悪夢の研究所<デーモンラボ> 第7話
襲われた二人。
突き入れてきた者の正体とは?!
小柄な男の声は、予想もしない程の若さ。
カインの背後から威嚇する声は、幼くも聞こえてしまう。
背後の男を観もしないカイン。
唯、声を呑んで驚愕するエル。
「なにをぼんやりしてるんだ?!早く寄越せよ!」
カインを抑え込んでいるとでも思っているのか。
強請る男が苛ついた声で促した・・・
「お前っ!聞こえてるんだろぅ?早くしないとお前にも斬り付けるぞ!」
カインを背後からの一撃で、抵抗力を奪ったと思ったのか、男はエルに迫ろうとした。
「・・・姫に指一本触れるな。エルリッヒ姫殿下に無礼を働く者は・・・死罪だ」
まるで地の底から湧いて出るような冷たい声が、エルの前から聞こえて来た。
「なっ?!お前っ?まだそんな余裕があるのかよ?!」
男は自分の突き立てた切っ先を観て叫んだ。
背後から突き立てたナイフは、間違いなく上着を貫いている・・・が。
刺された部分からの出血が見当たらない。
まるで切っ先が、どこか他の世界にでも消えて躰にまで届いていないように。
「馬鹿な?ナイフが?!」
怖れを抱いた男が、ナイフを引き抜く。
当然ある筈の血痕も付着していない。
それよりも男が驚愕したのは・・・
「ナイフが・・・折れている?!」
刃渡りが10センチほどもあった果物ナイフには、手元の3センチほどしか刃が残っていない。
「防御衣を着ていた?そんなに分厚いチョッキを着ていたのか?」
カインの上着は、普通の換え上着にしか見えない。
それに防弾チョッキなんて分厚い装備をしているなんて、すらりとした姿からは想像すら出来ない。
「どう言う事なんだよ?!ナイフが勝手に折れたなんて?」
狼狽する男が、刃先を観て怒鳴り散らす。
ボサボサの髪の毛、ボロボロの衣服を身に纏っている姿。
とても誰がしかに襲撃を依頼されて来た者には観えないし、襲撃自体もお粗末に過ぎた。
それに何より、襲い掛かった相手が悪すぎた。
強盗を端から計画するとしたら、金を持っている相手を選ばねばならないが。
「悪いが・・・お前にボクを斬る事は出来ない。
せめて銀のナイフでも持っていたら別だったが・・・」
冷たい声でカインが嘯く。
「エルリッヒ様に危害を加えんとした罪・・・万死に値するぞ!」
俯いていたカインが髪を掻き揚げて振り向いた。
その瞳は冷たく、そして赤紫色に染まれ抜かれていた。
ヒュゥゥッ
それまで風一つ吹かなかった街角に、凍える冷気が鎌鼬となって吹き荒ぶ。
「ボクはアイスマン。
氷を司る魔法使い・・・凍り付きたければ刃を向けるが良い」
嘲るように男を見詰める赤紫の瞳。
「ひっ?!魔法使い?!」
男は腰が引けて転んでしまう。
転んだ拍子に顔を半ば隠していた髪が跳ね上がった。
「まっ、待ってカイン!その子は・・・」
そう。エルも気が付いた。
男は・・・まだ年端も行かない男の子だったのだ。
「いいえ、エルリッヒ姫。
男の子だとしても、姫に危害を加えんとした事に変わりは無いのですから」
凍り付いた声で、カインは制止に入るエルに言い切る。
「死罪は免れません、情状酌量などボクには無関係」
ついっと右手が男の子に向けられる。
「待ってと言ったら待ちなさい!これはエルリッヒとしての命令よ!」
エルの声が届いたのか、カインの腕が停められた。
「我が君の命とあれば・・・致し方ありません」
腕を降ろしたカインに、エルがほっとため息を吐くと。
「それよりカイン?傷は大丈夫なの?!」
刃物で斬り付けられたカインを心配し、背中の切り口に手を宛がう。
ビクンッ!
エルの手が破かれた服の上から肌に当たるのを感じたカインが、途端に飛び退く。
「だっ?!大丈夫ですっ!御心配は無用に!」
慌てて飛び退いた時には、カインの瞳は元の蒼さを取り戻していた。
つまりはアイスマンではなくなっていたのだ。
「でも・・・斬り付けられたのなら。
氷の躰になっても傷くらいは着く筈でしょ?」
「ですからっ!本当に大丈夫なのですっ!」
またエルが疵を心配して触ろうとして来るのを、飛びさがって避ける。
「ボクは大丈夫ですから。それよりこいつを警察に突き出しましょう」
いくらエルが世間ずれしてるにしたって、犯罪者をお咎めなしにするのは問題だ。
少年にはそれなりの罰が必要だと判断したカインが。
「おいお前。初犯なのか?それとも常習犯なのか?
