悪夢の研究所<デーモンラボ> 第9話
やっと・・・物語が進みそうです。
なんだかルビ達の前にも翳りが?
饗宴・・・帝国を牛耳る者達が開く隔世の宴。
浮世離れとも思えるパーティーに、貴族達は酔いしれている。
街には、飢えや病で亡くなる者が居るというのに・・・
「この中の何人が、真実を知っているのだろう?」
豪華な料理を手にする事が出来る特権階級者を観ては呆れ果てる。
「もし知っていて饗宴を開くのなら、そいつこそ悪魔の化身だ」
第3王女の周りに集う貴族を睨みつけて、カインハルト卿は思う。
ー こいつ等はどれだけの富を手にして来れた?
民や他国からどれ程の資産を、どれだけの命を奪って来たんだ?
パーティーに興じる着飾った貴族とその伴侶達に、カインハルト卿は毒づく。
「終わらさねばいけない、こんな理不尽な帝国主義なら」
一握りの者が帝国の富を牛耳る社会に、カインハルト卿は嘆きを通り越して怒りさえも覚えていた。
地味とも思える白いドレスを纏う第3王女エルリッヒ姫の姿は、
どす汚れた者達の中で一際輝を放って見えた。
王女の可憐さは、悪魔を前にした女神にも思える。
間も無く訪れる決戦に、白の王女が立ち上がらんとする姿。
手助けしたくとも手を指し伸ばす事も、力添えする事も出来ないが。
せめて自分の眼で・・・この耳で結末を知ろうと願った。
その結果によっては、ひそかに進めている策謀を実行へと移さねばと思いつつ。
ー カインが傍に居てくれてるから・・・大丈夫。
私に力をくれているんだから・・・やれるわ、きっと!
貴族が開いた今日の宴には、大帝も顔を出す予定と聞き及んだから。
急いで企画者に申し込ませた。
<今宵の宴にはエルリッヒ姫殿下も臨まれる>と。
企画した者は姫殿下であるエルリッヒを快くは向えないだろう。
事あるごとにいちゃもんを着けて来る王女として、半ば忌み嫌っている筈だ。
突然の申し入れに、何事か企んでいると認識している事だろう。
・・・それが何かは知らないだろうが。
夜宴は主を迎えて最高潮になった。
「大帝陛下、お出になられます」
侍従長が恭しく御簾を吊り上げる。
赤と金の装飾が施された御簾が上がり切ると、紫の正装を纏ったプラチナブロンズの皇帝が立っていた。
「最敬礼・・・」
内閣府の貴族院長が饗宴の最中にあって、場違いな声掛けを居合わせたものにかける。
男性は首を垂れ、伴侶達はそれに倣う。
唯独り、エルリッヒ姫だけが眦を決して見詰めていた。
「お父様・・・」
久しく逢っていないエルリッヒ姫の口から零れたのは。
「まるで・・・別人のようなお姿。
一体どうなされたというのですか・・・」
記憶にある父の面影は、目の前に立つ皇帝には見当たらなかった。
ギラギラと異様な輝きを見せる碧い瞳、醜く歪んだ口元。
そして、まるで人を呪うかのような上目遣いで立っている。
「お父様?!何があったのですか?」
皇帝に即位するまでの父とはかけ離れ過ぎた姿。
想い出に居る皇太子であった父は、もっと穏やかな顔をみせてくれていた。
「そんな表情になってしまわれたなんて・・・信じたくありません」
貴族達を見下ろす大帝は、まるで悪魔に堕ちた様な顔で立つ。
人を蔑むような歪めた口元を見せていた。
衝撃を受けた王女エルリッヒ姫を観て、カインハルト卿は眼を伏せる。
ー エル・・・これが本当の闇なんだよ。
もう近寄りがたい存在になられてしまわれたんだ、喩え姫であろうと・・・
対峙する親娘の姿に、カインの心は塞ぎ込む。
これが帝国の闇の核心なのだと。
大帝の姿こそが、ロッソアの現実を表しているのだとも思っていた・・・
「なんだって?!その情報は間違いないのか?」
突然飛び込んで来たガッシュに訊き返したレオンが、
「情報源は研究所に近寄れたというんだな?」
ガッシュの告げた情報を齎した者の事を訊いた。
頷き肯定したガッシュが、件の者について詳細を語る。
「ああ、そうらしいな。
なんでも軍属らしいから、商いのついでに観たそうだぜ?」
「観たって・・・そのドでかい陸上戦艦って奴をか?」
俺も黙っちゃいられない。
巨大な戦車なのか、それとも軍用列車なのか。
それが配備されたとなると、この人数では対抗し難くなるから。
「話してくれた軍属によると、全長が駆逐艦並みだったと言うぜ?
しかもだ、武装列車なんかじゃなくて無限軌道で自走して来たんだとよ?」
ガッシュが眉唾物だと謂わんばかりに肩を竦めてみせる。
「駆逐艦並みだって?!
そんな巨大な金属の塊が自走できる筈がないじゃないの?」
ロゼも呆れたように言い返したのだが・・・
「いいや・・・お前達は知らないだろうけど。
軍の中では噂されていたんだ。
海軍の強力で造られた戦闘車両が存在するんだって。
なんでもそいつは、海軍の要塞砲を備えた怪物だってな」
ロッソア戦車兵だったレオンによって、その話が眉唾では無いと知らされた。
「陸上の戦艦・・・とでも呼べば良いか?
