間違った選択
魔鋼騎状態となった3号突撃砲。
駆逐戦車の特性状、砲を向けるには動かなければならない。
砲さえ敵を捉えられれば・・・
魔鋼機械が替えた。
魔砲の力がロゼから迸り、砲を替えたんだ。
俺の眼にはロゼそのものが変わったような気がした。
魔砲の力を放つ少女に因って、攻撃力も防御力もパワーアップされたと思う。
「魔鋼弾を装填するっ、対戦車穿甲榴弾(APCR)じゃぞ!」
込められた魔砲の徹甲弾。
ハスボック准尉が装填した弾は、魔砲の力に因って形状が変わる特殊弾だ。
「これならそう容易く弾き返されん!
残弾は8発!撃ち尽くせば魔鋼状態を解除せねば弾種が合わんからな。
注意するんじゃぞ、魔鋼少女さんよ?!」
魔鋼の砲手となったロゼに、車長が注意を促す。
「はい!8発全てを敵に命中させてみせます!」
蒼い瞳を照準器に当て、魔法の力を放つロゼ。
建物の中に籠った状態で敵を待ち構える俺達には、ロゼの力だけが頼りだった。
後進で壁を破り建物をトーチカ代わりに用いた俺達に、敵が徐々に包囲を狭めて来る。
「4対1か・・・どれだけ保てられるだろう?」
俺の横では、ムックが味方に状況を刻々と報じ続けている。
少しでも早く救援に来てくれるのを祈りつつ。
敵新型中戦車T-34小隊は、建物の側面から射撃を始めた。
壁をぶち破り、側面を攻撃しようとしたようだが。
ガンッ!ガガンッ!!
3両の砲撃は壁を撃ち抜く事が出来ず、外壁を壊す程度で留まった様だ。
「じゃが、いつまで保てるのかは分からんぞ!」
車長の言う通りだ。
外壁を壊し尽されたら、建物自体が崩壊してしまうかもしれない。
そうなれば隠れていたのが徒となり、崩れたビルの下敷きになってしまうかもしれない。
こちらの意図を読んだのか、敵は正面には姿を現さず建物に攻撃を続けて炙り出そうとしているようだ。
「こっちから出て行こうとすれば、それこそ奴等の想い通りになるんじゃ。
でた瞬間を捉え、側面攻撃で撃破を目指す気じゃぞ?!」
准尉の考えは恐らく的を得ている。
砲撃を続けて、建物ごと生き埋めにするか。
こちらが慌てて出て来た瞬間を捉える気か。
「袋のネズミじゃのぅ・・・立て籠もり作戦が裏目に出てもうたかのぅ?」
准尉が済まなそうに俺達に詫びて来るが、
「いいえ、こうでもしていなかったら当にやられてたかもしれませんし。
それに味方が来てくれたら助かるかも知れません、まだ諦めるのは早いと思います」
照準器を睨んだままで、ロゼが返す。
「そうですよ、まだやられたとは決まっていないんですからね」
最期の瞬間まで諦めてはいけないのだと、誰かに聞かされたんだ。
諦めてしまえば、そこで何もかもが終わってしまうのだと。
「諦めず、辛抱しましょう。ビルが崩れるまでは、このまま待機しておくのが良いと思います」
正面に向かたままの態勢で、現状の打開を待つより方法がない。
我慢しきれず飛び出せば、一両は刺違えられるかも知れないが、残りの2両に撃たれてしまうだろう。
敵もそれが解っているから、側面攻撃に終始しているのだから。
「味方中戦車から無線です!動かぬように・・・って言って来ました!」
ムックが地獄に仏とでも言うように、俺達に希望を与える無線連絡を教えて来た。
もう直ぐ、待ち構える3両の攻撃に攻撃を掛けてくれるのだろうか。
「敵が味方に注意を向けたら、討って出ましょう!」
このままビルに潜んだままなら、下手をするとビルの下敷きになる惧れがあった。
「うむ。タイミングは任せるからのぅ、二人で連携するんじゃぞ!」
車長が判断を下し命令を下すより、射撃する砲手と操縦手に委ねた。
一秒でも惜しむ為、砲手の眼と勘に託したのだ。
「いつでも良いからな。俺がロゼの手と足になってやる!」
本気でロゼの狙い通りに動かしてやると誓った。
魔鋼の少女に、全てを託してやろうと思ったんだ。
「ルビが?!・・・そう、じゃぁ・・・ダンスしようか?」
俺に冗談を言って来られるだけ、ロゼには余裕があるのだろうか?
