フェアリア第4皇女
戦場で観た車両には記憶が残されていた。
嘗て出逢った少女たちとの記憶・・・
そう、その人は麗しい髪を靡かせ微笑んでいた・・・
戦闘に介入したのはハスボック准尉の小隊だけでは無かった。
「こちらラポム中隊!中央寄りの敵中戦車部隊に対し攻撃を敢行する!」
中央本隊左側に位置していた4号戦車F型を装備しているラポム中尉の9両が、ルビ達と時を同じくして攻撃を開始した。
向って左側の部隊は旧型である3号戦車を以って敵部隊と交戦し、手痛い損害を出しつつあったから。
「いいか、敵の注意を惹きつけて、味方の援護を行う。
今の処敵部隊には魔鋼騎は存在していないようだが、どこかから現れるかも知れん。
攻撃には細心の注意を払え、味方部隊が後退すれば我々は本隊の方に戻る事とする」
一時的にだが、左舷側の攻防に関与すると決めたラポム中尉により攻撃の火ぶたが切られたのだ。
F型の装備する75ミリ砲は、この距離から敵中戦車の側面を破る事が可能で、同じ中戦車の3号の50ミリよりも遥かに有効射程が長いものだった。
中隊の第3小隊長アリエッタ少尉は、交戦する味方の中に一両の3号J型が存在しているのに気が付いていた。
そのJ型は他の車両よりも長い砲を備え、唯一両敵に対して有効な射撃を繰り返していた。
「あ、あれは?!蒼い紋章?まさか・・・あれはあの時の?!」
アリエッタにはレンズに映った3号をどこかで観た事があると感じた。
遠くない過去に観た、車体とそれに纏わる人物とが脳裏に過った。
「確か、新車両を開発する部門の倉庫で。
埃を被った車体と3人に出逢ったんだ、二人の軍曹と少尉候補生の少女に」
アリエッタの眼がJ型に据えられたまま、記憶を辿っていた。
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「俺はバスクッチ上級軍曹です、少尉。今の呼び方じゃ曹長って言うんでしたっけね。
我々は新車両の実験を兼ねる小隊で、この車両を貰い受けたいと思うんですよ」
金髪で無精ひげを生やした男が、J型の装甲板を叩いて教えて来た。
「バスクッチ軍曹、いや曹長。この車体には特殊装備が施されてあるのを知ってるの?
私達のように魔砲の力が無いと扱える品物じゃなくてよ?」
アリエッタは中隊長と共に、装備される新型中戦車の状況を調べに来ていたのだが。
そこに鉢合わせしたのは少女候補生を連れた二人の軍曹だった。
「ええ、少尉殿。そんなことは百も承知でさぁ。
俺達にも魔鋼の機械とやらが必要なんでね、それを装備してあるヤツを探してたんでさぁ」
銀髪で眼鏡をかけた気難しそうな軍曹が答えて来る。
「あ、俺は小隊付き整備班の班長でマック。マクドナード整備軍曹っていいますがね。
このJ型改を貰いたいっていうんですよ、バスクッチ砲手様が!」
手をぶらぶら振って、マクドナード軍曹が砲身を見上げると。
「こいつは47ミリでしょう?今じゃこの砲で倒せるのは軽戦車くらいのもんです。
俺は辞めとけって言ったんですが、砲手様が偉く気に入ったみたいでしてね」
確かに47ミリでは撃ち抜ける装甲厚も、多寡が知れているだろう。
「ですが、バスクッチの言う事では、魔鋼の機械に因って砲が替わるんだ・・・なんて。
信じられない事をぬかしやがるんですよ、まったくもって・・・」
肩を竦めてきたマクドナード軍曹に、アリエッタは苦笑いを浮かべる。
自分にもある魔砲力の存在と機械との融合による変化を、この男は知らないのだと。
「マクドナード軍曹さん、魔砲の力は砲を替えるんだって。
そう実験部の方々が仰られておりましたの、聴いていたでしょ?」
今迄黙って戦車を見上げていた金髪の少尉候補生が、マクドナードへ声を掛ける。
「はぁ、しかしですな。本当に眼にしてみないと・・・実感というモノが」
魔鋼機械の存在は、一部の者に知られている程度でしかなかった。
マクドナードも眼にした事が無かったから、信じることが出来ずにいた。
「魔砲の力を知らないのなら、私がみせてあげるわ。
だから、この車体を受け持ってよマクドナード軍曹さん?!」
金髪の少女が微笑んで振り返る。
「あ・・・その瞳は?!」
私と同じ・・・そう感じたアリエッタ少尉が声を呑んだ。
ー 違う、この瞳に隠されている異能は私なんて比較にならない程だ。
少女候補生の魔砲力は、桁違いの威力を秘めている・・・
「あ、あなた?任官したら軍曹達の上官になるのね?」
アリエッタは自分と同い年位の少尉候補生に訊いたのだが。
「おっほん、少尉殿。明日には任官為されます、リーン殿下は。
そして司令部からの干渉を受けない部隊で指揮される事になっております!」
横からマクドナード軍曹が目配せして来た。
自分が誰と話しているのかを教えようとして。
「で・・・殿下?!今、あなたが言ったリーンって。
ま・・・まさか、第4皇女リーン姫様の・・・ことなの?!」
眼を見開きマクドナードとバスクッチを観てから、少女の顔を観直す。
微かに少女が微笑み頷くのが分った。
「ひっ?!」
唯の少尉と、少尉候補生と言っても、相手は国王の娘。
候補生より任官した少尉の方が位は上だったが、相手は宮様、姫様だ。
「しっ、失礼を!申し訳ございません!」
平伏したアリエッタに、リーンが首を振って応える。
「いいえ、少尉殿。お顔をあげてください。
私は確かに姫ですが、今はフェアリア国の少尉候補生でしかないのですよ?
