ロッソアの赤き風 第1話
荒野に紅き旗が翻った。
人民の滾る血潮を表した旗が翻っている。
隊列を組むでもなく、集う者達は各々(各々)手にした得物を担いで進み征く。
それが意味するのは、軍隊では無いという事。
集う者達は、自らの意志でそこにいるのだ。
彼等は自らの手で時代を動かすのを目指しているのだ。
生きていく為に、自らの生存権を掴む為に。
武器を手にして帝国に反旗を翻す者達なのだ。
彼等はまだ蜂起したばかりの小さな勢力に過ぎない。
集う者達は、独りの男に心酔していた。
自らの理想を民に印し、悪政を振りかざす皇帝の打倒を理念として説く男に。
彼は人民による人民のための政治を夢み、人々に蜂起を促した。
民衆は挙って彼の声に耳を傾け、密かに彼を慕うようになる。
特に、帝国外縁部に位置する衛星国に住む者達は、独自の政府を立ち上げんと反乱を起こした。
最初は小さなうねりも、やがては大きな波となる・・・
肥大する国土を統治出来なくなりつつあるのは、ひとえに悪政が故。
自らは権力を振りかざし、民から莫大な税を取立て栄華を誇っているかに見える帝国。
だが、悪政のツケは次第に人民の心を離反させる事になる。
時は帝国歴794年、ロッソア王朝最後の皇帝が君臨した初秋の頃の話だ。
ロッソア帝国首都、ロッスクワ。
代々の皇帝が居を構える帝国髄一の王宮。
市街地から見上げる尖塔が、金色の光を放っている。
権勢を極めた帝国は、討ち従えた衛星国からの利益で栄華を誇っているかのようだった。
王宮はきらびやかに市街地を見下ろし、人民の畏敬を集める存在だったのだが・・・
ロマネスク様式の廊下をヒールの音も高らかに歩み来る、ドレス姿の少女が居た。
腰まである白金髪を結い上げた、蒼いドレスの少女。
気高い表情の少女の眼はマリンブルーに輝いて観えた。
「アイスマン!アイスマンは何処に控えているの?!」
氷の男と呼んだ少女の元に、廊下の影から銀髪の男子が現れる。
「ここに。エルリッヒ姫のお傍に・・・」
恭しく首を垂れる銀髪の男子に向けて、姫と呼ばれた少女が。
「アイスマン!どうなっているの?!
私が聞いたところに因れば、またウラルの東で暴動が起きたというじゃない?」
立止まり、銀髪のアイスマンに下問した。
「確かにそのように聞き及んでおりますが。
エルリッヒ姫にはご心痛に在らせられますのでしょうか?」
伏せたまま男子が肯定した後、下問の意味を探って来る。
「心痛・・・ね。
私はどうして帝国に反旗を翻そうとするのかが分らないの。
反逆者達は、何が望みで暴動を起こしたのかが知りたいだけなの」
真っ直ぐ向けていた顔を、傍に控える男子に向けたエルリッヒ姫が訊き直すと。
「姫君には、そのような下賤の輩など気に懸けられる必要も無いと存じますが。
我が帝国に反逆する者など、根絶やしにすれば済む事なのですから」
非情なる言葉で返されたエルリッヒ姫が、眉を一瞬顰める。
「アイスマンって呼ばれる訳がよく分かったわ。
あなたは私の侍従士官であり、近衛士官でもある。
そのあなたがそう言うのなら、私も民に辛く当たらなねばいけないと言うのね?
昔はそんな非情な言葉なんて吐かなかったのに、私のカインハルト卿は・・・」
悲し気な顔になったエルリッヒ姫が、銀髪の男子の名を呼んだ。
「エルリッヒ姫。
私は姫の侍従士官を拝命したおり、自らを捨てたのです。
私の身体も命も、姫の為になら惜しむ事はないでしょう。
全てはエルリッヒ姫の為なのです・・・そう考えておるのですから」
アイスマンと徒名される銀髪のカインハルト卿が、鳶色の瞳を向けて答える。
自分はエルリッヒ姫の為だけに存在するのだと。
「カイン、本当のあなたは何処へ行ったというの?
