ノエルの秘密
俺の眼に映った魔女。
その姿、その瞳を観た時。
確信したんだ!
栗毛の髪、優し気な顔。
そして、双眸に輝くのは紅き瞳。
「まさか・・・まさか?!俺の妹だというのか?!」
俺にはロゼの顏だと思えていたが、指輪を填める前のノエルそのものに観えた。
「ノエルは・・・死んだんだぞ?!妹に宿ったとしたらもう・・・」
俺にはもう手の出しようがないと思った。
指輪を填めていたのなら、助けられたかもしれないが。
「この指輪はノエルが填めていたんだ死ぬ前まで。
ノエル自身にアンタが頼めば良いんじゃないか、俺なんかに頼まず!」
そりゃそうじゃないか!
そうすればノエルも死なずに済んだ筈じゃないか!
「「如何にも。
我がルビナスに頼む前、既に為した。
為したのだが、今はそなたの手に在る。これの意味が解るか?」」
「なんだと?ノエルに告げたというのか?じゃあ、ノエルは?!」
俺の心臓が高鳴る。
まさかとは思うが・・・微かに希望の火が燈った。
「「それは分らぬが、指輪を外した処までは知っておる。
そなたを送り出した夜、妹は指輪を外した。我がそうしたように・・・だ」」
頭がくらくらして来た。
騎士は最期の瞬間を知らないと言った。
少なくてもノエルは指輪を填めてはいなかった。
微かな希望。
もしかするとノエルや両親はどこかで生きているかもしれない。
「「指輪を外す選択。それは過去へ戻らない証。
尤も、妹にその異能があったのかどうかは知らぬ。
我が話しかけれるのは指輪を填める者にだけなのだからな」」
俺には妹が危険を教えられ、過去へと戻ったともとれた・・・が。
「待てよ、ノエルに指輪の魔法が使えたのなら魔女の魂は?
ノエルにはルナナイトの継承者の異能と、魔女の魂が宿っていたというのか?」
「「ルビナスよ、その答えは初めはノー、後はイエスだ。
継承者は産まれ出た一人に受け継がれる、つまりお前だ。
妹には指輪を使うだけの異能はない。その代わりロゼリタが宿った」」
そこまで分かっているのなら、魔女の魂を救えた筈だろ?
なぜもっと早く現れ、教えてくれなかったんだノエルにだけでも。
「「ロゼリタを彷徨えるものとしたのは闇の力。
宿ったロゼリタの闇が阻んでいたのだ。堕ちた魂のまま・・・
フェアリアに恨みを持った悪魔に因り、貶められているのだ未だに」」
死の直前に襲ったのは無念の想いと、絶望。
それは悪魔にとって、何よりも好ましい闇の心。
絶望の内に死を迎えたロゼリタは、闇に堕ちたままノエルに宿ったのか。
「じゃあ、ロゼリタの魂が願うのは?
ノエルに宿った魔女は、何を企むと言うんだ?」
問いかけた俺に、騎士の魂が言い切りやがった。
「「フェアリアに復讐を遂げんとする。
自らを殺した者の血族に復讐を果そうとしているのだ!」」
騎士の魂に教えられた。
妹はどこかに居るんだと。
生き残り、魔女に宿られて復讐を遂げんとしているのだと。
しかも・・・だ。
「ノエルが生きていたとして。
どうやって復讐を遂げられると言うんだ?
ロッソアと戦争中の只中で、どうすれば復讐を遂げられると言うんだ?」
「「妹にはロゼリタの魔力が授けられている。
その力を以ってして果そうとするだろう。フェアリアに居る裏切者の子孫に」」
家族を奪われたと思っていた俺にも、復讐心はあった。
恨みや悲しみだって判る。
だが、それは俺個人の話なんだ、他人の身体を使ってまで果たそうなんて思わない。
「「ロゼリタは絶望の淵で死に絶えた。
それが如何に惨き死だったか・・・死の瞬間に恨みが魂を貶める結果となった。
悪魔に見初められ、貶められ・・・魔女は悪鬼になった。
そして今は宿った者と彷徨っているのだ、復讐を果すまで」」
ノエルが生きているにしろ、魔女の魂が宿る限りは闇の中に居るという事か?
