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魔鋼猟兵ルビナス  作者: さば・ノーブ
第3章 騎士と魔女
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呪われし二つの魂

追いかけてきた敵戦車に挑むアリエッタ。


ロゼは遠距離射撃に徹しようとする・・・

殺意というか、殺気というのモノなのかは分からないが。


突っ込んで来る敵戦車から迸って来る、邪な気配を感じていたんだ。

俺達にとって、災いを齎す者と知るからこそ。


「アリエッタ車も反転する模様です!」


目視したムックが、いち早く俺に知らせて来た。

斜め右前方を走っていたアリエッタ車が、敵に対して反航戦を挑むようだ。


「どうやら彼女にも分かったようじゃの。

 奴の狙いがアリエッタ車にあるのが・・・」


自分に向かって追いかけて来るのが見て取れたのだろう。

アリエッタ少尉は決断した、仲間に被害を与えないようにと。


「ムック!姉様に思い留まるように言って!」


「駄目です!もう反転し終えましたから!」


二人の会話を耳にしながらも、俺は一つのポイントとして覚えた。

アリエッタ車が敵に向けて方向転換した数十秒前の時点を、記憶に残しておいたんだ。

必要にならないように願いながらも。


「時の指輪よ、俺が望めば即刻あの時点まで連れ戻せ・・・・」


魔法の指輪に命じてから、俺は操縦桿を操った。

敵に正面を向ける為に。砲撃を掛けるロゼの為に。






濃緑色の車体。

軽快なスピードを誇る新型中戦車T-34。


主砲の短砲身75ミリ砲を向けて近寄ろうと試みている。

相手は7両、そのうち6両はフェアリアの新型中戦車。

相手にするには荷が重い、だが突撃は辞められない。


車内は無言に近い。在るのは唯憎しみに満ちた復讐心だけ。


「殺してやる!赦すもんか!」


砲手である車長の娘が、怒りに震えて吠える。


「兄さんを殺した奴を赦せるモノか!」


敵に向けて突進する車内には、4人の搭乗員が居た。

砲手を兼ねる車長の娘には、照準鏡に映る車体だけが観えている。

他の3人も、同じ思いなのか。唯黙って指揮に従っているようだ。


「そうです車長!マルコイ中尉の仇を討つのです!」


無線手が機銃を握り締めて頷くと。


「小隊長の仇を討たねば、私達も帰る事が出来ないのですから!」


装填手は帰れないという。


「帰還出来たとしても懲罰隊に送られるくらいなら、死んだ方がましです!」


操縦手が懼れるのは、自分達だけでは済まない国の掟。

全滅させられた隊の中で一両だけ無傷で帰れば、上官達に因って懲罰部隊に送られてしまう。

それが如何に怖ろしい事なのか・・・軍紀は絶対を求めていたのだ。


「懲罰隊に送られたら、階級は剥奪され一兵士として最前線に送られる。

 それだけじゃ済まず、身内の者を強制労働所送りにされてしまう。

 そんな事になるくらいなら、闘って死んだ方が良いに決まってます!」


それはロッソア帝国における軍紀。

上官の命令は絶対で、反抗や意見具申など認めてはいなかった。

そこ迄は何処の国でもありそうな話だが、ロッソアの軍はもっと過酷だった。

不可抗力で闘えなかった者にまで罰を与えた。

止むを得ず後退した者を卑怯者と罵り、厳罰に処したのだ。

軍籍を剥奪し、次の闘いでは必ず死なせる配置に就かせる。

それだけではなく、家族の物にまで非国民扱いし、労働を強制する場所へ閉じ込めたのだ。

非国民の烙印を押された家族は、強制労働を強いられて死んでいく事になる。


そうなる事を望む奴はいないだろう。

家族にまで悲惨な想いをさせるぐらいなら、死んでしまおうと願うのも間違いではなかろう。

ロッソアの軍隊が、他国の投降者を認めないのにはこうした側面もあったのは確かだ。

自分達は投降なんて出来ないのだから、敵にも同じように死を与えるべきだと兵士達が思っても可笑しい話ではない。



今、一両の戦車が突っ込んでいくのには、こうした背景も作用していたのだ。


「私は兄さんを殺した奴を刺違えても殺してやるだけよ!軍がどうとかなんて関係ないわ!」


茶毛を戦車帽からはみ出させた車長が叫ぶ。


「目標は紋章を浮かばせた奴って事だけしか解んないけど。

 多分アイツだと思う、兄さんを殺ったのは!」


少女車長が照準鏡に捉え続けているのは、フェアリアの魔鋼騎。

長い砲身をこちらに向けた中型戦車。

砲塔に蒼き紋章を浮かばせた、魔女の乗るとされる魔法の戦車。


「悪魔め!魔女め!私の兄さんを還せ!」


怒りと恨みで霞んだ声は、さながら悪鬼の様に震えている。


「レオン少尉!レオン・マルコイ少尉!奴がこちらに向かって来ます!

