ロッソアの赤き風 第9話
珈琲って。
ミルクと砂糖を入れたら苦味が薄れるのは知ってますね?
え?!
呑まないから知らない?!
損な・・・今日のお話はソコを突いたのよ・・・・
ブラックな飲み物・・・コーヒー。
ストレートと言わないのは何故なのでしょう?
閑話休題・・・
野営の焚火の前で。
急に冷えて来た夜闇の中に、焚火が暖を与えてくれていた。
「分らず屋め!俺達がどんな想いをして来たのかも知らない癖に!」
当たり散らすかのように、俺が悪態を吐くと。
「まぁまぁ。ルビの言ったのが分かるのなら、あんな事を話さないよ?」
レオンが執成す。
それはガッシュ達反乱民には分かりようも無い話でもあったから。
「戦争に行っていない人達に実情を言っても、分かりようも無い事だからさ」
自分も兄を喪ったから。
レオンはルビの失意を、肌身で感じてはいたのだが。
「所詮、あの人達には縁遠い話だというだけの事でしょ?」
カップに淹れたコーヒーを啜り、ロゼが背を向けたままで仲を執る。
「仲間に成れって言って来たのが、アイツらの方からだったのが気に喰わないけどね?」
振り返ったロゼの眼に伺えるのは、疑う者への不信。
俺達3人は奴等から少し離れた窪地で野営を決め込んだ。
どうして奴等から完全に離れてしまわなかったのかって?
仕方がないじゃないか。
今日の今日、ロッソア軍と戦ったんだし、残った兵力も存在するんだから。
無闇に離れて夜襲を喰らうよりかは、近くに居た方が何かと用心になるからな。
尤も、奴等に襲われる危険は捨てがたいけど。
ロッソアの軽戦車を排除した俺達3人だったが。
ガッシュ率いる紅き旗の反乱分子に、再び近寄り交渉に入った。
仲間となって力を貸して貰う為に・・・だ。
だが、交渉は初めから難航してしまう。
仲間になる事は認めたようだったが、目的が全く以って違ったからだ。
ガッシュ達はそもそも、荒れ果てた農地で耕作を続けていた農民達であった。
彼等は厳しい税に喘ぎ、一揆を起こそうとしたのだが。
「衛星国民である同胞に、村を焼かれる始末。
帝国の威を借る軍に因って、村を焼かれる惨たらしい目に遭ってしまった」
と、言う事だそうだ。
生き残った村人達は塵尻になり、反抗も一揆も出来る筈もなく。
「生きていられただけでも儲けもの・・・
戦争など、どこでやっているんだってなくらいに惚けていたんだから。
そんなにのほほんとしているから、国まで乗っ取られてしまうのよ!
仲間になったって厄介なだけだわ、こっちの命がいくらあっても足りない位よ!」
ロゼが憤るのも、無理はない。
とうのガッシュとかいう男でさえ、戦闘経験がない。
今日初めて指揮を執ったという程、呆れ果てた状態だったから。
「よくもそんな条件で反乱が起こせたわねって言ってやったら。
アタシになんてぬかしたと思う?
<お嬢ちゃんより巧く、俺達が出来ない訳がない>だってさ!
馬鹿にするのも程があるのよ!」
百戦錬磨とまではいかないにしろ、ロゼの戦闘経験は俺と同じだったから。
馬鹿にされたのは俺も同じだと言えたから。
俺とロゼが憤慨しているのは、こんな訳があったからなんだ。
「まさに。知らぬが仏って事だよな・・・」
レオンが聞きなれない喩えをあげて、肩を竦める。
「まぁ、二人がそんなに嫌うのなら。他の宛てを探せば良いさ」
諦めたレオンがコーヒーカップに手を伸ばした時。
俺の視界の端で何かが動いた。
瞬時に俺の右手が小銃を掴む。
「誰だ!撃たれたくないのなら手を挙げて出てきやがれ!」
カップを放り出し、小銃を構えた俺に併せて、ロゼも拳銃を引き抜いた。
「待て。待ってやれよ二人共。アイツだよ、ガッシュだ」
ロッソア語で影に向けて誰何したレオンが止める。
「ガッシュ?!あの痴漢野郎が?何の用よ?」
拳銃を降ろしてロゼが訊く。
「あの野郎か・・・何の用だ?
