エレニア防衛戦
次の日の事だ。
まだ、日も明けやらぬ払暁のことだった・・・
払暁
まだ完全に明けやらぬ薄暗さの元、それは始まった。
ロッソア帝国軍の支援砲撃の元、敵戦車の群れが現れたのだ。
しかも、予想を覆した場所に。
「敵はこちらの陣構えを知っていたのか?!」
敵の支援砲撃は熾烈を極めた。
大口径砲の炸裂煙が、林立して観えた。
「一番防御の弱い部分を目指すというのか?!」
フェアリア軍司令部は、砲撃に因り敵の目指す地点を知って狼狽した。
「これでは何の為の鶴翼の陣なのか分からんぞ?!」
敵軍が真っ向から攻め寄せるものだとばかり踏んでたてた陣構えが、いとも容易く崩壊していくのを指を咥えて傍観するのみだった。
「機甲部隊に命令、直ちに南方側に移動。現れた敵部隊を迎撃せよ!」
下された命令は遅きに失していた。
エレニア市街地を後面に置き、鶴翼の陣構えで防衛を試みていたフェアリア軍に対し、
ロッソア軍はそれを逆手に取り、正面からの侵攻を放棄し右側面に攻撃を開始したのだ。
敵が中央から攻め寄せて来るモノとばかり考えていた、司令部の反応が遅れたのに因る混乱が事態を更に悪化させた。
機動力を誇る戦車部隊に急行させたものの、陣形は崩れどの隊がどの敵と交戦して良いのかの判断がつかなかった。
機甲部隊は連携を欠き、中隊単位で闘わざるを得なくなってしまったのだ。
それは数で圧倒する敵に、包囲され各個撃破されていく事を意味していた。
作戦計画を立て直す事も叶わず、防御側は既に負け戦と決定されてしまったのだ。
「俺達はどうすりゃ善いんでしょうか?」
小隊長ハスボック准尉に訊いたが、返って来るのはため息交じりの一言。
「もう闘いつつ撤退するしかなさそうじゃのぅ」
会戦が始って僅か数時間も保てなかったのか?
このエレニアが陥落してしまえば、フェアリアは反抗さえも難しくなるというのに?
愕然とヘッドホンから聞こえた准尉の声を聞いた。
もう、戦闘は負けと決まってしまったのかと。
会戦が始る数時間前には数多の車両を持った陣構えを観て、俺達は心強く感じていたのに。
それが一瞬で瓦解してしまうなんて。
「儂等にはなんとも出来んよ。お偉い方の判断が甘かったという事じゃ」
准尉は続けてこうも言った。
「索敵をしっかりやっておれば、敵の出方も探れただろうに。
我々の司令部はまるで負け戦に持って行こうとしておるようじゃのぅ」
圧倒的戦力を持つ敵に対し、少数で護り通すべく配置された鶴翼の陣も、
敵に察知され対策を執られてしまえば、意味を成さなくなる。
逆に弱点である翼の片側だけに攻撃されてしまえば、鶴は墜落するのみだった。
「撤退するとなれば、市街地の居留者達の避難を優先するべきでは?」
無線手のムックも心配顔になって訊いて来る。
「それは司令部が判断するじゃろう・・・が。
上層部は端から避難させる気があるのかどうかじゃ・・・のぅ、操縦手?」
先のタウロウニム防衛戦で経験した理不尽な命令を思い起こす。
軍は民間人の犠牲など知った事ではなかったし、兵だとしても見殺しにするのが分かったから。
「そうですね、やり兼ねませんよ?奴等の事だ、避難民を時間稼ぎに使うかも分かりません」
俺は撤退する軍が、避難民を盾に使うかもしれないと考えた。
真っ先に軍が逃げ、残された住民を敵が掃討するに任せる・・・
市街戦を敵が行っている内に、軍が逃げる。
いくつかの街が、こうして灰燼に帰したという。
・・・俺の故郷も・・・
今となっては帰る事も出来ない。
家族の手がかりを掴む事さえ出来ない。
妹は生きているのか?両親は無事なのか?
「ルビ・・・アタシ。そんなの観ていられないよ」
ロゼがマイクを通さず語り掛けて来る。
ヘッドフォンをずらして振り返った先には、瞳を閉じたロゼが居た。
「また目の前で地獄の蓋が開くのを・・・観ていられないのよ」
悲し気な声が耳に突き刺さる。
「ロゼの言いたい事は良く解る・・・けど。
実際に俺達が出来る事なんて、ある訳がないだろう?」
撤退を開始したら、俺たち自身さえも危険なのだから。
追い立てられて逃げるのがどれほど困難かは、先の闘いでも経験したから。
「でも、逃げ遅れた人達だって、同じ人間なんだよ?フェアリア人なのよ?」
ロゼは俺に何を言いたいのだろう?
我が身を犠牲にしてでも助けろとでも言うのか?
