騎士と魔女の時代
指輪に潜む奴が言うんだ。
俺には異能があるんだと・・・・
俺の姿は彼等には映らないのか。
いいや、ここに俺は存在している訳じゃなさそうだ。
なぜなら・・・
騎士と魔女が囲まれている。甲冑に身を包んだ騎馬達に。
その騎馬が俺を擦りぬけて行ったんだ。
その瞬間に分かったよ。俺はここには存在すらしていないのを。
誰かの記憶の中に居るんだと解ったんだ。
「あんたの記憶か?この世界は?」
囲まれた騎士に向けて訊いた。
「「そうだ。我が死を与えられた時の話だ。
敵を迎え撃つ為に駆けつけようとロゼリタとここまで来た時、裏切者に背かれてしまったのだ」」
俺の前で騎馬から矢が放たれ、騎士を庇った魔女に突き立つ。
栗毛を靡かせ倒れた魔女を騎士が抱き起し、何かを唱えていた。
その時俺は、ある変化に気付いたんだ。
騎士の指に填められてあった指輪が光り始めたのに・・・だ。
「あれは・・・この指輪なのか?」
そう口に出した時だ。
一瞬にして景色が変わった。
「「これが時の指輪が力を顕した瞬間だ。
魔法に因って願った時にまで戻ったのだ、悲劇を回避するために」」
俺の前には、弓矢で倒された筈の魔女が騎士と共に話している姿があった。
騎馬達に命令を下し、魔女と共に館を後にしようとしている二人が・・・だ。
「これでさっきみたいな裏切りに遭わずに済むのか?」
魔法に因って変えられるというのなら、悲劇は起きないだろうと思ったんだ。
だけど、声は否定しやがったんだ。
「「いや、裏切りは回避出来はしなかった。
それは自分独りの力ではどうにも出来ない事なのだ。
時の指輪には、自分を並行世界である過去へ飛ばす能力しかないのだから」」
声は悲し気に苦し気に教えて来た。
目の前で騎士と魔女が話し終えた後、傍の侍女を呼んだ。
包みを抱えた栗毛の侍女が差し出すと、魔女が包みを大事そうに抱えて騎士を見詰めた。
魔女の抱えた包みの中には、幼子がすやすやと眠っていた。
愛おしむ様に観ていた二人が何かを話した後、騎士が指輪を外して幼子の手に載せた。
「なにをする気なんだ?指輪が無ければ魔法は使えないんだろ?」
「「その通りだ。だが、正当な継承者に残しておかねばならなかったのだ」」
声の意味するのは、自らの最期を悟った一言。
時を戻しても、同じ結末を迎えてしまうのか?悲劇は回避出来なかったとでも言うのか?
俺はなぜ騎士が諦めてしまったのか解らなかった。
「失敗したというのなら、もう一度やり直せば良いじゃないか。
その為の魔法じゃないのか?その為の指輪じゃないのか?」
諦めた理由を知らない俺には、運命は替えられるモノとばかり思ったのだが。
「「我には変えられなかったということだ。
我の力だけでは変えようにも力が足りなかったというだけだ。
何度繰り返そうにも二人の最期は替えられなかった・・・それだけだ」」
時の指輪で過去に戻っても、悲劇は何度も襲い掛かって来た。
つまりは回避不能だったと、騎士の魂は俺に告げた。
「「それ故に、残すべき指輪を息子へ託した。
我の息子へ、引き継がせる為に。ルナナイトの子孫の為にも」」
俺には判らない。
それならばなぜ魔女を残して行かなかった?
魔女迄運命を引き継がせる必要はなかった筈だ。
自分なら愛する者を後に残すと思うのに・・・生き残らせる道を選択する筈なのに。
「「我が愛する妻は、繰り返された時の中で悲劇に遭わされ続けた。
喩え残して行っても追手に迫られ、理不尽にも我が子と共に果てる運命だった。
如何に逃れんとしても最期は悲劇に見舞われる事になる。
我が魂に記し、繰り返した時の中で絶望だけがロゼリタを苦しめることとなった。
そして我妻は我が子と、侍女として仕える妹に一縷の望みを託したのだ」」
何度試みても駄目だというのなら、ずっと昔に遡れば良いじゃないか?
指輪を填めていなかった時代にまで遡れば、変えれないのか?
俺には魔法の使い方が、指輪そのものの意味が分からなくなる。
「諦めずに何度だって繰り返せば良いだろ?
