遠来
現れたフェアリアの魔鋼騎。
双璧の魔女を模った紋章を浮かべる戦車を見たルビ達は?
ロゼと車長には観えているんだろう。
だけど操縦手席に居る俺からは観えない。
「双璧の魔女だって?!そいつは敵に対して圧倒出来ているのか?」
いくら紋章が双璧の魔女を示していたにしろ、3号では限界があると思う。
「圧倒出来てるかは分からんが、奴だけが敵中戦車を喰い止めておるようじゃ!」
重戦車が来る前に、前衛部隊の中戦車隊を配している様子も初めて知った。
「それじゃあ、中戦車同士の闘いでは勝っているんですね?」
ムックも観えないから二人の報告に頼らざるを得ない。
どんな車体なのか、どんな魔砲使いが乗っているのか。
そして双璧の魔女っていう、紋章を浮かべる車体を知りたいと思っていた。
「いや、勝てているというのは思い違いじゃ。
奴等の方が戦力が多いし、味方の被害もそれに応じて甚大じゃ。
あの一両だけで防ぎきれるものではあるまい・・・残念じゃがのぅ」
話を聴いて、俺は半ばほっと息を吐いた。
「無敵の戦車なんて在りはせんのじゃ。
あの車両に乗っている者達も知っているのか分からんが。
魔女の紋章を浮かべても、必ず勝てるとは思えん」
車長の言葉は、<双璧の魔女>が本物であろう筈がないと教える。
ー そりゃぁ古代の魔女が此処に居るとは思えないし。戦車なんだから・・・
魔女が現れたというのなら別次元だろうけど。
戦車戦を戦う者ならば、敵弾に倒れることもあるだろう。
人が操る鋼鉄の兵器には、無敵なんて言葉は通用しない・・・
「ルビ、味方部隊は相当苦戦中みたい。
もしかするとこっちにまで押し寄せてくるかもしれないわ!」
双璧の紋章を浮かべる一両だけでは防ぎきることは出来ない。
そう思えるロゼの声に、敵との戦闘を覚悟した。
「でも、もしかすると。アイツが防いじゃうかもしれないわね?」
ロゼの眼は碧い紋章を掲げて戦う一両に釘付けになっていた。
ルビ達の控えている丘陵地帯にロッソアの戦車部隊が押し寄せんとしていた。
左舷の戦闘に注視していた戦車猟兵部隊の3突にも命令が下された。
「小隊長!司令部から入電です。
左舷方向の戦闘には介入するな・・・と、言ってきました。
それより中央部の戦闘に即刻応じられたし・・・っと、命じていますが?」
ムックが電文を読んで准尉に伺う。
不審そうに顔を歪ませ、どうしてこんな命令を下して来たのかをいぶかって。
咄嗟に俺は前方の戦車戦を見渡す。
遥か遠方で師団中央隊が撃ち合っているが、これと言って勝ち負けには関係なさそうにも観えるが?
「ムック、確かに命じて来たんじゃな?師団命令として、そんな戯言を言って来たんじゃな?」
「そうよムック。ここからじゃ中央部隊に届く砲なんてないのに?
陣地を放棄して突っ込めとでも言いたいのかしら?」
ロゼまでが命令に対して不審に思うのか、不満を募らせるのか?
「それに、左舷に居る部隊の掩護ならともかく。
遠く離れすぎた戦車戦に撃てる筈がない・・・そんな事も判らないのかしらね?」
遥か彼方にも思える程、右舷と中央部隊の戦車は小さく映っている。
距離で言えば5キロも離れてしまっているか。
此処から撃っても届くには届くが、当てるのは至難の業だろう。
それに比べ、左舷の闘いは2キロくらいしか離れていない。
手を出すのなら、むしろこちら側だろうに。
それに戦況も芳しくないみたいだから。
ー もしかすると、現れてくれるかもしれない。
なにせフェアリア最強の魔女を示す紋章を浮かばせているんだからな。
気付いたのなら、向かって来るかも知れないんだから・・・
俺は師団命令が疎ましく思えてしょうがなかったんだ。
遠く離れた戦闘に介入出来るとも思えないし、こっちには餌が転がっているんだから。
ー あの魔鋼騎にノエルが喰らい付いてくれれば、救い出せるかも知れないのに・・・
この場所から離れるのは、気が進まない。
転進命令が大隊から送られて来れば、陣地を放棄して中央に向かわねばならない。
命令がどれだけ理不尽でも、下される命令は絶対だったから。
「気が乗らねえな。どう感じる魔女ロゼ?」
相棒に宿る魔女に、今度は本気で訊ねる。
「私にはまだ・・・感じられないの・・・姉上の気配を」
本気度を感じ取ったのか、今度は魔女が答えて来た。
「でも、この子が観ていた双璧の魔女は・・・本物。
どうやらとんでもない魔砲少女達が乗っているみたいなのよ?!」
「えっ?!本物・・・って?!」
本物と告げた意味を知りたいと思う。
魔女の魂が感じ取ったのは、魔鋼騎に乗る者の力を顕しているのか?
