俺達は戦車猟兵(パンツァーイェーガー)
生き残った俺へ、意外な命令が下されたんだ。
転勤・・・そして。
俺の前に彼女が居るんだ・・・
俺とロゼの二人に告げられたのは、戦車猟兵として特別扱いされるという話だった。
たった一度の会戦で生き残れたことが、司令部には特別な事と映ったのか?
いや、そうじゃないんだ。
元々ロゼは特殊な扱いを受けるべく戦車兵に抜擢されたのだから。
その訳は後方に退き下がった部隊の中で解ったんだ・・・
俺とロゼはあの悲惨極まる戦場から生きて戻れた。
報告を受けた金ベタ佐官は、俺を直ちに配置換えしやがった。
それはそうだろう、部隊は俺を残して壊滅したんだから。
師団の中で機動連隊が消え、俺は師団に属していた戦車猟兵部隊に編入させられた。
同じ戦車猟兵でも、連隊の中と師団直属では話が違ったのを教えられたのは、
俺が新しい部隊に来た時に解ったんだ。
「ルビ、こっちに来て!」
ロゼが俺に紹介したのは。
「これがアタシに与えられた車両だって!」
目の前にキャタピラを備えた車両があった。
だけど、どう見ても強そうには見えない。
大きさも僅か3メートルあるか無しかの軽戦車並み。
いや、それ以下か。
キャタピラが付いているから戦車なのだろうが・・・
「ロゼ?こいつはまともに闘えるのかよ?」
思わず聞き返したんだが、ロゼは俺に言い切りやがった。
「当たり前よ!相手が重戦車じゃなかったら撃破出来るし!」
短い砲身が突き出ている、全周囲を軽装甲で固めたオープントップの防盾。
車体は軽戦車から応用したのか、短く幅が狭い。
「元は偵察用に開発されてい車体らしいけど。
アタシ達戦車猟兵には、元々機動戦なんてものには縁が無いからね」
軽く言ってくれる。
じゃあどうやって敵戦車と闘うんだ?
「あ、ルビ。これでどう闘えば良いか考えたでしょ?
アタシ達は猟兵でしょ?猟はどうやってやるのか知ってるの?」
「そんなの決まってる。待ち構えるだけだろ?」
大概のハンティングは、物陰に潜んで獲物が来るのを待つ。
当たり前の事をロゼは訊いてきた。
「そう!待ち伏せよ待ち伏せ!
この砲はね、75ミリあるんだよ。大概の戦車になら効き目があるんだから!」
それは分かるけど。
戦車で待ち構えるのか?
「ルビは戦車兵じゃないから知らないと思うけど。
戦車にだって種別があるのよ、得意分野ってものがね」
ルビは車体に登って俺を招く。
砲盾後部には、観音開きになるハッチがあった。
両側にロゼが開いて中に入ると。
「小さい車体に強力な砲を持たせる。
相手が気付かない内に側面を狙って撃つの。
それで大概の敵は撃破出来ると考えられてるわ!」
操縦教本にそう書かれてあるのか?
俺は割り切れない思いを抱きながらロゼと車内に入る。
一言で言えば。
「狭いな。まるで家畜小屋みたいだ」
「・・・入った事があるの?ルビは」
悪態を告げる俺に、ロゼは言い返して。
「この狭さが逆に強さの秘訣なのよ。
小さいって事は敵弾を受けにくい事の裏返しなのよ。
防御力が皆無に等しいんだから、小さいってことが武器にもなるの!」
「へぇ・・・そんなもんですかね?」
俺には良く解らない事をロゼは教えて来る。
筒抜けになった操縦席が左前方に備えられている。
俺と二人だけの気安さか、ロゼがニヤリと笑って。
「そうそう。ルビはトラクターとかを運転した事はない?
田舎出身とか聞いたけど、農村生まれじゃなかったっけ?」
ロゼがとんでもない誤解を俺に言った。
「あんなぁ、俺は農村生まれでも農家出身者でもないから。
トラクターなんて動かした事なんかないぜ?」
「あ、あらそう?おっかしいなぁー、特殊車両の運転が出来るって考課表に書いてあったのに?」
ロゼが言い難そうに答えたのを俺は聞き逃さなかった。
「おいっロゼ!俺の考課表を士官でもないお前がどうして観れるんだよ?!」
考課表とは、軍隊の経歴表みたいなもんだ。
どこ出身か、どんな特技を持っているのかとか・・・
「あははっ、どうしてって言われても。
アタシ達はペアになるんだから・・・部隊長に内緒で・・・」
・・・どれだけルーズな部隊なんだここは?
苦笑いを浮かべるロゼに、応えてやった。
「トラクターは運転した事が無いけど。貨物運搬の軌道車なら転がしてたぜ?」
そうさ、俺の親爺は運送屋だったんだから。
雪のフェアリアじゃぁ、冬ともなればタイヤなんて意味がなくなるからな。
「積雪期間だけだけど。軌道車で木材なんかの重量物を運んでたんだぜ?」
これは親爺が・・・だけどな。
「ホント?!じゃあ、これも運転出来るよね?!」
とびっきりの笑顔になったロゼが指し示しやがった。
運転席を、戦車の運転を俺にしろと言いやがったんだぜ?