「ノエルがどこに居るのか解らない以上、どうする事も出来ない。
俺に時の指輪があるにしろ、ノエルの方から現れない限り手が出せない。
魔女の復讐する相手が、誰なのか判らないのか?」
魔女が狙うのは誰なのか?
フェアリアに居ると思われる対象者が判れば・・・
「「裏切者の名は、アドロフ。アドロフ・ギャモン卿というフェアリアの貴族。
その子孫がどこに居るのかは判らないが」」
そうか、アドロフって名前なんだな。
そいつを狙って現れるかも知れないんだが、肝心の子孫がどこに居るのやら。
仮に見つけられたとして、宿られたノエルは変わってしまったのか?
どうやってロゼリタの魂から解き放てるんだ?
「「復讐を果す必要が無い事を教えてやれば良いのだ。
ルビナスが一生を添い遂げる者と共に闘えば、悪魔に堕ちる前に戻れよう。
自分もそうであったことを思い出せれば、恨みも消えよう」」
魔女を闇から救えれば浄化されるって訳だな。
でも、待て。
俺と一生を添い遂げる者って・・・誰だよ?!
そう言われた時、頭に思い描く者は・・・
「「我の頼み、それはお前の果たすべき真実と重なる。
お前の魔女は存在しておる筈だ。
結び契り、魔女と共に歩めばいつか必ず相まみえれるだろう。
<時の指輪>を持つ騎士よ、そなたの異能で救ってくれ」」
騎士の声が遠のいていく。
代わりに俺の意識が戻って来る。
指に填めた指輪からの声が、最後に言った。
「「魔女ロゼリタは魔砲を使う。魔女は月夜に舞い、月夜に滅ぶ。
ルビナスの傍に居る魔女は魔砲を放てるか?
魔砲を放てる者がロゼリタを止めれる唯一人の魔女・・・」」
終わる言葉が小さくなり、消えて行った。
光っていた指輪も元に戻った。
「魔女は月夜に舞い、月夜に滅ぶ・・・か」
忘れないように呟いてみた。
「俺の傍に居る魔女は、魔砲を撃てる・・・魔女」
さっき頭を過った顔を思い出す。
蒼き瞳で髪を靡かせる少女の姿を。
「ノエル達が生きている・・・のなら。
俺は復讐を遂げる必要はないんだな…そう思っても良いんだなノエル?」
指輪を俺に託した理由が何処にあるのか。
騎士がノエルに話していたのなら、どの時点だったのだろう。
俺があの日に観たノエル。
どことなく寂し気に観えていたのは、
きっとこの後何が起きるかを話されていたのかもしれない。
でも、なにも確証がなかったから、話しだせなかったのかもしれない。
ノエルは・・・そんな妹だ。奥手で控えめな、そんな妹なんだ。
どこに居ると言うんだろう。今、どこでどうやって生きているんだろう?
宿られたとは言っても、ノエルはノエルなんだ他の誰でもない。
救ってやれなかった過去を取り戻す為にも、俺は生きていかなきゃならない。
益々死ねなくなった・・・
「戦争じゃなかったら直ぐにでも家に帰って手がかりを探すのに」
俺はロッソアに占領されているだろう故郷を想う。
フェアリアになる前はロッソアだったこともあるらしい土地。
国境が古来から錯綜した因縁の地。
もし、フェアリアに反旗を翻してもおかしくは無いともいえる・・・
だって、俺の先祖はフェアリアと闘った事もあるんだぜ?
・・・
・・・・
・・・・・
もし、魔女の魂がフェアリアに復讐を遂げようとするのなら。
一番手っ取り早い方法は?
戦争中の今なら、アドロフって奴に復讐する気なら。
「俺が魔女だったら・・・ロッソアに組みするだろう。
どこに居るかも判らない復讐相手を探すなら、国全体を攻めるだろう。
そいつがくたばっているか判らないのなら、フェアリア自体を滅ぼすだろう」
魔女に宿られたノエルが執る方法とは?
