悪夢の研究所<デーモンラボ> 第10話
シリアスな王女に比べてのほほんなルビ達。
その実、主人公にもしっかりとシリアスが迫っていたので・・・すか?!
ウラルの夜明け前。
まだ暗い中をセルの音が流れる。
「じゃぁな、ガッシュ。ちょっくら覗きに行って来る」
紅き旗の仲間達に見送られ、3人はジープに乗り込んでいた。
「十分気を付けて行けよ?危険だと思ったら、即刻引き揚げろよ?」
「判ってるって!私が付いてるんだから、猪武者みたいなことはさせないよ」
心配したガッシュに、レオンが答えている。
「そうさ、俺が運転しているんだぜ、滅多な事なんて起こらないさ」
俺だってそのくらいは理解してるさ。
俺達の事より、襲撃が悟られやしないかって心配しているガッシュをさ。
僅か20人ぐらいで研究所を襲い、破壊しようとしているんだから仕方ない。
隠密に事を進めなきゃ、それこそ今迄の苦労が台無しになるんだからな。
「ぶぅ・・・早く行こうよルビ」
防寒装備で着ぶくれているロゼが、ぶぅぶぅ文句を垂れ始めやがった。
「おしっ、そんじゃー行くぜ!」
ギアをセカンドにぶち込み、雪道発進をかける。
エンジン音に比べてゆるゆると進みだしたジープには、隠密行動と言った割には重装備が載せられていた。
7ミリ7の機銃には軽車両との会敵を想定して徹甲弾が。
レオンが受け持つ擲弾筒にも、徹甲榴弾が持ち込まれている。
それよりなにより、パンツァーファウストと俺達が呼ぶ、
ロッソア版の対戦車破孔弾が3本も載せられてあったんだ。
それはどう考えても隠密行動用とは思えない。
会敵するのがあらかじめ分かっているような装備とも言えた。
温泉村を出立した俺達3人は、目標の研究所へと向かった。
警戒線に途中で、引っ掛からないようにと祈りながら。
背後の装置に気を配りながら、昨夜の事を想い返していた。
「あれで本当に良かったのだろうか?
私はまたも間違った選択を選んだのではないのか?」
将軍は自ら志願した。
自分も無敵の存在になるのだと、嘯いて。
「如何に将軍だとて、一度宿れば二度とは抜け出せないというのにな」
自ら選んだとは言え、あまりに性急に過ぎなかったのではないかと。
止める事だって出来た筈、失敗したと嘘を告げる手も残されていたのに。
「実験材料としては好都合だったからな。
私達の目的を果たす為には・・・なぁミユキ?」
後ろにある生命維持装置に向けて呟く。
「アイツには悪いが、データーを取るにはちょうど良かったからな。
闇の強大なる力を、どうやって解除する事が出来るかの・・・」
黒髪で眼鏡をかけた男が、机に載せられた図面に手を置く。
「悲鳴をあげるかと思ったんだが。
将軍は根っからの邪な者だったようだぞミユキ。
直ぐに元に戻せと吠えると思ったんだが・・・」
薄汚れた白衣を着た男が嘯き、
「巨大戦車が気にいったみたいだな・・・憑代の躰として」
将軍が一体どうなったのかと言えば。
「悪魔の力を持つ機械。
魔鋼の機械に宿る魔王・・・ベルゼブブ。
そいつに魂を喰われると知りながら、ギガンテスという戦車に宿ったんだ将軍は」
眼鏡をついっと持ち上げた男の額には、何かに斬られたような傷が残されていた。
傷跡はまだそれほど時が経っていないのか、それとも特殊な何かで斬られたのか。
赤黒く目立つ跡となって残っている。
その研究者が、見詰めるのはガラスケース状の管。
管の中には人体が収まっている。
・・・生命維持装置。それは数本存在していた。
その中の一本に眼鏡を向けた男が、
「なぁミユキ。いつになったら帰って来れる?
いつになれば私の元へ帰って来てくれるんだい?」
悲し気に・・・恨めし気に。
生命維持装置の中へと訊いたのだった。
研究所にはこの部屋以外にも同じような管が並んでいた。
その中には同じように何人もの人が収められている。
しかも、どの管に於いても収容されているのは若い女性ばかりだった。
管には何本ものチューブが刺さり、どれもが死人の様に眼を閉じている。
いや、本当に生きているのかも分からない。
もしかすると・・・すでに?!
その中の一体は、金髪の外国人少女だった・・・
逃げるように中庭まで走り出た。
悲しさのあまりに耐えられなくなって。
王女の心は、無情にも思える言葉で苛まれた。
「うっ・・・うっ・・・酷い・・・酷いわお父様!」
王女エルリッヒは、泣いていた。
あれ程までに麗しかった瞳を伏せ、涙にくれてしまった。
「もう、何を言ったって無理なの?
どんなに心を砕こうが、傷めようが。話にもならないというの?」
エルリッヒ姫は饗宴の場で受けた辱めに、涙するより他なかった。
中庭の噴水台に倒れ込んで泣く姿に、銀髪の武官が近寄る。
「来ないでカイン!ほっておいて!」
気配を察したのか、エルリッヒが停める。
「もう駄目・・・私は諦めるわ!もうどうなったって良いのよ!」
泣き喚く姫に、カインは寄り添う。
「駄目だ、エル。諦めちゃいけない」
言葉を探りながら、幼馴染として呼んだ。
「諦めちゃいけないですって?!
よくもそんな言葉をかけれるわね?!
