伝説の紋章
鋼鉄の嵐が吹き荒れる。
戦場は若い命を奪い、数多の不幸を生んだ。
機甲部隊同士の戦いの中、新たな伝説が目覚める。
そう・・・古の魔女達が目覚めたのだ。
エンカウンター北方50キロ。
エレニアとエンカウンターとのほぼ中間点にある丘陵地帯に両軍が展開していた。
両軍ともに機甲部隊を先立て会戦するのは、今次戦争始まって以来の事だった。
機動力のある戦車に依り、戦闘の勝敗を決さんとする。
それはどれ程の戦力をこの場に送り込めたかの勝負。
国力の誇示であり、作戦指導部の力量そのものを表していた。
彼我の戦力は、この時点では遜色を感じられてはいない。
車両数だけを観ても大差は感じられない。
だが・・・配備車輛を見て観れば。
圧倒的にフェアリア軍の劣勢に映った。
フェアリア軍には新型車両4号F型は数も揃わず、未だ3号各型が主力。
敵中戦車の正面装甲を破れない3号の50ミリ砲では、正面切っての戦闘は自滅を呼ぶだろう。
その他に装備されている軽戦車部隊の37ミリなら、まして何をか況やだ。
対するロッソア帝国軍は、軽戦車BT-7の45ミリ砲でも、旧式中戦車T-28の45ミリ砲でも。
フェアリアの各型戦車に対しても有効な射撃性能を誇っていた。
それに新型中戦車T-34の75ミリ砲でなら、最大装甲を誇ったフェアリアの試作中戦車に対しても太刀打ち出来ると目されていた。
ロッソア最強の重戦車KV-1ならば、尚更だったが。
両国の戦車を比較しても、この程左様にフェアリア側が不利であった。
戦闘ともなれば、彼我の戦力差は作戦の経過次第によりもっと開くかもしれない。
巧く立ち回れればどうにかなる・・・レベルでは無かったのだ。
これ程の差を生じさせていたのは、この会戦が最後。
この戦闘の後、フェアリア軍は新型車両の開発を急ぐ事になる。
そうなった理由がこの戦闘の結果に因るものであるのは、後の公式文献にも記載されている。
そう・・・この闘いは、悲惨なる戦いになってしまうのだ。
フェアリア戦車兵の多くは、敵と互角に戦えると信じていたのだったが・・・・
「敵の無線交信が激しくなりました!」
ムックの声がヘッドフォンから流れて来た。
俺達は戦闘の開始とともに車内で待機していたんだ。
明け方早くに重砲が炸裂し始め、敵が攻勢に出て来たのが分った。
当然こちらは敵が攻め寄せて来るのを待ち伏せる・・・と、想っていたのだが。
「右舷の味方が撃ち合いを始めたようです!」
ムックに聞かされるまでもない。
俺は観測窓からその光景を眺めていた。
右舷遥かに観えるのは、彼我の戦車が放つ砲撃光。
ぶつかり合った敵味方が放つ主砲の射撃、そして被弾した車両が上げる煙。
「司令部にはどんな考えが合って突っ込ませたのだ?!」
キューポラから双眼鏡で観ているハスボック准尉の呻き声が漏れ聞こえる。
そりゃそうだろう。敵とまともに正面砲撃を交わすなんて無謀の他ありゃしない。
指揮を執っている奴等には、味方車両と敵戦車の性能が判っちゃいないんだろう。
俺は味方の多くが3号戦車である事への不満と、司令部の馬鹿さ加減が嫌になっていた。
「中央でも、会敵開始!味方中戦車部隊が突入します!」
ムックは大げさに振り返り、俺を観る。
その眼には味方部隊の苦戦を物語っているようにも見て取れた。
「敵の主力はどこに居るかだな?」
両軍がぶつかる中で、どの方面に敵が力を向けて来たのかが勝負の分かれ道だと思う。
「ルビ。アタシ達は目の前に来た奴等だけを追い払うの。
他の部隊なんて、この際気にしちゃ駄目なんだからね?」
今迄黙って索敵に徹していたロゼが、戸惑い無く云って寄越した。
「ああ、それくらい心得てるさ。魔女が現れるかどうかなんて気にしてないよ」
ー そもそも出遭う確率なんてあるかも分からないんだし。
本当にそう思うから、ロゼに言ったんだ。
俺だって偶然に期待してない訳じゃないけど、そんなにすぐ現れるなんて思えないからさ。
「コッチの思惑通りにいく訳がないよな・・・なぁ魔女ロゼ?」
ロゼの中に宿る魔女へ伺いを入れてみた。もしかしたら姉の気配を感じているかもしれないから。
「魔女って・・・もっとこう柔らかい言い方ってないの?魔砲少女様とか・・・なんとか?」
魔女に魔女って訊いて何が悪い?
そりゃーロゼッタは俺より一つ年下だけどさ・・・少女って柄じゃないだろ?
「そりゃぁアタシは魔法使いだけど、魔女って呼ばれる悪意のある姿じゃないもーんだ!」
ツン娘が言い返して来やがった。
確かに魔女って呼ぶのは相応しくないかもしれない・・・
「それじゃあ・・・魔女っ子ロゼ・・・これで良いだろ?」
子を付けただけだが、ロゼの声はなぜか納得したようで。
「うん、それなら良しとしよう!」
なにやら笑い声にも聞こえるのだが・・・気の所為か?
