別離
ルビナスは陸軍に召集される。
戦争になるかも知れないというのに。
妹は黙って見送るしかないのだろうか?
15歳の妹には、母の謂わんとしているのが分からない。
自分には異能がないから?
この指輪からの声が届かない?
・・・どうして?アタシには聞こえないの?兄さんだったら聞こえるの?
兄妹のどちらかが異能を引き継げるだけなのか・・・と。
「魔法使いがどうして軍隊に必要なの?」
頷いた母に問い直してみた。
「魔法を表す機械が造られたそうだからよ?
僅かでも異能を認められたのなら、軍隊に採られてしまうそうなの」
母はどこからそんな話を聴いたのだろう?
誰から知らされたのだろう・・・
ノエルは呟く様に話した母の顔を観る。
「ノエル、あなたにはきっと先祖から引き継いだ異能が眠っているの。
騎士の魔法力じゃない、魔女たる者の魔砲力を引き継いだに違いないわ」
見詰めた母が、自分にも魔力が備わっていると断じた。
「魔女の?魔砲力??」
それがどんな力なのかが、皆目見当がつかない。
「そうよ、魔女の力。
古から伝わった魔法を放つ力が、ノエルには隠されているのよ?」
じゃあ、それはどうすれば使えるのか?
口まで出かかった声を呑んで、ノエルは指輪に視線を逸らした。
「フェアリアは戦争に訴えるでしょう。
ロッソアに勝てもしない戦争で応えるでしょう。
そうなったら、ノエル迄もが招集されてしまうかもしれない。
魔法を使えるのが知られてしまえば・・・」
まだ15歳の少女に、国家が招集をかけるだろうか。
タダでさえ女の子なのに、無理やり戦争に放り込むのだろうか?
「フェアリアの宰相は、国を滅ぼそうと企んでいるに違いないわ。
考えてもご覧ノエル。
戦争に訴えられるのは、勝つ見込みがあると判断出来た時だけじゃないの?
勝利もおぼつかないのに、開戦へと導くなんて。正気の沙汰じゃないわ」
マルアは顔を背けた娘に言った。
「ルビナスは、そんな狂気に飲み込まれて行こうとしている。
断る事も出来ず、時代の中に消え去ろうとしているのよ?」
息子が出征する前だというのに。
母親は息子の運命を嘆いていた、還らぬ人になるかもしれないと。
勝つ見込みのない戦争に投げ込まれてしまう息子を案じて。
「じゃあ、今晩兄さんが帰ってきたら停めれば良いじゃない?!
なんとか言い訳を造って、軍隊なんかに送り出さなきゃ良いじゃない!」
振り返ったノエルが、母に言い募った。
「兄さんの身が案じられるのなら、行かさなきゃ良いだけじゃないの!」
母の心配に、娘は言い返した。
「駄目なのよノエル。
もしルビナスが行かなかったら、あなたが行く事になるのよ?
兄のルビナスが兵役に行ってくれなかったら、
ノエルが無理やりにでも戦場に駆り出されてしまうのよ?」
母の言葉に、先程告げられた魔法使いの宿命を重ねる。
「ルナナイト家の伝説を知る者は多いの。
魔法使いの家系だと知る輩は、見逃そうとは思わないでしょう。
ルビナスはあなたを庇う為にも召集を受け入れたのよ?」
マルアの言葉に、ノエルは声にならない叫びをあげる。
アタシの為に・・・兄さんが?!
魔法使いの血を受け継いだばかりに、大好きなルビ兄さんが?
混乱した頭の中で、兄の面影に手を指し伸ばして求めた。
少女が、兄が軍隊に採られた理由を知る。
どちらかが軍隊に採られるのは必定だった事を・・・
「戦争が長引かなければ、ノエルは行かなくて済む・・・
あの子はそう考えてもいたのよ、だから行きたくもない徴兵検査に行ったの」
そして母の案じた通り、兄は検査を通過してしまった。
一般の徴兵検査とは違う、とある検査をルビナスは受けたのだとも教えて来たから。
「男子には魔法力が備わる事が、極めてまれだった。
私もそう考えていたからノエルに指輪を託したの。
でも、ルビナスだけは違ったのよ?あの子にも魔力が引き継がれていたの。
我が家に魔法使いの血が残されていると知った者に、検査を受けさせられたの。
その結果・・・ルビナスは徴兵される事になった・・・魔法使いとして」
ノエルの眼に、涙が湧きかえる。
兄はもう、行かねばならない。逃げることも叶わず、戦争に行かねばならないと知って。
「ルビ兄さん・・・自分に魔法が備わってるのを言って来たんだね?」
頷いた母が、娘に告げる。
「覚悟は出来た・・・って。あの子は晴れ晴れとした顔で言ったのよ?