さっき話し合った筈じゃないか?!」
怒気を孕むのは仕方が無いんだぜ?
あんな言い方をされた後なんだから。
岩陰から出て来たガッシュが、片手を挙げて進み出ると。
「やぁ、さっきはどうしたんだ?
いきなり話を中断してしまったみたいだったが。
お前達の求めているのを聞いてやりに来たんだが?」
近寄ると相変わらず、尊大な態度を執りやがる。
「もう話す事なんて無いと思ったからだよ。
俺達の力添えには不向きだと思ったからだけさ」
顏も見返さずに俺が言い放つと、気にも懸けていないのか。
「何だよ?お前達は自分の仲間を放り出す気なのか?
同じロッソア帝国に逆らう者の筈じゃないか。
どうして仲間を置いてどこかに行こうとするんだ?」
自分勝手な屁理屈を並べ立てる。
「お前達と同道する気なんてないから・・・それだけだ」
「それでは仲間とは言えんぞ?お前・・・言ってる事が都合良過ぎないか?」
どっちがだよ!って、言ってやりたいのを我慢して口を噤むと。
「おっ、良い匂いがしてるじゃないか。
俺にも飲ませろよ・・・そこの金髪のロゼ」
名前を憶えているのだけは普通だが、言ってることは支離滅裂だ。
普通ならロゼが爆発する処だが、どうした事かロゼはカップに注いで差し出した。
「ほぅ?これはなんだ?香ばしい匂いがするが?」
ガッシュは珈琲なんて呑んだ事さえも無いのか、カップの中を観て聞いて来る。
「コーヒー・・・苦いからね」
手渡し終えたロゼが小声で教えて引き下がる。
「コーヒー?ふむ・・・」
湯気の立つカップから、一口すすったガッシュ・・・
「ぶっほっ?!」
苦さに驚いたのか、ブラックのコーヒーを吹き出す始末。
「あーっはっはっはっ!珈琲さえも飲んだ事のないなんてね!」
嘲笑うロゼに、言われたガッシュが。
「そうか!これが噂に聞いていたコーヒーというものか!」
驚嘆と感動の入り混じった声を返して来た。
「アンタ・・・真面目に話したの?」
嘲笑うのを辞めてロゼが、真顔で訊き返す。
「アタシはてっきりブラックのコーヒーを飲んだ事が無いのかと訊いたんだけど?
コーヒー自体が初めてだったの?」
「ああ、俺達の村では珈琲なんて拝んだことがなかったんでな」
嘘を言ってるようには思えない。
ガッシュの村では、コーヒーなんて手に入らなかったのだろう。
つまりは、それだけ貧しい村だった。それだけ圧政に苦しめられて来たのだろう。
「それにしても、こんなに苦いモノだったとは。
よく飲んでいられるなぁ?俺には苦過ぎて飲めたもんじゃないんだが・・・」
ガッシュはカップに残ったコーヒーに眼を落として皮肉を言って来た。
「苦いって言ったって・・・おい、ロゼ?お前・・・煮詰めたんだろ?」
ちらりとロゼに目をやると、本人は明後日の方を観ているだけだ。
・・・確信犯だな。どっちも・・・どっちだろ?
心で毒づく俺と、指輪の中で2人を指しておどけるノエルが此処に居た。
ロゼの悪戯に毒気を抜かれた俺が、何も知らずにいるガッシュに訊いてみた。
「アンタに一つ訊きたいんだが。
俺達を仲間にしたうえで、何を目的としたいんだ?
さっきはお前の指揮下に居る奴等の前だったから、威勢のいいことを言ってたようだが。
ここには俺達以外は誰も居ないし、聞いちゃいない。
本当の目的を言ってくれても良いんじゃないのか?」
村の解放だけが目的では無いのは、此処に居る事で分っていた。
ガッシュ達の村から離れたここに集っている事からも、それだけで済まそうとしていないのが分かる。
俺の質問に口を閉ざしたガッシュが、上目遣いに俺を観た。
「・・・言い難いのか?
