訓練
配車された車両に乗り込み、戦闘訓練に勤しむ。
ルビとロゼの間に芽生えるのは?
操縦桿を引っ張り過ぎた・・・
ガシャ ガシャ ガララッ
右側からけたたましい音がして、操縦不能になった。
「あーっ!またやったわねルビっ!」
もう一つ、けたたましい声が落ちて来た。
「すまねぇ!また力加減を間違えた」
俺はエンジンを切って、砲手席のロゼに謝る。
謝るついでにロゼを押しのけて車外に飛び降りた。
右のキャタピラが切れて抜け落ちている。
「あーっ、また重労働かよ?!」
二人乗りの軽車体の欠点は、キャタピラが細く直ぐに抜け落ちてしまう事だった。
抜け落ちるだけでなくキャタピラ自体が弱いのにも問題があるのだが。
「ルビってば、馬鹿力なんだから~っ」
俺が切れたキャタピラを避けて、新しい予備に付け替えていたらロゼがため息交じりに手伝ってくれた。
「感謝しなさいよー、今日で3回目なんだからね」
操縦はなんとか覚えられたのだが、走行中の挙動には慣れきれなかった。
窪地を超えた後、旋回をかけると決まって発生する。
「これじゃあ、上下運動中に向きを変えるのはご法度だな」
それはこの車体独自の問題点だった。
「そうねぇ、重心が高いから。重た過ぎるのよね?」
防盾から突き出た短砲身を視て、ロゼがため息を吐く。
元来、この車体に75ミリ砲を無理やり載せたツケが、走行関係に負担を背負わせていた。
「部隊に配備された他の奴等からは問題が言われてこない処をみると。
ロゼのいう通りかもしれないな・・・」
キャタピラを修理しながら他の車体を視た俺に、
「そうよねぇ、他のは37ミリ対戦車砲で軽いもんね?」
防盾から延びる砲身は細くて短かった。
「でもなぁロゼ。あれじゃあ敵戦車に余程近寄らなきゃ撃破なんて無理だろ?」
37ミリ砲で敵の装甲板を破れるのか、いささか疑問だと思う俺を肯定するロゼ。
「そう、37ミリなんて豆鉄砲じゃ軽戦車の前面装甲だって抜けないし、
まして中戦車が的なら、50メートルまで近寄っても貫通出来ないと思う」
そんな砲を付けているのなら戦車猟兵として如何なものか。
「まぁ、敵を足止めするのがアタシ達の任務でもあるから・・・」
言ってしまってから、バツの悪そうな顔をしたロゼが。
「そうそう。今日の訓練は修理が終わったらお終いにしよう。
軽油だって無駄に出来ないんだからね」
話を誤魔化すみたいに惚けた。
俺はロゼがなぜ魔法使いの話を避けるのかが気になっていた。
俺の復讐相手が魔法使いだと分かったからなのか?
それとも、何か俺に隠しているのか・・・と。
戦車猟兵部隊に装備された軽車両は全部で8両。
俺達が乗る75ミリ砲車以外は、全て37ミリ砲を装備しているのだが。
「訓練終了しました!足回り以外に不備は有りません」
ロゼが部隊長のハッサム大尉に申告して、訓練は終わった。
ロゼと並んで申告を終えた俺に、ハッサム大尉が呼びかけた。
「ルビナス、明日からお前は一等兵だからな。襟章を付け替えておけよ」
音耳に水というか。
「は?自分が・・・でありますか?」
「お前だけじゃないんだ、ある条件を満たした兵は進級する事になったんだ」
ある条件ってなんだろう?
訊きたいとは思ったが、大尉に訊く事でもないと思う。
黙って大尉に敬礼し、素直に退き下がった俺に。
「良かったじゃない、ルビ一等兵殿」
ロゼがコついて冷やかして来る。
「これで同級になったね!」
そういえばロゼも一等兵だ。
ロゼの階級は上がらないのか?
「そういえばさぁ、昨日で学校の生徒達も招集されたって聞いてたけど。
それでルビも階級が上がったのかな?」
いや、俺は学校なんて卒業してるぞ?この春には・・・
「そう言うロゼはどうなんだよ?学生上がりじゃなかったのか?」
俺が問いかけるとロゼは思いっきり頷き、
「そうよ!こう見えても華の高等部生だったんだから!」
いや、中等部くらいにしか観えない時があるのだが。
妹みたいな顔をしたロゼが、自慢気に胸を逸らす。
ー 確かに・・・ノエルとは違うよな・・・
妹はここまで立派な胸じゃなかった。
顔立ちは妹、身体はゴージャス・・・ってとこか。
昇級で話が誤魔化されそうになったが、俺はロゼの気になる言動を思い出した。
・・・魔法使い・・・
ロゼがなぜ言い難そうにしているのか。
俺の復讐相手だからか?
でも、敵の魔法使いが仇なんだぜ?
言い出そうかと戸惑っていると、ロゼは考え事をしている俺に。
「ルビッ!アタシ、身体を洗って来る!」
そう告げると、突然走り出しやがったんだ。
「あっ、ああ。行って来いよ」
間抜けだと自分も思うよ。
話しかけられるのを感じ取ったのだろうか?
話したくない事なんだろうか?
ロゼが走り去る後ろ姿は、ノエルとそっくりだと思っていた。
「ノエル・・・お前の仇は、俺が必ず討ち果たしてみせるからな」
ロゼの後ろ姿を見ながら、ポケットにしまったリングを掴んでいた。
「ルビ・・・あなたに本当の事を言えば、どう思うんだろう?」
ポツリと溢すロゼ。
「アタシの秘密を知れば、ルビは離れて行くような気がするの」
俯いた顔を栗毛が半ば隠している。
「アタシが魔法使いだと知ったら、一緒に闘ってはくれないんじゃないかな?」
髪の間から頬を伝う。
「命の恩人・・・友を奪われた者同士。
それより・・・目が合った瞬間に感じたの・・・」
唇を噛む。
「ルビの事を好きになっちゃったって・・・どうしてかなんて分からないけど」
手で顔を覆い、むせび泣く。
「ルビ・・・ルビと離れたくない。ルビに恨まれたくない。
ルビと一緒に居たい・・・いつ死ぬか分からない戦場でも」
恋と言うにはあまりに幼い。
好きと告げるのは一方的。
言い出せないのには訳がある。
「だから・・・アタシはルビの傍に居るだけで善い。
ルビの顔を観ているだけで充分。声を聞いていられるだけで幸せなの」
ルビが自分の秘密を知れば、離れてしまうかもしれないと思っている。
自分の秘密を曝け出せば、恨みの対象になってしまうかもしれない。
離れずに居れば、いずれ解ってしまうかもしれない。
恋心を抱く男は、魔法使いに復讐を誓っていたのだから。
覆い隠した手の間に、瞳が観えた。
蒼く輝く瞳の色は、魔力を秘めた証。
蒼く燃える瞳に映る情念は、男を求める魔法使いの証だった。
「ルビ・・・あなたを知りたい。
あなたをもっと深く知りたい。
この身が闇に染まる前に・・・呪われ堕ちてしまう前に」
ロゼの瞳はまだ蒼かった・・・
ツンからデレに。
忙しい女の子ロゼ。
彼女がルビに心の内を打ち明けられるのはいつの日か?
次回 ハスボック軍曹
古参分隊長は彼等に何を教えるのか?