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魔鋼猟兵ルビナス  作者: さば・ノーブ
第1章 月夜(ルナティックナイト)に吠えるは紅き瞳(ルビーアイ)
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戦車准尉 アリエッタ

戦場で原隊に戻るべく探し回った。


そう・・・原隊よりも、生きているなかまを。

目にした光景は一生忘れられない・・・地獄かとも思えた程だよ。

地上で生きているのは俺だけなんじゃないかと錯覚した位だ。


だえども、まだ砲火は交わされていた。

それは敵も味方にも生きて戦っている奴がいるということ。


逃げ惑った俺が一つの塹壕に滑り込むと、忽ちの内に銃弾が飛んで来た。

運が良かった・・・そう思ったんだ。

タイミングが悪けりゃ、今の銃撃で死んでいたと思ったんだ。


「痛て・・・痛てぇ・・・」


俺の耳に俺以外の声が聞こえた。

声の在処を探ると、塹壕に凭れた男が居たんだ。

真っ青な顔をして、虚ろな瞳を向けた男が。


「痛てぇ・・・マミア母さん・・・痛ぇよぉ・・・」


幼児返りしたのか、男は涙ながらに母へと訴えている。

何処が痛いというのか。どこに弾を喰らったというのか。


見上げていた顔は血の気を失い、蒼白だった。

ブツブツと呟いている男が、急に声を出さなくなった。


「おいっ、しっかりしろよ!」


転げ込んだ姿勢のままで俺が問うと、男は薄く眼を開けて俺を観た。

視線が合った。死の直前に、俺と目が合った男に訊いた。


「お前の所属は?名前は何と言うんだ?」


俺が運よく生き永らえたのなら。その名を墓に刻んでやろうと。


「第1大隊のバルク・・・バルク・ロダーニ2等兵」


俺より年嵩の男が答えた。


「母さん・・・母さん・・・寒い・・・寒いよ・・・」


真っ青な顔を、無くした足に向けてバルク2等兵が呟いた。

そしてそのまま・・・何も言わない物体となった。


死人の顔に浮かんだのは恐怖の色では無かった。

その顔に浮かんだのは、死の瞬間に観えたのか想い人への微笑み。


俺には、恐怖で泣き叫びながら死んで逝く顔よりも空恐ろしく感じたんだ。

人が人として死に逝く顔の恐ろしさをはっきりと覚えている。

忘れるのは、俺が死ぬ時だろう。



バルク2等兵をその場に残して、俺は再び味方陣地へと向った。


連隊の生き残りはどこに居るんだ?

