魔女の行方
ノエルは闇に。
魔女の魂と共に・・・
一方兄ルビは、指輪に宿る騎士の魂に訊ねていた。
月明かりに時の指輪が蒼く光った。
魔法の指輪を填めたルビが、月を見上げていた。
「ルビ、此処に居たんだ?」
宿舎の影からロゼが歩み寄って来る。
「明日には出撃なのに、寝なくて良いの?」
問いかけたロゼが横に来ると、同じように月を見上げる。
雲が被さった月が、おぼろげに光を溢している。
「ちょっとな、寝れなくて・・・」
「そうなんだ、アタシも気になって・・・ね」
視線を月からルビに移し、少し言い澱んでから。
「ルビ、本当に復讐を果したいの?
家族を殺したという紋章付きのロッソア魔鋼騎に?」
不意に訊かれたルビが、見上げていた顔をロゼに向ける。
「戦争だから・・・復讐相手に巡り合う確率なんて僅かなものでしょ?
巡り合う前にどこかの誰かが倒しちゃうかもしれないし・・・
ルビの思い通りにはいかないかもしれないのよ?
それでも敵討ちを遂げるのを諦めきれないの?」
月明かりに照らされるロゼの表情は、陰りを見せている。
エレニアからの帰還途中で出くわしたT-34を思い出したのか。
死に物狂いで挑んで来た敵が、あっけなく撃破されたのを観たからか。
「もし戦闘中、ルビの前に仇が現れたとしたら。
何も考えずに仇を討とうとするのかな?
周りを観る余裕も無く、仇を討つのに必死になっちゃう?」
ロゼの危惧しているのは、ルビもまた見境無しに突っ込んでしまわないか。
その結果、仇討ちを遂げられてもルビ自体もやられないかと心配しているのだ。
「その時にならないと分からない。
目の前に敵魔鋼騎が現れないと、今の俺にはどうこう言えないから」
ロゼが心配してくれているのはありがたいし嬉しかった。
「唯・・・言えるのは、敵の魔鋼騎を見つけたら間違いなく闘いたい。
3突に乗っていようと乗っていまいと。
手持ちの武器で、仇を討ってやりたいと思ってる」
「それがルビの本心なんだね?敵魔鋼騎を倒したいんだね?
・・・分った、ルビがその気ならアタシも覚悟を決めたわ」
思い悩んでいた顔が、一瞬で晴れた気がした。
ルビを見詰めていたロゼが背伸びをすると、晴れやかな顔になって。
「アタシ、悩んでたんだ。
もしルビが復讐を辞めると言ったら、それはそれで良いかなって思ってた。
でも、人一倍優しい君が闘う理由を失えば、これから何を想って闘うのかなって。
理屈抜きに闘える君じゃないのは、アタシが一番知ってるつもりだから」
ロゼの言葉に目を見開く。
自分でも考えた事が無かった。いや、思いつく事さえなかった。
「初めて戦った時からずっと、敵討ちの為だけに生き残ろうとしてたんだった。
それまで死ねないと考えていたからこそ、今此処に居られてるんだ」
生き残る意味が復讐を果す事にあると、ずっと考えて今がある。
逆に言えば仇を討つ為に闘い、そして生き残って来れた。
「でも、ロゼに出逢ってから、少しづつ変わったんだ。
復讐を遂げるより大切な事を教わったから。
仲間が死ぬのを防ぐ、仲間と共に生きていたい・・・
そう思えるようにしてくれたんだ、戦場の中に居る女神達が」
髪を夜風に煽られたロゼが、手串で掻き揚げながらルビを見詰める。
「俺の考え方を変えてくれたのはロゼという子なんだ。
いつも傍に居てくれる戦場の女神に教えて貰ったんだ。
生きていく為には何が必要なのか、生き残るには何に執着すれば良いのかを。
時を戻してでも護りたい命があるのに、気付かせてくれたから」
ルビの言葉に、魔砲少女は微笑んだ。
「ふぅ~んっ、君は御主人様を護らねばならないと気が付いた・・・のね?」
微笑んだまま、ロゼがツーンと横を向く。
「はぁ?!誰が誰の御主人様なんだよ?」
「アタシよアタシ!ルビはアタシの下僕なんだからね!」
びしっと言い切られたルビが、口をあんぐりと開けてツン娘を観る。
「君には護るべき命の在処が分ったんでしょう?
だったら、これまで以上に務めるのね。ロゼッタ様を護る為に!」
「あのなぁ・・・どうしてそうなるんだよ?」
ニヤリと笑うツン娘に、呆れかえったルビが言い募る。
「はぁ~っ!すっきりしたわ!
今夜は良い夢を観れそう、姉様なんて現れない良い夢を観れそう!」
「・・・なんだよ、それ?!」
ジト目のルビを完全に無視したロゼが、宿舎へ足を向けると。
「そうそう!言い忘れてた。
ルビナス兵長は操縦手、アタシは砲手。
駆逐戦車には二人の阿吽の疎通が必要なんだよ。
それなのにアタシをアリエッタ姉様の砲手になんて推薦しないでよね!
