姉と妹と・・・
黙ってルビと行くつもりだった。
内緒で行かないと、停められるに決まっていたから・・・姉に。
先ず、無線による質疑が交わされた。
初めはレオン少尉の言葉になかなか応じなかったロッソア側だったが。
「やっと。漸く重戦車隊と打ち合わせが出来た。
目印に私の来ている戦車ジャケットを、目立つ場所に括りつけて来いと言ってる」
ヘッドフォンをずらして、俺達に振り返った。
「そして砲身を俯角に執り、部隊の右側から行き過ぎろと。
真っ直ぐに向うのではなく、敵意が無い事を示して近寄れと言ってるんだ」
頷いた俺達に、レオン少尉が追加で知らせる。
「ロッソア軍と言えど、私の車両が魔法で動かされていたのを知る者は少ない。
たったの一人で動かされていたのを知る者は、バローニア将軍の関係者くらいしかいないからな」
だから操縦手も砲手も乗っていたっておかしく思われないのか。
「3人に増えていても、ロッソアの部隊は怪しまないという事だな。
重戦車から脱出し、敵の戦車を鹵獲したのが俺達だって思い込むんだよな?」
「そう。でも二人は喋ってはいけない。
通信を受けても聞こえないふりをし続けねばならない。
他のロッソア兵が話しかけてきたら、私が全て答えるから」
言われるまでもないが、俺もロゼもロッソア語を話せないんだから無理だ。
「でも、まだ完全には信用していない節がある。
私が言うのもなんだが、ロッソア人は疑り深いからな。
私達に敵意が無い事を証明するのには、骨が折れると思う。
なにか奴等を信じさせる方法はないか?」
心配するレオン少尉が、ハスボック小隊長に意見を求める。
「うむ。下手に攻撃すれば、儂等に弾が飛んでくるしのぅ」
疑いを晴らす為に対戦車砲ででも撃ちかけようものなら、忽ち敵の目標にされてしまうだろう。
「そうですよね、危険過ぎますよ。
まだ敵は辺りを遊弋している状態ですから・・・」
無線手席をレオンに譲ったムックが、装填手ハッチから観測しながら話す。
「森の中にまだ居ると教えたら、敵が攻めて来るかも知れないし。
仲間を救う為と考える奴等が先走る怖れもあります」
だとすれば、なにかいい方法はないモノか。
その時、森の奥からエンジン音が聞こえて来た。
「大丈夫。あれは味方4号のディーゼル音ですよ」
耳ざといムックが教えてくれた。
「4号?今頃なんじゃ?」
小隊長が俺達の作戦を想ってくれたのか、渋い表情になった。
だが、車体に掛けられた声を聞いて、一同の心配は薄れた。
「何をぐずぐずやってるのよ?車体が故障でもしたの?」
アリエッタ少尉が心配して様子を見に来てくれたようだ。
「あ・・・姉様だ・・・どうしよう?!」
ロゼが身体を竦めて困惑顔になる。
「黙って行くつもりだったのに・・・停められちゃう」
それはそうだろう、妹なんだから。
危険な任務に向かうのを、姉が黙って行かせる筈が無いじゃないか。
突っ込みを入れたくなるが、今はロゼに構っている訳にはいかない。
なんとかロッソア側に鹵獲したのだと納得させ、
信用させない事には何時撃たれるかも分からないのだから。
「ロゼッタ!ちょっと出て来なさい!話があるわ!」
「ひゃぁ?!どうしようルビ。死んだふりでもしなきゃ駄目かな?!」
・・・おいおい。熊か、アリエッタ少尉は?
「アリエッタ・・・そうじゃ!その手があった!」
何かに気付いたハスボック小隊長が、もろ手を打って車外に飛び出す。
「何に気が付いたんだろう?」
咄嗟の事で理解出来ない俺達が、小隊長の後追って車外に出ると。
「アリエッタ少尉。
済まんが追いかけっこをしてはくれまいか?」
飛びだして来た狸親爺にアリエッタは眉を顰める。
「はい?仰られる意味が掴めないのですが?」
困惑するアリエッタの前に俺達が並ぶと、見慣れない人物に眼を剥いて来た。
「この娘はロッソアの戦車兵じゃないの?!