 蒼い紋章を浮かべたフェアリアの魔女が、正面から向かって来ます!」


少女車長の名を呼んだ機銃手の眼に、反転して来たフェアリア軍の戦車が映り込んでいた。

7両の内、只一両が反転して来る姿が。


「ならば!刺違えても殺るだけよ!」


レオン少尉は、悪魔に取り付かれたかのような紅い目で敵を睨んだ。

自分を喪った者がみせる、呪われた声と共に・・・







「アリエッタ少尉車との距離を保つんじゃ!」


命じられるまでもない、そうは思うがやはり性能差は如何ともしがたい。


「無理です!こちらより段違いに早いんですから!」


泣き言を言うつもりはないが、こればかりはどうする事も出来ない。

反転したアリエッタ車は、敵に向けて猛スピードで迫っている。

接近する2両の距離はみるみる迫る。

その距離は早、1キロを切っている。


数秒の後は、両車が舷を交えることだろう。


ー 俺に出来るのは唯一つ。魔法を使わずに済むように祈るだけだ・・・


一瞬でも遅れないよう指輪へ唱える為に、目を皿にして見詰める。

なんとか取り残されないよう着いて行くのが精一杯だったから。


「ルビ・・・ルビナス。停めてくれない?」


ロゼが俺に言って来たんだ、停めろって。


「何を言うんだよ?!この距離で命中させられるのか?」


いくら魔鋼の力を使っているとはいえ、此処からでは離れすぎていると思った。


「させられる・・・じゃなくて。命中させてみせるから」


ロゼの声に振り返った俺の眼に、蒼く輝く瞳が飛び込んで来た。

今迄観た事も無い髪色のロゼが、俺を観ていたんだ。


「姉様を奪われたくないから。

 奴が姉様を討つというのなら、アタシはアイツを赦しはしない」


決然と告げたロゼの顔に、蒼く輝く瞳が燃えていた。

まるで古から伝わる魔女のように、姿を替えた少女がそこに居たんだ。


「ロゼ・・・お前?!」


言葉を呑んで魔砲の力を持つ少女を見詰めた。

俺の良く知ったロゼとは違う魔法少女が、照準装置を握り締めているのを。


「了解!停車するからなっ。車長、良いですね?!」


「うむ、任せる。頼むぞ!」


返答して来たハスボック准尉も、ロゼの変化に息を呑まされたのか。

いつもの声より重く返して来る。


アクセルを緩め、ブレーキを踏み込む。クラッチを切りギアをローにぶち込むと。


「停車っ!目標までの距離800!」


振り返ってロゼに促す。


「この距離なら、砲側の射撃角度で事足りるから。

 車体を動かさなくても撃てる範囲に収められてるから!」


びっくりした。ロゼは近寄る程に対処が困難になるのを恐れたのかと。

狙撃するのに徹したのだと分かったから。

砲塔を持たない駆逐戦車本来の戦闘を、ここでみせるのだと言ったのだから。


「アリエッタ車が、敵に応射開始!」


ムックがヘッドフォンを押さえて叫んだ。

両者の間で撃ち合いが始ったのだと知らせて来た。


操縦席前方スリットからも観えた。

2両が互いに牽制しあい、チャンスを捉えて射撃しようと近寄って行く姿を。


ー ロゼはどのタイミングで撃つ気なのだろう?


2両を観測しながらも、俺は気になっていた。

指輪へ力を込めて、最悪の事態を回避する為に準備しながらも。


「アリエッタ車射撃!」


ムックが叫ぶより早く、俺は指輪を突き出す。

その時が来てくれるなと思いながら・・・


「射撃用意!」


ロゼの声が車内に響く。


敵味方の2両がすれ違いざまに射撃したのが観えた。

何発かの弾が悉く回避された2両同志が、突き当たらんばかりに近寄るのが観えた後で。


最初に弾が当たったのは、T-34の方だった。

アリエッタ少尉が撃った75ミリ砲弾が、T-34の後部エンジンパネルを吹き飛ばした。


続いて敵T-34の放った弾が、アリエッタ車の側面を滑って跳弾となったのが観えた。


「やったぞ!」


誰しもがそう思ったし、俺も敵を倒したと思ったんだ。


「撃ちます!」


怒りを込めたような叫びが、ロゼから発せられたのを聞いた時。

射撃ペダルを踏み込んだんだ、ロゼの奴が。



 ズドムッ!



射撃音が車体をくゆらせた。

エンジンを破壊された敵に向けて・・・


ー なぜ?!


