悪夢の研究所<デーモンラボ> 第4話
お忍びのエルリッヒ王女とカイン。
2人が眼にするのは街に何が起こっているのかということ。
2人が目にする事実とは?
エルリッヒ姫と従者カインの旅が始まった頃。
ウラル山脈の東側では・・・
紅き旗を翻した一団と、戦闘を交えんとする軍があった。
ロッソア領ウラル統治政府軍と対峙するのは、レーニン主義を掲げた反乱勢力。
民衆蜂起の戦力では、正規軍に歯向かうのには無謀ともとれたが。
「心あるものに告ぐ!我等は国情を憂う者。
傀儡政権に歯向かい、ウラルの独立を勝ち取らんと正義の旗の下に集う。
同胞を想うのなら、矛を納めて同志となられよ!」
戦闘を前に喧伝されたのは、傀儡政府からの離反。
無理強いされた兵への勧誘、どうせならば宗主国たるロッソアに牙を剥けと勧めたのだ。
戦意の無い正規軍に、この宣伝は覿面に効いた。
一部の士官以外、心の中では傀儡政府に反抗していたのだから。
ロッソアの威光を笠に民衆から重い税を取立てている政府への怒りは、正規軍の中でも燻ぶっていた。
上層部に対して反旗を翻したのは、事もあろうに最前線に位置した部隊からであった。
民衆と手を携え、正規軍に砲を向けた・・・そして。
意思統一が崩壊した正規軍は、仲間割れを繰り返して内部崩壊へと向かった。
同じ民族だというのに、同じ同胞だというのに。
血で血を洗う、泥沼の内戦へと発展していく事になる。
たった一か所での戦闘が、後に時代を動かす事になる。
それはロッソア帝国崩壊への序曲でもあった・・・
研究所へ向かうルビナス達二十数名は、ひとまず偵察を兼ねて山越えを企てた。
ウラルの山々には早くも雪が冠せられ、道中の困難を思わせたが。
「やはり、見知った奴が道案内してくれると助かるなぁ」
ハンドルを握るルビが、前を進む側車に併せて走らせていた。
「山脈越えなんて言うから、どんなに大変かと思ったけど」
「寒いだけで、道のりは険しくないじゃないか?」
ロゼもレオンさえも、両側を崖に囲まれた山道を見上げながら答える。
ガッシュ達との連携を目指したルビナス達は、バイクと車両に分乗して山越えに挑んでいた。
ウラル山脈と云っても、全てが荒涼たる山肌を剥き出している訳じゃなかった。
曲がりくねってはいたが、車両が通り抜けれる道も整備されていた。
ただし、冬が本格的に訪れてしまえば、道も用を為さないのだが。
「うう~っ、寒っ!
この寒さが一番の大敵よね?」
ロゼには身に応える寒さなのだが、レオンにはどうという事もなさそうで。
「何言ってるんだよ?
本格的な冬が来たら、この辺は氷点下20度にもなるぞ?」
「・・・聞かなかったことにするわ」
ただでさえ寒さに弱いのか、ロゼは唇迄真っ青になっている。
「おい、ロゼッタ。
寒いのならウオッカでも呑めば?
ガッシュ達が気付け薬代わりにって置いて行っただろう?」
後部荷室に装備された機銃の、基部にある用具箱。
その中にはロッソアで一般的な酒であるウオッカの一瓶が入っていた。
「駄目だよレオン。
その酒に手を着けちゃぁ、いざって時に無くなっちまうぜ?」
レオンもロゼもだが、酒癖が善いとは言えなかったから。
一度手を出せば、忽ちに空っぽになっちまう。
俺が停めると、手を出しかけていたロゼがひっこめた。
「そうよね。まだまだ寒さが厳しくなるんだから。
ちょっとやそっとで手をつけていたら、肝心な時に困るからね」
「宜しい!よく言った!」
俺はおどける様にロゼへと返してやる。
この寒さだ、少々饒舌になった方が寒さを忘れられるからな。
それにしても、こんな寒さの中で善くも人間が生活できるよなぁ?
俺はウラル地方に住んで居る人達に、驚きと感心を贈った。
一晩家の外に居てみろ、まず間違いなく凍死してしまうぞ?
それでなくったって、手足が壊死してしまいそうだ。
「二人共、これくらいは序の口だぜ?
