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魔鋼猟兵ルビナス  作者: さば・ノーブ
<ロッソア>編 第6章 紅き旗
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悪夢の研究所<デーモンラボ> 第1話

悪夢の研究所デーモンラボ


挿絵(By みてみん)


今回からまたシリアス路線に戻ります・・・・ 



ロッソア各地に飛び火していたのは、反政府運動。


戦争により疲弊した経済が導いたのは、民衆の蜂起。

衛星国で巻き起こる武装蜂起は、強大なる帝国にも翳りが観えた証でもあった。




大陸国家ロッソア帝国。

遅れて帝国主義に奔ったロッソアは、周辺国を力ずくで懐柔した。


時の大帝により、反抗する者はすべからく理不尽にも処罰され処刑された。

その行為が導いたのは、衛星国に二つの勢力を創る結果となった。



一つは帝国に靡く傀儡政権に組みし、利権を貪る者。


もう一つは、飽く迄独立を勝ち取ろうと敵対する者。



二つの勢力は、初め傀儡政権側が圧倒的勢力を握っていたのだったが。

理不尽に過ぎる増税、言論まで取り締まる悪法。

次第に各衛星国内では、抑圧された民衆の心が離反し始めた。


まず手始めに起きたのは、衛星国内からの逃亡。

重すぎる税に耐えかねた人々が、生きていく為に他国領内へ密入国を図った。


国境を警備する衛星国軍は、帝国からの強圧的指示を受けて同胞に銃を向けた。

同じ同胞はらからに、見せしめの為という理由で。


数百人の離反者が射殺された・・・


事件を内外に喧伝した衛星国首脳達に、民衆は怒りの矛先を向けるようになった。


自治権は名ばかり。

傀儡政権に宗主国ロッソアへの抗議など起きよう筈も無い。


抑圧された民衆は、それでも生きる為に従わざるを得なかったのだが。


そこに一人の思想主義者が現れた。


彼が説いたのは<全体主義>という名の政治思想。


彼は独りの王により統治される現実から抜け出し、民衆の民衆に因る政治を説いた。

中央集権思想からの脱却。

それは公平を謳い、民衆に因る政治を目指す・・・


世に言う<ニーレン主義>。


世界で初めての政治思想<<共産主義>>を呼びかけたのだ。


初めは相手にもされない弱小政治団体だったものが、やがて疲弊するロッソア各地に広まった。

周辺の諸外国には未だに王立国家が林立している状況下で、その思想は危険分子と断ぜられたが。


誰もが平等に富を分かち合える・・・理想に思えた民衆には、多くの支持を受ける事になった。


反政府組織に、この思想が行き渡るきっかけとなった事件が起きた。


それは隣国フェアリアとの紛争。


戦争に発展する僅か前、

ロッソアはフェアリアが領有を宣言していたバルト海に面した都市国家ウクラインを武力で併合してしまった。


当時ウクラインは王を国外に追放し、民主国家たる基盤造りに着手したところであった。

ウクライン臨時政府は国家非常事態宣言を下し、攻め込んで来たロッソア帝国軍に応戦した。


あまりの戦力差で、戦闘か知殻僅かに数日も経たず全土を奪われる事になったウクラインだが。


民衆が蜂起して王族を追放した国民は占領を赦しても尚、自由の精神を堅持していた。


小国と馬鹿にしていたロッソアに、ウクラインの精神が飛び火する事となろうとは。

時の皇帝にも予見できなかった事態になる。


王を追放して、国民の中から選ばれた議会により政治が行われるべき。


それはちょうど、ニーレン思想が衛星国に伝えられたのと重なった。


ウクラインの悲劇。


自由な思想と行動力は、ニーレンの概念を強力に広める事になったのだ。







そしてフェアリアと干戈が交えられた・・・






約八百年も続いた帝国に、秋風が吹き荒んでいた。


皇帝が君臨した時代の終わりが近付いていた。

民を圧するだけでは、もはや国を治め続けるのは無理となった。


だがしかし、未だに権力にしがみ付く者達が祀り上げていた。

皇帝に真実を告げようともせず、自分達の栄華に憑りついて。


民がどれほど離反しようが、強権があればなんとでもし得ると思い込み・・・




不運な者・・・それは時の君臨者。


側近にさえ、利巧なる者が居らず。

また、数多の者から意見を伺う事も出来ずに。


古からの悪習が、この強大なる帝国を瓦解せしめんとしているとも思わず。



世界からの流れに、気が付く事も叶わず。


今、ロッソア帝国は崩壊への道筋みちべに堕ちていた。




