忽然
一瞬の判断が齎すのは?
固まる体。停めようがない悲劇。
だが、それは起きたのだ!
俺達が最初の一発を撃った時、仲間の2両も分った様だ。
奴の狙いがこちらに向いたのだと。
キューポラで双眼鏡を向けていた1号車の車長が、迂闊にも反射光で位置を知らせてしまったのに・・・だ。
敵重戦車の砲身が俯角を付けた時、中隊長も射撃命令を下した。
それはロゼの弾が砲身を飛び出した瞬間に、決定着けられたと言っても良い。
重戦車により近い1・2号車の砲手は、初陣の少女が務めていた。
初めて敵を照準器に捉えた時、彼女達の眼は何を観たのだろう?
ロゼの弾により動きを停めた重戦車の砲塔が、自分達に向けられたのを観た少女は何を感じたのだろう?
鋼鉄の武器を手にし、敵と真っ向から対峙した少女。
照準器に映る敵の砲身を観た時、彼女達の心へ刺したものは何だったのだろうか?
鋼鉄の魔女と対峙した、穢れを知らない少女達は何を観たのだろう・・・
敵の弾が車体を抉った瞬間、少女の頭に過ったのは・・・
見開いた瞳に飛び来る85ミリ魔鋼弾。
一両を撃破した黒い車体の重戦車が次に狙ったのは、俺達の方だった。
間違いなく命中してしまう角度。
動かしても最早手遅れの回避行動。
だが、それは起きたんだ。
誰がそうしろと命じたかは分からない。
彼女達がどうしてそんなことを選んだのかは分からない。
「ルビっ?!2号車がっ!」
その瞬間に何かが起きたとやっと分った。
味方の車体が軸線上に飛びだして来たのが。
85ミリ砲弾の飛来する軸線上に、2号車がのめり出たんだ。
スローモーションのように目に飛び込んだ。
弾を側面に受けた2号車の後部エンジンルームが爆破され炎と煙を噴き上げる。
「脱出するんじゃ!」
遠くで車長の叫んだ声が聞こえた気がする。
「2号車!脱出せよ!」
ムックが無線に呼びかけた・・・気がした。
一瞬のことに、俺の頭は混乱を極めた。
「ルビッ!ルビっ!!力を貸して!」
俺の女神が呼んでいる。
「アイツを停めなきゃ!アタシ達が止めなきゃ!」
そうだよ、ロゼ。
俺達がやらなきゃいけないんだよな。
あの中にノエルが居るにしても・・・停めなきゃ次は俺達が殺られちゃうんだよな?
「ルビ!お願いっ、アタシを信じて!」
信じるさ。
ロゼは俺の女神様なんだぜ?
いいや、俺達仲間全員の・・・だろ?
「やってやろうぜロゼ!俺の魔法力を全てロゼに託す。
ロゼが求める全てを差し出してやるからな!」
「ありがとうルビ。
魔砲に、いいえ。この一発に全てを賭けるわ!」
ロゼが照準器に捉えた敵へ、全力で向う。
そう、全てを賭けた一撃の為に。
鋼鉄の魔鋼猟兵、ルビナス・ルナナイトと、ロゼッタ・マーキュリアの魔砲を併せ撃つ為に。
「いくわよっルビ!機械が壊れたって止めないから!」
「おうっ!やってやれっ、俺達の全力をみせてくれ!」
二人の魔砲力が機械を突き動かした。
小さな水晶が高速回転を猛烈な回転へと昇華させる。
魔鋼機械が唸りをあげ、砲身が替わっていく。
あの戦車の様に、<双璧の魔女>が持っていた70砲身長、L70へと。
「撃っ!」
ロゼの絶叫が車内に轟く。
射撃ペダルを踏みこみ、魔鋼の弾を弾き出した。
射撃音が轟いた後、砲尾から噴き出した硝煙とカートリッジが、尾栓を壊してしまった。
もう、二撃目は放てない。
この一撃で勝負を決めると誓ったのに応じたかのように、砲は壊れた。
L70 (注・70砲身長)と変わった砲身から飛び出した弾は、目標の重戦車へと突き立つ。
貫通力が200ミリに近い魔鋼弾は、正面装甲に喰いついたのだ。
ロゼと俺の全魔砲力をつぎ込んだ一撃は、重戦車に穴を穿った・・・
「邪魔だ!」
放った弾を横合いから受け止めたのは、相手にしていなかったもう一両。
その車両からの弾は、装甲に阻まれて弾け飛んだ。
つまりは無力に等しい存在だと思って馬鹿にしていたのだが。
「まさか、仲間を救おうと?・・・馬鹿げている?!」
レオン少尉は嘲るのを辞めた。
「馬鹿げている・・・だと?誰が誰を馬鹿げたと言うんだ?
仲間を救おうとするのが馬鹿だというのか?