捕虜が居たので後退が遅くなったのですか?」
そこに居るレオン少尉に驚きの声を上げてから、俺達に不信の眼で訊ねた。
「アリエッタ少尉、彼女は捕虜ではないんじゃ。
確かにロッソア兵じゃが、今は若いの達と行動を共にする仲間なんじゃよ」
俺達を指し示し、レオン少尉が敵ではないと教えるハスボック准尉に。
「敵ではない?行動を共にする?
ルビ達を示されておられますが、一体何がどう言う事なのです?」
ハスボックにというより、俺の後ろに身を隠している妹へ訊いている。
「それは・・・あの。ルビの妹を助けに行きたくて・・・その」
要領を得ないロゼに訊いても時間の無駄だと思ったのかアリエッタ少尉は俺に促した。
「どういうことなのルビナス?
彼女との関係は?一体君達は何を企てているのよ?」
掻い摘んで話そう。
アリエッタ少尉なら、俺達が求めるのを理解してくれるだろうから。
「紹介します、こちらはロッソアのレオン少尉。
あの重戦車の乗員で魔鋼騎乗り・・・で、俺達の先祖が宿っていたんです。
どうやら先祖の呪いが解け、和解出来たのですが。
俺の妹ノエルの魂の一緒だったんです、今は俺の手元に居るらしいのですが」
話し始めた俺に、アリエッタ少尉は手を上げて制し。
「ちょっと待って。
ルビナスの妹さんを救いに行くってロゼッタが言ったけど。
もう救い出したんじゃない訳?魂はあなたの手元に居るのよね?」
食い違うじゃないとロゼと俺を交互に見る。
「そうです。
ノエルの魂は取り戻せたのですが、身体はロッソアにあるみたいなのです。
ロゼの言う通り、俺達はノエルの身体を取り戻して救いたいと思うのです」
ロゼが言い掛けたのは間違いではない。
救いに行くと言ったのは嘘じゃない。
驚くアリエッタ少尉に、救出方法を教える。
「レオン少尉はノエルの居場所を教えてくれるそうです。
ですから、俺達は彼女と共にロッソア奥地まで行こうと思うのです。
先ずはこの3突に乗り、ロッソア軍に潜り込みます。
しかる後にレオン少尉と救出に向かい、ノエルを取り返します」
ざっくばらんだが、作戦の大筋はこんな感じだろう。
聞かされた内容に、アリエッタは驚きを隠せずにロゼを見詰める。
「まさか、あなたも行く気なんじゃないでしょうねロゼッタ?」
俺達と聴いたアリエッタは、いの一番に妹を質す。
「あ・・・うん。往くの・・・」
「馬鹿!そんな危険な事を許せる筈が無いじゃないの!」
ロゼが姉の諫めに目を閉じる。
「考え直しなさい!あなたはマーキュリア家を継ぐ大事な躰なのよ?
私より高位の魔法使いなのだから、お母様に言われている筈よね。
後継者はロゼッタなのよって・・・言われているのよね?!」
敵国の中に潜入する事が、どれ程危険なのかと言い募る。
妹は姉の言葉に目を閉じて言い返さなかった・・・が。
目を閉じたまま、ロゼはアリエッタに魔法石を差し出すと。
「マーキュリアの娘よ。
この身体は私が護り抜くと誓うが、それでも行かせないのか?」
魔法石からというか、ロゼに宿る魔女が乗っ取ったようだ相棒のロゼを。
「えっ?!その声は。
ルビ達を護れって言った古の魔女?」
「そう、あなたに頼んだ魔女のロゼ。
ルナナイトの血族を守護する魔女。
私からもお願いするわ、この娘を往かせてあげて」
動揺するアリエッタに魔女の声が届く。
ロゼに宿った魔女は、姉であるアリエッタと見知っているようだが。
「しかし魔女様。ロゼッタは大事な妹で、家を継ぐ者なのです」
死をももたらすかもしれない旅路に向かわせるなんて、いくら魔女でも認める訳にはいかないと断るのだが。
「アリエッタ。
ロゼッタ・マーキュリアの魔力は、あなたよりも劣っているわ。
この子がこれだけの異能を放てるのには訳があるの。
それは、私が宿る事に因るもの。
そしてルナナイトの魔鋼によるもの・・・ルビナスのおかげよ」
魔女のロゼが教えるのは、ロゼッタ本来の魔力は姉より劣るのだという事。
「この子はね、自分でも気が付いていないだけ。
これほどの魔力を使えられるのは、蒼き指輪に触れられたから。
ルビナスに一度借りれたから、指輪の力を別けて貰えたの」
魔女のロゼが、胸に手を添えて微笑み。
「それがどういうことなのか、あなたには判るかしら?
