時を司る魔法
少女の魂が願ったのか。
俺の魂が欲したのか。
魔法は世界を換えたんだ・・・その瞬間に。
時の指輪・・・
何時の時代に造られたのか。
何時から此処に在るのか・・・
誰の手に因り、誰が齎したのか。
今、異能は発動した。
ルナナイトの名を持つ少年の指に填められて。
「ルビ、アリエッタ姉様が戻って来ないよ・・・」
心配気に俺に訊いて来るロゼが、幕舎が置かれてある丘陵地帯を見上げる。
「そうだなぁ、いくらなんでも時間がかかり過ぎてるよな?」
戦車隊と別れて陣地で待つ事にした俺達、戦車猟兵小隊の生き残り。
後退する時に同道した他部隊の40名程とここで待つように言われたのだったが。
「軍曹?!あまりにも時間がかかり過ぎだと思いませんか?」
俺がコーヒーを啜っている小隊長に訊ねると。
「そうだな、ちょっと様子でも観て来るか?」
重い腰を上げた古参の軍曹が、
「若いの、二人共儂と一緒に来るんじゃ」
先に立って丘を登り始めた。
「はい!了解です」
俺より先にロゼが歩み出し、軍曹の御供をする事になった。
「ルビ!ぐずぐずしないの!」
振り向いたツンなロゼが怒っているようだ。
何故だかは判らないが、少し笑顔な気もするのだが。
「へいへい・・・」
大人しく軍曹の伴をする事にした俺だったが、そこで異変に気が付いた。
「あれ?!この辺りに居やがった部隊は何処に行きやがったんだ?」
俺達が昇り始めた丘には、確か他部隊の陣地があった筈なのだが。
「もぬけの殻じゃないか。さては敵部隊を迎撃に行ったんだな?」
そうは言ったものの、ここまで誰も居ないとは。
それに戦闘らしい騒音は聞こえてこない。
遥か遠くで敵の野砲がたてている砲撃音だけが耳につく。
「何をごちゃごちゃ言ってるのよ?もうすぐ司令部なんだから口にチャックをしておきなさいよ!」
ロゼには気になっていないのか?
気付いていても不審に思ってもいないのか。
「おい、ロゼ。様子が変だぜ?この辺りに居た部隊は何処に行ったんだ?」
追いかけた俺が傍に寄って聴いてみる。
「ああ、多分転進でもしてるんじゃないの?
それとも早めに撤収したとか?」
ああ、そうか。
司令部はもうこの戦場を放棄したって事か・・・え?!
「待てよ、それなら俺達にも撤収しろって命令を下す筈じゃないのか?」
部隊が一部だけ撤収するなんてことはない筈だ。
しかも何も命じずに、勝手に退き下がるなんて・・・
「その答えはあそこに居る人達にでも訊けば判るんじゃないの?」
ロゼが指差し答えて来る。
幕舎には人っこ一人いないが、その後方に居る数名が観えた。
「ラポム中尉が居られるようね。後は・・・参謀と取り巻きみたい」
そこでロゼが声を呑んだ。
俺も何が起きているのか分からずに、目前の士官達に目を凝らす。
ラポム中尉が佐官に言い募る前でアリエッタ少尉が・・・
「姉様!姉様に何をするのよ!」
佐官に指示されたのか、数人がアリエッタに掴みかかり口を封じて連れ去ろうとしていた。
「あっ?!待てよロゼ!」
俺の制止を振り切って、ロゼが突っ込んでいく。
「軍曹?!」
どうするべきかを問いながらも、俺はロゼを追う。
「若いの!中尉と少尉の身柄を確保するんじゃ!」
頷く俺は、腰に下げていた手榴弾を取り出した。
握った手榴弾のピンを確認し、いつでも投擲できる体制でロゼを追う。
「何をされているのですか!少尉を放してください!」
駆け寄りながらロゼが上官達に言い募る。
「ロゼッタ一等兵?!」
ラポム中尉が突っ込んで来たロゼを呼び止める。
「なんだお前は?!ここはお前のような兵が来れる処ではないぞ!」
取り巻きの兵長がアリエッタを押さえながら吠えて来る。
「少尉が何をされたと言うのです。
連行する意味を教えてください!どうして猿轡をしているのです?!」
ロゼが質すと、今迄言い募るだけだったラポム中尉が我に返ったのか。
腰に下げていた拳銃を抜き放ち、
「その少女の言う通り。
少尉は我が中隊には欠かせない部下です。
連行するというのなら正式な命令書があるのでしょうな?」
少佐に向かって中尉が拳銃を突き付ける。
「き、貴様!上官に向かって・・・反抗する気か?」
慌てる参謀が、ラポム中尉に凄んでみせたが。
「そうだ!そうだ!!車長を連行するなんて私達も認めませんから!」
ラポム中尉の態度に力を得た戦車兵達が、周りを囲んで口々に反抗を始める。
「アリエッタ姉様を放して!連行なんてさせやしないんだから!」
ロゼが眼の色を変えて佐官参謀に言った。
「どうしてもアリエッタ少尉を連行するというのなら。
この手榴弾でアンタ達を吹き飛ばしてやるぜ?」
俺がおもいっきりどすの利いた声で威嚇すると。
「貴様ら!上官反逆罪で軍法会議に掛けられたいのか?」
びくついた佐官が取り囲んだ仲間に凄んでみせるのだったが。
「その前にアンタらを吹き飛ばしてやっても良いんだぜ?
