妹 ノエル
やっと原隊へ帰還できたと思ったら。
なんだか騒がしくなってきた?
新入隊の女の子達にロゼが引き攣った顔で見てくるのだけど?
俺がなんかしたってのか?
エレニアが陥落してからというもの、戦線は後退の一歩だった。
どこかで戦車連隊が一人残らず殲滅されたとか、暗いニュースばかりが飛び込んで来ていた。
それでも尚、厭戦気分にならずに済んでいたのは。
「新入り、お前達は学校で何を教えられて来たんだ?」
仲間の古参兵が新入隊して来た女の子達に訊ねた。
「女の子ばかりで・・・情けないなぁ。
フェアリアには男の子はもう居なくなったとでも言うんだろうか?」
もう一人が呆れたように幼い少女達を観て嘆いている。
「あ、ロゼ兵長の事を言ったんじゃないですから」
まだ新入り扱いだったムックが執り成してきたが。
「情けなくて申し訳ありませんね、ツーンだ!」
誰彼ともなくツン状態のロゼ。その理由は?
「ちょっと!ルビっ、こっちに来なさいよ!」
またまた俺に有るのかよ?
ジト目で観て来やがるロゼに、仕方なく付き合うと。
「ルビィ~ッ、あの子達を物色してたでしょ!」
・・・はぁ?!
「あんな色気も無い幼女のどこが良いのよ?!」
・・・はぁ?!幼女は言い過ぎじゃないのか?
「あんな娘達となんて、比べる方が間違いって気が付かないの?!」
・・・何を言いたいんですか?
「ルビはアタシの下僕だって言ったでしょ!アタシの許可なく見ることを赦さないんだから!」
・・・ツンとデレが抉れたか?いつから俺を私有物にしたんだよ?
黙って聴いてたらとんでもない事を言いやがる。
呆れてモノが言えないとは、こういうモノを言うんだな。
「分かった?!ルビは息をするのもアタシの許可が・・・」
ロゼがツン状態で言い募っていると。
背後に殺気が・・・
「誰の何の許可がいるんですってぇっ?!」
・・・またややこしくなりそうな・・・
アリエッタ少尉が仁王立ちで睨んでいる。
「あ、いや。その・・・これには訳という物が・・・」
びくついたロゼへ、お構いなしの一撃が。
「訳?!ほほぅ、教えて貰いましょうかねぇロゼッタちゃん」
「ひぃっ?!お姉様っ怖い?!」
またもや・・・姉妹が漫才を繰り広げるのか・・・
でも、ここは俺としても言っておかねばならん、訊かねばならん!
「ロゼ、言っておくけど。新入隊の女の達は皆戦車兵だってさ。
お前の後輩達じゃないか、面倒を見てやれよな。
それからアリエッタ少尉、少女兵の配属は戦車隊なのではありませんか?
どうして猟兵隊に配属になったのです?」
真面目な問いに、姉妹がキョトンとして眺めやがる。
「ルビ・・・熱でもあるんじゃない?」
「ルビナスがまともな質問をしてくるなんて・・・何か変なモノを食べた?」
・・・あああっ?!全然話にならん!
「もう良いです。後は宜しく・・・」
ポカンとしたままの二人をその場に置いて、車庫の方へと歩を進めた。
戦場から帰還した俺達に待っていたのは、軍の再編成って奴だ。
新たな機材配給に見合った人員の確保。
まだ年端も行かない少年兵達が繰り上げ卒業の後に、軍隊に召集させられたんだ。
なんでも、魔法力を持つ者を優先的に戦車兵に仕立て上げ、部隊へ送り出している。
俺達の部隊にも戦車は有るのだが、魔鋼騎はたったの一両。
ロゼが砲手を務める俺達の3突、唯一両。
少女達が魔法使いかどうかは知らないが、あんな女の子が最前線で務まるのだろうか?
自分が経験して来た戦場を思い起こし、少女達が生き残れるかが不安になった。
「そういえばロゼやアリエッタ少尉が、どう思いながら闘って来たのか訊いてなかったな」
始まりの戦場から、ずっと共に闘って来た仲間である二人。
死線を潜りぬけて生き残って来たロゼは、戦場に出るのが怖くないのだろうか?
