悪夢の研究所<デーモンラボ> 第6話
「魔鋼騎戦記フェアリア」からの・・・伝統。
それは?!
外は一面の雪・・・いや、凍り付いた世界と言った方が正しいだろう。
湯気に見え隠れする夜景には、氷点下にまで下がった気温を示すスターダスト現象が見られた。
空気に含まれる水分が、凍り付いて舞い落ちて来る。
月明かりに照らされた氷の結晶が舞い落ちて来る・・・神秘的な景色だ。
もし、防寒具を装備していなければ、忽ちの内に凍り付いてしまう。
それが人であろうとも・・・
「いやぁ~っ、珍しいモノを見せて貰った」
「温泉の中から観る景色は格別よねぇ」
二人が空を見上げて感嘆の声を上げている。
そう。防寒具を着けていなくても凍り付かないパターンがあったのを言い忘れていた。
裸であろうと、温泉に浸かっていれば暖をとれるのだ。
熱いお湯に浸かっていれば、凍り付くなんて事にはならずに済むのだから。
「月がこんなに明るく見えるのも、氷の所為なのかしらね?」
「そうだな、多分。光を反射してるんじゃぁないのかな?」
きらきら舞い落ちて来る氷の結晶。
まるでおとぎの世界にも観えてしまう。
「さてと・・・私は十分温まったから。
ロゼはもう少し長湯するのか?」
レオンが大露天風呂から揚がってバスローブを羽織った。
「え?!う、うん。遅れて入ったから、もう少し・・・」
ちらりとロゼが岩風呂の向こうに目を向けて答える。
大きな岩場がそのまま湯船となっている大露天風呂の、湯気の彼方に目を向けて。
「そうか・・・まぁ、この際だからゆっくり日頃の疲れを癒すと良いよ」
レオンは先に上がるとロゼに言ってから、脱衣場に戻っていった。
満天の星空。
雲一つない月夜。
ウラルの山々の頂がはっきりと観えている。
闘いの前、こんな休息を執れたのも幸運だったのだろう。
仲間達は思い思いに温泉宿を楽しんでいる。
二度と浸れるのか、分からないのだから。
「そうだよね・・・こんなチャンスは2度とないかも」
ロゼは先程から気になっていた、湯気の向こうを観て呟いた。
大露天風呂は、天然の岩場に湧き出た温泉をそのまま利用して誂えられていた。
ごつごつした岩場が辺りを囲い、への字に湾曲した湯船は、へこんだ双方からは死角になる部分があった。
今レオンやロゼが居たのは、長い一片の方。
その逆の短めの部分は、ロゼ達からは見渡せない死角になっていた。
「はぁうあぁ~っ、いい加減・・・目が廻りそうだぜ」
やっちまったと思った。
まさか、二人が入って来るなんて予想外だった。
長湯してやると決め込んだのが悪かったのか。
単に二人が後から来ることを考え及ばなかった自分が悪いのか。
ロゼとレオンの声が聞こえて来た瞬間。
ルビは己の行為を後悔した。
ルビは事もあろうに隠れてしまったのだ。
二人から見つからないように・・・と。
「こんな事なら堂々と浸かっているんだって言えば良かった・・・」
二人が来る前に十分過ぎるくらい浸かっていたルビに、湯船に身を潜めることは苦行の他にならなかった。
「のぼせたって立ち上がったら、二人にバレてしまうし。
かといって眼を廻してしまえば、沈没してしまうし・・・」
どこまで我慢できるか・・・二人にバレずに済むか否や?
真っ赤にのぼせ上がっているルビが、もう耐えきれなくなった頃。
「ねぇルビ?!そこにいるんでしょ?」
張り詰めていた緊張感が、遂に破れる時が!
「脱衣所にルビの服があったから・・・分かっているんだよ?」
・・・・しまった?!なんてこった!
のぼせているのに、血の気が退いた。
「別に覗きに入った訳じゃないんでしょ?
覗く為に隠れているんじゃないのは判るよ」
ー そうです!俺は潔白ですからっ!
心の中で身の潔白を主張するが。
「アタシ達の方が後から入ったんだし、ルビが隠れる必要なんてなかったのに」
ー そ・・・そうなのか?
「ここって混浴なんだよね?だったら隠れなくても良かったんじゃないの?」
・・・・・
ー え・・・そうなの?
俺はゆるゆると振り返る。
星明りと月明かりに照らされて。
まるで女神のような、妖精の様にも観えるロゼが・・・
バスタオルを身体に巻き付け、髪を結い上げたロゼが仁王立ちで見下ろしていた。
ー な・・・なんだよ?正直がっくりだぜ?