「待てよ?そもそも俺がどうして戦車に乗らなきゃいけないんだ?
俺は一般兵科出身だぜ?特殊訓練は受けたけど、歩兵に戦車に乗れと?」
「うん!そーだよルビ。アタシだって本来戦車乗りなのに砲戦車に乗るんだから。
お互い本意じゃないモノに乗らされるんだよ・・・命令で!」
伝家の宝刀を斬られちまった。
鶴の一声を掛けられちまった。
「ほらほら、諦めちゃいなよルビ。
砲戦車乗りと言っても、戦車猟兵には変わんないんだからさ!」
まぁ、言われてみればその通りかもしれない。
敵戦車を狩るのには変わりがないのだから。
「しょうがねぇなぁ。運転すりゃいいんだな?」
納得はいきかねるが、こうまで言われたら乗るしかないと思った。
ロゼ曰く、<命令>なのだそうだから。
操縦席に腰を下ろすのも大変だった。
狭い砲手席を潜り、座席に座ると。
「狭い・・・身体が動かせねぇ・・・」
言っておくが、俺の身体はでかい方じゃない。
やせぎすって程じゃないが、太ってはいない。
身長だって180センチないし、大柄ではない筈だ。
その俺が身体を縮めるように座りイグニッションを確認する。
どうやら、こいつは雪上車よりも運転が単純らしい。
アクセルとブレーキ。それとクラッチペダルが配列されている。
狭い座席の両側に伸びているのが、走行装置。右と左に一本あるハンドルを前後に動かす事で向きを変える。
軽車両だから操縦装置も簡略されているのか。
操縦席の前には覗き穴が横広に開けられ、そこを通して視界を確保するようだ。
「どう?ルビ。何とかなりそう?」
馬鹿にするなよロゼ。
こんな簡単な操縦装置だったら、3日もあれば習得できるぜ?
俺は運転する事の難しさも判らず簡単に思っていた。
「そっか、良かったわ。ルビに運転を任せるから、しっかり習得してね?」
運転だけなら任されてやるけど・・・
「じゃあ、砲はロゼ一人で装填も射撃もするのか?」
「あったりまえじゃなーい、ルビが装填手にもなるのよ!」
訊き間違えたのかな?
「あのさ、運転しながら弾込めるって・・・無理過ぎ!」
「あったりまえよぉ!停止して待ち伏せするしか勝ち目はないの!」
はぁ、そうですかい・・・
ため息しか出ない車体だな、こいつは。
「待ち伏せ専用か。だったら移動式の野砲みたいなもんだよな?」
俺は戦車には疎いから、ロゼに教えて貰わなきゃならなかった。
「だからぁ、初めから言ってるの。
これは猟兵が使うべき車体だって。機動戦なんて想定して造られてないもの。
名前も駆逐戦車・・・いいえ、砲戦車って呼ぶべき車体なんだから!」
種別は良いにしておき、やっぱり普通の車体じゃないということだな。
「こんなんで大丈夫なのかよ?」
俺の心配を余所に、ロゼは至って軽く言ったんだ。
「大丈夫!イザとなればルビが護ってくれるんでしょ?」
・・・いや、それは?俺はバケモンか?
「アタシの守護者ルビが、なんとかしてくれるよね?」
・・・無茶言うな?!
呆れ果てた俺が返す言葉を呑んでいたら、ロゼがこんな事を言い始めやがったんだ。
「きっと魔法使いがやって来て、敵を叩いてくれる。
アタシ達は魔法使いが来るまで、時間稼ぎをすれば良いのよ・・・」
ロゼの言葉に、俺は操縦席から抜け出して訊き返した。
「魔法使いだって?」
ロゼは俺が言わんとしていた事を誤解したのか。
「そうよ、魔法使い。
我々の技術で造られた魔法の機械で闘う魔女。
彼女達が敵を撃ち破ってくれる・・・多分ね」
ロゼは口を濁すように答えた。
だけど俺が訊きたかったのは別の意味だ。
「ロゼ。味方にある兵器が、敵にはないとでも思っていないか?
俺は・・・俺の仇は魔法使いなんだ。
家族を殺した奴は紋章を浮かべていたそうなんだ・・・紫に光る魔女の証をな」
俺の声に怒気が含まれていたのをロゼは分っていただろう。
そして・・・魔女を仇と言った俺へ、目を伏せたんだ。
自分と俺の間に壁があると判り。
自分に秘められた<とある力>が、立ちはだかると知って・・・
ロゼッタと同じ部隊。
戦車猟兵部隊に配属された2人の乗る車体は?
俺と相棒の闘いが始る。
魔砲の戦車、魔鋼騎との闘いが・・・
次回 訓練
君は少女の心に燈った火に気付かない・・・