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魔鋼猟兵ルビナス  作者: さば・ノーブ
<ロッソア>編 第6章 紅き旗
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悪夢の研究所<デーモンラボ> 第3話

ロッソア王女エルリッヒ・・・


彼女は今、悩むを抱えていた。

雲間からの日差しが温かく感じる。


零れ日が肌を殊更に白く見せていた。


白金プラチナの髪、ブルーアイズ

朗らかに。舞う様に。


自由を謳歌して、少女は笑ってみせた。


挿絵(By みてみん)


「エルリッヒ姫!お待ちくださいっ!」


「こぉらぁっ!街中で姫なんて呼ばないの!エルって呼びなさいよカイン!」


振り返ったエルリッヒ姫が、笑った顔のままで従者を嗜める。


「しかし!万が一のことがあったら!」


目の前で少女が歩いている。

何処から観てもロッソアの町娘に見える姿で。


「カインも気楽に振舞いなさいよ!ここは往来なんだから」


「エルリ・・・エルっ!待って、待ってください!」


いくら街中だとて、少女はれっきとした王女様なのだから。

侍従武官の<アイスマン>とあだ名されたカインハルト卿も、おてんば姫にはたじたじになる。


「エルっ!よそ見ばかりしていたら転んで怪我をしてしまうよ?」


背中に羽根でも生えたかのように、エルリッヒ姫が飛び回る。


「大丈夫よ!・・・って、きゃぁ!」


よそ見していたら石畳に躓いて・・・


「ほらっ!言わんこっちゃない!」


手を指し出したカインに、エルは舌を出して。


「ワザと・・・だよっ!」


手を取るとカインに抱き着いて来た。


「カイン!やっと手にしたみたい。

 自由を手に出来たみたいで!嬉しいの!」


抱き着いて来たエルリッヒ姫に、カインが眼を見開いていると。


「ありがとうカイン!

 宮殿の中では言えなかったけど、ここでなら言えるから」


王女の立場では、臣下に礼を言える筈もない。


でも、今なら。

宮殿の中では無いし、誰にも聞き咎められないから。

お忍びで街の中に居る今なら、言葉に出しても構わないと思った。


「幼馴染の男の子カイン!今日なら今なら、言っても良いよね?」


カインの手を握り、エルが頬を染める。


「アイスマンじゃないカインに!

 本当のアイザック・カインハルトが大好きよ!」


笑う少女の顔には、翳りなど微塵も観れなかった。









それは昨夜の事。






「どうされました姫様?お加減でもお悪いのですか」


侍従官が、食卓の前で塞ぎ込んだエルリッヒ姫を気遣う。


「いいえ・・・どうもしませんわ」


ナプキンさえも手に取らない姫が、普通でない事は誰でも分かる。


「従医師を呼びましょうか?」


食卓番の女官が小声で伺いをたててくるのを。


「必要ないわ、食事が喉を通らない時だってあるから」


もう宜しいとフォークを皿の上に置くと、


「お父様はどちらに居られますの?」


立ち上がって皇帝の在処を訊ねる。

畏れ入っていた侍従長が、エルリッヒ姫の顔色を伺いながら。


「陛下は御在所にお見えになられておられます」


公務処に居ると教えて来た。


「私もお話しがございますと、お父様に知らせて。

 早急によ、いいわね?!」


女官達に向けて声高に言うと、エルリッヒ姫は宮殿の廊下にまで足を向けた。


廊下には月明かりが墜ち、灯りの中に隠れた者をも照らし出していた。


「エルリッヒ姫・・・お待ちください」


白銀の髪が揺れた。


「大帝に何を、お話しになられる気なのですか?」


アイスマンと呼称される冷たい瞳で、エルリッヒ姫を見詰める。


「貴男には関係ないわ。私は上奏したいだけなの!」


「昼間に観た街の有様をですか?