時に。


ロッソア帝国歴794年・・・晩秋のことであった・・・・









ロッソア帝国首都、ロッスクワ。

尖塔が聳える王宮で・・・



ぼそぼそと女官達が噂話に耽っていた。


庭先で花を愛でている、エルリッヒ姫の耳にも届いてしまっているのに。


「また嫌な噂が広まっているのよ?」


「そうねぇ、ウラルの東でねぇ。嫌な話だわよね」


エルリッヒ姫は聞こえないふりをしている。


「また不埒者を壊滅させたとか?今度は数百人規模で、ですってね?」


「壊滅って言えばそうでしょうけど。処刑しただけの事でしょうに?」


エルリッヒ姫の手が停まる。


「そう言えば。なんでも犯罪者を纏めて軍人にしたそうよ。

 特務部隊とかいう犯罪者集団が処刑を任されたんですって!」


「嫌な話ね。特務部隊と云ったら、血も涙もない無法者集団でしょうに」


姫であるエルリッヒには、初めて聞かされた部隊名だった。


「それにしてもよ。処刑するなんて!なんて悍ましいんでしょう!」


「しぃーっ!声が大きいわよ。

 王宮の中にだって宰相の手先が忍び込んでいるんだから。

 聴かれちゃったら私達だって首が飛んじゃうわよ?!」


花を目で居た手が、握り締められる。

女官達が憂い、噂しているのが真実なのかどうかも判らないから。


「誰も。誰からも本当のことを話して貰えていない」


エルリッヒ姫は微かに震える声で自問する。


「誰も教えてくれないのなら。自分で知る以外に方法はないわ」


庭の片隅で花を愛でるのが、唯一の憂さ晴らし。

こんな事では、いつの日にか自分は駄目になる。


いいや、自分だけでは無くて国自体が。



「もう奥に戻るわ!着替えの支度をして頂戴!」


噂話に夢中の女官を遮って立ち上がるエルリッヒ姫に、女官が慌てて畏まる。


「お付きの武官を呼んで!アイスマンを私の元へ来るように言って!」


スタスタと歩む姫に付き添う女官が、呼び鈴を鳴らす。


「いいえ、その必要はございませんよ殿下」


御影石の柱の影から年若い武官の声が。


「アイザック卿、お越しでしたか」


女官が鈴を鳴らすのを辞めて引き下がる。


「アイスマン!少しいいかしら?!」


振り向きもしないエルリッヒが、答えも待たずに自室へと入っていく。


「ええ、殿下が所望とあらば」


柱の影から出たカインハルト(=アイスマン)が女官を制して続く。

二人を見送る女官達が室外に留まった。


「カイン!私っ、もう我慢が出来ないっ!

 一体いつになれば君側の輩を排除出来るの!

 御父上だって姉上達だってそう!

 愚か者達に煽て奉られているのに気が付かないのかしら!」


不満を幼馴染にぶつけるエルリッヒに。


「姫は如何にしたいと申せられるのですか?」


アイスマンとあだ名される、武官で貴族のカインハルトが訊いた。

冷たい刃の様に研ぎ澄まされた瞳を向けて。


「私は!本当に起きている事を知りたいだけ!

 この帝国に起きている現実を見知らないと気が済まないの!」


武官に対して、姫が求めるのは・・・


「いつも私が話しているだけでは、満足されないと言われるのですね?」


「そう!カインとして話してくれるというのなら別だけど。

 アイスマンとして、ぼやけた話しかしてくれないからよ!」


エルリッヒは幼馴染の武官が不満だった。

本当に起きている事を知っている筈のカインハルト卿が、自分の求める現実を話そうとしないから。


「だからっ!この目で耳で。

 私自身が納得出来るように・・・知りたいのっ!」


声を嗄らして訴える姫に、侍従武官カインハルトは。


「昔っから、一度言い出したら退かないんだからなぁ・・・エルは」


ふっと瞳を緩めて・・・


「カイン?!」


普段は見せない顔に気付き、エルリッヒが訊ねる。


「ボクとしては見せてあげたいんだけどね。

 武官としての立場があるから・・・でも。

 エルが本当に知らなきゃいけないと思うから、少しだけでもね?」


「カイン?ホント?」


幼馴染に戻った武官の笑顔に、姫の立場を忘れて。


「ホントだよね?少しでもいいから見せてくれるのね?」


思わずカインの手を取る。


「ああ、少しだけだよ。

 普段誰も行かないベランダから市内の様子を見て観るかい?」


「うん!うん!観たい、見せてカイン!」


エルリッヒがぎゅっと幼馴染の手を握る。

それで自分の想いが伝わるとでも思っているのかどうかは、分かりかねるが。


「少し時間を貰えないかな?