海軍力を日の本に潰された後、陸上部隊へ海軍が介入するきっかけを作ろうとしたんだ。
陸軍に偏った予算を、海軍にも回させようと画策したようだ」
陸上に海軍戦力を?国家の予算を奪い合う為に?
俺にはどうでも良いことだったが、実在すれば脅威には違いない。
「存在するのなら、研究所の防衛力は抗い難いな」
仮に・・・と、言う意味で俺は言ったのだが。
「確かに配備されたのならね?
でも、巨大陸上戦艦の装備は、大平原とかでなきゃ意味を為さないわよ?
どれだけ巨大であろうとも、近寄られてしまえば攻撃不能じゃない?
大男総身に知恵が廻らずって・・・ね?」
レオンは軍人らしく的確な意見を拓いてくれた。
「研究所の防衛を、巨大戦闘車両が一手に握るのなら。
これは勿怪の幸いよ!近寄りさえすれば怖くなんてないわ!」
「そうなのか?!そういうもんなのかな?」
俺達はレオンの自信が助け舟にも思えた。
「でもぉ・・・配備されたかどうかの確認を取らないといけないんじゃないの?」
これまた至極当たり前の意見をロゼが溢す。
「そりゃそうだな。斥候を繰り出すしかないよな?」
いきなり突撃を噛ます程、俺達も馬鹿じゃない。
「そうね・・・先ずは敵を知らないと。
私が案内するから、下見に出かけよう!」
案内人のレオンが行くというのなら、出番は俺達にあるよな?
「先ずは、研究所の位置確認と形状を知っておかなきゃ」
「そう!それに防衛戦力の確認も。
それ次第で執れる作戦も変わるんだから!」
俺とロゼが行くというと。
「先ずはお前達のすばしっこさに賭けるよ。
危ないとか、偵察がバレそうになったら帰って来いよ?」
仲間達の長たるガッシュが訓戒をたれる。
「へっ!そんなへまをする訳がないじゃないか!」
親分面をするガッシュに、カウンターで言い返してやった。
「山を越えて往くから。明日の朝一番に出るからな!」
レオンが装備品の双眼鏡を手に取り、レンズに異状がないかを調べ出す。
ロゼはレオンの横で、防寒具と冬季迷彩を施されたシートを掴み出した。
「問題は・・・どこまで近寄れるかだ。
双眼鏡で判る範囲では、敵状を調べ尽せないかもしれない」
俺の頭の中では、研究所の50メートル付近まで近寄らねば内部までの情報を得られないと踏んでいた。
「まぁ・・・当たってみなきゃ何も始まらないが」
明日の偵察行を前にして、気を楽にしようと指輪に声を掛けたのだった。
巨大戦車を見上げる黒髪の男が呟いた。
「馬鹿げた物を。
デカければ良いってモノじゃなかろうに」
研究所に隣接する車両駐機場に、それは停まっていた。
全長は60メートルもあろうか。
主砲は単砲身で砲台に納められている。
巨体を動かして来たのは、これまた巨大な無限軌道。
2重のキャタピラで巨体を制御し、研究所まで来れたのなら。
「まぁ、動けるのは大したものだがな。
これじゃあ、魔法でもかけない限り亀よりノロいだろう」
主砲の他に副砲として最新の76ミリ戦車砲が両舷に3基、後部にも2基備えられている。
各々が独立した砲台に納められ、車体の全周を防御している。
「観た限りは・・・確かに陸の戦艦だが。
弱点も多いし、なにより乗員の配分が悪すぎる」
陸上戦艦には指揮を執るべき艦橋が無く、砲台がのろのろと動くだけに思えた。
巨体は直ぐに発見されて、重砲の的になってしまうだろう。
「何を考えて造ったんだ?こんなバカげた品物を?」
黒髪の男は毒づくと、傍らに立つロッソア軍人に訊いた。
「どうしても?こいつに乗るって言うのか?」
金の襟章を着けた軍人が頷く。
「それが真総統の命だからな。
私に拒否権などはないのだよ、プロフェッサー」
栗毛を短く刈った軍人が嘯くのを、開発者と呼ばれた黒髪で眼鏡をかけた東洋人が。
「将軍にもなって拒否できんか・・・まるで使いパシリじゃないか?」
呆れた様な憐れむ様な声で返す。
「なんとでも言うが良い。
先のマリーベル中尉の時には成功したではないか?
同じ事を私にもやって頂こうと言うのだ、プロフェッサー島田!」
将軍は、黒髪を掻き揚げた東洋人の開発者に言い放つ。
「間も無く訪れる闇の時代に、その姿こそが意味を持つのだ。
陸上の戦艦の一部になれれば、いずれ訪れる<無>へと導けるのだぞ?
我が主を、世界の覇者にする事が出来るのだ。
お前が開発した闇の異能に依って・・・暗黒魔鋼騎に因ってな!」
将軍が高笑いする姿を見詰める眼鏡の奥に光るのは。
黒い瞳に僅かだが蒼き輝を残している。
掻き揚げた黒髪の合間からは、額の傷跡が覗いてていた・・・
来ましたね。
やっとですよ、<島田 マコト>の出番が来たようです。
「魔鋼騎戦記フェアリア」で、謎だった部分ですね。
ロッソアの研究所で何をしていたのか・・・闇との係わりは?!
次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第10話
君達の向かう所には何が蠢くというのか? 一方・・・姫は?