志願兵としてロッソア軍に入る・・・フェアリアとの戦争が終わるまでの間だけ。
敵国が降伏すればアドロフという一族を調べ、その後・・・
考えた俺は、有る事にも気付かされた。
「兵隊になったとしたら、いつ死んじまうか判らないのに?
そんな暴挙を魔女がさせるだろうか?宿り主を殺してまで・・・・」
そう。
騎士が言っていた。
魔女は闇に堕ちて悪魔に召されたのだと。
悪魔なら、宿り主が死のうが気にも留めない・・・
「本当にノエルは敵の兵として現れるのだろうか?」
戦争が一刻も早く終わるのを期待するしかないというのか?
俺に出来る事は、祈るだけなんだろうか?
「ノエル・・・今どこに居るんだよ?」
生きていると確証を得た訳じゃない。
だけど、希望は持てた気がする。
この指輪を残して行った妹が、どこかで待っている気がする。
<ルビ兄さん、遅い!>そう言って微笑む妹が近くに居る気がしたんだ。
「あーっ!こんな所に居たっ!」
馬鹿に大きな声で呼びやがる。
振り向くとロゼが俺を指差し睨んでいる。
・・・睨まれるような事をしたのか俺?!
「ルビナスっ!この際はっきり言って。私とロゼッタのどっちが相応しいのかを!」
・・・はぁ?!何をどう相応しいのかを言って欲しいのですけど?
ツン娘とリリザンな娘が俺を睨んでいるのだが・・・
「そんなのアタシに決まってるよね?ね?!」
「そんな事はない筈よ!ルビナスが最初に助けたのは私の方なんだから!」
・・・あの。どういうことでしょうか?
姉と妹が火花を散らしている・・・
しかも何を言いたいのか教えてくれないのですが・・・
「お二人共、落ち着いて。
俺に何を言わせたいのかを、教えてぷりーず」
これが逃げ出した結末というのか?
修羅場が更に拗れたってことなのか?!
騎士の記憶の中にいた間も、姉妹は諍い続けていたのだろうか?
「あーっもう!この鈍感っ!ぷんすかっ!」
「じれったいわねぇ!ルビナスはどちらを選ぶのかって訊いてるの!」
姉妹が交々俺を虐める・・・
どう言ったらこの場を収められるんだ?
「選ぶって・・・どうしたらそんな事になったんですか?」
火花を散らす姉妹から後退る。
しかし!廻り込まれてしまった!
「逃げようったってそうはいくもんですか!」
後ろに回ったロゼが仁王立ちになる。
「そうよ!解答を言ってくれるまで動かないんだから!」
前に立ち塞がるアリエッタ少尉が指を突き付けてくる。
「そんな?!俺が一体何をしたって・・・」
「何も答えないからじゃないの!×2」
あああ・・・出来上がってるよ二人共。
なぜこうなったのか?どうすればお互いを傷付けずに済むのか?
混乱した頭の中で回答を探し、ある事に思い至る。
「こうなる前に戻って、何が原因だったのかを削除しないと!」
蒼き指輪に想いを込めて・・・
「時の指輪よ!俺を戻せ!」
魔法を発動させた・・・
と。
目の前にアリエッタ少尉がニコニコ顔で俺の横に座ってる。
なぜ?士官のアリエッタ少尉が食事中の俺の横に居たのか?
「そう、良かったわ。美味しいって言ってくれて。作って来た甲斐があるもの」
「はぁ、ありがとうございます」
流し目で俺を観るアリエッタ少尉の後ろで、ロゼが吊り目で見詰めているが?
「アリエッタ姉様、もう良いでしょ?!後はアタシが片付けておくから」
造って来た菓子を俺に食べさせてくれているアリエッタに、対抗心でも燃やしたのか。
「今度はアタシが作るからねー」
ロゼがアリエッタの菓子皿を勝手に取り上げた。
ピクリと頬を歪ませる姉。
ほほほっと嗤う妹。
そして・・・始まるのだった。
姉妹の決闘が・・・
なんも変わっちゃいねえ!
ルビに秘められた魔力。
古から伝わる魔法の指輪と共に。
少年へとかけられた願い。
そして少年は希望の光を手にした。
次回 新装備!
君達に与えられた新たな鉾。それは・・・