「アタシの手足になってくれるのなら、華麗に舞いなさいよね!」
どうやら、本当に余裕があるみたいだな。
「華麗かどうかは分んねぇけど。ドリフトターンだってやってやるぜ?」
冗談にはジョークで応えるべきだよな?
「ルビ、言ったわね?!じゃあ、見せて貰うからね!」
おいおい、まじですか?冗談だってば・・・
それでも俺はロゼの望む通りの動きを見せようと決めたんだ。
そうでもしなきゃ、生き残れないと判ってるから。
「来た!味方より攻撃開始の合図です!」
ムックの声とほぼ同時に、敵の射撃音が途絶した。
と、時を移さず側壁を通して破壊音が聞こえて来た。
「今よ!ルビっ突撃開始!建物から出てら右急旋回!」
何も考えない。俺はロゼの声に併せて操縦するだけ。
キュラキュラキュラ!
キャタピラが軋み、ビルから飛び出る。
飛び出すタイミングで右操縦桿を牽きつけ、左側を思いっきり押し込んだ。
ギャリギャリ
キャタピラが地を噛み、急旋回が掛かる。
車体の動きに合わせて砲身が敵に向けられていく。
装填された魔鋼弾を敵に叩きつける為に。
前方観測スリットに3両のT-34が入って来た。
その内の1両が後部から煙を吐き出している。
完全に撃破されていないのか、砲塔が後部に向けられていくのが判った。
「捕まえた!停車っ、撃つわ!」
叫んだロゼの声に、急ブレーキをかけた。
車体のブレが治まる前に、魔鋼の少女が矢を放った。
ズドンッ!
目の前に発射煙が観え、僅か十メートルくらいの所に居たT-34に火花が散った。
一番厚い正面装甲に穴が開き、間髪を入れず誘爆して果てる。
猛烈な破壊が敵を襲う。弾薬が誘爆した敵の砲塔が噴き跳び炎に塗れた。
残った最後の一両は、後ろから撃って来た味方に対処しようとしていたのだが、
目の前に起きた爆発に恐怖したのか、砲塔の旋回を中断して再度こちらに向けて来る。
「装填を急いで!敵に撃たれる前に!」
ロゼが准尉に急かすのだが、敵が砲塔を旋回させる方が早そうだ。
「この距離から撃たれたら、弾き返すのは無理!」
ロゼの眼は撃たれてしまう恐怖に見開かれている。
俺の眼も敵に釘付けになっている。
出来れば敵がミスを犯してくれないかと祈る気持ちで。
砲塔を後部に向けていた最初の一両に、再び弾が当たったのはこの時だった。
2発を喰らったT-34は、堪らず砲身を項垂れさせた。
キューポラのハッチが噴き上げられ、炎と煙が舞う。
砲塔正面を撃ち抜かれたのか、砲身を垂れさがらせた敵車体からは誰も脱出してこない。
敵は2両を撃破され、残ったのはこの一両。
砲塔を旋回させ俺達に向けて来る・・・こいつだけ。
准尉の再装填は間に合わなかった。
「ルビ!」
観念でもしたのか、ロゼが俺の名を呼んだ。
でも、俺は諦めちゃいない。諦められる筈がないだろ?
車体を少しでも傾けようと、体当たり覚悟で左旋回前進を試みた。
正面を向けた状態を、僅かでも傾斜させようと。
敵の砲身が俺の頭に向けられた気がする。
まるでピストルのバレルを額に突き付けられたみたいに。
「ちくしょう!」
必死の回避運動も、今はこれまでかと思った。
目の前が光に包まれた。
敵弾が車体を貫き、車内に飛び込んで来たような錯覚を俺に与えた。
ドガッッ!
何かが車体に当たった。
重い何かが車体を揺らせる。
一瞬、何がどうなってしまったかも分からなくなった。
ー これで・・・俺達も一巻の終わりなのか?
敵の弾に因って俺達は爆散するのか?
