錯綜する戦場
戦闘は混乱を極めた。
味方は撤退を始め、戦場は敵に支配されようとしていた。
そんな中、敵情を探った味方はとある重戦車を報じて来たのだった・・・
悪魔の申し子か。
味方の砲撃を悉く跳ね返し前進して来る重戦車。
黒い車体に浮かんだ紅い紋章。
鋼鉄の魔法使いが露払いを先立てて進み来る。
「目標敵重戦車!撃っ!」
フェアリア戦車部隊は、ロッソアの重戦車に砲撃を続ける。
黒い車体の一両を後ろ盾にして、5両のKV-1重戦車が突撃して来た。
中戦車の50ミリや75ミリを弾き返し、KV-1が反撃の一撃を放つ度に損害が出てしまう。
「駄目だ!側面に廻れ!」
機動力のある中戦車隊が敵の側面に廻ろうとするが、重戦車隊の後方に位置したT-34に妨害されてしまう。
「いかん!後退しろっ、後退するんだ!」
守勢に立たされたフェアリア戦車隊は最終防衛ラインまで退き下がるを得なくなった。
「転進命令が出ているから、他の部隊に救援も頼めんぞ。
重砲はどうなってる?援護射撃はどうした?!」
パニックになった指揮官達が相互に援護を求める事も出来ず、後退指示を出す事しか出来なくなっていた。
「師団中央には予備戦力が置かれてあった筈じゃなかったのか?
作戦が瓦解した今、撤退も止むを得ない。
各中隊ごとに後方50キロの集結地点まで後退せよ!」
第3戦車師団は一挙に全滅の危機に陥った。
師団長命令が末端まで伝えられず、各大隊は前線にあって独自の判断で行動せねばならなくなった。
相互に連携し合う事も出来ず、残された戦力で防衛しつつ撤退を始める。
「最早、作戦とは言えないな。
敵の攻めるがままになってる・・・俺達もいずれ後退しなきゃいけない」
目に入って来るのは味方戦車隊の惨憺たる有り様。
そして向かって来る敵部隊。
「後退する前に、俺はやらなきゃいけないんだ」
まだ遥か遠くに居る重戦車部隊を睨んで、最期の瞬間まで抗おうと決めていた。
魔女が乗る重戦車に一太刀を浴びせたくて。
「味方部隊が逃げ出します!残りはラポム中隊のみ!」
アリエッタ少尉を含む9両の4号F型中戦車は、味方の撤退を援護しつつ闘っている。
重戦車には目もくれず、T-34中戦車だけを狙って撃っている。
「ラポム中尉らしい闘い方だな。
装甲の厚い重戦車に撃っても無駄弾にしかならないと判ってるんだな」
F型の75ミリ砲弾では、余程のラッキーヒットでしか貫通出来なかった。
その重戦車をカバーしている中戦車になら、相応の被害を齎せられると読んでの行動。
「アリエッタ姉様も、重戦車との闘いを避けているくらいだから」
ロゼにも分っているのだろう。
魔鋼騎に乗っているアリエッタ少尉でも、重戦車とまともに闘うのは危険が多過ぎると。
5両のKV-1と、黒い重戦車ISの6両と交戦すれば、唯では済まないのだと。
「そうだよな、でも。
俺はなんとかしてアイツを擱座させたいんだ。
停めれたら、アイツの所まで行って呼びかけたいんだ」
魔女が乗っているだろうけど、そんなのはお構いなしだ。
ロゼの胸元に下げられた蒼いネックレスを、奴に突き出し古からの呪いを解いてやるんだ。
「それが出来たら、少なくとも魔女の呪いは解ける筈なんだ。
もしかしたらノエルに掛けられている束縛も解けるかも知れないんだ」
それが今、適うかもしれない局面に居る俺の願い。
そうしてやることが、俺に課せられた宿命だから。
「片方のキャタピラだけで良い、破壊出来たら動かせなくなる!」
「そうね、そうするしか私達の戦車では出来そうにもないわ」
3号突撃砲の75ミリ砲では、重戦車の正面装甲を貫く事なんて出来はしないから。
「ロゼ、奴が射程距離まで来たら・・・頼むぜ?!」
「判ってるわよそれくらい。擱座させた後はどうするの?」
問題はそこだよ。
奴一両を擱座出来たって、他の敵が残っているのなら近寄る事も出来ない。
「擱座させれたら・・・俺は徒歩でも近寄るつもりだ。