指輪の魔法があるんだから、もっと昔に遡ったら良いんじゃないのか?」
疑問をぶつけてみた俺に、騎士の魂が答えるのは。
「「如何に時の指輪を使っても、遡る時には限界があるのだ。
指輪を身に着けていた時点にしか戻る事は出来ない。
一度でもその身から離れさせてしまえば、それ以前には戻る事が出来なくなるのだ。
つまり、指輪自体が記憶媒体。指輪を持つ者の魂をバックアップポイントまで戻す。
異世界の機械とでも呼べる魔法の装置なのだ」」
身に着ける以前には戻れない?
指輪を手にしてからの時間にしか戻れない?
しかも、一度手元から無くなればリセットされてしまう?
それじゃぁ、知らずに指輪を外して置いてしまったら、それ以前には還れなくなる?
「「そしてこの指輪が放つ魔法には、大きな欠点とでも呼べる物があるのだ。
時を遡る時点の記憶が残されない・・・バックアップ時点の自分に戻るだけなのだ。
その後に起きた、何もかもの全ての記憶が無くなってしまうのだ。
故に同じ結末になる事も、更に酷い結末を呼ぶ事にも為り兼ねない。
使い方を誤れば・・・悪魔と化す事にもなりかねない」」
騎士の魂が教えて来たのは、指輪に頼るばかりでは何も変えられないという事。
辿った時間を遡るだけでは、同じ事の繰り返しになるかも知れないと教えているのだ。
戻った事さえ覚えていないのなら、それも十分にあり得る。
では、どうすれば歴史を替えれる?
記憶も想いさえも残されないとすれば、どうやって替えれるというのか?
「「時の指輪を使いこなすには、魔法を使う瞬間に魂に刻むより他に無い。
己がどうして遡らざるを得なかったのかを、
その時点に何を求めたのかを記しておかねばならぬのだ。
唯一つだけ、何を為すべきかを魂に刻まねば変えようがないからだ」」
魂に刻むだって?そんな事がどうやったら出来るんだ?
「「決定的瞬間に戻れず、我の運命は変えられなくなった。
裏切者の策略に因り、指輪を外してしまった。
喩え魂に刻み込んでもそれ以前に戻れなければ意味を為さない。
強く想い願えども、リセットされた指輪には残されてはいないのだから」」
強く想い願う?
心や身体にではなく、魂に刻むというのは念じることで出来るのか?
俺は親爺に聞かされた事があった。
魂という物は永遠に消えないんだと。
死んだとしても天国や地獄がある様に、果てる事も無く存在しているんだと。
その魂に刻むという事は、死んでも残る強い念って奴なんじゃあないのか?
想いを残して死んだ者が霊魂となって彷徨う話を聴くけど、それと同じだと言うんだろうか?
「念を魂にまで刻む。強い想いを遡ってからも残す。
そうしなければ魔法で遡った事さえも覚えていないって訳だな?」
「「ルビナスよ、その通りだ。
そうしなければ変える事など出来ぬ、変えようとすることさえも出来ぬのだ」」
そうか、時の指輪の使い方が判って来たぞ。
指輪を外せばそれ以前には帰れない。
魔法を放つ時には強く想わないと意味がない。
過去へと戻ったのなら替えなければいけない・・・
「「我が妻ロゼリタの魂は無念のあまりに闇へと堕ちた。
生まれ変わった今でも、我を求め彷徨っておるのだ。
恨みと憎しみ・・・そして無限の悲しみの中で」」
騎士の魂がそう言った。
でも、俺には何かが違うと感じられたんだ。
ロゼリタという魔女の魂が悲しみに囚われ、闇の中に居るとは思えなかったんだ。
俺の頭の隅に、どこかで観た事のある景色が拡がった。
そこは祖先の魂が眠るという墓所。
月夜の晩、霧の中で現れた少女の影。
その影が話していたような気がしたんだ。
「彼女は誰に宿ったんだ?俺にはロゼだとばかり思っていたんだけど。
アンタの魔女は一体誰に宿っていると言うんだ?」
俺の問いかけに、再び騎士と魔女の姿が現れた。
「「ロゼリタの姿、誰に似ておる?
ルビナスの周りに居る者の中に、似て居る者はおらんのか?」」
魔女の姿が大写しになる。
その子を見せられた時思ったんだ。
誰に似ているかを。誰に宿ったのかを知った気がする。
それは、俺にとって信じがたく・・・嬉しいことでもあったんだ。
次回 ノエルの秘密
その子に触れるのは俺が許さない!譬え先祖の魂だろうとも!