私の前でも同じ事が起きたというのにか?仲間だった者を馬鹿と呼ぶのか?」
記憶に蘇るのは、あの日あの時。
死にかけた自分を身を挺して護ってくれた仲間の姿だった。
「彼等が居なければ、私はとうに死んでいた。
復讐を誓うまでも無く死んでいた・・・」
記憶の片隅に映るのは、大切な人達の笑顔。
そして自分と同じ想いをしている筈の仲間達の悲し気な瞳。
「なぜ・・・私はこんなにまで人を憎んだのか?」
市街戦を闘っていた兄の小隊が、フェアリアの戦車により撃破された。
兄には魔砲力が備わっていなかった。
でも、兄は魔法力が無くても強かった。
自分にはとても出来ない事を文句ひとつ言わずにこなしてみせた。
辛い任務だって、誰にも頼らず成し遂げた・・・無慈悲な戦闘だろうが。
多くのフェアリア民間人を殺害した戦場でさえ、兄は真っ先に進んで闘ったのに・・・
その兄でさえも、戦争は奪い去ってしまった。
そう・・・敵に因り。フェアリアの魔鋼騎によって・・・だ。
「だから・・・恨んだ。だから・・・呪おうと思ったんだ」
レオン少尉は取り戻しかけた。
敵に因り教えられ。同じ人間だと身を挺して知らされて。
奪われるのは人の心。奪うのは戦争なのだと。
「憎むのは敵じゃない。戦争自体を恨むべきだった・・・」
レオンは目が覚めた。
闘いの中で堕とされて、闘いの中で目覚めさせられた。
「憎むのなら。こんな戦争を始めた奴等を憎むべきだった。
本当の仇は敵じゃない、彼等だって死から逃れる為に闘ったのだから。
仲間を救う為に、家族を護る為に闘ってるんだ」
もうレオンは粛罪の時を迎えていた。
敵の犠牲を目の当たりにした時、呪いは打ち破られた。
悪魔は人の聖なる行為に退けられていたのだ。
宿った魂達にも、少なからず影響を与えて。
「「・・・誰かが・・・助けようとしてくれているの?」」
レオンの中で、少女が瞼を開く。
「「それは?誰なの・・・誰が助けてくれるの?」」
ノエルの魂が答えを求める。
「「黙れ!復讐を果すのだノエルよ」」
暗闇の中から魔女が差し止める。
「「レオンは我等により闇に堕とす。もう一度復讐鬼に貶めるのだ!」」
邪なる魔女が少女の魂をも貶めんとする・・・が。
「「レオンは気が付いた。だからアタシも気が付いたのよ?
誰かがアタシを救おうとしてくれているって・・・解ったの」」
「「うるさいっ!我が子孫のくせに、大きな口を叩くな!」」
魔女はノエルを闇に閉じ込めようとする。
黒き霧で魂を束縛せんと吹きかける。
「「魔女さん、あなたにも助けが来てくれてるって分からないの?
アタシには届いているよ、あなたが本当に求めている人の声が。
あなたをオーリエって呼ぶ男の人の声が聞こえるもの・・・」」
「「うがぁっ?!言うな言うなっ!その名を言うなぁっ!」」
名前を呼ばれた悪魔は力を失う。
闇に堕ち、悪魔に為りかけていた魔女は、宿った者により力を失いかけた。
「なぁ、魔女さんよ。私はもう辞めにしたいんだ。
あっちで兄さんが待っているのなら、そこに行けるようになりたい。
悪魔に身を堕としたら、逢えなくなっちゃうんだろ、みんなに」
レオンは重戦車の操縦を放棄した。
戦車に宿らされた身体を放棄した。
それは魂の解放。それは魂の粛罪。
「戦争にさえならなかったら。闘いに出なくて済んでいたら。
導いた者達が邪な心さえ持たなかったとしたら・・・
きっとみんな生きていられた・・・それがやっと分ったんだよ」
レオン少尉は、闇に復讐を果し終えた。
いいや、復讐というのは罪深い。
だからこう言えば良い、覚れたのだと。
レオン少尉は戦争から覚されたのだ、敵として闘った相手に因って。
自分が放った弾により、穢された魂を救われたのだから。
犠牲は辛うじて出さずに済んだ。
2号車の乗員達は、ぎりぎりの処で脱出することが出来た。
4人の姿が車体から抜け出すのを観たロゼが、深く安堵の息を漏らす。
俺は煙を噴き出した黒い重戦車を観ている。
ロゼの放った最期の弾に因って穿かれた穴から出ている煙。
そして項垂れた砲身と、動きを停めた砲塔。
何よりも気になっているのは、車体から誰も脱出して来ない事。
それが意味するのは乗員には逃げ出せる者が存在しない・・・死に至らしめたのか。
「ノエル?!」
黒き魔鋼の重戦車は俺の前で死に逝かんとしていた。
仲間の代償を受けて。
生き残れたのだと感謝した。
それは闇に堕ちた魂とても同じこと。
人がどうして誰かを護ろうとするかは誰にも停める事は出来ない。
そして・・・彼女も気がつくのだった。
次回 阿吽
君の考えは痛い程伝わるよ?さぁ、一緒に行こう!




