瓦解する作戦
再び戦場が嵐に見舞われる。
鋼鉄の嵐に・・・砲弾が飛びまわる嵐の中へと。
弾幕が張られた後に来るのは・・・
「目標っ、敵戦車部隊!つづけっ!」
フェアリア戦車が突撃を開始した。
中央目掛けて突っ込んで来たのはロッソアのT-34を基幹とする新型戦車部隊。
新式車両で一気に優位を確保しようとする穿つ戦法だ。
対するフェアリア軍もありったけの戦力で応じるが、不利は覆せない。
T-34の正面装甲は傾斜した45ミリの装甲を施され、正面から命中する50ミリ砲弾を弾き返せた。
反対に3号戦車の垂直装甲を、備砲の75ミリ弾は易々と喰い破る事が出来た。
これでは一方的に叩かれるだけでは無いのか?
そう思われたのだが、戦場に措いては絶対などが無いのは百も承知だろう。
接近戦を挑むフェアリア軍に対し、遠距離から砲撃すれば良かったロッソアのT-34部隊だが。
「突入し、敵部隊の中に紛れ込め!そうすれば奴等は動きを封じ込められる。
側面なら50ミリでも対処可能だぞ!」
フェアリア戦車部隊に果敢に攻められ、著しく動きを限定させられた新型車両にも被害が出始めた。
圧倒出来る筈だったT-34部隊の窮地を観た、敵司令部はここで更なる失敗を犯した。
後退させ陣形を整えれば済んだものを、戦力の逐次投入という禁句を冒したのだ。
新型車両の救援に旧式のT-28を送り込む・・・という。
救援に駆けつけたT-28は、装甲も薄いうえに速度が極端に遅かった。
フェアリアの3号は速力が早く、投入されて来たT-28に目標を変更した。
後から駆け付けた部隊の方を先に攻撃すれば、元からいたT-34もそれの応援に後退しなければならなくなる。
更に悪い事には、新型T-34の欠点は後部あったことだ。
切り立った後部の装甲は僅かに25ミリでしかない。
前進スピードに比べ後退スピードが遅かった事も、乱戦になった時には致命的欠陥となってしまう。
予備戦力の逐次投入という過ちが、戦場を更に混乱へと導いていった。
ロッソア軍の中で、まともな戦車戦を理解している上級指揮官は皆無だった事に因る錯誤。
それはフェアリア軍が勝利を納める最大のチャンスであった。
だが・・・・
「補給が絶たれた?!どういうことです、指導官殿?」
参謀が声を荒げて訊き返す。
「言った通りだよ少佐。
このまま闘っても追う事は叶わないのだ。
因ってこれで作戦を中断する・・・以上だ」
中央軍司令部から派遣されて来ていた指導官中佐が事も無げに言い放った。
折角勝利を納めるチャンスだというのに、撤退を促して来たのだ。
「馬鹿なっ?!今撤退など出来よう筈がないではありませんか?!」
「そうです、敵は戦力を分断され狼狽しているのですよ?
ここでこちらの予備戦力をつぎ込めば、一気に勝利はこちら側に来るのです!」
参謀達が交々反対し、作戦の継続を具申したが。
「燃料が届かなければ、戦車など唯の鉄屑に過ぎんというのが分らんらしいな」
確かにこの指導官の言う事も間違いではない。
燃料弾薬が底を尽いてしまえば、作戦どころの話ではない。
動きを停めた戦車など、間違いなく敵のカモにされるだけだ。
それどころか、折角勝った味方を全て失う事にも為り兼ねない。
機械に燃料が無いという事は、戦闘自体が無意味と化してしまうのだ。
「諸君、直ちに撤収の準備に掛れ。
作戦は放棄、各部隊は防衛しつつ50キロ後退。いそげ!」
白髪の中将が命令を下した。
師団長の命令を悔し気に訊いていた参謀達だったが、命令は下達されたのだ。
一刻も早く撤収に掛からねば、味方の損害は増える一方になる。
報われない損害が・・・だ。
「これで宜しいのではないかね、作戦指導官殿?」
白髪の師団長が意味有り気に指導官を観る。
「勿論、作戦の失敗はあなたの責任ですよファブリット中将閣下。
私は補給迄指示しておりませんでしたのでね、責任を執りようがないのでアシカラズ」