本当の冬将軍が来たら、軍隊だって殲滅の憂き目に遭うかもな」
「殲滅って・・・そんなことがあったの?」
レオンの物言いに、ロゼが聞き咎める。
「知らないのか?
その昔、ヨーロッパからの軍勢がロッソア領内まで攻め込んだ時の事を。
冬将軍に由って攻め込んだ軍勢は負けて帰っちまったんだぜ?」
ロッソアに伝えられる冬将軍の威力。
物凄い寒さの代名詞として使われるのだが、歴史から採られたようだ。
「そーなんだ・・・私にも耐えれるかな?
そんなに寒くっちゃ、銃も砲も撃てなくならないの?」
「それはあり得るな。最初の一発が凍って撃てないなんてのも。
だから、ロッソアの機銃には水冷が多いんだよ。
水は冷やすだけじゃなくて、温めるのにも良いんだ」
レオンが教えてくれた寒さ対策に、成る程と思った俺達だったが。
「でもさ、その温めた水を確保出来るかまでは、考えてなかったみたいだけど」
「・・・そっか」
確かにそうだよな、温水なんてどうやって確保、維持するんだよ?
「焚火・・・焚火でもしないと。
お湯を沸かす事なんて出来ないからね?」
ロゼが寒さのあまり凍えた口をカチカチ鳴らして、無理やり笑う。
「そうでもないぜ?
この辺りには温泉も湧くんだ。水蒸気が上がっている場所が何か所かあるんだが?」
「温泉?!その湯を使って銃を温めるってのか?」
俺が思わず訊いたら、レオンが破顔一笑して。
「どうやって戦場迄持って行くんだよ?
私が言いたいのは、焚火を焚くのは無理でも温泉に浸かれば温まるだろうってことさ!」
レオンは、ロゼが寒さで辛そうにしているのを観て、温泉に立ち寄ればと遠回しに言っていたのだ。
「温泉に浸かるのは良いけど、露天じゃぁ浸かった後で余計に冷えてしまわないか?」
こんな山の中にある温泉なら、宿なんてある筈が無いと思った。
岩陰で湧く温泉を想像した俺が、躊躇してしまうと。
「勘違いするなよルビ。
山の中にだってちゃんと人家は有るんだよ。
特にここら辺りじゃあ、冬場になった方が人口が増えるくらいなんだぜ?」
「あ。そうか!温泉で温まれるからか。
薪の心配がいらなくなるから、冬場の方が移り住む人が多いってことなんだな?」
冬が厳しくなれば、当然暖房費がかさむ。
手直に薪が手に入らなかったのなら、温泉がある地方に移住する者も来るだろう。
「と、いうことは?
宿もあるってことよね?」
キラキラした瞳でロゼが訊いた。
「当然だ。冬こそ稼ぎ時なんだからな」
「・・・うっとり」
レオンから聞いたロゼが、独りにやける。
「だからって、宿に泊まるかは分からないぞ。
ガッシュ達が居るんだし、こんな大人数で泊まれる宿が在るかなんて分からないだろ?」
「・・・しょぼぉ~ん」
見るからに落胆するロゼ。
「あははっ!漫才かよ二人共」
俺はロゼじゃないが、風呂に浸かるのは嫌じゃない。
長旅だったし、一晩位骨休めがしたい。
「なっ?!良いだろノエル?」
手袋の中にある指輪に向けて訊いてみた。
ー ルビ兄も、疲れてるんだもんね。良いよ私に気を配らなくったって!
妹には悪いが、研究所に向かうのは一晩遅れそうだな。
「よしっ!決めたぞ。
俺達だけでも温泉に浸かろうぜ?!」
後部荷室に居る二人に向けて、俺はきっぱりと言った。
「え?!でも・・・他の皆には?」
ロゼが少しだけ嬉しそうな声を出して訊いて来るのを。
「俺達が泊まるって言えば、否が応でもにも留まらざるを得ないさ。
なにせレオンが居てくれるんだからな、研究所までの案内役が・・・さ!」
「さすが!ずる賢いのは定評があるな、ルビって奴は!」
ロゼよりもレオンが喜んでくれた。
でもさ・・・ずる賢いってのは、酷いんじゃないの?
「そうと決まれば!湯気を探してくれよな?