女神の使徒、ルビナス・ルナナイト兵長!」
振り向いて、あっかんべぇーをルビに向けて来る。
確かに昼間、アリエッタ少尉に勧めたのは事実だ。
二人が同一車両に乗っていれば、お互いを気にせず闘えると思ったから。
ロゼが断ってくる前に、アリエッタ少尉の方から断られたのだが・・・
「姉妹で闘えば安心だろうに。変な姉妹だなぁ」
ルビはアリエッタに返された言葉を思い出す。
断ったアリエッタ少尉が言うには、<姉妹喧嘩ばかりしそう>だとか。
二人共本当は仲が良いのに、どうして喧嘩をするのだろうと思った。
その訳を追加で聞かされた。
「ルビナス君をモノにする為に決まってるでしょ!」
「・・・なんかもう・・・修羅場しか想像できないんですが?」
喧嘩の原因がそんな処にあると決められて、同乗の推薦を取り下げた。
仮にロゼとルビがアリエッタ車に乗れば、戦闘の前に修羅場が訪れるのか?
車内で姉と妹が、痴話喧嘩を繰り広げている図を思い浮かべて顔を引き攣らせた。
本当は配置換えさせられるのを、ロゼは拒みに来ただけかも知れない。
「まぁ、ツンとしてても。可愛いとこはあるんだがなぁ」
月に視線を戻し、ルビは想いを戻す。
月夜の明かりに照らされた指輪を掲げ、騎士たる魂に問い直した。
ロゼが来るまで、話し合っていた先祖の騎士に。
「お前の魔女は今どこに居ると言うんだ?
ロゼが来る前に言っていた、俺の知る者に宿っているとはどういう意味なんだ?」
月に照らされた指輪から声が聞こえて来る。
ロゼに邪魔されたが、ルビの聞きたいのは魔女の存在が何処の誰を指しているのかという事。
「「我が子孫ルビナスよ。
魔女の呪いは罪深く邪だ。彼女に宿られた者は復讐を果さんとするだろう。
どこの誰かは分らぬが、栗毛色の髪の少女に憑りついたのは分っておる」」
騎士の魂が答えて来る。
「「魔女が憑りつけるのは同じ魔力を持つ者。
魔女と同じ魔法力を継承する者であるのは間違いない・・・」」
答えられたルビには、それが誰を表しているのかが思い当たらなかった。
「継承者って言っても。魔女には子が居たのか?
アンタと魔女の間に子が授けられていたというのか?」
「「そうだ、我等には一人の子が授けられた。
その子は魔女の妹に因り生き永らえた・・・フェアリア王国で」」
妹に庇われて生き残った子が居るのだと言った騎士に、ルビが眉を顰めて問う。
「その子は俺の先祖なんだろ?
俺達の祖先であることに間違いはないだろうけど。
フェアリアで育ってまた帰って来たのか、ルナナイト家の領地に?」
「「その通り。その子ではないが、何代か後になっての事だがな」」
つまり、生き永らえた子ではなく、その子孫が元の領地に帰って来た。
領主としてではなく、フェアリアの国民として。
現在と同じ一国民として存在するようになった、俺達家族の先祖だという。
「待てよ?その間に、生き永らえた子は誰と結ばれたと言うんだ?
何代か後ってことは、その間にフェアリアにも血筋が残されたことになりはしないのか?」
「「そなたが知りたいのは・・・
ルナナイト家以外にも継承者が居るのではないかと言いたいのだろう?」」
騎士に言われるまでもない。
ルナナイト家以外にも、血筋が別れてはいないのか。
フェアリアにも時の指輪を使える者が居るのではないか?
魔力が血筋に因り継承されるのならば。
「「残念だが、時の指輪を使えたのは故郷に戻った者だけだったのだ。
指輪を使えるのは我と同じ騎士の力を持つ者だけ。
そして時の指輪を使う事が出来た方にだけ、正統なる血族として受け継がれるのだ」」
騎士の魂が教えるのは、騎士の力を授かった血筋の者だけしか時の指輪を使えない。
兄弟として生まれたとしても、片方にだけしか魔力は繋がらないということか。
「だとすれば、フェアリアに残されたルナナイトの血筋にはもう指輪を使う事は出来ないのだな?!
俺が騎士の継承者という訳なんだよな?」
「「如何にも。
騎士たるルビナスに因り、時の指輪は効力を得る。
フェアリアに残された血筋には、魔女の魔法力しか残されておらぬ。
元々が魔女であった我妻の正統たる血筋なのだからな」」
魔女の力だけがフェアリアの子孫へ残されたのか。
「そういえば、魔女の妹が子を匿ってくれたって聞いたが。
俺達の祖先を匿った妹っていうのがその後出て来ないが、どうなったんだ?」
ルビは騎士の話にある秘密に気付き始めた。
魔女の妹は、なぜ姉の子を匿い逃げたのか。
そもそもなぜ、姉妹が騎士の元に集っていたのか?
偶然居合わせたのなら、どうして姉妹揃って逃げなかったのかと。
「「気が付いたかルビナスよ。
魔女と化した我妻と、妹との確執が悲劇を呼んだのだ。
その訳を話さねばならぬ。そなたには聞く権利がある」」
騎士の魂はルビに何を話すというのか?
魔女が闇に堕ちたのも、なにか関係があるというのか?
騎士の魂が語り出したのは、千年近くも前の出来事だった・・・
ついに明かされる魔女の真実。
闇に堕ちる事となった経緯が、騎士の魂から知らされます。
魔女がなぜ恨みを持つようになったのか?
なぜ騎士は時の魔法を使わなかったのか?
その訳を聴いた時、ルビは何を悟るというのか?!
次回 月夜に舞うは魔女 前編
君は幼き子に望みを託せるのか?我が子に力を託せるのか?




