因縁
姉の前に現れたのは妹。
魔女オーリエは妹ロゼと対面する・・・
闇へと魂を貶めた魔女へ。
悪魔に魂を差し出してでも復讐を誓った者へと。
自らを闇に染め蘇りし魔女に、時の指輪を突き付けた。
「これから話すのは俺じゃない。
アンタの子孫であるルビナス・ルナナイトではなく。
ファサウェー・ルナナイトの言葉なんだって分って貰いたいんだ」
宿る騎士が現れる前、俺は魔女に語り掛ける。
指輪を指し出し、なぜ俺の指に填められているのかを名を以って教える為に。
「お前が・・・私達の子孫だと?
指輪の異能を使える者だというのか?」
差し出された手を取り、レオンに宿るオーリエが蒼き指輪へと訪ねた。
その瞬間、俺の意識が薄れだす。
魔女の声が指輪に届いたのだ、宿る騎士にも。
「「オーリエ、なぜロゼを信じ切れなかった?
私が最期に言った言葉を信じなかったのだ?
どうして妹を恨んだりしているのだ?」」
「あなた・・・あなたなのですねファサウェー」
レオンの声が指輪に宿った騎士へと返される。
「「此処に居るルビナスを観ても、そなたが宿ったルビナスの妹にも。
我等の血が流れておるのに気が付いていた筈だ。
なぜ未だに解ろうとしない?なぜ復讐から抜け出ようとしないのだ?」」
騎士の魂は妻たる魔女へ詰問する。
悲し気に、辛そうに・・・問いかけるのだった。
「「兄妹が我等の血を引き継いでいるのは、ロゼが我が子を殺さなかった証拠ではないか。
この指輪を填めているのがまたとない証拠ではないか。
なぜ未だに闇から抜け出ぬ?なぜロゼを赦さぬのだ?」」
「でも、フェアリア王に私達を売ったのですよ妹ロゼは。
あの時観たマリキアの服は本物。ロゼがマリキアを指し出したに違いないわ!
その後マリキアが生き残れたかもしれないけど、ロゼが約束を破ったのは間違いない!」
ファサウェーの諫めも聴かず、オーリエは自分の思い込みに支配されている。
「「頑なに真実を受け入れようとせぬのは、心が闇に堕ちている証だとなぜ気付かぬ。
私の言葉を聞き遂げないのは、悪魔に捕らえられている証。
信じられぬのなら、当人からの釈明を聞けば良かろう・・・」」
拒み続けるオーリエに、騎士の言葉が突き立った。
「当人?!ロゼが此処に居るのですか?
私達を裏切った者が居るのなら・・・この手で恨みを晴らしてやるだけ」
悪意に満ちた言葉を吐く、邪なる魂。
復讐を果した目に蘇った魂が、仇を求めて指輪を観た。
「「それ程までに恨みを募らせたか。
ならば、そなたには聞こえなくて当然だ。
ずっと呼びかけておる妹の声が聞こえないのは、
そなたが闇の化身となっているからだと、心しておくが良い」」
騎士は月夜の魔女へ突き放つ。
「「闇の魔女よ、そなたには聖なる光が残されてはおらぬのか?
少しでも良心が残されておるのなら、妹の声が聞ける筈だ。
妹の声が届かぬというのなら、最早そなたは私の妻でもマリキアの母でもない。
悪魔と堕ちた者として、聖なる光に討ち滅ばされるが良い」」
「ファサウェー・・・そうまで言い切れるの?私を悪魔に貶めたいの?