一瞬、俺はとどめを刺す一撃を放った訳が判らなかった。

敵はもう動けない筈なのに?射撃する理由なんかないと思ったのに。


飛び征く砲弾を見詰めた俺が、ロゼの撃った理由を知った。


停車し炎上しても、敵は砲塔を旋回させてアリエッタ車に砲撃しようとしていたんだ。

後部を見せて走り抜けるアリエッタ車へ、諦めず射撃して果てようとする敵の姿を。


指輪を発動させるか、一瞬迷った。

取り返しのつかなくなる前に・・・時間を戻すのかを躊躇って。




アリエッタ車は走り続ける。

緩やかに旋回を掛けて。


自分が放った砲弾と、仲間がトドメの一撃を加えて撃破した車両へ敬意を払いながら。


キューポラにアリエッタ少尉が観える。

燃え盛るT-34に敬礼を贈る姿が。


「どうして脱出しなかったのよ、どうして逃げ出さなかったのよ?」


射撃を終えた姿勢のまま、ロゼが悲し気に呟いた。


「そんなに恨んでいたの?あなた達にとって生き残るのは罪だとでもいうの?」


ロゼの眼に涙が光っている。


「殺したくなかった・・・本当は。

 アタシも護りたかっただけなの・・・姉様を。

 だから・・・許して・・・ごめん、命を奪ってしまって」


こんなロゼは初めて観た。

いつも気を張ってばかりのロゼが、戦いの場で泣くなんて。


「ルビ、復讐ってこんなにも脆く潰えるものなの?

 どんなに敵を憎んだって果たせるとは限らない物なんだね?」


俺へ何を知らせたいのか。

ロゼの涙は、敵だけに向けられたものではないと判るのだが。


「復讐なんて思わなければ死なずに済んだ?

 最期の瞬間に生きることを諦めなかったら死ななかったの?

 アタシには解んないよ、魂まで闇に染めて仇を討つのが、正しいのかなんて」


死んだ者への同情なのか?

それとも自らの手で、死を与えてしまった後ろめたさなのか。


勝った者の傲慢さとでも思うが良い、ロゼを知らない奴なら。

だけど、ロゼは傲慢さや後ろめたさで言ったんじゃない。

自分の未来、そして俺の未来を警告してくれたんだ。


復讐心が齎す災いという物を。

闇に魂を貶めた者が辿る、最期って奴を。

いつの日にか闇は、ひかりに打ち破られるって・・・・




アリエッタ車に追従して、俺達は仲間の元へ帰った。

帰り道、振り返って来るアリエッタ少尉にも、ロゼは顔を向けようとしなかった。

辛く悲しい現実に、漸く目覚めさせられて。


俺の女神は打ち沈んでいたんだ、悪魔に出会った娘の様に。

闇を懼れる少女の様に・・・・


そう・・・なにかに怯えていたんだロゼは。


戦争という化け物に飲み込まれた、かよわき少女の顔で・・・








噴き上げる炎。

燻ぶり続ける塗料の臭い。

そして・・・焼け爛れた人の臭い。


紅い瞳は募らせる。

何もかもを奪い去った仇を睨み。


「忘れしない、この恨みを晴らす迄は・・・・」


息も絶え絶えの声が、呪いの言葉を吐く。


「死んでも呪ってやる。お前達の未来を、死んだとしても末代まで呪ってやる」


ボロボロの戦車服を纏った娘が、煤けた身体を地に這わせて呪った。


「兄さんを、仲間を殺した奴等に死の報いを!

 それが叶うまで死に切れる物か!どんな事をしたってお前達の前にもう一度現れてやる!」


死に切れない想いだけが固まったみたいな娘。

呪いに因って、闇へ貶められた魂を持つ人形ひとがたは、血を吐く様に叫んでいた。




「見つけた・・・・やっと」


燃えるT-34と、リオン少尉を観ている者が居た。


「これで条件は揃ったわよ?!将軍」


呟く声は、地の底から聞こえてくるように低く重い。


「やっと見つけたのよアタシは。

 闇の力を手に出来る。この娘をアタシにくれればね?」


夕闇が迫る中、影が望遠する先にあったのは。


「フェアリアの魔鋼騎。あの中にアタシが狩りたい奴が居るの。

 アイツがあそこに居ると判ったのよ、喜びなさいな将軍。

 あのにとっても仇、アタシにとっても復讐する相手。

 きっとこれから面白くなっていくわよ、戦争っていうお遊びが・・・ね。

 あははっ、あーっはっはっはっ!」


フェアリア軍車両を見詰めて、影が嗤った。

夕闇の残り日に姿を見せた影。

長い髪を風に靡かせ、紅い瞳で嘲笑う。


「レオン・・・あなたの命はアタシの物。

 この月夜の魔女が貰い受けたからね・・・

 レオン・・・いいえ、今日からあなたは光に反する名を授けてあげる。

 Leonじゃなくなり、Noelになるの。そう、闇の魔女ノエルになるの。

 アタシと同じ名の、闇の者となるが良い!」


人形だった影が揺らめき、姿を消した。

霧の様に霞んで消えた影が、レオンに忍び寄り影となって同化した。


ばさりと俯いたレオンの顔に髪が纏わり着く。

俯いたまま、何かを見詰めるレオンの眼が、紅く澱んでいる。


「月夜に舞うは魔女・・・月夜に捧げるのは魔女の魂」


夕日が堕ち、魂をも貶めた少女の怨唆が呟くのだった・・・


挿絵(By みてみん)

出て来ましたね遂に。

ルビの妹ノエル。影の存在と言う事は・・・やはり?!


彼女の身に何が起きたのか?

次章では少女が辿った悲劇に、お話を移す事にしましょう。


次回 第4章Noel ノエル

君は家族がどうなったのかを知るだろう。妹の身に何が起きたかを知るだろう

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