 それとも国の実情を、臣下の前で告げ口するとでも?」


カインハルト卿の前まで来たエルリッヒ姫が立止まると。


「貴男はどう思っているの?この国の未来を・・・」


か細く、か弱げに心の内にある心配を吐露する。


「我が帝国には、新たな未来が・・・」


「その未来って?幸せにでもなれるというの?」


再び歩み始めたエルリッヒ姫が、すれ違う時に言ったのは。


「カイン・・・新しい未来って。

 私達王族には、来ないのかもしれないわ」


臥せた瞳には、翳が押し寄せてみえた。





「お父様!陛下!お話をお聞きくださいませ!」


在所に現れたエルリッヒ姫が、御簾の向こうに話しかけるのだったが。


「これは第4王女様、今宵は御目通りの約定でも?」


手前に居た宰相兼、法務大臣卿であるロスコビッチが聞き咎めた。


小太りの体躯、欲に濁った茶色の瞳。

短めの髪は半ば禿げあがり、見るからに派手好みであるのを証明するかのスーツ姿。


どれを観てもエルリッヒ姫には、宰相の器には見えなかった。


陛下おとうさまは、まだこんな男を傍に置いているのね・・・」


ぼそりと溢すエルリッヒ姫に、ロスコビッチが再び訊いた。


「姫殿下、ここは帝国の施政を司る場ですぞ?!

 御用向きの件は、この場にそぐわぬのではございませんかな?」


皇帝の信任が厚い宰相の一言で、周りの者達から失笑が漏れる。


臣下の者に小馬鹿にされたのなら、怒りや恥ずかしさにいたたまれなく成るのだが。

今宵のエルリッヒは違った。


むしろ毅然とした顔で、小太りの宰相目掛けて一瞥をかけると。


「ならば。

 私の話は、この場でこそ相応しい筈。

 政治に関するお話しなのですから」


御簾に向けて顔を向け直し、宰相が止める前に話し始めた。


「陛下!エルリッヒが申し立て祀るのは。

 斯様な悪政を執り行い続ければ、臣下たる民の心まで離反してしまいます。

 どうか陛下の御稜威みいつにて、民に御慈悲を賜りますよう」


どうしても言っておきたかった。

夕日に染まる皇都を観てしまった自分としては、これ以上放置できないと思った。

このまま、ロスコビッチ達に政治を任せておけば、やがては亡国ともなろう筈であったから。


「姫殿下、言葉が過ぎるようですな。

 帝国民たる全ては、大帝陛下の御遺志に沿い奉らねばならない決まり。

 つまり、大帝の御親任を受けた我々貴族院の決定は、

 大帝の御遺志と受け取らねばならないのですぞ?」


ロスコビッチ他、集った閣僚達がエルリッヒを黙って観ている。

その眼は明らかに姫殿下とはいえ、見下して嘲笑っているかにも見えた。


普段のエルリッヒなら、耐えがたい屈辱に顔を赤らめて逃げ出したであろう。

顔を紅く染めたのは同じであったが、今宵は違った。


「その信任を良いことに、私服を肥やして民を敵に廻しているのはどこの誰なの?

 此処に居る者達の中で、陛下に帝国の実情を奏上する者は誰一人いないじゃないの?!」


負けん気が辱めを勝り、抗う様に声を荒げる。


「これはしたり。

 陛下には帝国がますます強大になっていると奏上しておりますが。

 なにかお間違えになられておられるようですな?」


「なにが強大よっ!武力で抑圧しているだけでしょ?!

 その内民の中から反旗が翻って・・・倒されてしまう事にも為り兼ねないのに!」


宰相に叫んだエルリッヒだったが。


「言葉が過ぎまするぞ!民が反旗を翻したとても。

 それこそ武力で殲滅してしまえば事足りますぞ、第3姫殿下?」


ロスコビッチに名前ではなく、継承権候補に外れている3番目の姫と呼ばれてしまった。


 くす・・・くす・・・


集う者達から失笑が漏れた。


「くっ?!