私はあなたと娘を奪い去った者が憎いだけ、呪っているだけなのに」
騎士の魂に突き離された魔女は、動転し心を乱した。
「「悪魔に堕ちていないのなら、妹の声が届く筈だ。心して聞くが良い」」
騎士はルビナスの身体を使って、ロゼを手招きした。
「ルビ?・・・・そうね、宿った魔女を呼んでるんだね?」
ルビじゃない人になっている気がする。
ルビに宿る者がロッソア兵と交わす言葉は、ロゼッタには聞こえていなかったが。
「どうやら・・・アタシも。
宿った魔女が現れたがってる・・・から・・・」
ロゼッタは魔女に身体を明け渡した。
宿る魔女がルビとロッソア兵へと近寄り、胸に下げていた家宝のネックレスを指し出した。
蒼き光る魔法石はルビの指輪と重なり、レオンの手に触れた。
魔法に因ってルビナスとロゼッタ、そしてレオンの姿が蒼き光に包まれる。
そう、彼等の魂はあるべき空間で集うのだった。
白い空間。
死者の居るべき場所・・・魂だけが存在を許される場所。
そこには当時の姿のまま、3つの魂が佇んでいる。
「オーリエ姉様・・・」
「ロゼ・・・」
金髪のロゼが深く頭を下げるのとは対照的に、赤毛のオーリエは睨みつけていた。
「どうして?私達を裏切り、マリキアを売った?
なぜルナナイトを滅びに導いた?我等をフェアリアに売ったのだ?」
恨みで瞳を紅く染めた姉の言葉に、妹は唇を噛み締めて耐えている。
「ロゼよ、お前に因って我等は屈辱の内に死んだのだ。
裏切られ、下衆な者達の手に掛かって死を迎えたのだぞ?!
それがどれほど悔しい事か、お前には判るまい?」
「姉様の仰られる通りです。私はとんでもない思い上がりをしておりました」
姉に対し、自分の行いを詫びるロゼだったが。
「ですが姉様。私はマリキア様をお救いせねばならなかった。
どんな手を使っても、約束を果さねばならなかったのです。それだけは信じて」
釈明を始める前に、謝罪の言葉を口にするロゼ。
だが、闇に心を奪われた姉は、聞く耳を持たなかった。
「信じろですって?!
マリキアをフェアリアに売っておいて、よくもまぁそんな戯言を言えるわねロゼ?!」
姉の理不尽な一言に、ロゼはまた唇を噛み締める。
「マリキアは王に差し出さなかったの。
替え玉を使って・・・見ず知らずの子の遺体を使ったのよ。
私は約束を遂げる為には見境も無く罪を犯したわ。
そのことで咎められるのなら、罰だって受けるし謝罪もするわ。
だけど、これだけは信じて。
私には姉様やファサウェー様を裏切る気持ちなんて、これっぽっちも無かった事だけは」
「替え玉・・・ですって?!
では、フェアリア王に差し出したのはマリキアでは無かったと?」
魔女の眼が見開かれる。
信じることはまだ出来ないが、妹の声は嘘を告げてはなさそうに思えていた。
「そう。
あの娘を王に突き出すなんて出来ないから。
マリキアを殺したことにして・・・罪深い私は王を騙す事にしたの。
見ず知らずの子には申し訳なかった・・・けど。
ああするよりマリキア様をお匿い出来なかったから・・・」
「あの子を匿う為に?!ロゼは死者を冒涜したというの?」
姉の言葉に、ロゼは頷くよりなかった。
あの時、自分がどんな気持ちで王に対したのかは口に出さずに。
「では、なぜマリキアを匿った事を知らせなかった?
フェアリア王により私達が亡き者になった後でさえ、報告に現れてくれなかった?
せめて墓前にマリキアの無事を報じてはくれなかったの?」
そうしてくれれば、呪いも解けたかもしれないというのに・・・
姉は妹が死後にさえも現れなかったのを問い質す。
「出来なかったのです。
マリキア様をルナナイトの地にお連れする事は、叶わなかったのです。
フェアリア王に私まで狙われてしまい、国外に逃亡していたから。
マリキア様を養う事だけで精一杯だったのです・・・申し訳ございませんでした」
心からの謝罪を告げるロゼだったが、オーリエは再び怒りを募らせる。
「言い逃れよロゼ!
