市街戦開始!
こちらに新型があるのなら。
敵にも新しい型が現れたって不思議じゃない・・・・そう!
T-34出現!
双方に新型車両が配備されていたのだ。
フェアリアには中戦車4号F型。
対するロッソアには、Aー20軽戦車から発展したTー34と呼ばれる75ミリ砲を備えた中戦車が、戦線に送り込まれて来ていたのだ。
どちらの国の新型車両はまだ主力とは言い難かったが、あらゆる面で旧型を凌駕する性能を誇っていたのだ。
ロッソアの新型車両数台が現れた。
防御陣地を抜けて。
いや、正確に言えば防御陣地など存在していなかったのだが。
ルビ達の所属する戦車猟兵大隊は、攻略軍の攻めて来た反対側に位置していた。
南方から押し寄せて来た敵とは、一番離れた場所を後退していた筈だった。
残された居住民を避難させるべく、街の中を後退していた小隊の前に現れたのはT-34。
未知の新型車両が街へと突入を図って来たのだ。
「車長!中隊長より報告!各小隊は直ちに街から撤退せよ・・・です!」
ムックの声がヘッドフォンから聞こえた。
「言われんでも分かっとる!簡単に逃げられれば苦労せんわい!」
キューポラの准尉が言い返している。
それはそうだろう。
機動力のある敵中戦車から、おいそれと逃げ果せられるとは思えない。
下手に後ろを見せて退却でもしようものなら、砲塔を持たない駆逐戦車はカモにされてしまうだろう。
「前面装甲でなら弾けても、装甲の薄い後部を晒してしまえば・・・やられてしまう」
俺にだって簡単に判断できるさ。
「それに撃ち合う事も出来ないし・・・ね?!」
ロゼも、駆逐戦車が機動砲戦が出来ない泣き所を突かれるのを恐れている。
俺達の乗る戦車は、身を隠して狙撃してこそ威力を発揮出来るんだ。
自慢の75ミリ砲も、射角が僅か左右に15度しか執れない。
それ以上は車体そのものを動かなきゃならないんだ。
そこが3号突撃砲の泣き所だったんだ。
「現れたのは戦車だけのようじゃ。歩兵達の姿は今の処見えん。
戦車だけが相手ならば、こちらにも闘いようがあるんじゃ!」
俺は准尉が何を考えているのか分からなかった。
この状況下で逃げずに砲撃戦を執るつもりなのかと。
現れた新型戦車に挑みかかるのかと・・・
「車長?!まさか敵戦車と撃ち合う気じゃ?」
「そのまさかじゃ!市街戦を執り行うぞ!」
即答された俺も驚いたが、もっと驚いたのはムックやロゼだったろう。
「小隊長?!街の中で撃ちあうのは危険過ぎませんか?」
戦闘経験のないムックがイの一番に訊き返す。
「少々の危険は承知じゃよ。じゃが、このまま街から逃げ出しても奴等からは逃げ果せんぞ?」
車長ハスボック准尉の答えに、3人が3人共首を捻った。
「良いか、闘わずして逃げたら。
奴等は街の抵抗が無いと知り、逃げた住民諸共追い回すだろう。
じゃが、ここで僅かでも抵抗されたらどう思う?
町の制圧を先に行わねばならなくなる。逃げ出した者より居残る敵を排除せねばならんだろう?」
准尉の言う事はまさに正論。
攻略するのが目的なら、先ず初めに行わねばならないのは掃討する事だろうから。
居残る敵がいると知れば、攻略軍は逃げる敵を追うより前に完全制圧を目指すだろう。
しかもエレニアは要衝として攻略しなければならない絶対条件があるのだから。
だけど、そうする事に因り残された者が辿るのは。
「しかし車長。まだ残っている人達は?敵の蹂躙に晒されてしまうのでは?」
ロゼが憂うのは、未だ逃げ遅れている人達の運命。
この街から逃げ出していない居留者が、敵兵達に殺されてしまわないかという惧れ。
「ええか、よっく聞くんじゃ。
儂等は神でも天使でもない、唯の兵士なんじゃ。
いつ敵弾に因って死ぬかも分からん、只の人間なんじゃからのぅ。
その儂等に出来るのは、自分達自身が生き残らねばならんという事じゃ。
仲間と共に闘い続けれる方策を、優先させるしかないのじゃぞ?!」
准尉が諭すように言った。
俺達は全ての人を救える神でも天使でもないのだと。
人間だからこそ、生きる道を執らねばならんのだと。
「でも、それでは司令部が行った事と同じじゃないのですか?」
ロゼが反論したかったのは、置き去りにされかけた先の闘いで想った辛さからか。
「ロゼ、それは違うんじゃないかな?」
卑怯な司令部が俺達を置き去りにしようと試みたのとは違うと思ったんだ。
「どう違うって言うのよ?」
訊き返して来るロゼの声は、救いを求めて来る。
「小隊長が此処で闘うと言われたのには、もう一つ訳があると思う。
このまま闘わず逃げ出せば、避難を呼びかけただけでは状況を把握できない人だって居るだろう。
でも、砲戦を交わせば砲撃音に気付くだろうし、俺達が後退すれば切迫した事態にも気が付くだろ?
