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魔鋼猟兵ルビナス  作者: さば・ノーブ
第4章 Noel
46/133

無惨

攻撃側のロッソア兵も、なぜ見境無しに攻め込むのか分からなかっただろう。

夜闇に紛れて進撃するのか分からなかっただろう。


そう、戦争に訴えたにしても許される筈が無いと。

・・・神の慈悲を願っただろう。

その晩に起きた事を、誰が誰に伝えられるというのか。


勝利というのは闘いが発生した時に使う言葉。

無慈悲な破壊と侵略、そして殺戮は勝利と呼ぶべきでは無いのだから。


ロッソアの兵達も、顔を背けて去って行った。

命令を下した上官達に反感を持つ者、自らの行為に涙する者もいた。


だが、人の皮を被った悪魔のような命令に背けず、手を下してしまった後悔だけが残された。


焼け爛れた街や森。

煙を吐くそれらの中に、いったい何人の罪もない人達が居たのかと。


前進を命じられた兵達は、後を観るのも躊躇いながら歩き出した。

間も無く夜明けが来る。そうすれば惨状を目の当たりにしなくてはならない。

陽の明かりの元で、自分達が何をしたのかを観なければならなくなる。


信心深い者は懼れ、神の粛罪を求めるしかなかった。


ロッソア軍は、抵抗する者も無かった街を焼き払った。


何もかもを奪い去ってしまった自らの罪を、誰にも話したくないと歩み出した・・・






ノエルの耳に爆発音が聞こえだした。


初めて耳にする爆音。

次第に数が増え、徐々に近づいて来る。


音が増えるのに従い、街外れの民家から炎が吹き上がった。

まだ住人が居残っているかもしれない家に、火柱が立ち上がった。


「お母さんっ、お父さんっ!」


闇夜の中で、声の限りに叫びながら落ち合う場所へ走る。


爆音は絶え間なく轟き、やがて街の至る場所で砲弾が弾け始めた。

金切り音をたてて落ちて来る砲弾。

街中が火に包まれ、どこかから泣き喚く人の声も聞こえる。


<<阿鼻叫喚>>


炎に巻かれ逃げ惑う人。

落ちて来た砲弾に家が噴き跳ぶ。

崩れる民家から逃げ出そうとした人の上に再び砲弾が落ちて来て、瞬時に姿が掻き消される。


全くの奇襲攻撃に、街は恐怖の坩堝と化した。


砲撃はしばらく続いた。

ロッソアとの境界線から始められた砲撃は、次第に街の中心部へと向けられていく。

悲劇は居残っていた住人をパニックに貶めたことから、より悲惨になって行く。


砲撃が小康状態になった頃。

生き残っていた人達は逃げ場を求めて、右往左往していた。

そこにロッソア軍がなだれ込んで来たのだ。


戦車を先頭に据えた兵達は、動く者が居れば銃砲撃を加えた。

撃った相手が民間人であろうとも、お構いなしに撃ち殺して行ったのだ。


街の東側に居た者達から順に、凶刃に倒され惨い有様になっていく。

逃げ場を失い逃げ惑う住民は、一か所に追い詰められては機銃掃射を受けた。


老いも若きも。

男も女も・・・


生きている者を根絶やしにするかのような理不尽極まりない暴虐。


夜の闇に紛れて攻めかかって来たロッソア軍に、街は蹂躙され尽そうとしていた。



山の中腹にある先祖の墓地で、両親は待つと言った。

そこまで辿り着ければ、二人と一緒に居られる。


必死に走るノエルには、それだけしか考える余裕などなかった。


走る間中、爆音の中に紛れて人の泣き叫ぶ声や苦痛に呻く声が、絶えず聞こえて来る。

助けに行かなければと思うけど、周りに落ちて来る砲弾を避けるのも神頼みだったから。


「ごめんなさい!助けてあげれなくてごめんなさい」


すぐ傍の家が崩れて中から炎が噴き出している。

その家の中からも、女の人の声が助けを叫んでいた。


熱い、苦しい、痛い・・・焼かれてしまう・・・


絶叫が背中に突き刺さる。

助けてあげたいけど自分だって逃げるのが精一杯だったから。


謝りながら、ノエルは燃える家の傍を駆け抜けた。


背後から断末魔の叫びが聞こえ、家が燃え崩れていく。