眼を光が射貫き、爆音と衝撃波が車体を襲ったから。
俺は次の瞬間には叫んでしまっていた。
てっきり敵に倒されてしまうと考えて。
「戻せ!時の指輪よ!」
どの時点になんて、考えている暇も無かったんだ。
弾から避けれるタイミングに・・・って事くらいしか思い浮かばなかった。
魔法が時間を戻した・・・
俺にはそう感じられたんだ。
何か悲劇的な事が起き、その時の俺がここへ連れ戻したんだと。
記憶を持っては過去に戻れない。
何が起きようとしているのかも判らない。
だけど分かっている、時を戻す魔法が使われたってのが。
何かの拍子に身体が重く感じるのが、これまでも何回かあった。
その後必ずと言って良い程、生き残れた現実に感謝している自分が居たのを思い出した。
今だってそうだ。
なぜかは分らないけど、この後に起きることから俺自身が魔法を使わざるを得なくなったんだと思う。
「ルビ!もっと早く!」
射撃を焦るロゼの声が俺を呼び起こした。
一瞬だったのだろうけど、俺の動きが鈍くなっていたんだろう。
僅か数秒にも満たないとは思うのだが。
ロゼに叱責されたが、敵を捉えることには成功した。
数秒の遅れが命取りになる戦場で掴んだ筈なんだ、遅れた事に因って。
敵が火を噴いた。
ロゼの射撃を受けて。
味方に擱座された敵と、残りの一両は砲塔を味方に向けていた。
「次弾を急いで!敵がこちらに向き終わる前に!」
ロゼの声が飛ぶ。
准尉が精一杯の速さで装填を急いでいる。
前方スリットから観える残りの一両が、砲塔を慌ててこちらに向けて来た。
装填が早いか、敵の砲塔がこちらを捉えきれるか。
勝負は決まった。
「装填良し!」
既に照準を終えていたロゼが発砲する為に、射撃ペダルを踏みこもうと力を籠めた・・・
ドガッ!
何が起きた?
敵の砲塔はこちらに向き終わってはいない。
ロゼだって発砲していない。
ガシャーンッ!
爆焔と衝撃波が襲い掛かって来た。
何が起きたのか、どうなってしまったのか。
爆焔に目を閉じさせられた俺には、何がどうなったのか解らない。
「あ、味方がやってくれたんだ!」
ロゼの声で、やっと自分達が無事であることが分かった。
それに敵の最期も。
「撃破を免れた敵にとどめを指す!」
ロゼが照準を僅かに変えて、
ズドッ!
装填されていた弾を撃った。
正面を向けて後方に砲塔を旋回させていた敵に当たり、T-34小隊は全滅を迎えた。
「やったわ!これで味方と合流できる!」
喝采を上げる俺達は、何か大切な事を忘れていたのを思い知らされる。
「まだじゃ!正面に居たBT-7を忘れとるのか!」
しまった!
そう思った時には自然と操縦していた。
敵に正面を向けようとして。
この態勢のままだと、敵に横腹を見せたままなのだから。
必死に操縦する俺の傍ら、准尉が再装填を試みる。
ロゼも敵を捉えようと照準器を睨みつける。
45ミリ砲でも、側面を貫通させるのは容易い。
BT-7からの射撃を懼れ、全員が必死だった。
側面点視孔を観ていた眼に、そいつが現れた。
仲間達が次々に撃破されていくのを観ていたBT-7が、隙を視て射撃を加えようと飛び出したのを。
「こんどこそ・・・撃たれる?!」
絶対絶命の時が来たようだ。
俺は時間を戻した理由が、これだと思った。
これから起きる悲劇を回避しようとしたのだと思ったんだ。
それなのに、何も変えられなかったのかと愕然とした。
車体の回転が、間に合わない。
だから、魔法を唱えたと思う。
この一瞬の後に何が待つのかを怯えて。
記憶が無いから確実とは言い切れないが、今思うのはもう一度やり直したい切迫感。
何かが間違ったのか、それとも戻った時点が間違ったのか。
敵の弾が当たる前に、魔法を唱えようと指輪に力を籠めた・・・時。
魔法を唱えようとしたルビを停めたのは?
闘いに、一瞬の戸惑いは命取りとなる。
決着は意外な力に因って。
そしてエレニアに落日が訪れる・・・・
次回 市街無血開城!
君は切り開いたのか?自らの運命を・・・