ニヤリと嗤う指導官に、狼と呼ばれた鋭い一瞥を与えてから立ち去る師団長に。
「何処に行かれるのです閣下?」
指導官が不審な声を掛けると。
「君は作戦指導官だろう、師団長が何処に行くのにも眼を光らせるのかね?」
立止まらず答える中将に、指導官の佐官は肩を窄めるだけだった。
司令部幕舎を出たファブリットは兼ねて用意しておくように命じてあった車両に入る。
指揮車両として使われる半軌道車には、高性能の無線機が搭載されていた。
「よし、繋げ」
車輛に乗っていた中尉が師団長に回線を渡す。
「私はファブリット中将です、やはり手を打ってきましたよ奴等が」
話す相手に中将が気安く話した。
受話器を耳に当てているファブリットが軽く頷くと。
「そうです、奴等が作戦の阻害を行いました。
間違いなく奴等は我が国を敗戦へと導いています。
これではっきりとしました。
殿下にはくれぐれも自重なされますよう、お願い申し上げます」
話し終えた師団長は受話器を中尉に返し、こう命じた。
「我が師団はこれより転進する。残される者が無き様取計え!」
向けんに皺を寄せた師団長が怒りに震えているのを、若い中尉は見逃していなかった。
中央部で交戦していた味方に動きが観られた。
間も無く命令が届けば、戦車猟兵大隊も前進しなければならない。
と、思った矢先の事だった。
「司令部から命令!戦闘しつつ撤退せよ・・・って、なんだよこれは?!」
ムックさえ驚き呆れ果てたようだ。
こんな命令が届くとは思いもしなかったから。
「敵の謀略じゃないのか?本当に師団司令部から届いたのか?」
俺でさえそう感じたのだから、闘っている戦車隊の連中はどう思っただろう?
「間違いありません、無線の周波数は司令部と一致しています!」
ムックがヘッドフォンを押さえながら言い返して来る。
そこには戸惑いなんて感じられない、唯怒りの感情だけが現れていたんだ。
「撤退って言ってものぅ、敵と交戦中の仲間を見捨てる訳にはいかんぞ?」
腕を組んでキューポラから司令部に目を向けた小隊長が、
「砲手、直ちに砲戦準備をなせ。
操縦手、これより本車は戦闘に介入し味方部隊の援護を行う!」
左舷側から来る筈の魔鋼騎は一向に現れなかった。
いつ来るか、今来るかと待ちに待ったのだが・・・
そしてとうとう撤退を命じられてしまったんだ。
「ルビ・・・また。また次があるよ・・・」
慰めてくれるロゼには悪いけど、俺にはそんなに待つ事なんて出来ないんだ。
だってもう目と鼻の先にまで来ているかも知れないのに!
「俺は嫌だ。後少しというのに・・・逃げるなんて!」
「ルビ・・・」
ロゼが砲手席で俺を呼んだ。
我慢しろって言われるのは嫌だった。
出来るなら俺一人でも突っ込みたかったくらいだ。
「ルビ・・・まだ諦めちゃ駄目。まだ可能性は残されているの」
魔女のロゼがそう言ったのか。
相棒のロゼが慰めてくれたのか。
「判ってる・・・けど。
我慢できそうにないんだ・・・俺は!」
未だ中央部分では戦車戦が繰り広げられていた。
味方は徐々に押し戻されつつあるが、敵にも損害を与え続けているのが判る。
「ああ、早く。早く来いよノエル・・・」
作戦の中断は俺の心を暗くさせる。
仲間達にも影を落とし、それは厭戦気分になっていく。
ー 俺は闘うんだ!妹を取り戻す為に。
誰が諦めるもんか、誰が見捨てるもんか!
心の中で俺が叫んだ時、ムックが俺を叩いて叫んだ。
「敵重戦車一両、第3小隊方向へ向かう。
新型車両と思われ、車体は黒。そして紅い紋章を付けているモノの如し!」
それは最期まで闘うんだと言った俺への僥倖か?
それとも悪魔の手だったのか・・・
司令部の判断が下される。
闘う兵達には詳しくは知らされずに。
戦場を混乱させる命令は、敵味方共に不幸を呼び込んだ。
ルビは現れる筈の重戦車を待つ。
黒き魔鋼騎重戦車に乗った者を、ひたすら待っていた。
次回 錯綜する戦場
君は望みを果すまで生き残っていられるか?!