なんならその威張り腐った口にでも填めてやろうか?」
手榴弾のピンを抜いて俺が差し出すと。
「うわっ?!気違いめ!こんな事が赦されると思うなよ!」
怖気づいた佐官が逃げ出す。
それに併せて取り巻きの兵もアリエッタをその場に置いて離れて行った。
「姉様!アリエッタ姉様!」
解かれた手を押さえる少尉に、ロゼが駆け寄った。
「ロゼッタ・・・あなたどうして?」
ここに来たの・・・と。
でも、助けられた嬉しさに顔を緩ませて、訊いて来る。
「嫌な予感がしたの。何かが起きてしまうような・・・気分だったから」
ロゼが姉にとりついて心配気に答えた。
「そう。そうなのよロゼ。ここにはもう味方なんて残っちゃいないのよ!」
ロゼの声にハッとなったアリエッタが周りを囲んだ仲間達に言った。
「さっきの馬鹿野郎が言ったの。
あなた達の部隊を置き去りにするんだって。
生き残った人を除者にして、司令部は独断で撤退したのよ!」
「なんじゃと?!それは本当なんじゃな?!」
やっと追いついたのか、ハスボック軍曹が聞き咎めて来る。
「はい!小隊長の部隊だけを置き去りにする計画だったみたいです!
私を連行しロゼに知らせないよう図ったのでしょう」
戦車部隊の反抗を抑える為にも、アリエッタを人質とする計画だったようだ。
「なんて愚かしい事をするんじゃ。
これが誇りあるフェアリア軍のすることか?!」
軍曹も憤慨し、そして直ちに俺に命じた。
「若いの、直ぐに皆へ知らせるんじゃ。
直ちにここへ集合せよと。直ぐに撤退を始めるんじゃ!」
手榴弾のピンを差し込み直し、俺は敬礼をするのももどかしくて。
「了解!」
皆の元へ走った。
「アリエッタ姉様、これからどうなってしまうのでしょう?」
ロゼが参謀に楯突き、独自の判断で行動する事になるのを懼れて訊いた。
「ロゼッタ、これで良いのよ。
あなた達が一緒に来れるのなら。離ればなれにならないのなら。
きっとみんなで力を併せれば、道が開かれる筈だから」
ロゼとアリエッタは共に居られるのを喜んでいた。
堕ちかけた闇に、染まらなかった自分達の運命に。
「どこかで誰かが運命を変えてくれたんだわ・・・きっと」
ロゼが走っていくルビを観てそう言った。
「そうね、私を救ってくれたような気がする。
彼はきっと守護神なんだわ・・・」
アリエッタがロゼの肩に手を置いて微笑むのだが。
「うにゅぅ・・・姉様、彼って・・・誰?」
耳ざといロゼが口を尖らせていた。
小隊は戦車中隊と共に転進を始めた。
辺りに残されていた傷病兵を戦車に便乗させて。
8両の戦車には乗れるだけ患者を載せ、歩兵達は歩ける者に肩を貸して引き上げた。
後方に離れて行く激戦の戦場。
そこで散ってしまった者には申し訳ないが、俺達は生きて帰る道を掴んだんだ。
もし、あの時。
ロゼが俺達を促さなかったのなら。
もし間に合わず置き去りにされていたのなら。
きっと俺達は全員帰らぬ人になっただろう。
俺は砲撃を受けて霞んだ丘陵地帯を見詰めた。
あそこに留まっていたらと思うと、ぞっとしたんだ。
生きて帰れると知った今だからこそ。
「ねぇルビぃー。あの時、アイツが抵抗したら。
ホントに手榴弾を喰らわせたの?」
俺達の砲戦車にも所かまわず人が乗っている。
操縦席の俺はいつも通りだったが、ロゼは居場所を失い俺の前に座っていた。
操縦席のスリットから観えるのは・・・
「ねぇってば・・・って。訊いてるのアタシの話を?」
ツン声で訊くロゼ・・・の、腰から下だけが観えている。
俺の目の前に・・・少女の。
「もう!この変態っ!アタシのお尻ばっかり見て!話も聴けてないんでしょ?」
それは間違いだ。俺は好きこのんで観てる訳じゃないんだぞ?
乗る所が無いからって、操縦席前に座ったロゼが悪いんだ。
俺は断じて悪くない・・・筈だ。
「あのねルビ、思うんだけどさ。
どうしてあの時姉さんの元へ行くって言ったの?」
ツン声のまま、ロゼが訊いて来る。
「ああ、ロゼが心配そうに言ったからだよ」
何気なしに訊かれたから、その通り答えたのだが。
「ふぅ~ん、そうなんだぁ。アタシはてっきりルビがアリエッタ姉様と良い感じにでもなってるのかなぁって」
・・・何を考えているんだよ?
「だってそうじゃない。アリエッタ姉様もルビの事を気にしてたし。
姉様とルビなら釣り合ってるなぁ・・・と。思う・・・」
語尾が小声になったんだが?
「あのなぁ?アリエッタ少尉とは何にも無いし、そんな大それた考えは持っちゃいないんだよ」
はっきり言って何処を根拠にそんな話をするんだ?
「そ?そう?!そーなんだ、信じても良いのよね?」
急に張りのある声を出しやがる。
だから、何を信じるってんだよ?
「そっかぁ!ルビは姉様に焦がれている訳じゃないんだ!
だったらアタシにだってチャンス位はあるんだよね・・・・むふ!」
明るいロゼの声を聞いて、俺はでっかいため息を吐く。
死なずに済んだ戦場から退きあげる仲間達。
そこに在ったのは、俺に想いを話す相棒。
俺の願いを果す為に、一緒に帰れると喜んでいる相棒の笑顔があったんだ。
魔法を使ったことも、世界が変わったのも。
そして運命さえも換えられたのを俺は気付いていない。
時間を振り戻した魔法・・・
その本当の力を俺は記憶していないんだ。
死んだ筈の者が生きている・・・それは神ならざる者にしか出来ないのに。
次回 生還
無事に帰還を果すに、まだ闘わねばいけないのか?!それとも?!