戦車猟兵本来の闘い方ってやつで・・・ね」
「そう言うと思った。ルビの事だから」
ポツリとロゼが答える。
振り向いた俺に、ロゼがジッと見詰めている。
「まぁ、奴を擱座させれたらの話だぜロゼ?」
自嘲気味に話した俺に頷くロゼ。
「問題は敵部隊を惹き付け、射程内に来させねばならんという事じゃ」
味方に期待するにしても、陣は最早用を成さなくなっている。
大隊の中には早くも浮足立っている中隊もあれば、俺達の中隊の様に頑なに守ろうとしている隊もあった。
「敵が射程内に入るって事は、敵にも撃たれてしまうんだからな。
被害が出てしまうのが尤も怖ろしいんだ、それでなくても砲手の女の子には荷が重すぎる」
小隊長のハスボック准尉へ、軽めの意見具申を言ってみる。
「第1、第2小隊を下がらせてみてはどうでしょう?それに随伴員達と対戦車砲員も」
俺達以外の中隊員を後方に退かせ、逃げ出すチャンスを与えようと言ってみたのだが。
「駄目じゃ、そのような事をしてみい。
敵はそっちに気を盗られ儂等の前に来んようになるぞ?」
小隊長が提案を拒否して来る。
「でも、あの子達には砲撃した経験もありません。
ピンポイント射撃なんて出来る筈もありませんよ?」
動く敵に対しての射撃経験がなければ、射撃すること自体が無駄骨となり。
「しかも撃ってしまえば、自分の位置を敵に教える事になるから」
敵に位置を特定されてしまえば、駆逐戦車は重戦車の敵にもならないだろう。
あっという間に攻撃を受け、車体を破壊されるのが観えている。
「じゃが、そうでもせん事には進撃を遅らせることは出来んぞ?
被害は覚悟の上で闘わねば、逃げ出しても後ろからバッサリ斬られるだけじゃ」
後退する味方部隊の援護の意味もある。
そして自分達が生き残る為に他ならない。
ハスボック准尉の言う事は的を得ている。
「どちらにせよ、味方の上層部には呆れ果てたよ。
命令を下すのが何時も遅すぎるし、全くどうかしておる」
ため息混ざりでそう溢した小隊長に全く同感だ。
勝利の手前だったというのに、転進させたりするからこうなってしまうんだ。
指導部の判断を疑いたくなるのは当然だろう?
「ルビ、アタシに宿ってる人が言ったんだけど。
なんだか、邪な奴等が国を危め様としてるんじゃないかなって言うんだよ?」
魔女にそう言わしめる程、くだらない作戦指導だという事か。
「そうだよなロゼ。時代が違えども、間違った指導者がいるってことだよな」
その時言われた言葉がずっと後にまで引っ掛かる事になるなんて思わなかった。
戦争の最中であっても、感じることは同じだと思っていただけだったんだ。
「ラポム中隊3小隊車を黒い重戦車が追いかけ始めた!
どうやら敵魔鋼騎はこちらの魔鋼騎に的を絞ったようです!」
ムックがヘッドフォンを押さえて情報を伝えて来た。
やはり・・・奴はフェアリアの魔法使いを狙っている!
「間違いないな、奴がロゼの姉だろう。
オーリエさんって魔女の宿った戦車に間違いなさそうだぜ!」
いつでも動かせられるように操縦桿を握り締め、俺はロゼの中に宿る魔女へ促した。
「そうね、近づいて来ているのは感じられるって言ってたもん。
奴を停めるのがアタシの役目だから・・・その時は一緒に魔力を放ってよルビ!」
黒髪の少女が教えてくれた魔砲の使い方。
二人の魔砲力で魔鋼の砲を撃てば、仕留めることが出来るかも知れない。
「その時が来たら。俺にも手伝わせろよ相棒!」
「判ってる!ルビだって魔法使いの端くれだもんね!」
・・・端くれは余計だろ?
いよいよ間近に迫った決着の時。
妹が宿るという黒い重戦車との勝負が、目前まで迫っていた。
ルビ達3突部隊は敵側面の攻撃を受け持つ。
だが、味方は悉く敵に蹂躙され壊滅に向って行く。
唯、ルビ達は最期の瞬間まで諦めないと誓ったのだ。
生き残る為に・・・約束を果す為に・・・
次回 躊躇
君は敵魔鋼騎の進撃に、躊躇わず魔砲を放てるのか?!




