進出ス!
第3戦車師団が展開を終えた。
侵攻して来るロッソア軍と今度はまともに会敵し、雌雄を決する策に出た。
つまりこの闘いで勝利しなければ、形勢はとんでもなく不利になるということだ。
俺達も所属する事になった第3戦車師団には、総計150両近い車両が集められた。
対する敵ロッソア軍には、およそ180両の各型戦車を保有しているという情報があった。
敵も味方もだが、新型車両が行き届いている訳ではないのでパワーバランスは何とも言えないが、
数だけを観ればロッソア軍の優勢は否めない処だった。
「またですか?ルビ兵長?」
俺に文句を言って来るムック一等兵に、肩を竦めて応じてやった。
「しょうがないだろ。小隊長命令なんだからさ!」
砂袋を担いだ無線手のムックが愚痴りながらも戦車壕造りに精を出す。
俺は准尉の命令で、仲間達と3号突撃砲を隠す壕を造っていたんだ。
「毎度毎度、待ち伏せですか?」
ムックが他の部隊みたいに派手に撃ち合わないのかと、恨めしそうに訊いて来た。
「馬鹿やろ、3突にダンスでも踊れって言うんじゃないだろうな?
駆逐戦車が敵戦車とやり合えるのは、この砲がついてるからなんだぜ?
正面切ってやり合えるなんて思わない方が身の為なんだ、判ってるだろうに」
「はぁ・・・まぁ。ですけど敵がまた裏を掻いてきたら。
この間みたいに、逃げるだけに終わらないかと・・・」
ムックの心配は分からない事も無い。
折角与えられた駆逐戦車だけど、作戦次第では防御だけで手一杯になるかもしれない。
反対に、もし味方が善戦して敵を追い落としたら。
「どっちにしたって、待ち伏せ専門には戦局に貢献できるかは敵次第ってことですよね?」
ムックの云う通り。
「俺達は縁の下の力持ちって事だよ。
派手な戦車戦を繰り広げられても、手出し出来るか何てその時にならなきゃ分からんさ」
駆逐戦車には砲塔が付いていないから。
敵の隙を視て撃つしか能力がない、敵に姿を見せずに居られるかが、活躍できるかの分かれ目だった。
「この前みたいに壕が無駄にならなきゃ良いんですがね」
「まぁそう言うなよムック。壕造りも戦闘の一環だと思えば良いんだからさ」
愚痴を溢しながらも手だけは動かしているムックに笑い掛ける。
「でもぉ、ロゼさんはさぼってますけどね?」
「ん?!なんだと?」
素知らぬふりでムックが車体後方に指を向けて俺に知らせた。
車体の陰でなにやらごそごそ動いているロゼが観える。確かに壕造りをしていない。
「あんにゃろ。とっちめて来るか」
車体前方の砂袋もおおかた積み上げ終わった処で、ロゼに歩み寄る。
背後から忍び寄り、文句の一つでも言ってやろうと思った。
「こらっロゼ!なにサボってんだよ!」
車体の陰で観えなかったが、ロゼの他にも数人の少女が居た。
「あっ、ルビ。この子達に教えてたんだ」
文句を言ったのも気にせず、ロゼが数人の子を前にして何やら講釈をたれていたみたいだ。
「教えるって何を?」
しゃがみ込んでいる少女達とロゼの前には、地面に描かれた模擬戦図が。
「だいたい分ったかな?今言った事を頭に入れておいてね?」
少女達に微笑むロゼが立ち上がると、
「基本が肝心なの。敵の動きが読めなかったら無闇に撃ったら駄目。
こちらの一を敵に晒す事になるんだから。もし敵に居場所がバレたのなら直ぐに後退する。
自分達の安全を確保しなきゃ生き残れないからね?」
初陣の少女兵達に戦場のイロハを教えていたみたいだ。
ー そうか、この子達は初陣だったな。まだ戦争の理不尽さに染まっていないんだったな・・・
作業をサボっていた訳が後輩達にアドバイスを与えてやっていたと判り、俺は怒れなくなった。
むしろ怒るより感謝の気持ちで微笑ましくなる。
「ごめん、あの子達が聞きたいからって集まってきたんだ。
作業をさぼる気はなかったの、後から話せば良かったのに。
ほっとけなくなっちゃって・・・昔の自分を観てるみたいで・・・」
謝るロゼが作業に戻ろうと車体前に歩き出すのを、
「もう終わったぜ。そうか、ロゼも古くなったんだなぁ」
呼び止めて感慨を述べると。
「古い?!ですって?悪かったわねお古で!」
何を勘違いしたのか、いきなりツンモードに入りやがった。
「いやいや。古参兵の仲間入りってことだよ。
俺達も新兵に教えを与えれるようになったんだなぁってさ。
ロゼだけじゃないんだぜ?俺だって生き残りなんだし・・・」
僅か数か月の戦闘で、古参兵の仲間入りになった気がした。
数度の実戦を経験して来たという自負もあったから。
「そうなのよねぇ、アタシもいつの間にか撃破数5両の砲手って事になってるし。
新兵たちから観れば古強者扱いにされちゃってるんだよ、アタシなんかでも」
配属されたばかりの少女達にとって、ロゼは古参兵でもあり年長者でもある。
しかも撃破総数が5両を数え、まがりなりにもエース砲手になっていたから。
「それにしてもあの子達って学校を繰り上げ卒業させられて・・・
戦車学校に入れられちゃったんだって。
聞いたところによると、砲の操作がやっと出来るだけの新米らしいの」
新米少女達が戻っていく後ろ姿を観て、ロゼが心配そうに教えてくれた。
「それじゃあ弾が当たるかどうかも分からないじゃないか。
配属されてからまだ一度も砲撃訓練さえしていないんだぜ?」
中隊に配属された3人の少女達に、俺も言い知れない気分になった。
「だから・・・よ。
アタシ達でカバー出来るところは受け持ってあげないと。
ほって置いたら忽ちにして撃破されちゃうかもしれない・・・」
新兵が砲手を受け持つ戦車。
訓練も行き届いていない現状で闘わねばならない少女達に、同情するしかなかった。
「なぁ、ロゼ。俺達はまだ運が良かったのかな?
