月夜に舞うは魔女 後編
騎士から伝えられた事件の経過。
フェアリアに懐柔されず領地に帰ったファサウェーとオーリエに、ロッソア軍が迫る。
全力で迎え撃ち、侵略を食い止めたのだが・・・
ファサウェーとオーリエがロッソアの軍隊を迎え撃ったのは、それから間の無い日の事だった。
付き従う者達は、次第に倒れ遂には二人だけとなってしまった。
だが、魔女の魔法に護られた騎士は、ロッソアの軍を打ち負かし敗走させたのだ。
小さな領土だと多寡を括って侮ったロッソア軍は敗れ去り、再び襲っては来なかった。
戦争はルナナイト家の勝利に終わったが、そこで何もかもが終わる筈もなかった。
ロッソア軍を打ち破った騎士と魔女は連れ立って屋敷へ戻ろうとしていた。
そこに現れたのはフェアリアの刺客達。
正規の軍ではなく暗殺を目的とする、闇から闇に相手を葬る刺客達だった。
フェアリアの王はロッソアを打ち破ったルナナイトの力を懼れていた。
幾度か懐柔を試み失敗し、何度も刺客を送り付けて来た。
そのどれもが失敗に終わり、刺客の規模を拡大させた。
数名の刺客などではなく、騎士隊規模の人数を送り込んで来たのだ。
しかも、戦争から帰って来るタイミングを計り襲わせたのだ。
ファサウェーとオーリエは、付き従っていた味方達を先に帰らせていた為、護衛の者は一人もいなかった。
屋敷迄あと数キロまで辿り着いた時。
周りを囲んだ騎馬が襲い掛かって来た、二人に向けて。
ファサウェーとオーリエは、良く敢闘したが、多勢に無勢。
フェアリアの私兵達は次から次へと押し寄せ、二人を森に追い詰める。
二人の頭上では、月が赤く濁って見えている。
まるで魔女が呪いを掛けたように、紅く澱んで闇を溢していた。
騎馬達は二人を遠巻きにして弓を番える。
「ルナナイト卿よ!無駄に抵抗するな。我等にはとっておきの仕掛けがあるのだぞ!」
私兵が突然話し出した。
「フェアリア王はな、お前達の子供を預かったと言われている。
その子の命が欲しくば、大人しく我等と共に王城まで来るのだ!」
それはロゼが捕まったのか、離反したのかを告げていた。
「馬鹿な?!妹が裏切る筈が無い。
あの子を護ってくれると約束したのに?」
オーリエは妹の身に何があったのかと心配し、娘の身を案じた。
「王が言うには、お前達の命乞いをした奴が差し出したというぞ?
子供を突き出し、自分と姉の命だけは助けてくれと言ったのだそうだ」
「馬鹿な?!ロゼがそのような事をする筈が無い!」
私兵の言葉にファサウェーが即座に言い返した・・・が。
「ロゼが・・・妹が裏切った?!
私のマリキアをフェアリア王に差し出した?!」
オーリエの瞳が陰る。戸惑いと失望に因って紅く澱む。
「嘘だというのなら、黙って王宮にでも来ればいいさ。
それまで子供が生きているかは知らんがね」
私兵達が一斉に嘲り嗤う。
「馬鹿な・・・嘘に決まってる」
騎士たる主の声も耳に届かないのか、オーリエはガクガクと震えて。
「ロゼが・・・妹が裏切った。
私の可愛い娘を殺したんだ・・・殺そうとしてるんだ」
悪意が戸惑いを越えようとしている。
もし、嘘ではない事が知らされれば、オーリエは躊躇なく悪魔と化すだろう。
「本当だと言い切るのなら、その子が我が娘だという証拠を示せ!」
「善かろう、預かって来たものだ。拝むと良い」
私兵の中から独りが突き出したモノは。
「ああっ?!それは。それはマリキアの服?!」
オーリエが泣き叫ぶ。我が子の服を見せられ、最期の希望さえも奪われてしまい。
「どうだ分っただろう?これが嘘偽りのない真実なのだ!」
囲んだ私兵達が一斉に嘲る。
「おのれっ!畜生共め!よくも我が娘を!」
ファサウェーが娘を案じて叫んだ時、傍らの魔女が嗤い始めた。
「あははっ、あーっはははっ!よくも騙したわね。
よくも裏切ってくれたわね!赦すものか、許せるモノか!」
悪意に満ちた嗤いを浮かべ、紅い瞳を陰らせた魔女がそこに居た。
「私達がお前達の意のままになると思ったか?!
この月夜の魔女がフェアリアなどに従うと思ったか?!
我が子を取り戻し、お前達に災いを齎してやるっ!」
怒りに満ちた声でオーリエが叫ぶ。
「大人しく我等に従わねば、子供には逢えぬぞ?」
怒りに満ちた魔女に臆した兵が命じたが。
「従ってもマリキアは返さぬ気だろうが!」
オーリエは私兵達を睨み、怒りを顕わにする。
「辞めるんだオーリエ。こ奴等の言う事を真にするんじゃない!」
服だけを見せられたとしても、本当にロゼが裏切ったとは言い切れないと思ったファサウェ―が止めたが。
「裏切者に死の鉄槌を!妹だからと気を緩めた私が憎い。
やはりロゼはフェアリアの廻し者だっただけの事!