俺達は無慈悲な上層部なんかとは違う。逃げ出せる人を護る為にも闘わなきゃならないんだ」
闘う事に因ってのみ、仲間も住民も救える命があるのだと。
「尤も、司令部が敵に敗北を認めて街を無条件で明け渡すと交渉出来れば、こんな闘いは必要なかったのじゃが」
ハスボック准尉がため息と共に本心を溢した。
「そう・・・ですよね?アタシもそれが一番だと思っていました」
市街戦を行えば、双方共に被害が出る。
しかも戦闘を行えば、罪もない居留民を巻き込んでしまうかもしれない。
ロゼの憂いは、唯その一事に尽きるのだった。
「それが叶わないから、俺達が護らなきゃならないんだろ?
独りでも多く逃げ果せさせる為に、立ち憚らなきゃいけないんじゃないのか?」
「うん、車長やルビの考えに従います」
俺に頷き返したロゼが、少しだけ晴れやかな表情を見せてくれた。
でも、本当は闘わずに済めたらそれが一番だったんだけどな。
「小隊員に住民を連れ出せるだけ連れ出せと命じろ!
本車は敵戦車と交戦すると、中隊長にも報告するんじゃぞ!」
准尉は歩兵の安全を図り、味方の援護を求めた。
無線に向かっていたムックが振り返ると、送信を終えてからヘッドフォンを押さえ返事を待った。
「車長!中隊長了解。中隊だけでは心もとないから援軍を頼むらしいです。
戦車猟兵大隊以外の戦車隊にも・・・らしいです!」
自分達の中隊には3突が僅かに3両しかなかった。
殆どが対戦車装備の歩兵達だったから、まともに迎撃するには数が足らな過ぎた。
この街に立て籠もり、味方が応援に来るまでという限定された闘いならば歩兵達にも闘わせられるだろうが。
味方は街の防衛を放棄したのだ。
援軍が来ない事を知り、また撤退が決まった状況で歩兵達に闘わせるのは死地に追いやるのと等しかった。
歩兵達をいち早く住民と共に後退させたのは、一人でも多く逃がす為の他にならない。
司令部が作戦を放棄した今、各部隊は各指揮官に行動を委ねる事になってしまった。
各々が各自の判断で行動するのは、組織だった行動が出来ない事を意味したが、
敗走する今は、それがあながち間違いでは無いとも言えた。
なぜなら・・・
「戦車中隊がこちらへ来てくれるそうです!
第3連隊中戦車隊のラポム中尉以下5両が来てくれます!」
ムックが嬉しそうに俺達に教えてくれた。
「ラポム・・・中尉だって?」
「じゃぁ、姉様も来てくれるのね!」
俺とロゼはその名を聞いて喜んだ。
敗走する中で、初めて喜びの声を上げれたから。
「アリエッタ少尉も来てくれるのなら。まだまだ俺達には運がありそうだな?」
死線を潜り抜けて来た仲間がもう一度集える。
俺には何よりも心強く感じられたんだ。
ロゼだってそうだろう。姉が救援に駆けつけてくると聴いただけで眼の色が変わって見えたから。
「よぉし、敵を出来るだけ長く喰い止めるんじゃ。
一人にでも多く、砲声を聴かせるんじゃ!逃げるように促すのじゃぞ!」
敵に勝つなんて考えても居ない。
負け戦の中なのだから・・・でも。
「この戦、まだ負けとは決まっておらんぞ!
儂等がどれだけ避難させられるかで決まるんじゃ。
勝利は、敵から住人を護れるかに賭かったと思え!」
「了解!」
車長ハスボック准尉の檄が飛んだ。
この闘いには、まだ意味があるのだと。
闘う理由がそこにあるのだと・・・
敵を前に、3突を遮蔽物に隠れさせた。
砲を敵に向け戦闘に入る。
中隊の駆逐戦車が筒先を敵に向け、射撃準備に入った。
市街地に突入を図る敵部隊は、未だ歩兵を随伴してはいない。
特出した先遣隊なのだろう。
新型のT-34が75ミリ砲を市内に向け、街の中に籠っているだろう歩兵に榴弾を撃って来た。
それと時を同じくして。
「儂等の車体だけしか、この距離で奴等の装甲を破壊出来ないんじゃ。
先ず近寄らせない為にも一両を撃破せいっ!」
車体を半ばまで隠した3突で、車長がレンズに目を充てて命じる。
「了解!目標敵中戦車っ、射撃準備よし!
徹甲弾、距離6百、制止目標につき直接射撃っ!」
射撃レンズを凝視するロゼの手が照準ハンドルを廻して。
「照準よしっ、発射準備よしっ!」
目標を確実に捉えた。
「中隊長に攻撃を始めると言え!お嬢ちゃんっ、撃つんじゃ!」
准尉がロゼの緊張を解す様に命じる。
「撃っ!」
射撃ペダルをロゼが踏み込んだ。
射撃音が車内を轟かせる。
75ミリ48口径戦車砲が、市街戦の幕を切って落とした。
総力を籠めた闘いが続く。
ロゼは砲手として優秀だったと分かったんだ。
今更だけど・・・さ。
次回 魔鋼騎士アリエッタ
君に魔法石を授けてくれたのは?もしかして・・・あの?