月明かりに照らされたロゼ。
温泉に浸かって上気した身体は、薄っすらとピンクに染まって観えている。
そこだけが少女らしいと思えるんだが。
「ん?!なによ?アタシの何が不満なのよ?」
表情にでも現れていたんだろうか?
落胆した俺という男の、浅はかな期待感があっさり崩れたのが。
「まさか混浴風呂で、真っ裸になってるとでも思ったのかしらね?」
・・・否定できない。
「・・・マジ?」
また。顔に出てたのか?
ロゼがドン引きして訊き直しやがる。
「べっ、別にぃ・・・裸だと思ったから隠れた訳じゃないぜ?!」
「ほほぉう?じゃあどうして隠れていたのよ?」
それを突っ込むか?
「そ、そりゃぁ・・・な。女子が入って来たら驚くし、隠れるよ」
突然の事だったから、ここが混浴だった事も判らずじまいで。
逃げるように隠れたのが、本当の処だよ。
当然観ちゃぁーいない。断言できる!
「それなら、隠れた後に声を掛けたらよかったのに」
「いや、それは。隠れるのに気が行ってしまって。
声なんか出したらとんでもない目に遭うかと・・・」
・・・そうじゃないか?!俺は怖かったんだ、二人に痴漢呼ばわりされるのが!
「はぁ~ぁっ。露天風呂に入る前に、説明書きを読まなかったのね?
ここは天然の岩風呂だから、混浴を採用してるって。
でっかく書かれてあったのに・・・せっかちなんだからルビは!」
・・・否定できない。
「しょっ、しょうがないだろ!
ロゼ達に足蹴にされて、むしゃくしゃしてたんだから。
こうなりゃー温泉に浸り切ってやろうと思ったんだよ!」
「だからって。他の湯治客も居るのに・・・良かったわね誰も居なくて」
・・・そうだった!貸し切り状態だったから、肝心なことを忘れてた?!
「すみません・・・・俺が悪ぅござーした」
俺が顔を逸らしている内に、ロゼの奴が。
「・・・えっ?!」
隣に座りやがった?!
ちょっとでも手を伸ばしたら触れれるくらいの距離に。
固まる俺に、ロゼが笑い掛けやがる。
「なに?自意識過剰なんじゃないの?」
蒼く澄んだ瞳。上気した頬。
それに・・・白いうなじ・・・バスタオルの間から見える白い肌。
「ねぇルビ。明日に成ればもう修羅場に向かうんだよね?」
朱色の唇が・・・艶めかしく見える。
「ノエルちゃんを無事に救い出さなきゃ。
なんとしても、月夜の魔女から抜け出させてあげないといけないよ?」
いつも聞いている声だって言うのに、今聴いていると妖精の様に色っぽく聞こえる。
「アタシ達が出来る事はなんだって手伝うから。
どんな危険な事が待ち構えていたって、ルビには目的を遂げて貰いたいの」
なんだか・・・ロゼが女神の様に感じて来た。
「ねぇルビ・・・聴いてる?」
くらくらする・・・眩暈が襲って来る・・・女神に微笑まれているみたいだ。
「ねぇったら・・・・って?!ちょっ、ちょっとルビ?!沈んでるじゃないの?!」
息も出来ない・・・
「馬鹿ぁっ?!のぼせたんなら最初から言いなさいよぉ?!」
ロゼの怒鳴り声が大露天ぶろに木魂した。
のぼせ上がって気絶した、損な俺に向けて・・・
皇女エルリッヒは眼を見開き続ける。
有り得ない・・・こんな事があってはならない筈だと。
こげ茶色のボサボサの髪をしている小柄な男が、カインに刃物を突き立てたから。
背後からの一撃を受けた侍従武官カインハルトが、事もあろうに凶刃に倒されるのかと。
「カ・・・カイン?!カインッ!」
恐怖にも近い。
驚愕の現実が、エルリッヒを叫ばせた。
「い・・・嫌っ!嘘よっ、こんなのっ!」
両手で顔を覆い、観てはならないモノをみるように。
カインと暴漢がもつれ合っている姿に、姫としてではなく幼馴染へと叫んだのだった。
「金・・・金を渡せ!」
小柄な男から言われたのは、強盗としての言葉だった。
「この男は金を持っていた、その主なんだろうお姉さんは?」
小柄な男の声は、エルリッヒに向けられる。
「こいつみたいになりたくなかったら、大人しく金を出せよ!」
カインに襲い掛かった強盗は、獲物に強請った・・・・
お風呂回っ!
いかにもルビらしい結末でした?
のぼせてダウン・・・これじゃあロゼたんも肩透かし?
この後どうなったかは・・・またの機会に。
さて、一方シリアスな幼馴染は?
カインはどうなる?エルはどうする?
次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第7話
彼女はやっと攫めた。王女は帝国にナニが足りないかを教えられる・・・