いきなり斬り付けるような強盗を、何度も繰り返して来たのかと聴いてるんだ!」
まだ10歳くらいにも思える少年を捻じ伏せて、カインが尋問する。
「あわわっ?!魔法使いなんだろお前って。
獲って喰う気なのかよ?!」
少年はカインに怯えて尋問されているのも判らないようだ。
「ねぇ君?!いつも泥棒なんかをやっていたの?」
エルが少年の横にしゃがみ込んで訊く。
プラチナの髪を靡かせるエルの顔を観た少年が、やっと我に返って言うのは。
「泥棒なんて言うなよな!
これはれっきとした生き残り戦争なんだからよ!」
ぼろを身に纏った少年が言い返す。
「俺達孤児には、生き残る権利があるんだ!
誰も助けてなんてくれないんだから、自分達で喰っていく為に闘ってるんだぜ?
それのどこが悪いっていうんだよ?!」
悪びれない少年が言うのは。
「じゃあ、君は食べる為に働くんじゃなくて、泥棒しているんだと言うのね?」
エルが眉を顰めて訊き直した。
「だから泥棒じゃないっ!これは生き残りを賭けた闘いなんだ!」
少年は言い返す。自分が悪事を働くのを正当化する為に。
「持っている奴等からしか奪わないよ。
この辺りには時々金持ちがやって来るからな。
そいつらはきっと、みんなから金を巻き上げているのに違いないんだ。
悪いことをして金持ちになったに違いないんだから、そいつらから奪い返してやるだけなんだ!」
少年の言うのは、自己正当化と嫉みから来る英雄気取り。
自分が如何に義賊を名乗ろうが、犯罪を犯している事に間違いはない。
「お前達と云ったな。他にも仲間が居るんだな?」
カインが仲間の存在を追及すると。
「居るさ。いくらでも・・・な。
ロッソア帝国が戦争を止めない限りは、どんどん仲間は増え続けるさ」
ピクンと、エルの躰が震えた。
そしてふらりと立ち上がると、背を向けて離れてしまう。
「カイン・・・その子を。
その子を放してあげて・・・赦して・・・」
「えっ?!しかし・・・」
エルが小声で頼むのを、カインは認められなかった。
だが、エルは命じた。
「カインハルト卿・・・お願いよ、その子を釈放しなさい」
爵位名で姫殿下から呼ばれたカインは、従わざるを得なくなる。
「運の善い奴だなお前は。エルリッヒ姫に感謝する事だ・・・」
カインは男の子を突き放つと、
「もう二度と強盗なんて企てるな。
今度見つけた時には、問答無用で凍り付かせるぞ!」
贖罪するように言いつけるのだが。
「うるせーよ!強盗しなきゃ―良いんだろ?
悪い奴等から奪い返すのは辞めねぇからな!」
売り文句に書い文句。
大人と子供の言い合いのような二人。
突き放された少年は後も見ずに逃げ去ろうとした。
「君、名前は?私はエル、この男はカインっていうのよ?」
走り去ろうとする少年に、エルが呼びかけた。
「ちっ?!名乗られたら名乗り返さなきゃ―ぁなんねぇ決まりなんだ。
義賊なら当然名乗る権利ってもんがあるからな。
俺は黒猫のチュータってんだ、覚えてやがれよ!」
言葉使いが少々可笑しいのは、やはり子供だからか。
どこで覚えて来たのかは知らないが、チュータは義賊かぶれしているようだ。
「ええ、覚えておくわチュータ君」
辛い心を振り払って、エルが手を振って見送る。
心に疵を負ったエルを感じて、カインは背中の傷よりも幼馴染を想っていた。
「どうやら、エルは少しだけ分かり始めたんだな・・・」
氷の魔法を解いたカインの背中に、薄っすらと血が滲んでいた。
王女は何かを掴んだ。
この国に必要な何かを。
澄んだ瞳に決意を秘めた王女エルリッヒ。
傅くカインハルト卿は、嬉しく思った。
ところで・・・お気楽温泉郷に居るルビは?
前回の後日談的なお話ですが・・・気になりません?
と、いう訳で。次回は・・・
次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第8話
気絶するって・・・どんだけシャイなんだよ・・・2人共?!