俺達が初陣を遂げた頃は敵戦車も数が少なかったし、性能も劣っていた。
彼女達みたいにいきなり戦車同志の戦いに出なくて済んでいたから・・・」
死に物狂いで闘った事には違いないが、あの頃と今では話が違うと思ったんだ。
「そうよね。今回みたいに戦車師団同士がぶつかり合う戦場じゃなかったもんね」
憂鬱な顔でロゼも頷いた。
俺達が初陣を果した頃とは、今の戦場はまるで違うと分っていたから。
「あの子達・・・生きて帰れるかしら?」
「さぁな。運のみぞ知るって奴だよ。俺達だって分からないんだからさ」
古参者だからって、必ず生きて帰れるか分からないから。
「ルビさんっ、ロゼ兵長!至急電を、暗号電を傍受しました!」
いつの間にやら車内に戻っていたムックが、無線欄を片手に飛びだして来た。
「何だか良く解りませんが、中央軍司令部からの作戦暗号ですよ。
我々にも知らせたくないのか、海軍の暗号表を使ったみたいですね」
もともと海運学校出で、海軍にも詳しいムックが暗号を解読してみせてくれた。
殴り書きされた文章にはこう記されていた。
~ 発、中央軍参謀本部。宛て第3戦車師団司令部内指導官親展
本文。例の小隊を左方面に配せよ。友軍の支援が為されぬよう手配せよ。
ー皇太子姫の座はエリーザ様へ。それが皇国の為でもあるー ~
読んでも何が何やら。
中央にいる参謀本部は何を考えてこんな暗号を打って来たのか?
師団に来ている指導官に?なぜ師団司令部向けではないのか?
「なんなのよこれって?」
読んだ尻からロゼが疑問符をつける。
「さぁ?俺に言われたって分からないよ」
電文にある小隊とは?どこの部隊の何小隊を指すのかも分からない。
その小隊を左に位置させて、何を目論んでいるのか?
唯、電文にある通りなら小隊には支援が為されないというのだ。
「つまり・・・敵に殺らせてしまえってことだよな?」
「そう読み取れなくもないわね。
その小隊ってのがどこの誰を指してるのかが、問題ね」
ムックが図らずも読み取った暗号に記されている事の意味を慮った二人が空を仰ぐ。
「どちらにせよ、俺達の小隊じゃないだろうさ。
その小隊員じゃなくって良かったなって、事くらいしか思い浮かばないよ」
「そうね、アタシ達は動き回れないから違うだろうしね?」
味方の中に、中央軍司令部から厄介者扱いされている小隊がある事だけは確からしい。
件の小隊に、俺は関心を持たずにいた。
その件は俺にとっては二の次以下でしかない。
「そんな事よりロゼ、俺達はロッソアの魔鋼騎に注意を払わないとな」
「ええ、勿論。ルビの復讐の相手と妹さんのどちらかが、現れるかも知れないからね?」
俺達の狙いはそこに在ったんだ。
それ以外の事なんて眼にもくれないし、どうだってよかったのだから。
「間も無く始まる戦闘で、現れてくれれば良いんだけどな?」
二人で見あげる空は、雲一つ浮かんでいない。
青天の中、鳥の影一つ見かけられずにいたんだ・・・・
どうやら。
この戦場はどこかで知っている?
そう、魔法少女ミハル・シリーズの原点。
「魔鋼騎戦記フェアリア」第1章の。あの戦いですよ!
そこに来たと言う事は?!つまり?
次回 伝説の紋章
君はフェアリアに記憶された救国の王女の伝説を知っているだろうか?
<双璧の魔女>って、誰と誰を表わしているのか・・・知ってるかい?
あの2人が?!満を持して登場するのは、もう少し後です・・・出し惜しみ




