ロッソアの赤き風 第2話
廃村に立ち寄ったルビ達。
廃墟と化した一軒の家に入ろうとした矢先だった・・・
あばら家と化した民家の窓ガラスが、一瞬だけ何かの光を反射した。
機関短銃を持つ手が強張る。
ー 誰かが見張っているのか?!
緊張した俺の心に妹が知らせて来る。
「「ルビ兄・・・誰かが覗いてるよ?」」
指輪に宿るノエルの声が頭の中に直接話しかけて来た。
「ノエル、どこから観られているかが判るか?」
先に民家に入った二人に、聞こえない位の小さな声で訊ねた。
もし間違いだったら、要らない心配をかけるから。
だけど、妹の魔法力は相手を見つけてしまった。
「「兄・・・後ろの岩陰だよ。
あそこから光が見えるの。多分眼鏡か何かの反射光だと思う」」
もう一度窓ガラスを観たが、もう光は見えなくなっている。
「確かか?俺には観えなくなっちまったんだが。
今も見張っているのか?何人位居るかが分らないか?」
続けざまに俺が訊くと、暫くノエルは黙り込み・・・
「「ごめん、何人居るかは見えないよ。
だけどちらちら光は瞬いて観えているの。多分まだあそこに居るよ」」
十分に確認してから答えてくれた。
「そうか。でも見張っているからと言って危害を加えて来るかは分からない。
もう少し様子を見なきゃならないのは、こっちだって同じだろうさ」
俺達がフェアリア人であると見切った訳でもないだろう。
女連れの旅行者かもしれないと思っているのかもしれないし・・・
「ノエル。すまないがそいつが、俺達に危害を加えようとするか見張っていてくれないか?」
状況を二人の娘に話そうと考えた俺が、指輪に宿る魔砲少女の力に頼った。
「「しょうがないなぁー。ルビ兄に頼まれたら嫌とは言えないもん」」
指輪の中で、妹が笑っているみたいに思えた。
本当は端からそうしようと想ってくれていたに違いない。
ー 俺と別れる前と違って、随分素直になってくれたんだなぁ・・・
ポツリと生き別れてしまう前を思い出して溢してしまった・・・ら。
「「・・・それって、嫌味?」」
聞き咎められたよ。
「いいや。誉め言葉だよノエル」
誤魔化しておこう・・・
「「ふぅ~ん、そうなんだ。
アタシはねぇ、ルビ兄の役に立ちたいから・・・ロゼッタさんよりは!」」
・・・なんだよ、それ?!
もしかして、新手のツンデレなのか?!
「「・・・ルビ兄。ホントーに鈍いんだね?」」
隠し事は無理みたい・・・これってプライベート侵害じゃね?
魔法による外の見張りをノエルに頼み、俺は室内に入った。
平屋建ての民家は、意外なほど広く感じた。
ここら辺りも、冬ともなれば大雪に見舞われるだろうからか、
平屋と云っても屋根は見上げる程高く感じられる雪国仕様だった。
外から観たのより内部は思いのほか広く感じ、仕切られた部屋が何個かあるみたいだった。
その内のどこかに二人は入っているのか、玄関辺りに見当たらなかった。
「おい、ロゼ。どこに行ったレオン?」
あまり大きな声だと、外に居る奴等に聞かれてしまうかもしれないから。
俺は極力抑えた声で呼んでみた。
「ルビ・・・ちょっと?!」
一部屋のドアが開き、ロゼが手招きして来た。
「うん?!何かあったのかロゼ?」
様子が少しばかり変に思えた。
手招きしているロゼの表情が、いつになく紅い・・・って?!
「ちょっとちょっと!この部屋の奥にあるの・・・来なさいよ」
手招きしながら部屋に戻るロゼに釣られて、中へ入ったら。
「この部屋の奥に・・・あるんだよ。
アタシ・・・堪らなくなって・・・」
部屋の中はこれと言って問題はなさそうだったが?
奥に繋がる小部屋があるみたいなのだが・・・
「ルビ・・・いらっしゃいよ。良いモノ・・・見せてあげる」
いつになく妖美な顔になってロゼが手を掴んで来た。
ほのかに温かいロゼの手に、俺は何か言い知れぬ感覚を覚えさせられてしまう。
ー もしかして・・・ベットルームか?
・・・いや、しかし・・・だな。
今はホカホカの布団を期待している訳にはいかないんだぜ?
「「・・・ルビ兄・・・残念過ぎる」」
どこかからノエルのツッコミが聞こえた気がしたが?
掴まれたまま、ロゼと奥まった部屋に入ると。
「遅い―っ、何してたんだよぅワラヒは先に飲んじゃってりゅーのよぉ!」
そこには顔を真っ赤にしたレオンが。
・・・・ワイン樽を背に、酔っぱらっている・・・みたいだ。
「奇跡だよぉールビぃー。
ワイン樽が手付かずで残されてたなんてぇー」
・・・はいはい。そうですか・・・って。レオンさん?!
「私も一杯だけ飲んだんだけどぉ・・・美味しいって思うんだ」
・・・ロゼもかいっ?!
二人は入るなり樽を開けたようだ。
「初めは水か何かかなって思ったんだけど。
こんなラッキーな事があるんだねぇ!しかもこんなにあるんだよ?!」
ロゼが部屋中に残されてある樽を指して喜んだ。
「勝手に飲んじゃー駄目だろ?