マリキアを育てる傍ら、使者を用立てることくらいは出来た筈。
それさえもしなかったのは私達を軽んじ、マリキアを独占したいが為ではないの?
自分の子としてマリキアを育て、時の指輪を我が物とせんが為ではないのか?」
マリキアに与えた魔法の指輪を、いずれは自分の物としようと画策したのではと疑う。
「どうお考えになられても、私にはお返しする言葉も見つかりません。
疑われているのなら、どう言い募っても信じては貰えないと思うから・・・」
「当たり前よ。誰が聞き遂げられるモノか。
本当に私達の事を想うのなら、フェアリアに反旗を上げるのが当然。
お前は元々フェアリアの魔女として仕えていた。
フェアリアから訴追されていたなど、信じられるモノか!」
徐々に月夜の魔女は瞳を闇に堕とし始める。
妹の釈明を信じず、己が勝手な思い込みで睨みつけた。
「もはやそなたの言い訳などに耳を貸す必要もない。
やはりロゼは、私からマリキアを奪ったのだと分った。
いくら娘を助けるためとはいえ、私に返そうとはしなかったのだから!」
「違うわ姉様!私はマリキアを連れて行きたかった。
あの子の生まれ故郷へ、ルナナイトの領地に・・両親が居る場所にまで。
だけど、適わなかったのよ戦争が起きたから。
ロッソアが攻め寄せた危険な場所へは行けなかったの」
国境の町となったルナナイトの領地には、度々ロッソアが攻め込んだ。
その度に領地は荒れ、その都度悲劇は繰り返された。
今も・・・この時代であっても。
「うるさいっ!もはや聞く耳など持たぬ。
私の可愛い我が子を奪い去った者に、許しなど与えぬ。
お前を滅ぼし、我が子を取り戻してやるだけだ!
それが積年の恨み。それこそが私の存在意義なのだ!」
オーリエの周りに闇が集い始める。
一度闇に堕ちた魂は、悪魔に因って支配されているのか。
黒い霧がオーリエから溢れ、ロゼに矛先を向ける。
「では、姉様はどうすれば闇から解き放てるのです?
悪魔の力を振り解くには、何が必要だというのですか?」
「知れたこと!
お前に魂とマリキアの魂。二人の魂を手にした時こそ、我が呪いは解けるのだ!」
オーリエは月夜の魔女となり、妹の魂を欲した。
聖なる者を欲する悪魔の様に、聖なる者を穢さんとする悪魔の如く。
「我が呪い、我が恨みに魂を捧げるが良い。
そうすれば我が魂も地獄に堕ちよう。
地獄の中で悪魔と踊り祝杯を掲げ、果たされた復讐に歓喜の時を迎えよう」
「・・・駄目。姉様を地獄へなんて送りはしないから。
姉様をお救いするのは私の粛罪なのですから」
項垂れたロゼが、魔法石を握り締める。
光に満ちていた空間が、闇の霧に支配されようとする時。
マーキュリアの家宝である魔法石を握り締め、妹ロゼの魔法が放たれる。
「姉様はこの子と共に召されるべきです。
地獄へなんか行かせたりしない・・・ファサウェー様との約束を告げねばならない。
マリキアとの約束を果してあげねばならないの・・・私がどうなろうと」
握り締めた手を姉に突き出す。
開かれていく手のひらに載っているのは、魔法石に宿った娘。
金色の光の中、魔法石は姿を替える。
「姉様!あなたに逢って頂かねばならないのはこの娘!
誰よりも逢いたいと願っていた、あなたの娘!
マリキア・ルナナイトなのっ!」
光の中に娘が居た。
金色の光に包まれた娘の魂が、本当の母に出逢えた・・・
開かれた魔法は、魔女の前に誰を呼ぶのか?
呼び出されし魂は、呪われた魔女に何を教えるのか?
その時、騎士と魔女の魂は?!
次回 希望の絆
君は払拭された疑いと共に消え去る身。恨みを解いた魂はどこへ向かうと言うのか?




