阿吽
停車させる事に成功した。
その代償に砲が二度と撃てなくなってしまったが。
ルビナスは心が騒いだ。そこに居る筈の娘を想い・・・・
敵だった重戦車は煙を吐き、動きを完全に停めている。
猟兵中隊3両の攻撃でやっと停めれたのだ。
「本車も、どうやらこれ以降の戦闘は無理じゃのぉ・・・」
装填を諦めた車長ハスボック准尉が、ため息交じりで肩を竦める。
「お前達の魔砲力を制御出来なかったようじゃ、機械は」
車長の声にロゼが振り返ると、
「あ・・・完全に壊れちゃってる?!」
砲尾にある尾栓が開きっぱなしになり、その部分がへの辞に曲がってしまっていた。
もう弾を込める事さえ適わない。もう撃つ事は出来なくなってしまった。
「ムック、小隊員に撤退を命じるんじゃ、本車も故障してしまったんじゃからな」
もう中隊に残された駆逐戦車は使い物にならなくなったのだと。
敵が攻めてきたら反撃手段は、小口径の対戦車砲と歩兵の手持ち武器での肉弾戦による他はないと。
「陣地を放棄する。50キロ後方の集合地点まで撤退じゃ」
俺に向けて小隊長が命じて来たけど、俺は即座に反応出来なかったんだ。
「どうしたんじゃルビナス。後退せいと言うたんじゃぞ?」
「ですが・・・」
言い辛かった・・・拒否するのを。
目の前に擱座している重戦車を前にしては。
「ルビ・・・そうなんだ」
言葉を詰まらせたロゼも、宿った魔女に伺ったのか。
「あの中に・・・居るかも知れないんだよね?」
「ああ、多分。ノエルが居る・・・きっと」
妹が居るのなら、魔女オーリエだって。
「じゃぁさ、一緒に行こうよ。
アタシの中に居る魔女も行きたがってるし・・・さ」
もう俺と一緒に行くと決めたのか、ロゼがハスボック准尉に頼んだんだ。
「小隊長、本車の攻撃力は喪われました。
よってロゼッタ兵長とルビナス操縦手は、敵重戦車搭乗員の救出に向かいたいと思います。
どうか許可をください!あの中にはとても重要な人物が居るようなのです!」
許可を求めるロゼを、じっと見つめていた小隊長だったが。
「ふむ、部下の安全を図らねばならん上官としては認められん」
許可を求めるロゼに対し、小隊長は許可を認めなかった・・・が。
「じゃが、儂は一時気を喪ったようじゃ。
人事不詳になった間に、部下が自己の判断で行動するのは止めれんからのぅ」
認めない代わりに、仲間としての英断を下してくれた。
「装填手配置にあり、砲尾が壊れた時に気を喪ったんじゃ。
その間に二人がどうしたのかは知らぬ事じゃから・・・の?!」
そう言った小隊長が、側壁に掛けられてあるパンツァー・ファーストを手に取りロゼに差し出した。
それは俺達に向けて促したのと同じ。
「車長が人事不詳になっている間は、車両を動かせなかったとしても誰も文句を言えんからの。
周りの者達も皆、留まらざるを得んから。
暫くの間はこのままここに居る事になる、仲間を想うのなら急ぎ果たして来るんじゃぞ」
俺達二人を残しては行かないと、小隊長が言ってくれた。
俺達が戻るまでは、この場に居続けるからって。
「ハスボック准尉・・・ありがとうございます!」
俺は小隊長の思いやりに感謝する。
「ルビ!急ごう!!」
ロゼは受け取った対戦車墳進弾を俺に渡して促す。
「ロゼさん、これを!」
ムックが壁に掛けられたフォルスターを投げて渡す。
フォルスターには7発入り弾倉のベレッタが入っていた。
フォルスターから抜き取り、ベルトに差し込んだロゼが頷いて、
「行くよルビ!」
装填手ハッチから飛び出した。
続いて俺も墳進弾を手に、装填手ハッチに手をかけると。
「ルビナス、無茶はするなよ。いいか、危険だと判断したら戻ってくるんじゃ!」
ハスボック准尉が俺に諭させる。
「はい、了解ですっ!」
感謝を込めて俺は従った。
車外に飛び出すと、随伴していた仲間達が何も言わないのに目で合図して来る。
その眼には俺達二人が何をしようとしているのか解っているみたいにも見えた。
誰も何も言わないが、擱座している重戦車の周りを見渡して指を立てて安全だと教えてくれた。
「すまん、ありがとう!」
小隊の中で、俺とロゼの縁は広まっていた。