もしかして持ち主が帰って来たら、訴えられちまうぜ?」
村を放棄した理由は知らないが、ワイン蔵をそのままにしてどうしたというのだろう?
「おかしいとは思わないか?
ワインを樽ごと残してどこに行っちまったんだ、ここの住人は?」
俺が言いたいのは、何がこの村で起きたのかって事。
「強制疎開でも命じられたんじゃないのか?
ロッソアでは時としてそんな理不尽な命令が下されるんだよ」
少しまともに戻ったのか、レオンがあり得ない話じゃないと答える。
「そーなんだぁ、私ロッソアに産まれなくて良かったわ」
ワイン樽からグラスに注ぎ、ロゼが一息に飲み干すと。
「でも、そのおかげで飲めるんだもんねぇ・・・ひっく」
初めて酒を呑んだのか、ロゼは忽ちにして酩酊したようだ。
「何やってんだよ二人共!
今は酔っぱらってる暇はないんだぜ?!」
外では何者かが見張っているんだぞ・・・って、怒ろうとしたんだが。
「はい・・・ルビも一杯聞し召せ」
ロゼに酌されグラスを手に掴まされる。
「ほれほれ。男だったら酒にも強い処を見せてみんしゃい」
酔っぱらったロゼが、こちらの心配も余所に勧めて来る。
「う・・・一杯だけだからな」
真っ赤なロゼとレオンに見つめられて、俺はワイン如きと口にしてしまった。
ー う・・・旨い。これってかなり上等なワインじゃねぇか?!
芳醇な味。それでいて軽やかな舌触り・・・軽い飲み味。
ワイン独特の渋みも無く、匂いはブドウらしいフルーティさを醸し出している。
「旨・・・旨いなぁ。
・・・喉が渇いてたんだよ・・・きっと」
もう少しだけ飲みたくなっちまった。
グラス一杯じゃー、収まり切れなくなりそうだ。
「ほほぉーいける口ですな、旦那も!」
よせば良かったのに・・・つい手が。
「善い良い!それでこそ男子というモノじゃ!」
ロゼは俺の飲みっぷりに悦に入ったようで。
「もう一杯飲むが善かろうなのダァッ!」
・・・で。
呑んじゃったよ、俺。
ワインって・・・飲み過ぎると良くないよな・・・うん。
まともに飲んだ事のない酒を、空腹時に呑んだらどうなるか。
俺達は未経験の領域に足を踏み入れちゃったんだよ。
「あれ?!俺は何を言わなきゃいけなかったんだ?」
気が付いた時には二人はその場で眠り込んでいた。
酒が廻った俺が、ふらつく頭で思い出そうと試みて。
「しまった!こんな事をしている場合じゃない!」
今頃事の重大さに気が付いたんだ。
「おいっ!起きてくれ二人共!
この家は見張られているんだ、何者かに監視されているんだよ!」
焦った俺は、酔いつぶれた娘を乱暴にお越しに掛ったんだ。
「しまった!ノエルっ、奴の動きは?」
魔法で監視を続けている妹へ、報告を求めた。
「「・・・ルビ兄ちゃん達って・・・置かれた立場を把握してないでしょ?」」
・・・いや、そうだけどさ・・・
「「はいはい。まだなぁ~んにも。奴等の動きは感じられないよ?」」
・・・助かった。
「「でも。なんだかどす黒い気が増幅して来たみたい。
監視している人からなのかは分からないけど・・・」」
むぅ・・・やはり。敵意を持ち始めたか。
「こんな事をやってる暇はないな。
二人を起こしてとっとと、逃げ出さねぇといけない。
アイツに仲間が居るのなら、呼び寄せているのかもしれないしな!」
今は手を出して来ないのが、そんな理由だとしたら。
このままこの場に居る方が余程危険度が増すだろう。
「「ルビ兄。もしかしてまた戦闘になりそうなの?」」
「かもな。出来れば避けたいんだが・・・ノエル用心の為に!」
俺がノエルに求めたのは。
「「うん!念の為だよね。
間違いが起きるかもしれないし・・・チェックポイントとしてマークしとく?」」
「ああ。ノエルの記憶に残しておいてくれ。
ルナナイトの異能に書き記しておいてくれ!」
月夜の魔女として。
ルナナイトの血を受け継ぐ魔女の、異能に目覚めたノエルに頼んだ。
「「りょぉーかぁーいっ!マークオン!」」
時の指輪に対して、魔女の力も受け継いだノエルが魔力を解放する。
魔女たる者が引き継がせた魔法ペンと魔導書が現れ、ノエルはそれに今を記した。
月明かりのような金色の光が文字となり魔導書に印される。
「「書き残したよルビ兄!イザとなったらこの時間まで戻れるからね!」」
時を司る指輪に納め、ノエルが魔力を閉じた時。
「「じゃあ早く二人を起こしてよ兄。
でないと・・・悪意の塊が襲って来るからね?!」」
・・・それは願い下げだぜ。
促された俺は、もう酔いなど吹っ飛んじまっていた。
「おいっ!起きるんだ二人共!敵が来るぜっ!」
叩き起こさんばかりに、俺はロゼとレオンに叫んだんだ。
新たな魔法が?!
妹により時の指輪の能力が上がったとでも?
そして待ち構えるのは何者かの襲撃か?
ロッソアに来ても戦いからは逃れられないのか?!
次回 ロッソアの赤き風 第3話
敵中の仲間と共に、君は生き残れるのだろうか?