家と運命を共にした女性は助かりようがないだろう。


「ひぃっ?!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」


あまりの惨たらしさに、ノエルの心は恐怖を超えてしまう。


「逃げなきゃ・・・お母さん達の所へ行かないと」


燃える街の中で少女は逃げ惑い、一歩でも早く辿り着こうと両親の元へと走った。


東側の住人を全滅させたロッソア軍は、数に任せてなだれ込む。

防衛する筈のフェアリア軍が存在しないのに、砲撃や機銃掃射を繰り返して住人を駆逐していく。



生きている者はロッソア軍に見つかるまいと逃げ惑う。

見つかってしまえば、たちどころに殺されていくのだから。



ノエルの眼にも、街になだれ込んで来た兵隊たちが何をしているのかが観えた。


無抵抗な男の人を銃で撃ち殺し、傍に居た老人を銃剣で突き殺した。

差乍ら地獄かと思えてしまう。


人の姿をした悪魔が襲って来たのかと目を瞑ってしまう。

だが、次の瞬間に考えるのは。


「次はアタシが殺されてしまうかもしれない」


見つかれば襲われてしまう。

見つかったのなら自分も悪魔に殺される・・・


意を決したノエルは墓地へ向けて一心不乱に駆け抜ける。

どうせ死ぬのなら、両親と共に死にたいと願って。




山の頂から火の手が上がった。

墓地のある山に火の手が点いた。


麓からではなく、頂上部から炎が舞い上がった。


「ああっ?!あそこは墓地がある山なのに?!」


両親がそこで待っている筈だから。

今からそこへ行くのだから・・・と。


ノエルは叫びながらも足を停めずに駆ける。


「お父さん!お母さん?!」


声の限りに呼んだが、まだ届くような距離では無かった。


「あ・・・うそっ・・・うそ・・・」


頂から燃え上がった火事が、墓地まで広がっていく。

近付いたノエルの耳に、何名かの声が聞こえて来た。

フェアリア語を叫ぶ女の人の声と、言葉が通じない男が喚く声。

入り混じった声と共に、悲鳴も聞こえた。

昼間に話したナムキーの声、さっき家に言った時には会えなかった友達の声が聴こえる。


友の声は絶望を吐いていた。

ナムキーは恐怖と絶望に染まった叫びをあげる。


「ナムキー?!何が?」


燃え盛る山の中で、パンパンと何かの破裂音が聞こえた。

いや、破裂音なのかはわからない。音が何を指しているのか知りたくも無かった。

墓地がある付近で、数十回の光が瞬き轟音が響いた。

その度に悲鳴が聞こえ、その度に炎が舞った。


「お父さん?お母さぁーんっ?!」


少しでも、一目でも。両親に駆け寄り言葉を交わしたかった。



闇の中で蠢く者達が居る。

手に手に小銃を持ったロッソア軍人達が墓地から降りて来るのが観えた。

燃え盛る木立の中から、悪魔の様に湧き出て来る。


ノエルは咄嗟に身を隠した。

見つかれば唯では済まないと思い・・・


上官らしい男が、兵達に先立って駆け下りて来る。

拳銃を翳し、何事かを叫んだ男は、麓にある自宅を指して走っていく。


「あっ?!あれは?」


いつの間にか、家の近くに巨大な戦車が現れていた。

闇夜に浮かぶ紫色の紋章を砲塔に描いた、KV-1重戦車が家に迫っていた。


「まさか?!辞めてっ、撃たないで!」


小声で頼んだノエルの眼に、KV-1の砲先から破壊が迸るのが映る。


瞬時に家が崩れ去り、忽ちの内に燃え上がった。


「ああ、何て酷いの?!」


生家が燃え崩れ、自分の居るべき処を奪われたと感じた。

紫色に浮かび上がる紋章は、槍にとぐろを巻く蛇を表していた。


「忘れないから、こんな酷い事をした奴を。

 戦争が終わったら取り返してやるんだ!罪を償わせてやるから!」


家を燃やされた怒りが、ノエルの心に火を灯した。


「そうだ、お父さんやお母さんは?!」


怒りに自我を取り戻されたノエルが、辺りの気配を窺う。

ロッソア兵達は、山を下って街の中に向かっている。


「今の内に・・・・」


挿絵(By みてみん)