「国民を護るのが軍隊じゃないの?
避難を優先させるべきだったのに、アタシ達は陣地の構築を優先させてしまった。
作業をその人達に手伝わせるなんて馬鹿な命令を、実行してしまったのよ?」
俺達の所為ではないが、残されていた住人の中には率先して手伝ってくれた人達が居たのは知っている。
その所為で逃げ遅れたというのなら、確かに軍の責任は逃れられない。
「ロゼ・・・俺達は闘うのみだ。唯逃げるだけじゃない、闘いながら逃げるんだよ」
そうする事でしか、救えないから。
少しでも敵を喰い止めることでしか、逃げる人を助けられないと思うから。
「ルビ・・・そうよね。それしか出来ないんだよね」
今となっては上層部に頼るなんて考えられない。
どうせ見捨てるに決まっているのだと思ったから。
「大隊長から命令です!直ちに陣を放棄して撤収せよって言って来ました!」
ムックが憤慨したように報告した。
それを待っていたのか、小隊長ハスボック准尉が即座に命じた。
「小隊に後退命令を出すんじゃ!
我が小隊は訳があって市街地を抜けて引き上げる。途中で見つけた者に避難を勧告しながらじゃ!」
俺とロゼは車長席の准尉に振り返る。
「良いか?司令部が何と言って来ようが無視するんじゃ。
回答を求められても返事するんじゃないぞ!」
准尉は独断で市街地を通って撤退すると言った。
命令違反を独自の判断で行うというのだ。
「バレりゃ―こっちの首が飛ぶんじゃ、惚け抜いたほうが勝ちじゃからのぅ」
年嵩の古狸らしい化けっぷりだ。
だけど、そんな准尉を俺とロゼは感謝を込めて見上げていたんだ。
戦車猟兵大隊の中で、数両の駆逐戦車が市街地に入って後退を続けた。
歩兵は戦車の周りを囲みながら、街に残る人々を見つけては逃げ出す事を薦めてまわる。
「急げよ?!敵が絶対防衛陣を破るのは直ぐそこ迄迫っておるんじゃぞ!」
キューポラから歩兵達に叫んだ小隊長が、
「ルビ!街道の先に車体を向けておくんじゃ。
いつ敵戦車が現れるか分からんのじゃぞ?!」
後進を続ける俺に命じて来る。
「車長?!魔鋼機械を発動させておきますか?」
ロゼが魔砲を作動させるべきかを問うた。
「いや、それはいかん。敵にこちらが魔砲の車体だと教えるような物じゃからのぅ」
敵が魔鋼騎を主目的に攻めかかるのを恐れて、小隊長が止める。
「了解です!では徹甲弾を装填しておきます!」
ロゼ自らが装填を行い、砲撃準備に掛った。
数両の駆逐戦車が後退しつつも警戒を続ける。
無線機には味方の苦戦する模様が入って来るのか、ムックの表情がどんどん陰って行く。
「急いでください!もう間も無く敵は市街地に到達します!」
街の外れから爆焔があがった。
ムックの言った事が正しいのだと知らせるように。
「もう、ここ迄じゃ。小隊に至急捜索を辞めるように言え。
直ちに市街地から撤収、味方部隊と合流せぇと言うんじゃ!」
車外に向けてマックがサイレンを鳴らした。
装填手ハッチを開けて大声で小隊員に准尉の命令を連呼する。
避難民を連れた小隊員が、駆け足で逃げ出した。
辺りの数両も同じく戦闘準備を整えながら、歩兵達を後方へ下げ始めた。
「ろすけめ!ここは通さんぞ!」
准尉がキューポラのハッチを閉じ、レンズから探り始める。
倍率を3倍に併せたレンズに、街の入り口が映っていた。
・・・そして。
「来たぞ!敵はT-28・・・じゃない。あれは?!」
ハスボックが観た車体は、今迄観た事も無い前面装甲板を付けていた。
斜めに傾斜した大柄な車体。
丸みを帯びた砲塔・・・そして。
「いかん!奴は新式の砲を装備しておる!あれはA-20型、新型の中戦車だ!」
車長の叫びで俺達も観測した。
今迄闘って来たロッソアの戦車の形状とは全く違う。
しかも、装備されている砲身の長さが倍位にも観えたんだ。
「直ちに仲間へ知らせるんじゃ!奴等は新型の戦車を繰り出して来たんじゃとな!」
ムックに命じた車長の眼に敵戦車の群れが映ったのは、味方が総崩れになった真昼の事だった・・・
敗戦が濃厚になっても、司令部は作戦を強行させた。
その結果は味方の総崩れを招いたのだ。
硬直した作戦は、一度綻ぶと取り返しが利かない。
早々に陣地を引き上げる選択を取ったハスボック小隊が、気付いた時!
次回 応戦!
君は現れる敵戦車に立ち向えるか?!地獄の蓋がまた・・・