「そう言う俺は?戦場へ連れ出されるのをどう想った?
地獄のような戦場を観て来た俺は?再び戦場に行くとなれば、どう思う?」
数度の戦闘を切り抜けられたのは運が良かっただけ。
次の闘いでは死が待っているかもしれない。
「俺が闘った敵の様に。死んでしまった仲間みたいに・・・
無残な屍を晒してしまうかも分からないのに。
戦場へ連れ戻されるのにも、何も感情が湧かなくなってる?」
戦争という理不尽な世界に放り込まれた。
悲惨過ぎる闘いに身を置いて来たから。
「生き残った者は、みんな俺と同じなんだろうか?
戦争という化け物に飲み込まれてしまったんだろうか・・・」
戦場で仲間や敵が疵付き倒れる姿を観て、次は我が身なのだと恐怖に怯えていたんだ初めの頃は・・・
でも、何時の頃からか忘れたが、恐怖は薄れ怯えは麻痺してしまった。
いや、恐怖は未だにある。必死に闘う内に抑え込めるようになっただけだ。
生き残る事に必死になって、忘れようとしているだけ。
生きることを諦めたら、その時点で死神が寄り添いやがるだろうから。
「果たして、あの少女達には判るだけの時間があるか?
生き残る道を知るまで・・・戦場という地獄で生きていられるだろうか?
心を闇に貶めて、心無い罪を背負ってしまうのか・・・」」
少女達の無邪気な横顔を思い出した俺には、どうしても信じたくなかった。
新兵が初陣を終えた後、俺達と同じようになってしまうのを。
死に慣れ、恨みを抱き・・・心を闇に閉ざされた、魔物と化してしまわないかと。
「敵にも女の子が居る。魔法使いの少女達が乗る戦車がある。
いずれ俺もその子達を討つ・・・あの少女達みたいな穢れなき子まで・・・」
自分の手を観て想った。
この手で何人の敵を殺して来た?この手で何人の人を殺めた?
ロゼを救う為?自分自身が窮地を逃れる為?
全ては言い訳にしか過ぎないだろう。
戦争だから・・・なんて、態の良い逃げ口上だ。
握り締めた指に、時の指輪が光っている。
この指輪があったから、助かったのかもしれない。
時の魔法を、俺自身の為に使った・・・はっきりとは断言できないが。
薄っすらと記憶されている、何度か願ったのを。
唯、時の魔法を唱えて過去へ戻っても、やり直しただけだ。
今居るこの時間の流れが正しいとは言い切れないし、やり直された訳も知らない。
「いつの日にか、この指輪を手放せたとすれば。
戦争という地獄から解放された・・・時だろうな?」
蒼き指輪は何も語らない。
宿った騎士も、今は喋りかけて来ない。
再び地獄の蓋が開く時、俺は誰と何の為に生き残らねばならないのだろう?
運命の狭路は、間違いなく分岐路に近付いていた。
俺の意図しない場所で、蠢き始めていたんだ・・・・
フェアリアとロッソアとの国境。
ルナナイト家が永年治めて来た小さな街。
紛争地帯から僅かに逸れたここでも、異変は起きた。
それはルビナスが徴兵検査を受けた次の週・・・
母は窓辺から観ている。
手にした裁縫用具を取りこぼし、哀しげな顔で娘が郵便配達人から受け取っている姿を・・・・
「お母さん!ルビ兄さんが検査を通っちゃったの!」
金髪に近い栗毛の妹が涙目で、居間に駈けこんで来た。
「そうよ。あの子も成人になったって事なのよ?」
母が、飛び込んで来た娘も観ずに、裁縫を続けて答える。
「でも、急に徴兵制度を始めたのには、戦争に向ってのことなんでしょう?」
兄が軍隊に採られてしまうのを、妹は嫌がっているのだ。
「近所のおじさん達が言ってたもの。戦争になるんだって・・・だからっ!」
兄が戦争に駆り出され、帰って来れなくなるのでは・・・そう怯えている。
「戦争?!いつもの小競り合いでしょ?」
昔から国境を巡っての紛争が絶えた事が無かったから、母はそう答えたのだろう。
「でも・・・今度ばかりは違うんだって。
ロッソアの景気が悪くなって、衛星国からの徴収金が足らないらしいの。