敵も味方も砲火は絶えていないが、次第に弱まって行く。


敵が迫って来ない処を観ると、味方が勝った筈なのだが・・・


生き残っていた陣地に近寄った時の事だ。


「そこの君!生きてるんでしょ。手伝って!」


まるで場違いな声が聞こえて来たんだ。


「君よ、君!そこを匍匐している君よ!」


俺を指し示しているようだが、天使が遂に俺にも引導を渡しに来たのかと思ったほどだ。

声に振り向くと、そこに居たのは上官だった。


見慣れぬ軍服を着た少女が呼んでいるのだ。

広い襟元に、金線一本の准尉だった。

階級は分ったのだが、見慣れぬ軍服の准尉は俺の部隊とは違う。

他部隊の上官に命令される謂れはないが、部隊がどうなってるのかも分からない現状では。


「何をすれば良いのですか?」


准尉に向けて問いかけた途端に。


「ここに来て!装填を!急いで!」


切れ切れに命じられた俺は、起き上がると准尉の元に駆け寄った。


窪地の中に立っていた准尉に招かれた俺が観たのは。


「早く!砲弾を装填しなさい!」


准尉の声も耳に入らない。

窪地に隠れていたのは対戦車砲らしき長砲身の砲座。

そして駐座機の周りに転がるむくろ


長い髪を無残に散らした少女達の死体。

生き残っているのは准尉だけのようだ。


その准尉も敵弾に傷付けられ、立つのもやっとの状態だ。

砲弾を自分で籠める力は残っていないだろう。


「早く!早くしろ!」


声だけは勇ましいが、見れば砲側測距儀も半壊している。

砲弾は何処にあるのかと屍を除けて観ても、もう撃ち尽くしたようで残っていない。

弾が尽きても持ち場を守ったのか、死んだ少女達は。

呆然と砲弾箱を観て立ち竦んでいた俺に准尉が叫んだ。


「奴等が来る!何でもいいから弾をっ、弾を込めなさい!」


金髪の准尉が照準鏡を睨んだまま命令して来る。

ついと砲の前方を観たんだが、どこにも敵戦車は観えない。

いや、居るには居たんだが、既に炎上して撃破擱座された状態で燃えていた。


正面の装甲板に穴が開き、その穴からも煙が伸び上がっているのが観えた。


どうやらこの砲で撃破したようだ。


「准尉殿、前方の戦車は撃破されてますが?」


俺が教えるまで准尉は照準鏡に目を着けたままだった。

多分この准尉も初戦闘で我を忘れてしまったようだ。

部下を失った痛みの所為か、それとも地獄のような戦場に心を奪われてしまったのか。


正気を失って持ち場から離れない准尉に、俺は後退する事を薦めたんだ。

もうこの砲は使えないのだからと。


「准尉殿、負傷の手当てを。

 一旦この場から退いて別の機会に敵を撃てば良いじゃないですか?」


どう勧めて良いか分からなかったけど、このまま此処に居ても何も出来ないのだと教えたかった。

弾が無い砲を守る意味はないのだからと、独りで持ち場を守っていても仕方がないじゃないかと。


「何を言うのよ!部下をほって後退出来る訳がないじゃないの!」


やはり。この准尉は精神が冒されているのだと分った。

部下を死に追いやった罪の意識と、自分だけが逃げる訳に行かないとの粛罪の意識が。

恐怖を超えて精神を冒しているのだと。


俺は気のふれた准尉をこのままにしておくべきなのか迷った。

無理やりにでも後方へ連れて行くべきなのか、それとも無視して自分の隊へ戻るべきなのかと。


「やはり見捨ててはおけない。連れて行くべきだろう」


俺の中で仏心が沸き起こった。

相手が少女士官だったこともある。

見捨ててしまう後ろめたさもあったのは確かだ。


「さぁ、一緒に衛生兵の所まで行きましょう、歩けますか?」


肩を掴んで砲手席から引き離した俺に、准尉が呆然と見つめて来た。


「君?!私をどうしようというの?私はここから離れてはならないの。

 中隊長の命令が来ない限り、持ち場を離れる訳にはいかないの!」


准尉の顔にやっと人らしい感情が見て取れた。

幼い表情を浮かべて、震えるている躰。

闘う事で恐怖を打ち消していたのだろう。

部下が死に逝くのを、どうする事も出来ず見詰めたであろう。

少女士官は震えだし、俺に身を任せて来る。


俺は周りを見渡す。

この砲座以外の対戦車砲陣地が生き残っていないかと。


無残な戦闘は味方陣地を悉く粉砕していた。

どこもそこも、砲弾で破壊されて生ける者の影は観えない。


准尉が生き残ったのが奇跡にも思えてしまう。


「上官に現状の報告に向かわれたら如何ですか?

 もうこの辺りの陣地には誰も残っちゃいないようですよ?」


教えたついでに准尉に肩を貸して起き上がらせた。


「誰も?誰も生き残れなかったの?」


俺の声にぼそぼそと呟いた准尉に。


「そうです、誰も陣地にはいないようですよ?」


生きている者が・・・と、応えてやった。

やっとの事で准尉は俺の勧めに答えてくれた。

左足に疵を負った彼女を引き摺る様に砲座から連れ出し、陣地の後方へ歩き出した。

連隊本部があった筈の場所にまで。


暫く無言でいた准尉が我を取り戻したのか、俺の名を聞いてきた。


「私は連隊に配属されたばかりの戦車中隊に属するアリエッタ准尉。

 こう見えても戦車長なんだ。今日はたまたま戦車を師団に預けたままだったんだ」


俺もその話は聞いていた。

師団に配備された戦車隊は、今日に限って師団に一つしかない整備隊へ車両点検に出していたのだと。

准尉は搭乗員と予備砲員として持ち場に着いていたらしい。

3人の部下と共に・・・


挿絵(By みてみん)


「俺は第2大隊の戦車猟兵中隊員、ルビナス2等兵です。分隊は俺以外は全員戦死しました」


返事に頷いた処を観ても、准尉アリエッタが落ち着きを取り戻しつつあるのが判る。


「私の部下も・・・みんなBT-7にやられたわ。悔しい・・・どうしてなの?

 どうして今日に限って・・・愛機が無い時に限って・・・」


戦車乗りだと言った准尉が、悔しそうに呟いたのを覚えている。

アリエッタ少尉と初めて会ったのは、この時の事だったんだ。

まだ、お互いに自分達の運命を知る前。

自分に課せられた宿命を知るようになるずっと前の事だったんだ。


連隊本部があった筈の場所まで来た。

俺にはそこが、上官たちの居る安全地帯だとばかり思い込んでいたんだ。

惨状を目の当たりにするまでは。


砲弾の直撃を受けたんだろう。

幕舎はズタズタに引き裂かれ、あちこちに手や足が持ち主から剥がされて転がっている。

軍靴の中には血が溜まり、千切れた衣服は染め抜かれて、纏っていた者がどうなったかを教えていた。


俺はその時になって初めて、最早誰も命令を下す者が居なくなっている事に気付いたんだ。


敵に応戦している者達には、組織だっての行動は執りようがない。

身近な者とあてずっぽうに闘っているだけ。


死の恐怖に抗う様に、銃を撃っているだけ。


敵に向けて撃つだけ・・・本能に身を任せて。


<死にたくはない・・・>


唯、それだけの為に。


「衛生兵!准尉を、負傷者を診てくれ!」


我に返った俺が准尉だと知らせると、幕舎のあたりに居た衛生兵が駆け寄って来てくれた。

どうやらまともに指揮を執れる者が皆無のようだ。

士官と名の付く者が生きているのならと、真っ先に駆けつけて来たようだ。


「准尉を後方へ移送してくれ」


肩を貸していた女性士官を、衛生兵に渡して頼んだ。

黙って准尉の様子を診た衛生兵が、部下の看護兵に担架を持って来させた。

どうやら本当に後方の師団まで移送してくれそうだ。


担架が来るのを待たず、俺が原隊のほうに歩き始めると。


「ルビナス2等兵、ありがとう・・・」


金髪の准尉から感謝された。


「いいえ、アリエッタ准尉殿。当然の事をしたまでですから」


俺は准尉の感謝を軽く受け流した。

原隊に歩き始めた俺の後ろから、准尉がもう一度聞こえた。


「ルビナス、またな!」


甲高い声だったのを覚えている。

一人の少女を助けたルビ。

彼女がこの後、自分とどう係わるのか。

そして、次に見つける者とどう係わっていくのかも知らずに。


彼は戦車猟兵ルビナス。

戦車を狩る選抜された者として此処に居た。


次回 ロゼッタ・マーキュリア


彼はその日、自分の運命に出逢ってしまった!

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