「古から伝えられる異能を持つ者。それがあの戦車に乗る者の正体よ!」
「異能?じゃあ・・・あいつ等は双璧の魔女なのか?」
俺の問いに、ロゼに宿った者が口を閉ざす。
「ルビ・・・アタシ。今なんだか記憶が途切れちゃってたけど。
アタシの悪口なんて言ってないよね?」
「・・・戻りやがったか。ロゼがロゼッタへと・・・」
不意に出現した魔女ロゼ。
不意に戻った砲手のロゼ。
何時現れるのか神出鬼没な魔女に、ロゼが戸惑いながら訊いて来る。
「きっと・・・ルビがアタシの悪口を言ってたんだ。きっとそうに決まってる!」
「違うってば」
それは断言できる。
ロゼの悪口を言ってる暇なんかないから、今の状況下では。
「ロゼ、味方の魔鋼騎はどうなってる?
味方部隊は退いて来てはいないのか?もう直ぐ重戦車部隊が来るんだぞ?!」
冗談につき合ってる暇はないから。
師団命令が来る前に、左舷の味方へ知らせるべきではないかと思ったんだ。
「ムック!直ちに後退せよと忠告してやるんじゃ。さもないと全滅の憂き目に遭うぞ!」
ハスボック准尉が無線手へ命じ、
「お嬢ちゃん、司令部の命令が伝達される前に。
一発放っておくんじゃ、そうすれば敵も儂等の存在を知る。
攻め込んでは来れんようにしてやるんじゃ!」
「了解です!そうすれば師団命令が来たって断れる理由にもなりますよね!」
ぱっとロゼの顔が華やいだ。
俺の事を思って躊躇していたのだろうか?遠くの戦闘に行くのが嫌だったのか?
「ルビ!この場で左舷方向に向けて。左300度よぉーそろー!」
射撃準備に掛ったロゼが、忽ちにして戦闘態勢に移った。
「射撃準備!目標敵中戦車!
動標的、距離1800!攻撃開始!」
俺達の3突が戦闘に入る。
長距離射撃で敵にダメージを与えられるのか、なんていうのはこの際無し。
敵に俺達が観てるぞって知らせられれば、目的は達せる。
「でもさぁルビ。この際だからアタシ達の事も知らせておきたいよね?」
「うん?!何の事だよそれは?」
言われた事に思い浮かばない俺を観てから、言いやがった。
「それだから鈍感って姉様にも言われちゃうのよ。
アタシ達も・・・魔鋼騎だって言ってやればどうかなぁって!」
ニヤリと笑うロゼに、俺も笑い返して。
「そいつは良いや!車長っどうでしょうか?」
即座にノッタ。
「ふむ・・・それもまた一案じゃの!」
手にしていた徹甲弾を魔鋼弾に取り換えて。
「お嬢ちゃん、それならば見事命中させてやらねば勿体ない。
巧く充てるんじゃぞ!」
装填を終えると砲尾にある紅いボタンを拳骨で叩き込んだ。
ーーブゥオオォンッーー
低く籠った機械音が響き、3突は姿を替える。
「いくわヨ!ルビっ、魔鋼騎へチェンジ!」
胸元の魔法石を押さえて力を求める魔女っ子ロゼ。
蒼き瞳に魔法力を浮かばせ、手にした石から車体へ魔法力が与えられる。
「いけ!ロゼ。奴等に戦争を教育してやれ!」
長砲身化した主砲を敵中戦車に向けた3突から炎と弾が飛び出る。
それはこの闘いにおけるロゼッタ・マーキュリアが放った最初の一撃だった。
荒野に砲煙が棚引いていた。
味方の中隊は殆ど殺られ、残った車両は苦戦中だった。
小隊長である金髪の少女が求めたのは魔砲。
砲手にも自分と同じ様に魔法を求める。
窮地から逃れる為にも、味方を救う為にも。
彼女の求めに砲手である黒髪の女の子も応える。
腕に填めた魔法のブレスレットに祈りを捧げ。
仲間達と生き残る・・・その為だけに。
躰から溢れる魔力は瞳を染め、髪を染める。
古の魔女の如く、少女達は揃って限界を超える。
魔砲の異能は少女の姿さえも替えてしまう。
闘う魔女の衣へと。
魔法衣姿になった蒼き魔砲少女は、自らの意思で闘うのだ。
そう。
彼女達は<双璧の魔女>・・・
古の伝説を受け継いだ、本当の希望。
フェアリアを救う為に復活を遂げようとする<希望の絆達>だった・・・
ルビ達以外も紋章を観ていた。
アリエッタ少尉は嘗て見た事のある車両に想いを馳せた。
その車両に纏わる一人の少女を思い出して。
次回 フェアリア第4皇女
フェアリアの救世主にして後の女神。彼女はまだ幼かった・・・・
特報! 次回リーン登場!
フェアリア皇女にして理の女神の御主人様!始まりの前、リーンはこうしてマチハを選んだ!