この子だって本当は分っちゃいないみたいだけど。
私が宿ったのは、ロゼッタの心の奥に秘めたモノがきっかけ。
私が騎士様に抱いていたのと同じだったから・・・宿れたのよ?」
アリエッタに妹が抱く心根を教える。
「ロゼも・・・ですよ。
私だって・・・本当は・・・」
魔女へ同じだと言い張りたかった姉に、
「いいえ、あなたはロゼッタの方が大事なのでしょう?
心から想うのはロゼッタ。妹が一番大事ではなくて?」
「・・・うっ?!」
魔女に言い当てられたアリエッタが言葉を呑んだ。
「ロゼッタの心を繋ぎ止めたいからルビナスに言い寄っているだけ。
自分から離れて行っても、そんな自分を心配して追って来てくれた妹が大事。
・・・アリエッタはロゼッタだけしか愛してはいない筈よ。違うかしら?」
魔女は姉妹の心まで読み切っている。
魔女だから?二人の心を見て来たから?
「繰り返しになるけど。
私が宿る限り、この子はルビナスと共に護り抜くと誓うわ。
あなた達家族の元へ帰すと約束する。
だから、ルビナス・ルナナイトを護り切る為にも一緒に行かせて。
私の宿願を果す為にも・・・ロゼッタを魔鋼猟兵としてロッソアに行かせて?」
魔女のロゼが頼んだ。
姉である娘へ・・・
「約束・・・ですからね。
ロゼッタを必ず・・・私に返してください」
アリエッタは魔女の誓いを認めた。
「ありがとうアリエッタ。
誓って果たす、誓って帰す。必ず・・・やり遂げてみせるから」
魔女は魔法石に約定を記す。
誓いを蒼き魔法石に記し、宿った娘にも約束を誓う。
「ロゼッタ。きっと成就させて。
その時、あなたは魔女の異能を宿せるの。
ルビナス・ルナナイトの力になれる・・・魔女へとなれるの」
魔法石を翳した魔女のロゼがあるべき場所に戻って行った。
「あ・・・あれ?!アタシ・・・なんだか変な事言ってなかった?」
聴こえてなかったのか?
ボケた声を出す妹を観て、アリエッタは考えを改め・・・なかった。
「ロゼ。よっく聞きなさい。
あなたはルビナスを護り、ロッソアに行くの。
そして無事にフェアリアにまで帰って来なさい・・・いいわね!」
「は?!・・・はいっ!」
ロゼとしたら姉の突然の変異に驚くばかりだったろう。
だけど、俺と一緒に行くのを認められた事に異論があろう筈も無い。
「良かったなロゼ。ノエルも感謝してると思いますアリエッタ少尉」
嬉々として小躍りするロゼを余所に、俺が謝意を述べると。
「ルビナス!君にも言っておくわ。
ロゼに指一本出してみなさい、唯じゃー済ませないわよ!」
・・・は?!
「ロゼッタの身体は誰にも触れさせはしないからっ!」
・・・あの?!
もしかして・・・百合族でしたか?シスコンの?
「私は純粋に妹を想ってだね・・・ごにょごにょ・・・」
・・・重度のシスコンかっ?!
「判りましたよアリエッタ少尉。手出しなんてしませんから。
それに俺には妹が宿ってるんでね、不埒な事なんて出来っこありませんよ」
「・・・じとー」
ノエルの視線を感じる。
ついでにロゼの・・・も。
「ふーむ。ルビナスは男の端くれではなかったか。
単にでくの坊・・・って、奴じゃな」
ハスボック小隊長が腕を組んでため息を吐く。
いや、ため息を吐きたいのは俺ですから。
「ロゼに赦しが出た所でじゃ。
この3人をロッソア軍に送り届ける作戦を始めにゃーならん」
「そうですね、どうする気だったんですか?」
小隊長に訊くムックへ、
「それはじゃな・・・皆、近ぅ寄れ」
急にしゃがんだハスボック小隊長が、地面に何やら書き始めたのだが・・・