見つけたら、真一文字に最大速度で向うからさ!」
「おっけぇー!」
二人が燥ぐように相槌を打った。
こんな理不尽な世界にでも、やはり癒しの場所があるんだと。
冬将軍も及ばない場所へと、俺達は走り続けたんだ。
エルリッヒ姫とカイン・・・
主従二人は帝国が堕ちるのを防ぐ為と、真実を知る為に進んだ。
皇都の中、人々の暮らしぶりを目の当たりにしながら。
「カイン?これって何なの?」
物珍しそうにエル(=エルリッヒ姫)が訊くモノとは?
商店に並ぶ黒パンを、物珍し気に見ていた。
姫であるエルには、黒ずんだ代用パンを観るのは初めてだったから。
「これは黒パンって云うんです。
ジャガイモと小麦とを掛け合わせて練り上げて焼いた代用パンですよ」
都のパンも、小麦が足りなくなりこの有り様。
それでなくても物資が都にまで届かなくなり始めていた。
「へぇ~っ、パンは白いものとばかり思っていたわ」
町娘の姿格好に化けているエルに、商店主が胡散臭そうに言って来た。
「頭でもおかしいのか?
白いパンなんて宮殿にでも行かないと無くなっちまったんだよ!
買わないのならさっさとあっちへ行きな!」
まるで文無しに執る態度のように、手でエルを払いのける。
「ご、御免なさい!」
エルが素直に非を認めて謝ったが、主人に対しての暴言にカインは。
「失礼極まりない奴だな!そんなに買って欲しいのなら!」
ポケットから金貨を取り出して、主人目掛けて放り投げた。
「その減らず口を後悔させてやっても良いんだぞ?!」
腰の短剣に伸ばした手が、誰かに停められる。
振り向いたカインに映ったのは、エルが首を振る姿。
「こ、こいつは?!金貨じゃねえか?!
これでパンを買うってのか?!この店のパン全部を買い占める気か?」
店主は拾い上げた金貨を懐に仕舞うと、畏れ入った態度になり。
「今日はこれで店じまいだ!
このパンを全部持って行きな!」
二人にありったけのパンを包んだ袋を突き出して、商店の看板を下ろしてしまった。
カインもエルも。
あれよあれよという間に、店主が手渡して来た持ちきれない程のパンに眼を廻した。
「ちょっ、ちょっとおじさん!
私達はそんなつもりじゃ・・・」
エルが返そうとドアを叩いたが、中からの声は帰っては来ず。
「エル・・・申し訳ございません。
かくなる上は・・・」
腰の短剣を取り出すと、切っ先を・・・
「あわわっ?!早まらないでカイン?!」
手元に捧げ持った剣を突き立てようとするカインに、動揺したエルが停める。
「この辺りに居る恵まれない人達に配ろうかと思います」
カインは黒パンを切り裂き始めた。
「・・・ほっ。びっくりさせないでよ・・・もう」
息を吐いて、胸を撫で降ろしたエルが、幼馴染の行為に微笑むと。
「そうね!カインは優しいからね。
初めからそうしたかったんでしょ?私にも手伝わせて!」
カインの斬ったパンを袋に詰め直す手伝いを始めた。
「エル・・・姫。ありがとうございます!」
文句ひとつ言わず、甲斐甲斐しく手伝う姫殿下の横顔を見たカイン。
光に輝くエルの瞳に吸い込まれそうになった。
「あ・・・」
看取れていたから。
不意にエルの手と触れてしまう。
ぱっと手を退くカインに、エルはどうしたのかと顔を向けて来る。
「あ・・・いいえ。別に・・・」
意識しているのは自分の方だと。
改めてカインはエルリッヒを想い直した。
「さぁ!配りに行きましょうカイン!」
両手で袋を捧げ持ったエルが、カインを促す。
「はい、エルリッヒ姫・・・いや、エル!」
明るく笑う幼馴染の姫殿下に、カインは悟られまいと後ろを歩いた。
二人の姿を横丁から観ている影があった。
パン屋との経緯をすっかり観ていたその影は、二人が裏町に向かう様子を視ていた。
そして・・・ニヤリと唇を歪めるのだった・・・・
呑気に思えるルビ達ですが。
・・・呑気です。
差し迫った問題はエル達の方か?
皇都にナニが起きているのか?不幸な時代は弱き者を作る。
王女に迫る魔の手?!カインは王女を護れるのか?!
次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第5話
君は現実に向き合えるのか?目の前に居るか弱き存在にナニが出来るというのか?