お前達は政府を転覆させようと立ち上がった反乱分子だと。
悪政を止めさせなければ、同じ事の繰り返しになるだけだと分っているんだろ?」
ロッソアの衛星国になって既に数十年が過ぎ去り、悪政を受け続けた結果。
「昼間に観た村も・・・ガッシュ達の村と同じだった。
一見豊かそうに見えても、厳しい税に苦しめられて。
やがては村に強制的に税の取立てに入られ、住む事も出来なくなった・・・」
ガッシュは黙ったまま俺の話を聴いている。
「領土を戦争という悪しき手で奪う帝国に、衛星国の民はみんな苦しんでいる。
強大な権力を傘に持った一部の特権階級が政府を掌握し、弱い立場の者から富を奪う。
それが帝国主義というものだと・・・簡単に言えばそうだけど。
ヤラレル側は堪ったもんじゃないよな?」
立場の弱い物から奪い取る。
それが中央集権制度でもあり、ピラミッドの頂点に君臨する者達の特権でもあった。
ロッソア帝国では皇帝がピラミッドの頂点に在り、最下層がガッシュ達衛星国民だとも言えた。
「そこまで・・・お前は知っているのなら。
俺達に力を貸してくれないか?
今お前が言った通り、俺には皆を勝利に導ける素質が無い。
一農民だった俺に、戦闘のイロハなんて知りようも無いんだから」
ガッシュがやっと認めた。
自分達では戦闘どころか、闘い方さえも知らないのだと。
軍隊に入った事も無く、農地を耕すだけだったガッシュ達には。
銃砲を撃つ事は出来ても、相手に当てられるだけの技術も持ち合わせていないのだ。
「だから。
戦闘を経験して来たであろうルビナス達の力を借りたいんだ。
闘う技術も、戦闘法も。
何もかもが俺達には足りない・・・必要なんだ」
指揮を任された経緯は知らないが。
ガッシュという男は、自分達が起こそうとしている反乱を成功させたいと思っている。
犠牲を無理に出さずに済むようにと、指揮官として最低限の心得は持ち合わせていたようだ。
「確かにね。
アンタの指揮じゃぁ、命が幾つ有っても足りないわ。
いくら同志だからって、死に急がれちゃぁ堪ったもんじゃないわよ!」
ロゼが横合いから口を挟んで来る。
「ガッシュ・・・あなたは無益に死ぬ仲間を観ていられない。
あなたの誤った指揮で死ぬ人に対して、死に急ぐことで帳消しになるとでも思うの?」
蒼い瞳でガッシュを睨むロゼ。
その瞳には陰が・・・闘いで観て来た悲劇を映しているようだ。
「アンタが死んだって、亡くなった命は戻らない。
死に急げば、生き残っていた者にまで死が訪れる事にも為り兼ねない。
独り善がりの考え方は、死者をも冒涜する結果にもなるのよ」
か細い声だった。
震えた声でロゼが言ったのは、自分もそうであったから。
死に急ぐように・・・友の後を追いかけそうになったあの日を思い出したのだろうか。
ロゼみたいな線の細い少女にまで言い切られた、大の男なのだが。
ガッシュはロゼが知らせた戦場の真実を理解出来たのだろうか?
それまで口を挟んでこなかったレオンが、なにやらロッソア語でガッシュに言った。
その声に顔を向けたガッシュが、一瞬目を見開いてロゼを見ると。
「アンタ・・・魔鋼の魔女だったのか?
唯の魔法使いなんかじゃなく、<魔鋼の猟兵>だったのか?」
ガッシュは恐怖にも似た顔で、ロゼを見詰めるのだった。
「そう。
アタシは魔鋼の魔女としてルビの伴をしている、魔女ロゼ。
この娘に宿るのは魔鋼の猟兵とロッソア人が懼れている月夜の魔女が一人!」
ロゼッタに宿る古の魔女が、言霊を使ってロゼの声を司る。
「お前達ロッソア人には、恐怖の的でもある月夜の魔女の・・・妹よ」
「ま、まさか・・・お嬢ちゃんが?!古の魔女?!」
焚火の明かりに照らされた金髪の少女の口元がつり上がった・・・
はい!
困ったチャンロゼ。
呑んだ事の無い珈琲を、ブラックで・・・しかも煮詰めて苦味を引き上げた?!
困った子ちゃんなロゼに、宿るのは・・・魔女。
しかも、ロッソアにも聴こえた悪名高き魔女!
<<月夜の魔女>>ロゼ!
次回 ロッソアの赤き風 第10話
君は数多の命を弄ぶ者・・・悪魔の如き魔法を司る・・・魔女!




