合い、二手に分かれる。
一面の銀世界だから、普段の格好では目立ってしょうがないが。
「ルビぃ・・・足元が寒いよぉ・・・」
白と鼠色で迷彩されたコートを羽織り、雪上での視認性を軽減させていた。
・・・のに。
「あのなぁロゼ?
寒いっていうのなら、もちっと早く歩けないのかよ?」
着ぶくれ状態のロゼは、よたよたと雪を掻き分けてついて来る。
ぶつぶつ文句を垂れるロゼは、雪に前進を阻まれているようだ。
だってさぁ・・・雪だるまが歩いているのに等しいんだぜ?
「ぶぅ・・・だって、寒がりなんだもん」
・・・だからって・・・ああ、もういいわい!
「置いてくからな・・・」
雪を掻き分けているのは俺なんだぜ?
道を作っても、達磨さんは通れやしないから。
ずるーずるーって、足元の轍以上に着ぶくれているのが問題なんだ。
「待ってよぉ・・・下り坂になったから追いつける・・・・って?!」
そうだよ、確かに盆地へ向かう下り坂だよ・・・って、それがどうしたってんだ?
積もった雪は腰まで深い。それを掻き分けて進んでいるんだが?
「うきゃぁっ?!」
素っ頓狂な叫びが、後ろの雪達磨から・・・
「何を騒いでるんだよ、敵に聞こえたらことだぜ?」
雪かきに精を出していた俺が、いい加減にしろと振り向いた。
「にゃぁ~っ?!ルビィ停めてぇ~っ!」
俺は眼を疑った。
雪道を造っていた俺に迫り来る・・・雪の塊に気が付いたからだ。
しかもだ、その中心には。
「むぷぷっ?!たしゅけてぇ~!」
雪達磨が雪の玉と化しているんだから・・・驚くより呆れた。
グルングルンと廻る度に巨大化していく雪達磨。
そこで俺はとんでもない事に気付いたんだ。
「ばっ?!馬鹿止せ!こっちに来んな?!」
雪の道を辿って突っ込んで来る塊。
横に逃げるにしても雪が邪魔で逃げられないし、ほって置いたらロゼが・・・
「くそっ!こうなりゃ意地でも止めてやるぜ!」
もうその時は指輪の事も忘れていた。
時間を戻せばどうにかなるなんて思いも出来なかったんだ。
・・・呆れたノエルの声が届くまでは。
ー ルビ兄ってばぁ!二人共雪合戦でもする気なの?
「はっ?!ノエルっ!チェックポイントを・・・」
― あははっ!雪達磨さんだぁ!
喜んでいるのか・・・妹よ・・・
次の瞬間には、俺は雪達磨さんと一体化していた。
そうだよ!
停めれないどころか、巻き込まれちまったんだよ!
文句あっか?!
「ルゥビィ~~ッ?!」
「何とかしろよっ!この雪達磨魔女ぉっ!」
転げ行く雪の中。
俺達の罵る声だけが玉に響いていたみたいだ。
将軍はギガンテスの機械となった。
いいや、正確に言えば違う。
「ロッソア中将バローニアか・・・余程のモノ好きだな。
自分から人間であることを捨てるとは・・・」
眼鏡をついっとかけ直し、プロフェッサー島田が呟く。
「人を自ら捨て、何を欲するというのか。
二度と戻れぬ身体を、ここに置き去りにしてまで」
件の将軍は闇の力を侮っているのか、それとも無知故の行為だったのか。
「自ら望む者・・・これで3人目だな。
それも戦争という最中に、敵を倒すという名目で人を捨てるとは。
マリーベル中尉は死んだ。そして今度はバローニアも・・・死ぬだろう」
二人が死を判って魂を宿らせたのかは知らない。
戦場へ赴く者は、覚悟しなければならないのは人だろうが同じと言えるが。
「この男は将軍である前に、独りの欲望に走る愚か者だ。
周りの者をも巻き込んで、死を振り撒く悪魔となったのだ。
マリーベル中尉がどうなったのかは知らないが、将軍の未来は判る。
必ず聖なる者により滅ぼされるだけ、間違いなく言えるのは死んだという事だけだ」
島田は振り向く・・・背後にある管に。
数本ある管の中には、それぞれ人の姿が見て取れる。
人体実験でも行っているのか、それとも何かの病巣の為に?
島田は一本の管を、眼鏡で捉えると。
「なぁミユキ、奴を魔鋼機械に放り込んだのはどんな魔物なんだい?
そこでなら・・・異界でなら観えたんじゃないのかい?」
管の中に揺蕩う黒髪の女性に向けて、親しみを込めた声が出る。
ミユキと呼ばれた女性は、目を閉じたまま眠っている・・・
肌は生きている証に紫色には堕ちていない。
死せる者とは違い、確かに息をしていた。
彼女は眠り続けているのだ、いつからなのかは知らねど。
「ミユキ・・・間も無く。
間も無くフェアリアとの干戈も終わる。
そうすればきっと・・・あの子達が来るんだ」
島田は何を求めるのか?
ミユキと呼んだ女性と、戦争との関係は?
「私は闇に手を染めてしまったよ・・・助けたい一心で。
でも、罪は贖うことは出来まい。
この手で闇の手助けをしたのには違いないのだから」
女性に語り掛ける島田は、遠くを観る良ような目で自らの手を透かしてみせた。
「もう一人の子も、リーン王女も。
いつの日にかは戻してみせると誓ったからな、ミユキと。
私に出来る事は何だってやってみせる。
それが喩え悪魔の企みだとしても・・・やってみせるさ」
島田の手にはどす黒い澱みのような痣が憑いていた。
「もし君が残ったのなら、こう言ってやって欲しいんだ。
ミユキを救う為に私は悪魔となったんだと。
悪魔なら聖なる者によって滅ぼされねばならないのだと・・・」
眼鏡を外した島田の瞳は、紅く澱んでしまっていた・・・
どうなった?!ルビとロゼは?
雪に紛れて・・・いいや、雪達磨になって。
そのまま研究所へ?!まさか?
一方、研究所の中では・・・
次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第12話
そこに居るのは研究に身を捧げるプロフェッサーなのか、それとも・・・悪魔か?