 ボクが持って来る衣装に、着替えてくれないかエル?」


カインハルトが何を考えているのか分からない姫だったが、頷く事で同意を表す。

侍従武官カインハルトが部屋から出ていくと、独りそわそわしているエルリッヒが。


「カインの手を力一杯握っちゃった・・・・」


恥ずかしそうに両手を顔に当てて微笑んだ。

微かに想うのは、幼かった昔日。

幼少期には、あれ程握り締めた少年の手だったのに。


「久しぶりだったから・・・どう思ったかしら?」


今は身分の違いから、二人共気安く接する事でさえも出来なくなっていた。


「本当はいつだって傍に居て欲しいのに。

 カインになら触れられたって気にしないのに」


姫と一貴族との間には、隔たりがある。

でも、幼馴染であるエル貴族カインには、垣根なんて欲しいとも思わなかった・・・お互いに。




暫くしてカインが持参したのは。


「ど、どう?可笑しくないかしら?」


お付きの女官に衣装を整えて貰ったのに。

エルリッヒは恥ずかしそうにカインハルトへ訊いて来る。


「いいえ、武官たる姿に見えますよ殿下」


いつもの不愛想な顔になっているアイスマン。

カインハルト卿が持参したのは。


「髪型も替えたのですね。凛々しいと思います」


髪を結い上げて剣帯を下げる、女性侍従官に着替えていたエルリッヒ。

姫のドレスを脱ぎ、凛々しい姿になっていたのだが。


「なんだか私じゃないみたい・・・仮装パーティーにでも出るみたいね?」


鏡に映る姿に、エルリッヒは苦笑いを浮かべる。


「そうでなくては。誰かに気付かれては大ごとになりますので」


「そうね、侍従武官が姫と何をしていたのか。

 見つかったらタダじゃ済まないわね・・・うふふ!」


悪戯っぽくエルリッヒが笑う。


「・・・それでは参りましょう殿下」


手を指し出されたエルリッヒが、躊躇いも無くその手を取る。


「いいか!誰かが訊ねてみえたら、お身体の加減がお悪いと申し上げておれ!」


女官達に言い残したカインがエルリッヒと駆け出して行った。


ロッソアの宮殿は幾度もの改装で広大なる敷地となっていた。

殆ど誰も来ない場所はいくつかあれど、見晴らしの訊くのは二人が来たベランダだけだったろう。


目の前には広大なるロッソアの大地が見渡せる。

間も無く沈む、夕日の彼方にまで続く領土。


紅く染まった都市に、灯りと炊事の煙が立ち上っている。


「・・・私。

 観てはいけなかったの?」


霞む声でエルリッヒ姫が訊いた。


「いいや違うよエル。

 君は知らねばいけなかった・・・もっと早くにね」


二人が見下ろす街。

夕焼けに染められた街に見えたのは。


「カイン・・・私。

 観てしまったわ。

 今の帝国がどれ程荒れ果ててしまったのかを・・・」


呆然と話すエルリッヒ姫に。


「いいや違うよエル。

 君は目に出来た事でしか判断していない。

 本当に知らなければいけないのモノは、もっと遠いところにあるんだよ?」


「眼で観えたことより?知らなければいけない事って?」



二人が見下ろすロッソア皇都。


皇帝が君臨する都市にも、翳は忍び寄っていた。

街から笑いが消え、人々は生活に追われてしまっていた。


何より気が付いたのは。


「街行く人々が、こんなに少ないなんて?

 あれほど賑わっていた街に・・・人が歩いても居ないだなんて」


そう、今ロッソアで起きていたのは。


「エル、今だから言おう。

 嘗ての面影が無いのには意味があるんだよ。

 帝国は間も無く新たな力に因って生まれ変わろうとしているんだ。

 それが民には痛い程分かっているんだと思う。

 この街に居残って、それのとばっちりを受けたくはないんだろう」


氷のような声が教えた。


「間も無く・・・そう遠くない未来。

 このロッソア帝国は死に絶えるのかもしれない・・・」


エルリッヒ姫は夕日に染まる街の前で、蒼い瞳に涙を湛えて。


「終わるのね・・・・全てが」


涙を湛えた声が、ロッソアの落日に零れて行った。


挿絵(By みてみん)


帝国の黄昏・・・


人々の怒りの矛先は誰に向かうと言うのか?

その時、一人の娘が見る事になるモノとは?!


時代に翻弄された若者達の結末は?!


次回 悪夢の研究所<デーモンラボ> 第2話

人々は生き残るだけでも精一杯だった・・・冬が訪れた北国では

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