決断!
脳裏に描かれたのは、この後の運命。
黒い重戦車の砲から放たれる悲劇。
思いもしない悲劇との遭遇が、俺に訪れてしまったのだと思えた。
時の指輪から感じる。
前には感じる余裕さえなかったのに、今ははっきりと分かる。
「俺は指輪の魔法を使ったんだ・・・何が起きたかは知らないけど」
魔法を使った後、必ず頭の中に靄が立ち込める感覚があった。
今迄にも何度かあった、この感覚が意味しているのは・・・
「ロゼ!撃つなら今だぞ!奴の足を停めるんだ!」
「えっ?!でも、まだ命令が来てないよ?」
命令では、中隊の3両が揃って攻撃する手筈になっていた。
ロゼも命令が来ていなければ攻撃を掛ける筈だ。
だって、アリエッタ少尉の車両が森の中に逃げ込んでしまえば、奴はそれ以上追う事が出来なくなる。
見失えば他の車両に目標を替えるのは目に見えているのだから。
それに、魔女ロゼは既に感じていたのだから。
姉オーリエだって感付いているかもしれない。
此処に呪うべき魂が居るのに気付いているかもしれない・・・だから。
「今なら奴に気付かれる前に一撃を放てる!
もし奴が正面を向けてきたら、もう手遅れになるぞ!」
敵の正面装甲を3突の75ミリでは撃ち抜けない。
喩え魔鋼弾だとしても・・・だ。
「そ、そうよね・・・・どうしよう?」
ロゼが躊躇い小隊長に振り返った。
敵重戦車を観測し続けるハスボック准尉の目が、それを捉えたのはこの時だった。
「いかん?!奴が儂等が隠れている事に気付きよった?!
砲塔を僅かにこちらに向けよったぞ!」
そう。
俺達は忘れていたんだ。
あの<双璧の魔女>を浮かべて戦った魔鋼騎と、KV-1との闘いの時に手を出していた事を。
中戦車に発砲して所在を明らかにしてしまっていたのを。
あの時はこちらの位置をワザと知らせる為に発砲した。
その後、敵が退き下がったことで、すっかり忘れていたんだ。
陣地も変更せず、前の位置のままで居た事に。
「しまった?!もう撃つしかないぞ!」
敵の足回りだけでも。
せめて片方の動力だけでも切らなきゃ、近寄られでもすれば処置なしになる。
「お嬢ちゃん、構わんっ。撃つんじゃ!」
車長の叫びに、照準しなおしたロゼが復唱する。
「距離600、動標的につき4シュトリッヒ前方を狙います!
射撃用意、魔鋼弾。攻撃始め、撃ち方始めます!」
「よしっ、撃て!」
車長の命令でロゼが射撃ペダルを踏み込んだ。
「チィッ?!やはり中戦車には追い付けなかったか!」
レオン少尉は自車両の足の遅さに苛立った声を上げる。
「もう少しの所だったのに、逃げ切られてしまったじゃないか!」
砲撃をかけても相手の機動力が勝って、当てられなかった。
レオン少尉の操るISは結局の処、一両さえも叩く事が出来なかった。
「逃げられたのは仕方ない。
目下の処、主だった戦場に魔砲使いは見当たらないか?」
森の中に逃げ込んで行くフェアリア戦車部隊から視線を外し、索敵を開始するレオン少尉。
いや、ISという魔女の力を宿した戦車が、新たな敵を探し求めていた。
「ロッソアの魔女マリーベル少尉を倒した奴はどこに居る?
私はその代わりにこちらに来させられたのだ、フェアリアの魔女と雌雄を決する為に来たのだぞ?」
レオンは出撃を停められていた事に不満を隠さない。
「古からの宿命かどうかは知らんが、マリーベルだけに出撃させるからこんな事になるんだ。
私も一緒だったらフェアリアの魔女如きに後れは取らさなかったものを!」
仲間の重戦車KV-1にのって戦闘に赴いた魔女にも恨み節を呟く。
「フェアリアの魔女を倒すのが私の願い。
魔鋼騎を撃破して殺るのが私に宿る魔女の宿願でもあるのだからな!」
間も無く敵が入って行った森まで辿り着く。
視界の利かない森に、単騎で入るのは流石に躊躇われる。
「視界の利かない森の中では、戦車よりも歩兵の方が余程扱いにくい。
下手をすれば自殺攻撃を受ける羽目にならんとも限らないのだからな」
歩兵が破甲爆弾を以って、攻撃して来られるのを忌み嫌う。
当たり前の事だが、そんな危険な行為には二の足を踏んだ。
「残念だが、一時的に後退するべきか・・・」
敵戦車が姿を隠したのでは、砲撃する相手もどこに居るか分からないのだから。
「だが、さっきから気になっている。誰かが私を見ているようだ」
それを確かめようと辺りの観測を続けているのだ。
どこかから伺い、攻撃しようと隠れている者が居る筈だと思っている。
「そういえばKV-1中隊の奴等がほざいていたな。
森の中から射撃された中戦車が居たと。確かこの辺りだと聴いていたが・・・」
レオン少尉の眼が森に向けられた時、僅かだが光が観えた気がした。
「・・・ふふふっ、隠れているつもりか?