「お前達、何をくだらん事を言い合ってるんじゃ?ちゃんと見張りを厳にせいよ?!」
車長が呆れて口を挟んで来た。
戦闘中だもんな。当然だよな。
「左舷方向の一団、苦戦中の様です。どうやら重戦車が現れたみたいです!」
「そうか!奴等の狙いは左舷方向だったか!」
ムックの声に車長が頷く。
敵の主力は左舷に現れたという事なんだな?
― ・・・待てよ?なんだか気になるぞ。
どうして敵は左舷なんて方向に主力を差し向けたんだ?
「あの暗号が届いていたんでしょうか?
敵は暗号を傍受して狙って来たという事でしょうか?」
ムックが俺の気になっていた事を先に言葉にしてきた。
「そうかもな。でも敵がどうしてそれに乗ったのか・・・が、分からねえ」
暗号は中央軍司令部から送られ、師団に来ている作戦指導官あてに届いていた筈だが。
「何の事だか分からない暗号に、敵が乗って来るとは思えないけど。
もしかしたら、とんでもない秘密が隠されていたのかも知れないわね?」
暗号には秘密がある筈だが、俺達にはどうでもいい事だと思っていた。
それがこうも嵌ると、なんだか空恐ろしく感じられる。
「それじゃあ、左舷方向の部隊には書かれてあった小隊が居るんだよな?」
「その小隊にはどんな秘密が隠されているんだろう?」
ロゼも味方の小隊に秘められた謎を想い計る。
「・・・お前達、儂の言った事を無視するな!とっとと見張るんじゃ!」
とうとう小隊長のお小言を喰らってしまった。
3人は即座に持ち場の見張りへと戻るフリをする。
「そう言えばじゃが、左舷の部隊にはエンカウンターの特務小隊が来ておるって聞いたが。
お前達はその小隊を知っておるのか?」
「いいえ、初耳です車長」
暗号電に出て来た小隊との関係は分からないが、車長の告げた特務ってのが気にかかる。
「なんでもその小隊は魔砲使いの部隊らしい。
秘密の戦車を使っているらしいのだが・・・どれかのぅ?」
キューポラで観測しているハスボック准尉には、左舷の戦闘が観えているらしい。
対象の小隊車両を探しているみたいだが、なかなかそれらしいモノを捉えられないようで。
「みんな3号のようじゃが・・・どれなのかのぅ?」
これと言って既存の3号と変わらない車輛ばかりだと言っている小隊長の眼が停まる。
「うむ・・・あれのようじゃ。たった一両だけ主砲が違いよる!」
俺には観えないが、ハスボック准尉の双眼鏡には映っているのだろう。
味方部隊の中で、只一両だけ眼の惹く奴が居るのが分ったみたいだ。
「そんなに強力な砲とは思えんが・・・確実に撃破しておるようじゃぞ?!」
車長には闘うそいつが、敵を倒しているのが眼に入ったらしい。
「うん?!待て・・・奴は・・・紋章を浮かべて居る。魔鋼騎じゃぞ?!」
「魔鋼騎?!ですか、車長?!」
ロゼが訊いた尻から問いかける。
「そうじゃ!あれは間違いなく魔鋼騎。しかも紋章付きの・・・じゃ!」
紋章付きの魔鋼騎と言えば、アリエッタ少尉を一番に思い描くが。
「姉様以外の紋章付き魔鋼騎が居るなんて。アタシにも見せてくださいよ!」
ロゼがせっつくと、車長が手招く。
「はよこい!見えんようになるぞ」
咄嗟に装填手ハッチに駆け上がるロゼの後ろ姿を観て、俺は気が早った。
ー もしかしたら敵の中に居るかも知れない。
フェアリアの魔女を突け狙う奴が・・・来てくれるかもしれないな・・・
ロゼの報告を待つ間、俺の脳裏に過ったのは。
ー ノエル・・・来ているのなら俺の前に現れろ!
僅かな期待に、俺は自分勝手な望みを募らせる。
だが、ロゼの声が知らせて来たのは・・・
「あれは?!蒼き魔女の印?あれは・・・<双璧の魔女>じゃないですか?!」
ロゼの声が俺の耳に届く。
叫ばれた声に秘められたのは、俺にとっては絶望にも聞こえたんだ・・・
「双璧の魔女がどうしてここに?!国を救うと謂われる魔女が戦場に現れるなんて?!」
ロゼも俺も。ムックやハスボック准尉だって知ってるさ。
フェアリアに伝わる古の伝説くらいは。
国を救った魔女達の伝説・・・双璧の魔女の紋章を掲げる魔鋼騎。
紋章が本物なら、如何なる敵にも打ち勝つだろう。
そう・・・ノエルが現れても・・・だ。
魔女が乗るとでもいうのか?
紋章を浮かべて闘う戦車、それは魔鋼騎と呼ばれる魔砲の戦車。
フェアリアに息づく古からの伝説。
<双璧の魔女>・・・それは蒼き紋章を浮かべる戦車と共に。
次回 遠来
君は蒼き魔法の紋章に何を思うだろうか?