アレを観たでしょ聞いたでしょ!どうして諦めるなって云えるのよ!」
涙でくしゃくしゃな顔をカインに振り向けて、エルは訴えるのだった。
「落ち着くんだエル。
今夜のお父上は、お加減でも悪かったんだろう。
君に対して述べられた言葉とも思えなかったし、人とも思えない声だった。
そう・・・あれはまるで・・・」
何とかエルを墜ちつかせようと、カインがゆっくりと声を掛けたのだが。
「まるで?
そうよ、まるで魔物にでも憑りつかれたみたい。
いいえ!お父様は悪魔に為られたのよ!」
エルは宮殿を振り仰いで罵る。
「まるでじゃなく、あれは悪魔の所業!
悪魔が人を呪う声、人ならざる者の声に違いないわ!」
宮殿の饗宴は未だに続けられていた。
明かりが煌々と漏れ出ているが、それは悪魔の饗宴にも思えてしまう。
「あそこに居るのは皆魔物か悪魔よ!
民を根絶やしにする殺戮者、魔物達だわ!」
狂ったように叫ぶエルに、カインは先ほど見た影を思い出していた。
エルが必死に抗議の声を上げている。
貴族達との諍いと、皇帝に対しての諫めの声を。
「お分かりくださいましお父様!
民は、どれ程御稜威を欲しているのかを。
帝国が如何に病んでしまったのかを!」
その病巣はこの場に居る者達なのだと、必死に訴えた。
エルの可憐な行為に、貴族達は冷笑するだけ。
遠巻きに見ている伴侶達は、事もあろうに嘲りの笑いを溢していた。
ひそひそと。こそこそと。エルに観えていると知りながらだ。
カインは怒りで顔が熱くなっていくのを感じていた。
感じたのだが、それ以上の何も出来ない自分に余計に苛立つのだった。
「エル・・・気を強く持って・・・」
呟くのが精一杯の声援。
幼馴染が闘う姿に、手を貸す事も許されない。
ー 情けない・・・自分がほとほと嫌になる・・・
握り締めた手が痺れていた。
「第3王女エルリッヒよ。
そなたの言うべきは、帝国を案ずることではない。
先ず話すべきは、民を支配する用法・・・帝王学である」
饗宴の場に皇帝である父の声が響いた。
「民とは少々の圧力をかけねば治められぬ。
鞭を振り、痛みを覚えさせねば図に乗る愚かなものよ。
如何に民が飢えようと、不満が募ろうと。
帝国には逆らえぬと思い知らせれば済みだけの事だ」
エルリッヒ姫は我が耳を疑った。
父からそのような理不尽極まる言葉を聞かされるとは。
「お父様!それでは民も従いませぬ。
圧政を続ければ、いつの日にか反旗が翻る事に・・・」
何とか諫めたかった。少しでも心にかけて貰いたいと願っていた。
だが・・・
「それこそ愚か者の思想だ。
反旗を翻した者共には縄をくれてやれば良いだけだ。
その血の一滴たりとも、帝国に捧げねば赦されまい!」
皇帝は民を物とも思わなかった。
「エルリッヒ姫よ。そなたは帝国の王女なるぞ?
斯様な世迷言を申すのならば、その身を滅ぼすと思っておけ。
余の前で二度と同じ事を申すな・・・二度目は王女とて容赦はせぬぞ?!」
尊大なる皇帝の言葉に、取り付く島も喪う。
声ですら出せなくなり・・・エルリッヒ姫は涙を溢れさせる。
<<くす クス あはは ふふふっ >>
周りの貴族達と伴侶が嘲り嗤う。
皇帝の娘、エルリッヒ姫へと。
「うっ・・・ううっ・・・酷い・・・」
最早。
エルリッヒ姫の居場所はなくなっていた。
饗宴という戦場で、王女は心を破かれ潰えたのだ。
信じていたのに。
きっと解って貰えると・・・諦めなかったのに。
エルリッヒ姫は泣きながらその場から走った。
後ろに居る皇帝に何も告げず、逃げるように走ったのだ。
「あっ?!お待ちをっ!」
何も告げずに走るエルを呼び止めたカインが、上位の者に最低限の会釈で別れを告げた時。
ー 悪魔・・・そうだ、こいつらは皆悪魔へと堕ちているんだ!
エルの無く姿を嘲り嗤う貴族と・・・父皇。
娘の無く姿に動揺もせず、唯口を歪めて見送る皇帝。
明かりに照らされてはいるが、人の形相とも思えない程の醜さ。
ー もう・・・この帝国は滅んだんだ。
もっと早くに気が付くべきだった・・・
魔法使いアイスマンと呼称されるカインでさえも、身震いするほどの異形。
ー エルには申し訳の無い事を仕出かしてしまった!
姫を追いながら後悔してしまう。
あの姿を観た今なら、もう決断しなくてはならないと考えながら。
「エルだけは何としても救いたい・・・国が滅ぼうとも!」
あの光景を見せつけられた今。
カインは予てからの計画の実行に着手しようと思い詰めていた。
「国滅んで山河あり・・・帝国は滅んだとしてもエルだけは守り切る!」
夜空に浮かんだ月には、黒い翳りのような雲が纏わり付いていた・・・
出て参りました!
「魔鋼騎戦記フェアリア」のマコトさんが。
彼の国から拉致されてきた・・・あの後の物語。
暫くマコトもこの世界に居るようです・・・
次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第11話
雪の谷間にある研究所。そこには人ならざる者の影が・・・一体何が行われているのか?!