上官が下級者に平伏されるなんて、軍規にも劣りますから」
金髪の麗しい姫が、一介の少尉に。そして実験部隊に赴くとは?
「貴女様にお願いがございます。
私が姫であることを他の者には内密に。
私が下野するのを、好ましく想っていない者がいますので」
にこやかに微笑む姫士官がアリエッタに釘を刺す。
言われてみればそうなのかもしれないが、それならどうしてこの車両を貰い受けに来ているのだろう。
身分を隠してまで魔鋼騎に乗る理由は何処にあるというのだろう・・・と、アリエッタは思う。
「姫はご自身の力を国の為にと。
リーン姫君は悪意に満ちた者から、この国を取り戻す為にも闘われるのです。
それは俺が熱望した事でもありますが、姫様の御心は固く示されておられるのです」
バスクッチの言葉に、嘘偽りは感じられない。
お付きの曹長は、姫に真髄しているようだ。
「姫に魔砲力が備わっているのは俺が保証しますよ。
それに姫だけじゃなく、新たに補填する乗員はもっと凄いかもしれないのですからね」
姫の魔砲力が如何程のモノかは知らないが、先に感じられた魔力は間違いなく桁違いに思えたから。
「その言葉、私には嘘偽りとは思えないです。
魔鋼騎の最大能力を引き出せると思いますし、もしかしたら最強の魔砲戦車になるかもしれません」
アリエッタは姫が持つ能力を信じて、バスクッチが言ったもう一人についても訊いてみる。
「姫以外にも魔砲使いが補填されるのですか?
一両に二人も魔砲使いが乗るなんて・・・まるで伝説の再来のようですね?」
アリエッタが言うのは、フェアリアに伝えられた伝説を指す。
「リィン女王と最果てから来た魔女。
そう、まるで<双璧の魔女>みたいなお話しだと思って・・・」
アリエッタがリーン姫へ訊いてみると。
「そう、その通り。
私達が欲しているのは正にあなたの云う通りの娘。
軍籍に入った処の少女を密かに求めたの。バスクッチの進言に基づいてね」
「はい、彼女を手にすれば、姫の身は必ず彼女が護り通してくれるでしょうから」
二人に信任される少女とは?
それ程の魔砲使いなら、名ぐらいは知っているかも知れない。
ー 私だって名の知れた名門の出なんだから。
マーキュリア家の長女なんだから・・・大概の魔女なら知ってるわ!
「その少女の名は?フェアリアきっての魔女と謂われる者達でしょうか?」
咄嗟に訊いたアリエッタに首を振る皇女。
「少尉、あなたが先程言われた通りの者ですよ。最果てから来たって言う・・・」
「まさか?!本当にヤポンから来たとでもいうのですか?!」
皇女が今度はにこやかに首を縦に振った。
「彼女は今、砲術学校に居る。間も無く卒業するでしょうから。
引っこ抜く為に手配してあります、勿論内密で・・・ですがね」
バスクッチ曹長が皇女を代弁して答えて来る。
「そんな・・・馬鹿な?フェアリアの学校になぜ?」
訳が判らないと思った。
ヤポン人の魔女が、どうしてフェアリアの学校に居るのかと。
「いろいろな経緯があって。彼女も今は魔砲使いとしては目覚めていないようですけどね」
マクドナードが笑い、魔女がどんな物なのかと肩を竦める。
「アリエッタ少尉、この事は何分内密に。
身内の中にも邪魔をしてくる輩が居りますので。噂がたてば困りますのでね」
曹長が念を押して来る。
「はい!了解しました」
思わず3人に敬礼するアリエッタに、
「お願いしますアリエッタ少尉さん」
まだ、皇女らしい言葉使いの少女姫が微笑んでくれた。
・・・あの日、私の前に居たリーン姫の戦車が此処に在る。
・・・敵と撃ち合い、敵を討ち破っているJ型改がある。
「きっと今あの中には、二人の魔女が居るんだ。
あの紋章の様に、二人の魔女が闘っているんだ!」
砲塔側面に描かれてあるのは、蒼き魔女達。
蒼く輝きを放つ紋章が意味するのは、
「魔鋼騎状態に?!やはりあれはJ型改!リーン少尉の・・・姫君の戦車だ!」
キューポラの観測鏡を通して観ていたアリエッタにも分った。
闘う紋章付き戦車が、姿を替えていく。
「あ・・・れ・・・は?!観た事も無い車両になった?」
敵の前で姿を替えた戦車。
<双璧の魔女>を描いた紋章を輝かせ、敵に向かうその寧猛な車体。
「あれこそ・・・機甲。
あれこそが本当の戦車!重戦車をも打ち破る豹だ!」
75ミリ長砲身70口径砲を備えた姿。
それは敵KV-1にもひけをとらない、恐るべき性能を誇る中戦車。
それは敵の魔鋼騎にも歯向かえる必殺の一撃を放てる魔砲。
現れ出たロッソアの重戦車へと突きかかる姿は、戦場の刃と化した・・・
女神のような・・・
嘗てミハルもそう言った微笑を浮かべ、アリエッタに話したリーン。
3号J型改を欲しがり、自ら戦場に赴くという。
アリエッタは皇女リーンを思い出してその実力を慮るのだった・・・
次回 ロッソアの魔鋼騎VSフェアリアの魔砲少女
あの闘いが再び!マリーベルとミハル。運命の闘いが他の視線で語られる!
君は生き残る事が出来るか?!ナウ!