 貴方達になんと罵られようが、陛下にお聞き願えれば良いことなのよ!」


御簾の中に居る父皇へ、声が届いてさえくれればと。



だが。エルリッヒの願いは・・・



「陛下なら先程、御簾からお引き上げになられたご様子ですが?」


侍従長が畏まってエルリッヒに知らせた。


「え・・・いつ?どうして?!」


愕然と御簾の奥に目を向ける。


「エルリッヒ殿下がお越しになられた少し後に。

 御公務が終わられましたので・・・姫が伺候される御予定がございませんでしたから」


曇った瞳に涙が湧く。侍従長に告げられた現実に・・・


「陛下には声さえも届かないのね・・・」


肩を落としたエルリッヒ姫が、在所から退出する。

落胆のあまり、その場にいた者達に挨拶もせず。


「エルリッヒ姫殿下は幼過ぎますなぁ。

 政治の世界は子供には早過ぎますぞ・・・」


「第3姫殿下には、帝国の治政に口出しして貰っては困りますなぁ」


嘲る声が心に突き刺さった。

父と娘との間には、海を隔てたくらいの距離感が仲を隔ててしまっていた。


帝国を牛耳るのはロスコビッチ以下の僅かな側近達。

我が世の栄華を極めんとする、人の皮を被った悪魔達だった。




「ああ・・・もうどこかに行ってしまいたい・・・」


ベットに倒れ込んで泣き続ける。


「こんな辱めを受けて。

 ・・・話さえ聴いて貰えないのなら」


父と娘の間だというのに。

大帝に即位してから、疎遠になってしまった親子。


大帝国ロッソアの君主である父と娘が、顔をみせ合う事も無くなって久しい。


「もう、いっその事。

 どこか遠くの国へでも行ってしまおうかしら。

 どうでもいい縁談でも来ないかしら・・・」


涙は枯れることなく流れ出る。

自暴自棄になってしまったエルリッヒに、女官達もどう接して良いか戸惑うばかり。


「エルリッヒ姫、自分を責めるのは躰に障りますよ?」


女官達が半歩さがる前に、銀髪の武官が進み出る。


「ほっといてよ!もう諦めたんだから」


「一体何を諦めると申されるのですか?」


訊いて来た声は、アイスマンと呼ばれる侍従武官の冷たさは感じられなかった。

心配する声には、幼き日と同じ温もりを感じた。


「カイン?私・・・失望しちゃったわ。

 もうお父様には声も届かない。聞いてもくれないんだわ」


自分の身を呪う様に、エルリッヒが泣き声を漏らす。


「大帝には臣下の者を前に、如何に姫であろうとも予定外の拝謁を赦す事が出来なかったのでしょう」


カインが言いたかったのは、父として話が訊けなかった訳。

父と娘として話が出来ないのは、王家の者の宿命だと。


「だったらどうすれば善いというの?

 寝所にでも出向けと?それこそ衛士に捕らえられてしまうわ!」


自棄になったエルリッヒが、カインに向けて喚き散らす。


「いいえ、公の場にて。

 大帝とお話しが出来る方法がございます。

 いくら君側の朴卒が言い訳を募ろうとも、謁見しなければならなくなる方法が」


カインの声にエルリッヒの涙が停まる。


「本当?!どうすればお逢いできるの?」


顔を向けて来たエルリッヒ姫に、侍従武官のカインハルト卿が。


「どれほど嘘偽りを並べ立てても、言い訳出来ないモノを突きつければ良いのです。

 証拠を手に掴み、指し示せば・・・きっと」


「証拠?!それはどんなものなの?」


泣き止んだエルリッヒが、目を輝かせる。


「それは・・・姫自身が掴まねばならないのです。

 御身で、あなた様の心で掴んだモノを突きつけるのです」


カインハルト卿は、エルリッヒ姫殿下に促した。


「その眼で、その心で。真実を掴むのです。

 そうしなければならない処まで来てしまっているのです。

 帝国が新たな時代を迎えられるかは・・・エルにかかっているんだよ?」


瞳に在るのは幼き日と同じ優しさ。

アイスマンと呼ばれ恐れられる侍従武官ではなく、少女と少年だった頃の瞳が見詰めていた。


「どうやれば良いの?

 どうしたら証拠を手に出来るの?

 どうすればお父様に真実を教えて差し上げられるの?」


カインに縋り付いたエルが訊いて来る。


「ボクが護るから。ボクが傍に居るから。

 エルは籠の中から飛び立たないといけないんだよ?」


カインは胸ポケットの中から一粒の石を取り出した。

赤紫色に輝くガーネット。

1月の誕生石である宝石を、手の平に載せて。


「この石に誓って。

 ボクの家に伝わる宝玉に誓って。姫殿下エルを御守りいたします」


カインの瞳には、代々伝えられて来た魔法の石が映っていた。

その手にそっと差し出したエルリッヒ姫も。


「私を護り抜くと誓いなさい。

 貴男の異能に誓い、このロッソア王女エルリッヒの傍に居ると」


臣下たる者への言葉だが、瞳の色は優しく輝いていた。

 

 バサッ


侍従武官が腰を屈める。

畏まって膝を着いたカインハルト卿が、姫の指先を捧げ持ち。


「畏まってございますエル。我が君、エルリッヒ姫殿下」


騎士の礼を捧げるのだった。



幼馴染の臣下カインハルト。

王女と武官は心に誓った。


新たなロッソアとする為にも、今起きつつある現実を見ると。

知らなければならない・・・本当の帝国を。


次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第4話

一方その頃ルビ達は?ウラル山脈を走破しようとしていた・・・

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