ノエルには黙っていて欲しいって言われたけど。
今、言っておくわ。
・・・自分が死んでも泣かないで・・・って。
自分が死んだら、ノエルは戦争に行かなくて済む・・・とも。
・・・あの子に言われたのよ・・・ノエル」
母は、悲しげに儚げに教えてくれた。
「馬鹿・・・本当に大馬鹿・・・なんだから。ルビ兄さんって・・・」
頬を涙が伝う。
ノエルは兄の苦渋を想い、涙が止まらなくなる。
「ノエル、あの子には笑顔で。
もう明日には往ってしまうのだから・・・今晩だけでも笑顔で傍に居てやって?」
泣きながら何度も頷いた。
もう、どうする事も出来ないと。
せめて見送るまでは、涙を見せずにおこうと決めた。
「ルビ兄さんが往ってしまうまで・・・普段通りでいよう」
蒼き指輪へ兄の無事を願って。
見送るまで。
涙を堪えているつもりだった・・・けど。
堪えられる筈もなかったし、もう無理だと分っていた。
兄が出征する時が来た。
汽車が蒸気を吹き出し、出発を告げる。
「ルビナス、身体を大事にね?」
母が車窓から身を乗り出した息子に、別れを惜しんでいる。
「お前が帰るころには、父さんも帰れるだろう。無事で帰って来るんだぞ!」
父が帽子を取って手を振っていた。
地方運輸局に務める父が、駆けつけてくれたのだ。
「親爺も!母さんとノエルを護ってくれよ!頼んだよ?!」
支給された訓練兵服を着たルビナスが、笑い顔で両親に手を振った。
「ノエルも!親父と母さんの面倒をみてくれよ?」
黙って両親の背後に隠れている自分にも。
願ってくれた兄の笑顔には、みせまいとしていたのだが。
「言われなくても判ってるよ、ルビ兄さん」
必死に堪えていたのだが、もう無理。
自然と足が動いていた。
出発し始める客車に向けて、兄が乗り出した車窓に向けて。
「兄さんっ!お兄ちゃん!ルビ兄ちゃんっ!」
両手を突き出し、兄の元へ。
涙が零れ堕ちても、差し出した手は兄を求め続ける。
「ノエル?!」
「お兄ちゃんっ、行かないで!行っちゃあ嫌ぁ!」
兄妹は、手を携い合えた。
徐々にスピードを増す車体に併せて、ノエルの足も駆け足になる。
「ノエル・・・帰って来るから。約束だから・・・」
「駄目駄目っ!往かないで!約束なんていらないよぉ!」
妹は駄々を捏ね。
兄は妹の手を放し難く。
「ノエル、手紙出すから。帰れるまで・・・だから待っていてくれ!」
ホームの端が迫って来た。
兄は妹の手をそっと離す。別れがたい想いを振り切るように・・・
「ああっ?!ルビ兄ちゃんっ、嫌だよぉ?!」
妹はホームの先端まで走り続けて泣いていた。
兄の手から伝わった想いを感じて。
手を放す時にも、兄は自分を想ってくれていたのだと・・・思えたから。
車窓から観えなくなるまで手を振り続けていた兄に応えて。
「約束・・・約束よ兄さん!きっと帰って来てよ!」
昼下がりの陽が、振られ続ける指先を照らした。
蒼き輝く魔法の指輪を、輝かせ続けていた。
その日はルビナスが郷里を離れた日でもあった。
二国間戦争が、本格的に始まった日でもある。
そう、兄妹が別れた日は、フェアリアとロッソアが干戈を交える最初の一日目だったのだ。
必死に追いかけても・・・もう戻らない。
出征すれば生きて帰ってこれるのかも分からない。
それは戦争が始まる日。
二国間戦争が勃発する日のことだったのだ。
次回 兄が残した手紙
君はその日に旅立った兄を慕うだろう。自分をどう想ってくれていたのかを知って・・・




