躊躇<ためらい>
戦闘は、一瞬の判断で運命が別れる。
そう。
唯一瞬の判断で・・・死を招くのだ。
装填された85ミリ砲をフェアリアの魔鋼騎に向けた。
「手始めに。
あの4号を撃破してやるんだ、良いな?!」
命じたレオン少尉が口を歪めて嗤う。
紅く染まった眼で照準器を見詰め、十字線上に捉えた目標へ射撃を始めた。
発射と同時に車体が揺れる。
反動を押さえきれなかった砲が後座し、発条の力で元の位置まで戻る。
その間僅かに一秒にも満たない。
射撃の反動が、砲塔と車体を揺らがせる・・・つまり。
「ちっ?!弾が僅かに上ずったのか?!」
照準点に捉えていた筈だったが、弾は4号の上を数センチ外れて越えて行った。
レオンに宿った魔女は、フェアリアの魔法使いを殺めようとしたばかりに砲塔を狙ったのがこの結果を産んだようだ。
「次はもう一目盛り下を狙うか・・・」
この車体で戦闘するのは初めての事だった。
と、いうより。ISで砲撃すること自体が初めてであったから。
「初弾は当たるモノではない。ましてや走行中だったのだから」
車体が重く、しかもスピードがそんなに速くないからと油断していた訳では無い。
狙っている4号が直線的に動いていたチャンスをものにしたいと焦った結果だ。
「次は停車して狙えば良い」
レオン少尉は再び弾を番えた砲身を的へ向け続けて細く笑んだ。
「敵に撃たれた?!この距離から当てられるのか?」
自分達の装備している75ミリ砲の射程外からの砲撃は、今一歩のところで直撃に為り得た。
「アリエッタ少尉、あの黒い重戦車が撃ったようです!」
側面点視孔からの観測報告を受け、目の前に居るT-34から視線を外して確認すると。
「そうみたいね、砲口から煙が流れ出ている。奴の砲は危険ね」
他のKV-1とは太さも長さも段違いと言える砲を備えた重戦車が、自分を狙っているのに気が付いたアリエッタ少尉が、
「回避運動!奴は私達魔鋼騎に狙いを絞っている。
近寄られると余計に厄介になるわ、この距離を保ったまま後方に逃げる!」
ラポム中隊で最強力な砲を備えたアリエッタ車でも、重戦車との砲戦は控えねばならなかった。
「奴等の進撃を喰い止める方法はないのかしら。
奴等の内、一両でも擱座出来れば進撃は鈍る筈だけど・・・」
敵に対して有効な攻撃手段は、今の処重砲か野砲くらいだろうとアリエッタ少尉は考える。
「味方の重砲隊はなにをしてるんだ?!
さっきから援護射撃を求めているというのに!」
苛ついたアリエッタがキューポラを叩いて悔しがる。
この時アリエッタは知らなかったのだ。
重砲隊はとうの昔に撤退していたのを。
当てにしていた味方の援護が皆無だったことに腹を立てるだけだったのだ。
「中隊長より命令!即刻重戦車隊から離れるよう言ってきました!」
「判った!全速反転180度、味方陣地を抜けて後退する!」
アリエッタ少尉車が殿になり、敵を後ろに逃げ始めた。
追いかけて来るのは、やはりあの黒い重戦車だったのが気にかかったが。
「アイツ、味方にも遠慮せずに追って来る気か?」
アリエッタは陣列からはみ出してまで追いかけて来る重戦車を不審に思った。
「私が魔鋼騎乗りだからか?この車両の紋章が的だというのか?」
KV-1からも離れ始めた黒い重戦車が、一両だけで追いかけて来た。
それはあの車両が単独でも十分な戦闘能力を備えている証だと映ったのだ。
「だったら、奴を擱座させれば、いや撃破出来れば。
追撃の手は鈍るという事にもなるな!」
咄嗟にアリエッタは判断を下すと、
「中隊長につなげ、急いで!」
ラポム中尉に意見具申する為、回線を繋がせた。
「第3中隊各車に命令!前方から近寄る重戦車に集中攻撃を掛けよって言ってきました!」
いよいよその時になったか。
観測していた敵の動きに、俺達が牙を剥く。
現れた黒い重戦車は単独になってもラポム中隊を追いかけている。
しかも、アリエッタ少尉の4号をまともに狙って来ているのが分って。
「アリエッタ少尉は巧く引き込んでくれそうだぞ!
もしかしたらキャタピラじゃなく側面を狙えるかもしれない!」
喝采を上げるのは早計だけど、敵を誘導してくれるアリエッタ車にエールを贈りたくなる。
「敵はまだこちらが潜んでいる事に気付いていない!