マリキアを売った者を赦せる筈もない、妹だとは考えない!」
既にオーリエは闇の中に踏み込んでしまっていた。
悪魔に魅入られ、魂を貶めようとしていた。
「待つんだオーリエ、まだそうと決まった訳じゃないぞ。
ロゼにはロゼの考えがあるに違いないのだ、浅はかな考えは捨てるのだ!」
ファサウェーが止めたが、オーリエの心は既に復讐へと向けられていた。
「皆殺しだ!フェアリアに組みする者は皆、私の敵だ!」
魔女の口から悪魔の声が零れ始めた。
「我が娘を返せ!裏切者を寄越せ!仇名す者を突き出すが良い!」
赤毛を振り乱した魔女の怨唆が魔法となって吹き荒れる。
「ぎゃあ?!魔女が本性を現しやがったぞ!」
「弓だ!弓矢で魔女を仕留めろ!もう連れて行くのは無理だ」
私兵達の思惑は逆に魔女を悪鬼と換えてしまった。
呪いの言葉を吐き、私兵達に襲い掛かろうとしていた。
「正気に戻るんだオーリエ。
そのままではお前は悪魔に身を堕とす事になるんだぞ?!」
裏切られ、大事な娘を奪われた魔女が、悪意に満ちて堕ちつつあるのを感じ取ったファサウェー。
フェアリアの私兵達に躍りかかる前に、魔女を正気へと戻そうと試みるだが。
「奴等を討ち果たせば王から褒美がたんまりと出るぞ!
全員で弓矢を射かけろ。騎士と魔女を討て!」
私兵達は己が欲の為に、二人を亡き者にしようとしていた。
「欲の為に人を討つのがお前達フェアリアの兵たる者か?
信義もない者達にルナナイトの名を消されて堪るものか!」
ファサウェーは剣を構えて魔女を庇う。
魔女は手当たり次第に闇を拡散する。
だが、弓矢の攻勢は魔女に集中した。
騎士より悪魔のような魔女が怖ろしく感じた為、挙って矢を向けて来たのだ。
魔法を放ち続けるのにもいくらかの間隔が必要だった。
喩え悪魔に身を委ねているにせよ、無限の魔法では無かった。
放った後、数秒の隙間が空く。
そこを目掛けて矢が飛んで来た・・・数本の。
魔女をオーリエとして正気に戻そうとしていたファサウェーが、咄嗟に庇った。
ドスドスと矢が背に刺さる。
庇いきれなかった矢が、オーリエにも突き立つ。
「あっあなた!」
騎士の背に矢が突き立ったのを観た魔女が、一瞬だけ正気に戻って悲鳴を上げる。
「オーリエ、ロゼを恨まないでくれ。私が誤った判断を下したのが悪いのだから」
ファサウェーが苦しい息の中、妻を諭そうとした。
「ああ、私の騎士よ。どうしてそこまでお優しいのですか?
ロゼまで愛されたとでもいうのですか?私に恨むなと仰るのですか?
こんな理不尽な目に遭わされたというのに、呪うなと仰るのですか?」
倒れ込んだ夫を抱きしめ、魔女は怒り狂う。
「無理・・・無理です。
いくらあなたの頼みでも、この恨みを晴らさずにおけるものですか。
呪ってやる、死んでも呪い、悪魔となってでも復讐してやる!
ロゼを・・・妹だった娘を呪い、魔法を使う娘を恨んでやる!」
ファサウェーが死を迎える時、魔女は完全に堕ちていた。
娘を奪われただけではなく、目の前で夫が殺され逝くのを見せられて。
怒りの感情は、やがて復讐を誓う。
「オーリエ、お願いだ。ロゼに逢って話を聴いてくれ?!」
最期の瞬間に、真実を求める様に諭したが。
「必要ない・・・全て恨みに任せるだけ」
紅い瞳の魔女が騎士に告げて、何もかもが始りを迎えてしまった。
月の夜に舞う。
悪鬼に堕ちた魔女が。
堕ちた魔女は自らを滅ぼして、敵たる兵を駆逐した。
受けた矢は数本を数え、最期に消し去った兵からマリキアの服を奪い返した。
「覚えておくが良い、私は月夜の魔女。
復讐する為に悪魔に身を墜とした魔女。
忘れないぞ、この恨みを晴らす日まで。何十年でも何百年でも。
子々孫々迄呪ってやるからな、フェアリアの魔法使いめ!」
赤子の服を持ち去り、魔女の身体は闇に消える。
心も体も・・・魂までもが、悪魔と化したオーリエ。
妹を恨み、主人の諫言も聴かず。
唯、憎しみを募らせる復讐鬼と成り果てて。
「私の恨みは消えはしない。
いつの日にか、必ずお前達へも同じ目に遭わせてやる!
月夜の魔女が舞い、時の世に滅びを与えてやる。
ロゼが生まれ変わる時、我が復讐が始るのだ!」
オーリエの身体は朽ち果てるように、闇に消えた。
黒い霧となってどこかに消えて行った。
そう。
ルナナイトの墓場に。
再びやって来る戦乱の時まで、恨みを募らせ眠りに就いたのだ。
それはフェアリアとロッソアが紛争を始めた時の事。
人々の中に悪意が芽生え、悪魔が動き始めた時。
魔女の魂が目を覚ました。
ルナナイトの墓場で起きた惨劇。
その時に渦巻いた恨みや呪い、そして絶望に因って。
悪魔と化したオーリエ。
呪いは何時果てるとも無く続いているのか?
ルビは真実を知らされ、魔女の存在を認めたのだった。
そして魔女が宿るのが妹ノエルだと断定し、取り戻す為に立ち上がるのだった。
次回 生存か屍か?!
君は妹を想い、確証を得ようと試みる・・・だが?!