だから、もっと衛星国や支配地を増やさなきゃならないらしいの」
昔から、ロッソア帝国という帝政国家が執って来たのは。
他国に侵入し、懐柔を図る。つまり侵略戦争を幾度となく行った。
周辺国は巨大な軍事力を持つ国家に、生き残る道として衛星国に入る選択を余儀なくされたのだ。
この度起きた紛争は、戦争の口実を求めたロッソアが仕掛けて来たとの噂が立っていた。
「もし、本当に戦争になったら。
ここにもロッソア兵が押し寄せて来るのかな?」
兄は戦争に採られ、住む場所も奪われかねない。
「ノエル、この地は御先祖様からずっとルナナイト家が護っていたのよ。
今はフェアリアのものになっているけど、本当は我が家の領地だった。
あなたにも話してあげた事があったわよね?」
何代か前、フェアリアとの領土争いで破れたルナナイト家。
今は名だけが残されている、領主たる血筋の末裔。
「ルビナスにも言った事があったけど、ノエルも知っておかねばならないのよ。
この国には悪魔が住んで居る。
騙し討ちで、御先祖を亡き者にした奴が居るの。
我が家の仇。未だにフェアリアに存在する仇がね」
母が話したのは、家に伝わる家宝に描かれた伝記。
どうしてこの地が、フェアリアに奪われたかを記した古門書。
「いいこと、ノエル。
兄がフェアリア軍に召しだされても、あなただけは往ってはならない。
もしもノエル迄フェアリアに召集されても、拒否しなければいけないのよ」
蒼い瞳の母が諭す。ノエルの紅い瞳を見ながら。
「招集なんて来る訳がないじゃない。
アタシは女の子だし、兄妹揃って軍が呼び出す訳がないじゃないの!」
兄を軍隊に採られ、残った妹までも軍が執る訳がない。
普通なら当然の事だ。もし二人共死んでしまえば、家系は断絶してしまうのだから。
「ノエル、今は普通の闘いじゃ済まなくなったそうよ。
国中の魔法使いをかき集めて、戦場に出させるようなの・・・」
戦争と魔法使いが、どんな関係があって言うのだろう?
妹は不思議そうな目で母を観た。
「この戦争に因って、世界が終焉へと向かう。
魔法使いを機械へ捧げてまでも、欲深き人達は為そうとするの。
神の逆鱗に触れると判っていないのよ、国の中枢にいる者達には」
相手国の中にも、フェアリア皇国にさえも。
愚かな者は己の欲に溺れ、戦争という災禍を企てている。
母の言葉に、ノエルは黙ってしまう。
「私には聞こえるの。時の指輪が教えてくる声が。
ノエルに引き継いで貰ったけど、聞こえて来なかったかしら?」
何を母は言っているのだろう?
填めていた指輪を観てから、母に訊く。
「この指輪から?お母さんはどうやって聞いたの?」
裁縫を停めたマルアが、ノエルの手を取る。
「こうやって。ノエルに触れれば、指輪の声が聞こえるのよ?」
ノエルの前で、母の眼が一段と蒼く染まる。
「魔法・・・そう。私には時の指輪の声を聞く事が出来る。
普段は絶対に人に話してはいけないのだけど。
あなたなら聞こえているかと思ったのよ?」
母に首を振るのが精一杯。
「ノエルにも魔法使いとしての血が流れている。
私の先祖である魔法使いの血と、騎士たるルナナイト家の血が。
もし、ノエルに訊く事が出来ないのなら、兄へ渡した方が良いのかもしれないわね?」
マルアが微笑んで言う。
ノエルは指輪を見詰めて訊き返した。
「お母さん?!魔法使いの力が軍隊に必要なら、兄さんは?
兄さんは魔法使いだから軍隊に採られちゃったの?!」
娘の真剣な瞳を見て、母は微かに頷いたのだった・・・
ルビ達はこの際置いておきましょう。
戦争が始まった日。
ルビの家族は本当に死んでしまったのか?
魔法の指輪はどうしてルビの元に辿り着いたのか?
全ての始まりがここから語られていくのです。
次回 別離
君は大切な人へ手を指し伸ばす。届かぬ想いと知りながらも・・・