有効射程になるまで我慢すれば、一撃で擱座させられるかもしれん!」
小隊長の言葉通りだ。
敵は斜め方向に進んで来る。
しかもKV-1との距離は開く一方に観える。
「巧くすれば、敵搭乗員を脱出させれるかもしれない。
他の重戦車からの援護射撃を受けずに済むかもしれないぞ」
一撃で撃破は難しいかもしれないが、擱座させる事は可能にも観えた。
「後はアリエッタ車がどこまで惹き付けてくれるかだな」
「うん、もう少し手前にまで来させてくれれば。
アタシとルビの魔法力で・・・なんとか」
ロゼは照準器に捉えた重戦車の側面を捉えようと微調整に油断が無い。
「今の距離は?!」
車長の下問にロゼが答えたのは。
「約2000メートル!」
有効射程ぎりぎりの距離。
此処で撃って当たったとしても、ほぼ間違いなく弾き返されてしまうだろう。
ロゼの眼には重戦車の紋章が、はっきりと捉えられていた。
紅い縁取りの、ロッソア魔法使いを表す槍の紋章が。
「もう直ぐよロゼ、あなたの魔法石にはマーキュリアの力が秘められている。
魔鋼機械に与えられる最大限の魔砲力を放てば、奴を倒す事だって出来るわ!」
キューポラから後方の重戦車を観測しつつ、アリエッタは妹に賭けていた。
「ルビナス、君にも頼みたいの。
私の妹に力を貸してあげて。
二人で力を併せて、ロッソアの魔鋼騎を停めて!」
自分には敵わない敵を、二人の魔砲で倒すのを願う。
「アイツを擱座させる事が出来れば、敵の進撃もきっと停まる。
一番強い奴が倒されれば、残された者は必ず躊躇するから・・・」
仲間の内で、最も戦闘能力の高いモノが倒されれば、残された者は躊躇わざるを得ないだろう。
強力な者より弱いと思ってるのならば・・・だ。
アリエッタ車は敵を誘引し、その目的を果たした。
これ以上敵に近寄られては、自らが先に討たれてしまい兼ねない。
「後は任せたわよ、二人共!」
指示された通り味方陣地横を過ぎ去りながら、アリエッタの眼は隠れている部隊に合図を送ったのだった。
「目標、距離600!射撃準備よしっ!」
ロゼは照準器に捉えた重戦車の、側面下部を睨み続けていた。
「射撃用意!3両揃って射撃する!」
第3中隊の3両で一斉に撃つのだと命じて、観測を続ける車長へ。
「敵はまだ気が付いていないのでしょうか?」
ロゼが眉間に皺を寄せて訊ねる。
「おそらくじゃが。なにか気になるのか?」
「はい、どうも砲身が下がった気がして・・・」
アリエッタ車を追い続けているのに、仰角を落とした意味が不審を抱かせたのか。
「奴がこちらに気が付いたような・・・嫌な気分なのです」
ロゼが言うのは隠れている他の車両を意味しているんじゃない。
魔女の気配を妹が感じていたように、姉オーリエも気付いたかもしれないと言ったのだ。
ー だとすれば。アリエッタ車を追うのを辞めて、こっちに向いてしまうかもしれない?!
車体をこちらに向けられては、砲撃しても弾き返される公算が高い。
「早く撃った方が善くはないのか?」
今なら側面を狙えるんだから。
「でも、不確実だから。思い違いかもしれないし・・・」
そうだとしても・・・今撃たなきゃ。
口元まで出た声を呑みこんで、俺は記憶に留める事にした。
躊躇したロゼ。
俺は射撃タイミングを逃したこの一瞬を記憶に留めて次に備えた。
ラポム中隊が揃って森の中へと逃げ込んだ。
殿のアリエッタ車も・・・
その時だ。
黒い重戦車が急に向きを変えたんだ。
俺達が潜んでいる戦車壕へと、反転しやがったんだ。
あまりに急な変針に、1・2小隊車は泡を喰ったのだろう。
いいや、側面でこそダメージを与えられる砲でしかなかったからだろうか。
ドムッ!ドムッ!
二両は相次いで射撃してしまったんだ。
それは確実にこちらの位置を教える事になる。
敵にダメージを与えなければ、次はこちらが撃たれる番なのに・・・
車体が向きを変え、より装甲厚が大きくなる斜めに向いていた。
3号突撃砲の75ミリではISの装甲を破れなかった。
命中させれた事は賞賛に値するけど、撃破出来なければ無意味だった。
駆逐戦車の装甲は、重戦車の砲撃に耐えられる筈もなかった。
見つけられた二両は、次射を打つ事も叶わず85ミリ砲の餌食になった。
誰も脱出出来ず、喰らった弾により弾庫が誘爆し、乗員諸共爆破されてしまった。
ロゼに教えを乞うていた少女達の運命は、初陣で果ててしまったのだ。
「畜生!よくも!」
ロゼが怒りに燃え、射撃ペダルを踏み込む。
俺と共同で放つと言っていたのに。
右手に力を込めた。
弾が当たる前に。
目の前で75ミリ弾が火花を放ち弾かれた。
指輪が蒼く光る。
魔砲の弾が飛び来る前に。
重戦車の85ミリ砲が火を噴いた。
俺は記憶していた時へと魂を飛ばした。
魂に刻み込んで。
チャンスを無駄にしないと心に秘めて・・・・
時よ。
戻れ!
ルビナスの魔法が放たれる時、運命は変わるのか?!
戦闘は一瞬で命を奪い去る・・・
次回 決断!
君は己の運命までも換えるというのか?!