皆が俺が魔法使いだと知っていたし、ロゼの魔力を理解していた。
古から続く縁というモノで繋がった仲だと。
それに俺の故郷が悲惨な目に遭い、妹だけが生き残っているのだと知ったから。
その妹が敵戦車に囚われているのだと話したことがあったから。
「ルビ!はやくっ、敵の応援が来る前に!」
ロゼに促されて、俺も走り始めた。
俺達の後ろでは、仲間達が見守ってくれているのだと心強く感じていたんだ。
「あの馬鹿っ!二人でどうしようっていうのよ?」
「そう言う車長だって。どうする気だったのですか?」
森の中で反転したアリエッタ少尉の戦車が隠れて状況を見守っていた。
「それは・・・味方の3突のカバーをしようとしただけよ」
キューポラに登っているアリエッタが双眼鏡を降ろして嘯いた。
「それは聞きましたよ。でもまだこの場に居るのはなぜですかねぇ?」
「うるさいわね、敵の出方を調べてるだけよ!」
装填手に答えるアリエッタ少尉は、二人が走る姿を眺めて苦笑いを浮かべるのだった。
「ロゼ、ルビナス。任せたわよ、あなた達に。
因縁を断ち切れるかはあなた達次第・・・闇を打ち破って!」
もう一度双眼鏡を構えたアリエッタが妹に願いを託した。
「時の指輪よ、俺に宿る騎士よ。
俺に力を貸してくれ、あそこに居る者を救う力を貸してくれ!」
600メートルがこんなにも遠く感じたのは初めてだった。
敵弾が降り注いでいる訳でもないのに、足は縺れ身体は言う事を訊かない。
それでも一刻も早く辿り着こうと気だけが先走る。
「ロゼっ、大丈夫か?早く来るんだ!」
ベレッタを手にしたロゼが俺の後を追う。
「ルビ、身体を低くして!敵に見つかるじゃない!」
そうだけど、気が逸るんだ。真っ直ぐISに駆け寄りたいんだよ。
「もし奴が生きているのなら、車載機銃を打って来るかも知れないのよ?!」
ロゼの言う通りだ。
奴がまだ完全に沈黙したとは言い切れない。
もしかしたら死んだマネをして、仲間の救援を待っているのかもしれないんだ。
だけど。
「ロゼは後からついて来ればいい。
俺はノエルを救わなきゃならないんだ!」
もしかしたら。
俺達が撃ちこんだ弾で、傷ついているかもしれない。
もしかしたら重傷を受けて苦しんでいるかもしれないんだ・・・
そうおもったから、俺は身を隠す事もせずに走っているんだ。
ノエルだったら、俺を観つければ撃つ筈が無いと思うから。
「分かったわ!ルビの思う通りにして!」
ロゼが俺を先に行かせてくれた。俺の心を読んだのか、宿った魔女にそうしろと言われたのかは分らないが。
黒い重戦車の左側面に駆け寄れた。
この中に居るのだろうか、本当にノエルが?
「騎士、呼びかけられないのかオーリエさんに?」
宿る魂に訊いてみたが、魂からの返事は戻って来ない。
「ノエル!この中に居るのなら返事をしてくれ!俺だ、ルビナスだ!」
魂で叫ぶ。魂を呼んだんだ俺は。
「聴こえるのなら答えてくれ!
俺は取り戻しに来たんだ、ノエルを。俺の妹を!」
だけど、声はおろか気配も感じられない。
もう躊躇している場合じゃない。
動きを停めた車体によじ登り、危険は覚悟でハッチに手をかける。
内側からの反応は感じられない。
もしかすると銃を構えているかもしれないが、俺は気にせず叩いてみた。
ドンドンッ!
ハッチを叩くが、やはりなにも反応が返って来ない。
「ノエル・・・まさか?!」
魔鋼弾で貫通された車内がどんな有り様なのかと、恐怖に染まる心でノブに手をかける。
「開けるぞ!いいなノエル?!」
内側から鍵は掛けられてはいなかった。
ノブが回転し、バネの反動でハッチが薄く持ち上がった。
一気にハッチを持ち上げると、仲から燻ぶった焦げ臭い匂いが噴き出して来る。
「ノエル?!」
もう気が気じゃなかった。
車内の様子を窺おうと、キューポラから車内を見回した時。
そこには黒い人影が佇んでいたんだ・・・拳銃を片手に持って。
ロゼと共に重戦車へ奔り寄ったルビ。
彼の前に現れたのは?!
今、ルビナスは古の魂達に語り掛ける。
終りを迎えるのだと。真実を知る時なのだと・・・
次回 心を開いて
君は命を賭けて守り抜いた約束を、彼女に知らせる!