アイスマンなんて呼ばれるようになってしまうなんて・・・
私の幼馴染カインハルト・フォン・アイザック卿は、死んだとでも言いたいの?」
蒼い瞳を悲しみに彩らせたエルリッヒ姫が、傍に控える士官に訊ねる。
「私は大帝に姫の守護を託されたのです。
姫に仇名す者から御守りせねばなりません、喩え心を悪魔に捧げようと。
傍に居ります間は、氷の心にもなりましょう」
再び首を下げたカインハルト卿に、エルリッヒ姫は唇を噛み締めて何かを耐えていた。
ロッソア帝国に落日が迫ろうとしているなど、若き二人にどうして分かろうか。
姫と従者たる若者に、運命など知る術があろう筈が無かった。
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フェアリア国境からロッソア帝国領内へ200キロも分け入った場所には・・・・
「ガス欠にならずに済んで良かったなぁ」
栗毛を掻き揚げて一休みする。
「そうねぇ、流石土地勘のある人が一緒だと心強いって訳ね」
ブロンドの髪を後ろで結った少女が、ひょっこりと車体の陰から現れる。
「何を呑気に言ってるんだ。まだ行程の半分も来ていないんだぞ?」
ブラウンの髪を掻きながら、空になったガソリン缶を荷台に載せるもう一人の少女に。
「レオン、あとどれ位かかりそうなんだい?ノエルの居る研究所までは?」
ガソリンタンクの蓋を締めて訊いた。
「そうだなルビ。あと3日ってとこかな?
こいつで今迄通りのスピードで行けるのならさ」
蒼い指輪を填めた、栗毛の男子に答えたレオンに。
「そんなにかかるんだぁ?!
しかも・・・泊まらずに走っての話でしょ?!
やだぁ~っシャワー浴びたいよぉ」
駄々を捏ねるブロンドの娘。
「ロゼ・・・そりゃ無理だろ?」
ルビが諦めるように言い聞かせる。
「そうだよなぁ・・・私ももう3日も浴びてないし・・・」
「おいおい。レオンもかよ?!」
愚痴とも取れる女子の言い草に、ルビの方が慌てだす。
「シャワーって言ったって。
どこにお湯が出せる宿が残ってるんだよ?
ここはゴーストタウンなんだぜ?」
周りに立ち並ぶ家屋には、人っ子一人残ってはいなかった。
確かに数年前までは人がいた様子が伺えたのだが。
「この調子ならさぁ、どこかで火を起こせられるかもしんないし。
シャワーが駄目ならドラム缶風呂でも良いんだけどなぁ」
結っていた髪を振り解き、ロゼが髪をくしゃくしゃと掻く。
「女子として。
アタシは当然の権利を主張するわ!」
「同じく。私もだ!
ひとっ風呂浴びたって時間に大差は出ないだろ?」
ロゼとレオンが口を揃えて主張して来た。
「むむむっ?!ノエル、お前はどう思う?」
蒼き指輪に声を掛けると。
「「そりゃー、当たり前だよルビ兄ちゃん。
案外お兄ちゃんもデリカシーないんだねぇ」」
ー ・・・案外は余計だろ?!
心の中で毒ずくルビが、肩を竦めて二人に同意した。
「分かったよ。ここら辺りで野宿するよりは家の中の方が安心かもしれないしな。
どこかで水を手に入れて風呂を沸かそう」
「やった!」
ルビの提案にロゼが即時に手を上げる。
「でもな、火を起こせば煙が揚がるぞ?
誰かが気が付けば唯では済まなくならないか?」
レオンが二人に忠告すると。
「それは考慮済みだよ。
夜間に家の中で沸かせば良いんだ。
灯りが目につかないように気をかければ、そう簡単には気付かれないで済む筈だよ」
ルビの一言に、小首を捻りつつもレオンは承諾する。
「これで決まりだね。
泥棒さんみたいだけど、許して貰わなきゃね」
如何に人が住まなくなっても、他人の所有物だったから。
「今は戦争中だぜ?
俺達は追われる身なんだ、構っちゃいられないだろ?」
ルビはそう言ってから、目ぼしい家屋を物色し始めた。
敵国の中に紛れ込んだルビ達は、一晩の宿をゴーストタウンと化した村に求めた。
フェアリアから抜け出し、レオンの手引きに因ってウラールへと向かっていた。
戦場は遠く離れ、ロッソア帝国領内に侵入した3人。
軍を抜け出す時に手に入れた武器を隠した車両。
ウラールへ辿り着くのが目的だった為にレオンが選んだのは。
「じゃあ、俺はジープから小銃を持って来る」
ルビが軍用ジープの荷台から機関小銃を手にして、二人の後に続いた。
数軒のあばら家が残された村で、一晩の安らぎを求めようとした3人。
夕日が傾く中で、一軒の家に入ったルビ達。
3人の姿を遠くから探っているレンズがあったのには分らなかった。
「あれは帝国軍のジープだぜ?!」
ルビ達が停めたジープを指して、男が脇に居るもう一人へ教えた。
「奴等はあんな廃墟で何をする気なんだ?」
男の持った双眼鏡が、夕日に照らされて反射光を放った。
ルビ達はロッソア国境を越え、辺鄙な村に辿り着いていた。
目的地まで後3日の場所まで来た。
ソコは辺境とは言いがたいロッソアの地の筈だったのだが・・・
次回 ロッソアの赤き風 第2話
君は生きて帰ることが出来るのか?!