墓地のある林に走ったノエルが、そこが知っている場所なのかと躊躇った。

焼ける林から立ち上る煙は、まるで闇に染まった霧の様。

墓地らしき物の周りに漂う匂いは生臭く鉄のよう・・・


「お母さん?お父さん?どこ?」


揺らめく炎に模られた地面には、何かが無数に転がっている。


「お父さん?お母さん?!」


墓地の陰に黒焦げになったモノが二つ折り重なって倒れていた。


「ま・・・さ・・・か・・・?」


炎に巻かれたらしいモノが、手と手を取り合い死に絶えていた。

近くにあった木に炎が燃え移り、辺りを一気に照らしだす。


「ひぃっ?!」


そこは墓地。

今死んだ者達の・・・惨殺現場だった。


ぬかるんだ足元には、誰かの腸が滑っていた。

地面に含まれた血糊が、靴に纏わり着いた。


此処まで逃げて来た数十人の人達全てが倒れている。

銃撃で殺され、手榴弾で吹き飛ばされ、炎で焼かれた人達の惨たらしい姿が転がっている。


「だ・・・誰か?生きている人は?・・・いませんか?」


虚ろな目で周りに問いかける。

凄惨な現場は、煙に霞んで静まり返っていた。

生きている者が居れば、息使いでさえ聴こえそうだったのに。


「誰か・・・お父さんやお母さんを知りませんか?」


墓の横に息絶えている黒焦げの死体に訊いてしまう程、ノエルは心神喪失状態になっていた。


「た・・・す・・・けて。お母さん・・・痛いよぉ」


微かに聞こえた声にノエルが駆け寄る。

その声は確かにナムキーだと分かるから。


「ナムキー!しっかりしてよ!」


駆け寄ったノエルは、友の姿に息を呑んだ。

折り重なって死んでいる人達の中で、友の身体が観えた。

半身を焼かれ、腹部に銃痕を穿かれた少女の息絶える前の顔を観て。


「寒い・・・喉が渇く・・・水・・・水を頂戴?!」


ナムキーが期後まつごの水を欲しがった。


「ナムキー!アタシよノエルだよ!しっかりしてよ。

 アタシの両親はどこに居るの?!」


微かな期待を込めるノエルに、ナムキーは微笑んで。


「そこに。お墓の前に居るでしょ?

 真っ先に撃たれたわ、ノエルの御両親が・・・ね」


なぜ微笑んで答えたのか?ナムキーが微笑む訳が判らない。


「どうして・・・ノエルだけが?

 あなただけが生きていられるのよ?!みんな死んだのに・・・

 あなただけが生きていられるなんて・・・不公平だわ」


ナムキーは、微笑んだのではなかった、嘲笑ったのだ。

ノエルを恨めしく想い、両親と死に別れたのがいい気味だというように。


「私はお母さん達の元へ逝くわ。

 ノエルは生きていればいいのよ、アタシ達の恨みを背負って。

 独りだけ生き残った罪をいつまでも背負うが良いのよ!」


がっと見開いた眼をノエルに向けたかと思えば、急に声を発しなくなる。


・・・死んだのだ。


暫く呆然としていたノエルは、友だったモノの傍から立ち上がる。


「友達も死んだ、お父さんも死んだ。お母さんまでもが死んでしまった」


幽鬼の様にふらつきながら、ノエルは呟く。


「どうしてなの?誰が悪いというの?

 なぜアタシだけが残されてしまったの?」


霞む煙に巻かれて、ノエルは途方に暮れる。

いっその事、両親の後を追おうかと思った。

友に蔑まれてまで、独りで生きていける訳がないとも考えた。


「誰が?!誰を?憎めば良いの?

 アタシが生きる為の意味を教えて・・・お父さんとお母さんの命を奪った奴が憎いよ!

 憎いっ!憎いっ!憎いっ!!」


ノエルの眼が赤黒く澱む。


「二人を奪った奴に復讐を果すのがアタシの生きる道なのだとしたら。

 ロッソア軍が仇だというの?それとも誰が本当の仇なの?

 教えて!誰でも善いからアタシに仇の在処を教えて!」


黒焦げになった両親の亡骸に手を手向けて、ノエルが叫ぶ。


<<紋章を持つ者、全てを滅ぼすがいい・・・>>


頭の中に女の声が響く。


<<私の復讐とお前の仇は同じモノだ。同じ宿命を持ったのだからな>>


語る者がノエルへ言い放った。


<<お前は私と一緒になって、フェアリアの魔女達を討て>>


瞳が赤く染まる。血の様に真っ赤に。

少女の魂が悪意に染まり、闇に穢されてしまった


<<ノエル、お前は今より月夜の魔女となれ。

  魔女となり撃ち果たすのだ、フェアリアに居る裏切った魔女を!>>


墓の中より<陰>が現れる。

纏わり着く陰が、ノエルの影に同化した。


「アタシは・・・月夜の魔女。

 フェアリアの魔女を討ち滅ぼす、闇の権化・・・悪魔なり」



影を長く伸ばしたノエルが嘲笑う。

魂を魔女に呑まれた少女は墜ちてしまう。


そう・・・兄に希望を託した事さえも忘れてしまい・・・


辺り一面、戦闘とも言えない虐殺に因って造られた屍の山。


ノエルが観たモノ、耳にした苦悶の声。

そこは本当に故郷だったのか。つい数時間前まで平和に暮らせていた場所だったのか。


闇の中でノエルは立ち尽くす。

悪夢の中から目覚める事も無く・・・


次回 堕ちる妹と復讐の魔女

心神喪失した君はどこに向かうと言うのか?誰に助けを求めるのか?!

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