生憎だったな、お前達のレンズが教えてくれたぞ!双眼鏡の反射光が丸見えだ!」
森に逃げ込んだ中戦車の魔鋼騎から視線を外し、土嚢で車体を隠している平らな戦車を見つけた。
「奴等の中にも居るのだろうか?先程から感じているのは奴等の一両か?」
森に半ば隠れた2両の駆逐戦車が観えた。
こちらへ砲身を向け終えている事からして、狙撃しようと待ち伏せているは火を見るよりも明らか。
「この距離からでは正面を向ければ貫通される惧れはない。
だが、側面なら・・・足回りを壊される懼れがあるな。
迂闊にも晒した状態を執っていたか・・・撃たれる前に変針せねば」
レオン少尉は重戦車が咄嗟に回避運動を執れない事に腹が立ったが、
「バレないように、何食わぬ雰囲気で・・・奴等を叩いてやるか!」
本当はフェアリアの魔鋼騎と勝負したかったが、ほっておくわけにもいくまい。
撃たれてからでは遅いのだから。
「魔鋼弾が勿体ないが。弾種を変更している訳にもいくまい」
装填してある魔鋼弾にて、フェアリアの駆逐戦車を砲撃することにした。
「今観えている2両の他にも居るかも知れんが。
取り敢えず側面を狙う奴を優先で撃破するぞ!」
砲身に俯角をかけて、射撃準備を終えると。
「よしっ!今だ、全速前進。右90度に進路を執れ!」
レオン少尉が隠れている3号突撃砲へ向けて、進路を変えるように命じた…
「なんだと?!」
それは全くの奇襲になった。
隠れている2両の、更に奥から。
ギュンッ
明らかにこちらに向けての曳光弾が飛んで来たのだ。
「もう一両潜んでいたのか?!」
もう遅い。
側面を狙われたレオンが舌打ちしたが、弾はもう寸での所にまで迫っていた。
「弾き返せぇっ!」
車体がのろのろと弾の方角に向いて行く。
真横からの一撃とはならずに済むが、対弾力との勝負には変わりがない。
命中は避けられない。
後は運のみぞが知ることになる・・・
黒い車体側面に、ピカリと命中光が奔った。
「命中!敵の損害は不明!」
観測し終えたハスボック准尉が、次弾装填の為に車内に飛び降りる。
「敵重戦車未だ停まらず、車体を向き終えた!」
確かに命中したのだが、損害を与えられ無かったのか?
「敵の右舷キャタピラ、抜け落ちています!」
ロゼが命中させた魔鋼弾は、敵の足回りを破壊していた。
こちらに向いていた右舷の動力を奪い去る事には成功していたのだ。
「しかし、敵は脱出しない!砲塔をこちらに向き終えた!」
足回りだけを壊されただけの黒い魔鋼騎重戦車は、未だ戦闘力を喪ってはいなかった。
「正面を向けて来られては、こっちの弾が利かないかもしれない!」
75ミリ魔鋼弾と云っても、貫通力は150ミリでしかない。
敵ISの正面装甲は傾斜した110ミリもの装甲を誇っている。
正角度で命中すれば貫通するだろうが、傾斜を与えられれば110ミリが200ミリにもなってしまうのだ。
「1、2号車が射撃開始!」
魔鋼騎ではない普通の駆逐戦車である1・2号車の射撃は、初陣の砲手によって放たれた。
敵が停車しているとはいえ、初めて撃った戦車砲で命中させるなんて思いもよらなかったが。
「1・2号車弾、命中!しかし敵の損害は不明!」
命中光が砲塔と車体に光ったのだが、敵は何事も無かったように砲塔を廻していた。
「いかんっ!ムック。下がるように言うんじゃ!」
狙われたのは近くに居る1・2号車の方だった。
重戦車の85ミリ砲なら、3突の正面装甲だって簡単に抜けるだろう。
況してや、敵は魔鋼騎。その弾は一撃で3突を破壊出来るに違いない。
「敵発砲!」
ロゼの悲鳴が車内に響いた。
仲間の一両が忽ち撃破された。
救いは撃破された車両が僅かに後退した事に因り、被害が限定されたようで。
「1号車、4名の脱出を確認!」
ムックが振り返り教えてくれた。
「こっちも撃ちます!」
ロゼが応射しようとペダルに足をかけた時、ISが俺達目掛けて撃って来たんだ。
「敵発砲!」
砲身が俺達に据えられていたんだ。
奴の足回りを壊したお返しだと言わんばかりに。
もう一度指輪に魔法力を与える時間なんて在りはしなかった。
その瞬間、俺は二度も失敗してしまったと思った。
今度は取り返しの出来ない大失敗だったと。
砲撃光が俺達の最期を知らせて来たんだと、眼を見開いてその時を待つ・・・
俺達の最期か?
敵はもう発砲したんだ。
今から呪文を唱えたって、指輪に命じたって・・・間に合わない。
覚悟を決めなきゃならないのか?
二度もしくじったのか?
俺はノエルが乗っているかもしれない重戦車に倒されるのか?
次回 忽然
君は戦闘に倒れ去るのか・・・生き残れないのか?!その時・・・希望は闇に勝つ!




